94.【気持ちいいこと】 改
ブクマありがとうございます。
夕食が終わって部屋に戻ると、まだ仕事が残っていると言ってレオさんは執務机に座った。
「遅くなる?」
「いや、半刻もあれば終わる」
彼の言葉に頷くと私は寝室に入り、ソファー用のテーブルをラグマットに移動した。ラグマットの上で机として使うには高過ぎるのだが、クッションに座ると丁度いい感じ。
そのテーブルの上に文官さんに頂いた便箋と封筒を並べ、私はレオさんが戻るまでの時間、ピアノを弾いて待つことにした。前回の飲み会でした約束、騎士さん達の為の曲を練習するために。
実は来週キャロルさんと私の休みが重なる日があり、その前の日にまた食堂を借りて飲み会が開かれることが決まった。
その時、初めて練習場を見学した時に、若い騎士さん達の練習風景を見て思い浮かんだ曲を歌おうと思っている。その曲は『かぼす』さんの歌った、五輪のテーマソングだった曲。超有名なあの曲です。
若い騎士さん達が、倒れても倒れても立ち上がって剣をぶつけ合う風景があの曲と重なり合い、私の中であの曲は騎士さん達の事を歌った曲なのではないかと思えるくらい。だから飲み会までに、少しでも上手くなりたい。
「ねぇ、ノア。次の飲み会ではこの曲の意味を、騎士さん達にも教えてあげてね」
『いいよ』
あの時はキャロルさんにしか心を開いていなかったノアも、今では殆どの騎士さんと意志の疎通が出来るようになった。それが何より嬉しい。
『ユイ、楽しそうだね。ユイの波動が踊ってる』
ノアは時々、感じ取った私の波動を教えてくれる。もしかして、レオさんとケンカしていた時、私の波動を感じてノアも辛かったのかな?
もう、ノアに心配かけないようにしなきゃね。
ん? それでノアはレオさんと仲良くしろって煩いのかな? ノアなりに、私の事心配してくれてるんだね。きっと......。
半刻も経たない内に帰って来たレオさんは、テーブルの上の便箋を見て「これは?」と問いかけてきた。今日の出来事を話すと、一緒に礼状を書くと言うレオさん。
「このクッションのホーンラビットは、俺が注文したものよりランクが高いものだろう。あの時店にあった物より、明らかに肌触りがいいんだ」
これは礼状だけで済ませてはいけない気がする。だから私は礼状とは別に敢えて店舗に飾ってもらえるような、手紙を添えることにした。しかしそれが想像以上に大変だった。
この国の手紙の書き方なんて知らない為、一からレオさんに教えてもらわなければならない。その上、まだ上手くこの国の文字が書けない為、何枚も練習を繰り返した。
これ今日中に仕上げるの無理だ......。
「明日、一日かけて清書しようと思うんだけど、それじゃ遅いかな?」
「俺のだけでも明日届けるよ。ユイが一生懸命練習してることも一言添えておく。納得が出来るまで、練習すればいい」
レオさんは礼状を書き終わると、先にシャワーを浴びると言って立ち上がった。
私は彼の書いたお手本を見ながら練習を繰り返し、彼が出てくるころには肩も首もカチコチになってしまった。
「あぁぁぁ、もうダメだ」
さすがに疲れて、クッションに倒れ込んだ。
「続きは明日にして、シャワー浴びたらどうだ?」
時計を見ると既に十の刻半を過ぎている。
「うわっ、早く寝なきゃ!」
私は慌ててネグリジェを出そうと、クローゼットの引き出しを開けた。ネグリジェの隣にあるのは、今まで使っていた白いシンプルな寝間着。私は白の寝間着を手に取り、脱衣所に向かった。
暫くはシンプルな寝間着にしよう。可愛いネグリジェ着たら、また悪戯されかねないもんね。
身体を洗いながらレオさんの悪戯で付けられたキスマークに触り、私はどうやってこの後の危機を切り抜けようかと思案した。
明日食堂の手伝いが休みなのは言ってない。だから、早く寝なきゃいけないと言い張ろう。よし!
彼との攻防戦に作戦を立て、脱衣所に置いた寝間着を手に取ると、何かがおかしい。
......これ、私のじゃない。
洗濯部の人が持ってきてくれた服をクローゼットに片付ける時に、彼の寝間着を自分のものと間違えたらしい。
彼の大きな寝間着を広げて考える。
①もう一度自分の服を着て、寝間着を取りに行く。
②レオさんに寝間着を取ってもらう。
③バスタオルを巻いて、寝間着を取りに行く。
④とりあえず彼の寝間着を着て、自分の寝間着を取りに行く。
②と③はあり得ない。
お風呂に入った後で、もう一度汚れた服は着たくないし......。仕方ない。彼の寝間着を借りて、もう一度着替えよう。
消去法で彼の寝間着を着ることを選択した私は、自分の物よりかなり大きいサイズの寝間着に袖を通した。
想像していたよりも遥かに大きく、袖は指先が少し出る程度。丈はネグリジェと変わらない程長く、ぶかぶかにも程がある。まぁ、身長差が30cm近くもあるのだから、当たり前と言われれば当たり前。しかしそんな彼の寝間着を着て、私は少しテンションが上がってしまった。
恋人のシャツを着るという憧れのシチュエーション。これ、めちゃくちゃ可愛くない?
まだ髪の毛も乾かしていない状態で、私は脱衣所を出てレオさんのところへ向かった。
「ねぇ、見て見て。レオさんの寝間着めちゃめちゃおっきいの。こんなにサイズ違うんだよ。私子供みたいだよね。あっ、ごめん。間違えてレオさんの持って入っちゃったの。直ぐに着替えるね」
ぶかぶかの袖を振りながら彼に見せると、レオさんは深い紫の瞳を輝かせながら口元を抑えた。
あっ......まずい、喜んでる。
今彼を喜ばせてはいけない事を思い出し、私は慌ててクローゼットの引き出しを開けようとした。
だが次の瞬間、私は気が付くとラグマットの上に座らされていた。
「髪乾かしてやる」
──── はい。
これは拙いと思いながらも、髪を乾かしてくれる彼の手が気持ちよくて動けない。なんでレオさんの手はこんなにも、気持ちいいんだろう......ねむい。
「はぁぁぁ......きもちいぃ」
前回同様に頭を支えているのも辛い程の眠気に襲われ、私は首をカクンと前に倒した。
「ねぇ、それって誘ってんの?」
......ん? なんのことだ? もういい。早く横になりたい。
「レオさん、もう眠たいよ」
「ベッド行くか?」
──── うん。
「あっ、着替える」
眠い目を擦りながら立ち上がろうとすると「それ着て寝ればいい」と、レオさんはそれを止めた。
「大き過ぎる」
手がすっぽり隠れている袖を見せると、袖口を折り始めるレオさん。
「これでいいだろ?」
「ズボン履く」
「あ~!! もういい」
ちょっと怒ったような口調の彼は、私を抱き上げてベッドに運んだ。
「かぼす」さん。完全に「ゆず」さんです。
歌詞を書ければいいんですが、著作権の問題がありますからね。
こればっかりは仕方ない。
このシーンの曲はどうしても「栄光の架け橋」を思い浮かべて欲しかったので、
「かぼす」さんという微妙に違う名前で書きました。
たぶん気付いてもらえたかなと......。




