91.【二人で生きていく】 改
彼の寝室でシャワーを浴びる。考えてみればとんでもない状況のはずなのに、私は思いの外冷静だった。シャワーを利用するのが二度目だからなのか、それともこの後の彼との話し合いを考えると、それどころではないのか。
浴槽にはったお湯にバラの香りのバスソルトを入れ、ゆっくりと自分の考えを纏める。彼に伝えるべき事を一つずつ......。
考え事をして少し長風呂になってしまった為、いつもよりも上気して赤くなった頬。そしてピンクに色づいた身体を白いふわふわのネグリジェで包むと、濡れた髪をそのままにして脱衣所を出た。
髪をバスタオルで拭きながら出た私を、レオさんが手招きする。呼ばれるままにソファーに座る彼の前に立つと、レオさんの足の間に座るように促された。
背を向け彼の前に座る。バスタオルで拭いたといっても、まだまだ水気の多い髪に、自分の両掌を当てる彼。すると決して暖かいとは言えないぬるい風が、私の髪を揺らし始めた。
彼の大きな手で梳かれながら、少しずつ乾いていく髪。最初は荒くほぐすようにされていた髪も、次第に優しく撫でるようにされ、余りの気持ち良さに瞼が重くなる。
思わず頭をコクンとしてしまった。
そんな私の髪をそっと掬い上げ、露わになった首筋にキスを落とす彼。驚いて後ろを振り向くと、そのまま唇を奪われた。
何度目かの優しいキスで唇を離すと「昨日はごめんな」と、彼が深い紫の瞳を伏せながら呟いた。私の頭に何度もキスを繰り返す彼に、私は素直な気持ちを伝える。
「昨日はね、本当に腹が立ったんだよ。間違いなく、人生で一番腹が立った出来事だったの」
声を出さずに静かに頷くレオさん。
「でもそれよりも朝、笑顔でレオさんを送り出せなかったことの方が辛かった。
自分の中の黒い感情が嫌で、辛くて、しんどくて、怖かったの。自己嫌悪に陥って、結局怒ることに疲れちゃった。
こんなにしんどい思いするくらいなら、怒りなんて飲み込んだ方が楽だなって思ったの」
「それは、違うだろ」
否定の言葉に後ろを振り向くと「ユイが我慢する必要はない」そう言って彼は、私のおでこにキスを落とす。
「ユイを傷つけたのは俺だ。だから、ユイの怒りも俺がちゃんと受け止める。
これから何度も訪れるだろう、怒りも、悲しみも、苦しみも、二人で分け合って生きて行こう。幸せな時ばかりじゃないだろうけど、それでも俺にはユイが必要なんだ」
「うん。私もレオさんと......レオと一緒に生きていきたい」
呼び名が変わったことに気が付いた彼は、深い紫の瞳を細めて「ユイ」と、私の名前を呼んだ。
「ウイルさんに今日言われたの。ケンカをしても朝には仲直りしろって。自分達はいつ何があってもおかしくない仕事をしてるんだ。だから、もしもの時に少しでも後悔しないようにするべきだって。
騎士の奥さんになるって事は、そういう覚悟も必要なんだって教えてもらったの」
「あいつが、そんなことを」
私の肩に顔を埋めてレオさんがクスリと笑う。
「レオさんを笑顔で送り出せなかった自分の事が、許せなかった。意地になって仲直り出来ない事の方が、昨日の出来事より辛かった。
だから私決めたの。もしまたケンカすることがあっても、絶対に次の日の朝には仲直りしようって。レオさんも約束してくれる?」
小さく頷き「約束する」彼は少し掠れた声で答えてくれた。
もしかして、泣いてるの?
「昨日は無神経な事言ってすまない。本当に何も考えてなかったんだ。そんなの言い訳だけど。言っていいことじゃなかったって反省してる」
「ホントだよ。涙が出るほど怒ったの初めてだったんだからね」
「ごめん......なさい」
レオさんの謝り方が可愛くて、文句を言うものバカバカしくなってしまった。
「もう、謝るのはおしまい。だから、朝出来なかった分もいっぱいチューして」
私は身体を彼と向き合うように変え、足の上に跨ると、私の方からレオさんの唇に可愛いキスをした。
「チューって、くちづけのことか?」
「あっ......うん。くちづけとは言わないかな。キスかチューって言う。
くちづけって言われると、なんかエッチな感じする。ちょっと恥ずかしいっていうか、照れくさい」
「そう、なのか?」
不思議そうな顔をしているレオさんに、また私の方からキスをする。ちょっと膝を立てるようにしてキスをすると、いつもとは反対で私が彼を見下ろす態勢になった。
「なんか変な感じだね」
私の顔を見上げレオさんは「髪伸びたな」と、私の髪を優しくかき上げた。この世界に来た時には、肩にギリギリ付くくらいだった髪も、10cmくらいは伸びただろうか。
私は彼の深い紫の瞳にかかるサラサラの前髪をかき上げ、彼のおでこにキスをする。光に透けるとアメジストのように輝く、私の大好きな彼の髪。私の髪とは違って、癖のないサラサラとした柔らかな彼の髪に触れると、彼の手が私の首の後ろに回された。
ゆっくりと引き寄せられ唇を重ねると、彼の熱い舌が私の唇を優しく舐める。
その瞬間、私は大事なことを思い出した。
「そうだ、大事な事言うの忘れるところだった。キャロルさんが指輪届けてくれたんだけど、これって直ぐに付ける事出来ないの。だから、それまではしないからね」
「はぁ? ちょっと待て。俺の魔法で「絶対イヤ!」」
彼の言葉に被せるように断固拒否をすると、レオさんは「マジか~!!」と天を仰いだ。
避妊の指輪の効果を得るには、私の次の生理が終わったタイミングしかない。それ以前に指に嵌めても、何の意味もないのだ。それはピルと同じで、やっぱり排卵をコントロールするものなんだと確信した。
そして彼にとって一番のショックがここからだった。私は元々生理不順で、次の生理がいつ来るのか分からないのだ。先月の生理だってこの世界に来て初めてだったことを伝えると、彼は益々落ち込んだ。
二~三ヶ月に一度しか来ない事も珍しくなく、しかも重いのだ。その月によって症状は違うし、痛みの度合いも全然違う。
こんなだから薬を飲むように薦められてたんだけどね。
だからいつになったら出来るかなんて約束出来ないのだ。もしかしたら二週間後にはくるかもしれないし、二ヶ月後かもしれない。こればっかりは私にも分からないのだから仕方ない。
「ユイ、本当はまだ怒ってんだろ!?」
「怒ってないよ。ただの意地かな。その魔法使うのなんて絶対にイ・ヤ!!」
私はニッコリと笑ってレオさんに答えると「これって拷問だろ。絶対に怒らせた俺への罰だろ!」と、レオさんは何度も文句を口にしている。
だって、その魔法を使われる度に、昨日のことを思い出しそうで嫌なんだもん。
「次が早く来るといいね」
私はそう言って、唇を少し尖らせて拗ねている彼に、優しいキスをした。




