90.【当たり前にある幸せ】 改
暫くレオさんの帰りを待ってみたが、七の刻を過ぎてもレオさんが戻ってくる様子はなく、私は仕方なくノアと一緒に食堂に向かった。
クックさんにレオさんの夕飯も持って帰りたいからと、お弁当箱を三段貸してもらえるようお願いをして、トレーを持って窓際の席に座っているウイルさんの元へと向かった。
「さっきは、ありがとうございます」
「いや、余計なこと言ったな」
「一番大事な事、教えてもらいました。レオさんが帰ったら、ちゃんと話すつもりです」
私の言葉にウイルさんは、ホッとしたように笑みを漏らせる。
「ウイルさんって、レオさんの事大好きですよね」
「はっ? そんなことねぇよ」
否定の言葉を口にしながら、満更でもない様子の彼。
「ウイルさんが、恋人を作らないのって、さっきの話が理由だったりするんですか?」
私の言葉に疑問符を浮かべる彼に、私の中でウイルさんの印象が少し変わったと話した。大切な人に悲しいを想いをさせたくないから、恋人をつくらないのではないかと感じたからだ。
特定の恋人を作らず、色々な女の子との噂を耳にするウイルさん。私には理解しがたい彼の女性関係も、もしかしたら彼なりの優しさなのかもしれないと。
しかし、彼の答えは......。
「いや、色んな女の子と遊びたいだけ。一人に絞るなんて勿体ないじゃん」
あぁ、やっぱりウイルさんはウイルさんだった。
明らかにガッカリした私を見て、ウイルさんはクツクツと笑う。
「だって、俺死なねぇもん。そんな心配する訳ねぇじゃん」
そ、そうですね。
もう苦笑いしか出てこない。
「でも、今のレオを見たら、ひとりの人を大事にするのも悪くねぇのかなって、思ったりな」
意外過ぎる彼の言葉に目を丸くすると、ウイルさんはばつが悪そうに頬を掻いた。
彼の目には、今のレオさんはちゃんと幸せそうに映ってるんだ。
七の刻半を過ぎ、自分とレオさんの分をお弁当箱に詰めていると、食堂のドアが開き、冷たい風と共に彼が入って来た。
「おかえりなさい。間に合わないと思ってレオさんの分も、お弁当箱に詰めてたんだけど」
私から話掛けるとレオさんが、全身の緊張を解いたかのように脱力したのがわかった。
「なら、部屋で食べるよ」
私だけしか見えていないのかというくらい、深い紫の瞳は甘く私を見つめる。そのまま私を抱きしめるのではないかと思う程その瞳はこちらに近づき、私は慌てて身体の向きを変えた。
残っているおかずの中から、出来るだけレオさんの好きな物を選び詰めていく。その間も私から離れることなく、彼はずっと私の後ろをついてくる。
なんだこの可愛い男は。
その様子を見ていたウイルさんは、笑いを堪えるのに必死で、ちょっと涙目になっている。他の騎士さんは何があったのかと、不思議そうな顔でレオさんを目で追い、少し困惑している様子だ。
うん。こんなレオさんきっと見た事ないよね。
『クールで冷静』なんて言われてる男は、ここには今いない。
おかずを詰め終わり空になった大皿を下げようと、手にしている弁当箱をレオさんに渡し、先に戻るように告げる。しかしいつもなら素直に先に戻る彼が、今日は言うことを聞いてくれない。
「先に戻って夕飯食べてて!」
もう一度先に帰るように告げると、彼は渋々と戻っていき「あれはなんだ?」と、最後まで残っていたウイルさんが後ろから問いかけてきた。
「今日は面白いもの見せてもらったわ。最後まで残るのも悪くねぇな」
彼はそう言って肩を震わせながら、食堂を出ていく。
私はそれから残っている大皿を大急ぎで洗い場に運び「もう手伝わなくていいので、お帰りください」というイベンツさんに笑顔で「大丈夫ですよ」と答えた。
イベンツさんは、二週間くらい前に厨房の手伝いとして入って来た19歳の男の子で、物腰の柔らかい人懐こい性格の男の子だ。私以外の人はローテーションで仕事をしているため、毎日一緒に仕事をするわけではないが、それでも彼とは直ぐに仲良くなれた。
「仲が良くて羨ましいです」
「こう見えて、今朝までケンカしてたんですよ」
「本当ですか? でもケンカするほど仲がいいっていいますし、やっぱり羨ましいです」
彼の言葉に微笑んで答え、残ってる大皿を全て下げてると、私のところへ戻ってきたノアを連れて部屋に帰った。寝室のドアを開けるとテーブルの上には、広げられていないお弁当箱がそのまま......。
「どうして食べてないの?」
先に戻るように言った意味がないではないかと思いながら、ノアが部屋に入ったのを確認しドアを閉めると、ソファーから立ち上がったレオさんに後ろから抱きしめられた。
ドアとソファーの距離は4~5mはあるのにも関わらず、音もなく一瞬で抱きしめられた私は驚き声を上げた。
「わぁっ!!」
「ユイ」
切ないほど甘く掠れた声に、身体の奥がゾワゾワする。私を抱きしめるその腕は優しいのに、力強くびくともしない。
「ちょっと、疲れちゃった」
私がぽつり呟くと、彼の腕に力が込められた。
「もう、俺と一緒にいるの嫌か?」
なんでそうなる?
私の肩に顔を埋める彼の髪を優しく撫でると、微かな溜息が聞こえた。
「疲れたのは、怒ることにだよ」
ゆっくりと顔をあげた彼の方へ身体の向きを変えると、もう一度「おかえりなさい」とレオさんの身体を抱きしめた。この愛しい温もりが、当たり前にここにあることに感謝して。
「ただいま」
「話は後でゆっくりしよう。とりあえず夕飯食べて」
私は彼にソファーに座って食事を摂るように促すと、防音の魔道具を起動させピアノの前に座った。今日何度も繰り返し弾いた曲は、自分の想いを上手く言葉に出来ない人のラブソング。
きっといつも以上に疲れているであろう彼が、少しでも心穏やかになれるように。少しでも私の想いが届くように。
私のピアノを聴きノアは、ベッドの上でウトウトし始めた。
数曲弾き終わると、私は彼が食事を摂っている間に先にシャワーを浴びようと立ち上がった。クローゼットを開き、寝間着を準備する私に彼が言う。
「ユイ、髪は乾かさずに出ておいで」と......。
「わかった」
私はそう返事を返し、脱衣所のドアを開けた。
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