88.【初めてのケンカ】 改
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その日の夕方、魔物討伐から帰ってきた第三部隊の騎士さん数人が、クローゼットとピアノの移動を手伝ってくれた。
クローゼットの中身の移動を手伝ってくれたキャロルさんに最初伝えた時は、突然の出来事に驚き過ぎて言葉が出てこなかったみたい。口を開け目をパチパチさせている彼女の顔は、いつものキリリとした美しさは何処へ行ったのかと思う程面白かった。
レオさんの寝室で服をクローゼットに戻しながら、彼女と会話を続ける。
「これから副隊長と寝る時も、竜太子様一緒なのよね?」
そう言ってキャロルさんは「副隊長が不憫だ」と嘆いていたが、こればっかりはどうにもならない。
『僕は気にしないって言ってるのに』
「私が嫌よ」
「えっと、竜太子様って何処まで理解されてるのかしら? イチャイチャについて」
それは私も気になったが、聞くに聞けなかった質問。
『動物で言う子作りだろ』
えぇぇぇぇ~!!!!
驚き過ぎて、一歩下がって転びそうになった。
「こ、こ、こ......」
「ユイさん、そんなに驚かなくても。まぁ、全てご存じということですね」
『まぁ、子孫を残す必要がない僕は、興味ないけどね』
ノアは何当たり前の事を聞いてくるんだと言わんばかり。それを分かっていながらイチャイチャしてもいいと言っていたのか。そんなの絶対にありえない!!
それに婚約が決まった日に、ノアに言われたことも気になっている。私の身体は、ノアに常時魔力供給を行っている為、もし子供が出来ても悲しい結果にしかならない。だから絶対に今、妊娠してはいけないと強く釘を刺されたのだ。
それはレオさんも知っていることで、ノアの言葉を聞いた彼は神妙な面持ちで「わかった」と一言だけ答えていた。
正直、この世界の避妊法など私は知らない。日本にはアレがあるが、科学の発達していないこの国にないのは、考えれば分かる。それが魔法なのか、魔道具なのか、はたまた薬なのか、私には分からない。
だけど、それを彼任せにしてていいのかと、最近疑問にも思い始めた。いや、遅いんだけど。こ
れからの状況を考えると、それはもっと先の話になるのだろうが、知っておいた方がいいのかもと思う。
私達がまだそこまでの関係ではないと知っているキャロルさんに質問すると、何も分かっていなかった事に対して、なんでもっと早く聞かなかったのかと怒られた。キャロルさんに怒られながら私は昔、有希に言われた言葉を思い出していた。
「そういう時は、受け身じゃダメ。自分の身体は自分で守るのよ」って。
その当時高校生だった私は恋愛に全く関心がなく、自分にはまだまだ関係のない話だと思って真剣に聞いていなかった。今になって有希の言っていた言葉の意味がわかるなんて。
それからキャロルさんは、その事について色々教えてくれた。
方法は二つ。
一つは男性主体の魔法又は魔道具による、その都度の避妊。もう一つは、女性主体の魔道具による避妊。
男性主体の方は、男性の魔法能力や魔道具の性能によっては完全ではないこと。女性主体の方は、日本で言うピルのようなもので指輪型の魔道具らしい。排卵をコントロールするものかな?
私のように絶対に妊娠できない人は女性主体の避妊の方がいいと言われ、私も納得してキャロルさんに購入をお願いすることにした。
レオさんの魔法能力なら大丈夫のような気もするけれど、彼任せはもうやめよう。
いや、待てよ。
私が購入希望する物は全て、ケリーさんが確認するって話になったんだった。さすがにそれは嫌だ、と思ったら、キャロルさんが提案してくれた。聖魔導師長のコリンズさん、彼女に魔法付与をお願いすれば大丈夫だろうと。
私がコリンズさんの診療所に行くことは出来ないので、キャロルさんが今日中に彼女の所へ行って手続きをしてくれると言ってくれた。そんなに急がなくていいと思ったのだが「こういうことは早い方がいいの」と彼女は言う。
私がもっと早く考えるべきだったんだと反省し、迷惑をかけて申し訳ないと伝えると「私もユイさんが異世界の人だって、忘れてたわ」と申し訳なさそうに言われた。
それは異世界人であることは関係なく、私が知らない事を知らないと言わなかったからいけないのだ。いやその前に、彼任せにした私がいけないのか。なんだか色々ダメダメすぎて情けなくなる。
服の片付けが終わりかけた頃、寝室と執務室を繋ぐドアが開き、レオさんが「夕飯を食べに食堂に行こう」と顔を出した。
「私は先に診療所に行ってくるわ」
ソファーから軽やかに立ち上がり、コートを着るキャロルさん。
「キャロルさん、ごめんね」
「直ぐに済む用事だから大丈夫よ。あっ、デザインはどうする?」
「細めのものがいいかな。解毒の指輪も竜王の腕輪も見た目が重いから。あとのデザインはキャロルさんにお任せする。私に似合うもの私より分かりそうだから」
「責任重大ね」
優しく微笑むキャロルさんに「もし食堂の閉まる時間までに帰って来れないようなら、お弁当にするから」と言うと「それなら安心ね」と彼女は急いで宿舎を出て行った。申し訳ない気持ちになりながら彼女の背中を見送ると「体調でも悪いのか?」と心配してくるレオさん。私は「違うよ」とだけ答え、彼と一緒に食堂に向かった。
その後も、診療所に行ったキャロルさんの事が気になっているレオさん。食事を摂りながら彼には「帰ったら説明するね」とだけ伝えた。七の刻半を過ぎ、自分の弁当と一緒にキャロルさんの分も準備しようとしたところで、彼女は帰ってきた。
「明日の夕方取りに行ってくるから。ケリー魔導師統括長のことは、任せなさいって言ってくれたわ」
「キャロルさん、本当にありがとうね。それより時間大丈夫かな?」
「大丈夫、早食いには自信あるの」
彼女はそう言って配膳台に行き、残り少なくなった料理をお皿に盛りつけていった。そんな私とキャロルさんの会話を聞いて、不満そうな表情で私を見るレオさん。もしかしたら、何となく気が付いたのかもしれない。
食事が終わると仲のいい騎士さんのところへ行っているノアを呼びよせ、私はレオさんと一緒に部屋に戻った。
寝室のドアを開け部屋に入ると、後ろから抱きしめられ「何故俺じゃなく、キャロルなんだ?」と耳元で少し沈んだ声が聞こえた。
「俺達のことだろ。キャロルに頼んだのは、避妊の指輪だよな?」
私は黙って頷きソファーに座るように促すと、彼は足を開いて座り、その間に私を座らせ後ろから抱きしめた。私の肩に顎を乗せ、私の言葉を待つレオさん。
ノアは無関心という感じで、既にベッドで寛いでいる。
「レオさんに言わなかったんじゃなくて、知らなかったの。この国のそういうこと。私の国とは違っていて、何も分かってなかった。
それをキャロルさんに何となく言ったら、すっごい怒られちゃって。で、色々教えてもらったの。
ノアから聞いた時にレオさん『分かった』って言ったでしょ!? だから、それ以上聞けなかった。任せとけばいいのかなぁ......みたな」
「それは俺が魔法が使えるから大丈夫だと思ったからで」
「うん。でも私には全然分からなかったよ」
自分の身体に回されたレオさんの腕に、自分の手を添わせる。
「ユイの居た世界と違うとか考えてなかった。ごめん」
耳元で聞こえるレオさんの声は、少し切なくて甘くて私の胸を締め付けた。それから私は何故指輪を頼むことにしたのかを、彼にちゃんと説明することにした。
「その指輪と、同じような効果の薬が元の世界にあったの。私、月のモノの時に、体調を崩しやすくて。その薬を飲んだ方がいいって言われてたんだけど、なんか抵抗あって飲んだことなかったの。
だけどそういう指輪があるのなら、体調の管理もしやすいかと思って、お願いすることにした。別にレオさんの魔法を信用してないとかじゃないよ」
「俺、失敗したことなんてないぞ」
──── はい?
さすがにそれは言わなくてもいいのでは?
一瞬で空気が張り詰めたのが分かったのか、レオさんが慌てて「ごめん。無神経な事言った」と謝り出した。完全に余計な一言でしたよね。
レオさんの過去は気にしないって決めたけど、全然気にならない訳じゃない。私だってモヤッてする事はあるのに、レオさんの大バカヤロー!!
私は黙って立ち上がると後ろにいるレオさんを思い切り睨みつけ、クローゼットから着替えを出して脱衣所に向かった。
「ユイ、ごめん」
「レオさんなんて嫌い!!」
脱衣所のドアを音を立てて占めると『レオってバカなの?』という、ノアの冷めた声が聞こえた。
レオさんのバカ。デリカシーがなさ過ぎる。そんな事いちいち言わなくていいのに。もう、ホントに腹立つ~!!
このままキャロルさんの所へ突撃して、愚痴を吐きまくりたいくらい腹が立った。でも、それもただの嫉妬だって分かってる。自分の知らない昔のレオさんの事を、他の女性が知ってるのが悔しいだけ。今までだって何度か湧き出そうだった感情に、気付かないフリをしてきたのに。
人って本気で腹が立つと涙が出るんだって、私はこの時初めて知った。
シャワーから出ても私はレオさんと一言も口を利かないままベッドに入り、小さくなるようにお願いをしたノアを真ん中にして眠った。本気で怒っている私を見て、オタオタするレオさんにはちょっと笑った。
でも、もうちょっと反省するまで許してやんない。そして、これが私達の初めてのケンカとなった。
いや、一方的に私が怒っただけかな。




