77.【残った理性と少しの後悔】 改
昨日眠っているユイさんに口づけをしてしまってから、彼女に触れたいという衝動が抑えきれなくなってきている。彼女の気持ちを確かめた訳ではないが、初めての口づけを奪われたことを怒らない事や、俺を心配して抱き着き涙する彼女に、俺への愛情を感じるのは気のせいだろうか。
朦朧とした意識の中でフランメルに触れられるのを拒みながら、俺には求めるように手を伸ばして来た彼女。それを素直に嬉しいと感じたし、他の誰にも譲りたくないという思いが益々強くなった。
今抱きしめている彼女の温もりを、自分だけのものにしたい。
竜太子様が側にいる為、彼女に想いを言葉にして伝えることは出来ないが、少しでも俺の想いが届くようにと、彼女の耳にそっとキスをした。それに驚きソファーから落ちそうになった彼女を抱き留めると、やっぱり彼女は嫌がる素振りを見せない。
焦ってはいるが、俺がしたことを竜太子様に知られないよう誤魔化して、真っ赤な顔をして可愛く睨みつける彼女が愛しい。
もう自惚れてもいいだろうか。彼女も俺と同じ気持ちなんだと。
午後の図書室。
竜太子様から離れ辞書を取りに行った彼女が中々戻らない為、様子を見に行くと欲しい辞書に手が届かないようで、低い背を一生懸命に伸ばしているのが目に入った。
本棚の高い位置にある辞書を手に取り彼女に渡すと、自然と彼女と視線が絡みあった。また彼女に触れたいという感情が沸き起こる。しかしその場所が図書室であった為に自分を律すると、彼女は口づけされるのを待っていたかのように顔を赤らめた。
ここが図書室でなかったら、間違いなく俺は二度目の口づけを彼女にしていただろう。
今はもう、彼女の想いは俺にあると確信に近いものを感じているが、それでも一抹の不安は残っている。そう、ケントの事だ。俺の想いは伝えられないが、ケントへ特別の感情があるのか、それだけは知りたかった。
すると思いもよらない質問をされたようで、きょとんとした表情で首を傾げる彼女。その表情が全てを物語っている。彼女の中にいるのは、ケントじゃないと。そして確信を得ている俺に、彼女は怒ったように告げる。
「どうしたら、ケントさんを好きだなんて思うんですか」と。
俺の確信は間違っていなかった。それなら自分を抑える事をもう止めて、竜太子様との約束を反故にしてでも、彼女に想いを伝えるべきなのではないかと思う俺に、心の中のもう一人の俺が囁く。ユイさんの想いが自分にあるのなら、もう少しだけ今の曖昧な関係を楽しんでもいいのではと。
一生懸命に俺の想いを確認しようとする彼女が、顔を隠しながら俺に問う。
「私のこと、ちょっと......好きだったりします?」
すぐに答えたいという思いと、もしかしたら彼女の想いを聞けるのではという気持ちが交錯する。竜太子様との約束を反故にする覚悟は出来ていたのに、彼女の口から想いを聞きたいと欲が出てしまった。
俺を真っすぐに見つめ返す黒い虹彩には、俺はどんな男に見えているのだろう。ちょっと卑怯な俺を、彼女は許してくれるだろうか。
伸ばした手に触れる柔らかな髪も、白くて滑らかは頬も、その艶やかな唇さえも、俺以外の誰にも触れさせないで。どうか、俺だけが触れられる特別な存在でいて欲しい。
しかし俺の想いを伝えるチャンスは、突然訪れた。竜太子様が与えてくれたチャンスを、絶対に逃すことは出来ない。
だから俺は、ユイさんとの未来を手に入れる為に、彼女の前に跪いた。
竜母であるユイさんと付き合う為には、結婚が前提だからとか、そんな理由で求婚した訳じゃない。心から彼女と一生を共にしたいと思ったんだ。
これから先、どんなに沢山の人に出会っても、彼女以上に愛せる人はいないと確信している。もう彼女のいない人生など考えられない程、俺には彼女しか見えていない。
竜太子様もいない二人だけの時間。突然の出来事に緊張気味のユイさんを、この腕の中に閉じ込めた。
もう自分の想いを我慢しなくていいんだ。自分の想いを口にしてもいいんだと思うと、抑え込んでいた衝動がまた動き出す。
「ユイ」
自分が特別な存在であることを確認するように彼女の名前を呼ぶと、彼女が纏う匂いが変化した。その香りに誘われ、俺はまた彼女の唇に引き寄せられる。
二度目の口づけは、優しくそっと触れるだけにしよう。怖がらせないように、彼女に合わせ少しずつ少しずつ。
そう思っていたのに、一度触れてしまえば、その甘美な快感を手放せなくなった。
口づけの途中、息をすることが出来ない彼女が愛おしく、益々俺の心を高ぶらせる。そんな彼女に意地悪をしたくなるのは何故だろう。
互いの想いを確かめ合うように唇を重ね合わせると、もっと、もっとと、彼女に触れたくなる。彼女の戸惑いを感じ、もうやめようと思うのに、身体がそれを許さない。
そして、一生懸命に俺の想いに応えようとする彼女が纏う匂いが、さらに甘美なものに変化する。これ以上は拙いと唇を離すと、彼女は少し虚ろな瞳をしながら色香を漂わせた。
今まで見たことない彼女の表情に、抑え込もうとした身体の熱が抵抗する。そんな俺に彼女は呟く。
「大人のキスって気持ちいい」と。
何とか保っている俺の理性を、彼女は平気で壊そうとする。しかもそれが無自覚だから質が悪い。このまま彼女を泊めてしまうと、自分を抑える自信が俺にはない。
しかし部屋に帰るように告げた俺に、彼女は上目遣いで言う。
「泊まったらダメなの?」と。
もしかしたら彼女は、今まで戦ったどの魔物よりも、俺を窮地に追い込む存在なのかもしれない。
経験のない彼女を俺のペースに合わせる訳にはいかないと、俺の中の微かに残った理性が、彼女が部屋に帰るように促す。
今はこれでいい。彼女との時間は、始まったばかりなのだから。そんなに焦る必要などない。俺はそう自分に言い聞かせて、彼女を部屋に送り届けた。
ちょっと、おしいことしたかなぁ。
少しの後悔が、俺の中に残った。
これで第二章おわりです。
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