75.【結ばれた未来】 改
文官さんに案内され、私はレオさんと一緒に宰相さんの部屋に向かった。
ドアの前でレオさんは待機を命じられ、中に入ることを許されたノアと私が部屋に入ると、既に宰相さんがノアを待って跪いていた。部屋に入ると直ぐに身体を通常の大きさまで戻し鎮座するノアの隣に、私は立った。
「宰相さん、お久ぶりです」
初めはぎこちなかったカーテシーも、今では難なく出来る。
「竜太子様、ユイ様、御足労いただきありがとうございます。本来なら私が宿舎にお伺いするべきところを、誠に申し訳ございません。しかも会議が思いの外長引いてしまい、大変お待たせしてしまいました」
「元々図書室に行く用があったので、お気になさらないでください。ところで、聞きたい事とはなんでしょうか?」
私は疑問を素直にぶつけた。
「まずは、竜太子様に確認させていただきたいことがございます。昨日騎士達の前で、次代の竜王になられると宣言したというのは、本当でございますか?」
『そうだよ。僕はこの国の竜王になる。そう決めたんだ』
「誠にありがとうございます。この国の宰相として、感謝申し上げます。陛下もさぞ、お慶びになられることでしょう。これからも竜太子様の健やかなる成長を、心よりお祈り申し上げます」
『そんな堅苦しい挨拶はいらないよ。で、本題はなに?』
ノアの単刀直入な物言いに、宰相さんの表情が緊張の色を濃くした。
「ユイ様に多くの貴族から、縁談の申し込みが来ております。竜太子様とユイ様の意向をお伺いしたく存じます」
寝耳に水だった。貴族との縁談? そんなの聞いてない。レオさん以外となんてあり得ないし、絶対に嫌だ。戸惑う私の様子を見て、隣にいるノアが問いかけてくる。
「ユイはどうしたいの? 貴族になりたい?」
「絶対になりたくない。それに私は......」
レオさんじゃなきゃ嫌だ。
『ユイ、自分の気持ちはハッキリと言わないと、伝わらないよ』
そうだ。これは私の問題だ。ノアの言葉に私は顔を上げた。
「私には好きな人がいるので、縁談はお断りします。彼以外の人と、お付き合いしたくありません」
私の想いを確認するとノアは、宰相さんに向いて自分の想いを語り始める。
『そろそろ話が来る頃だと思ってたよ。ハッキリ言って貴族には、僕の出す条件をクリア出来る者はいないと思う。だから、その縁談は全部断って。僕の認めた相手じゃないと、ユイとは結婚させない』
どうやらノアは、私に縁談が来ることを予想してみたい。だから、私にレオさんへの告白を急かせたんだ。
「それは、クラネル卿ということで宜しいですか?」
「え?」
何故宰相さんから彼の名前が出るのか分からず、宰相さんとノアの顔を交互に見ることに。
『そうだね。この国に僕が出す条件をクリア出来る男は、他にはいないだろうね』
ノアは宰相さんを瞬きもせず見つめ、威厳と落ち着きが満ちた声で答える。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ノア何の話をしてるの?」
『ユイ、僕は言ったよね!? クラネルを認めてるって。それは騎士としての実力だけじゃなく、ユイの相手として認めてるって事だよ』
確かに言った。あれは、そういう意味だったのか。だけど......
「だってまだ、彼の気持ち聞いてないし、そんなこと勝手に決めちゃうなんてダメでしょ!?」
『それなら今、確認すればいい。クラネル、直ぐにここに来い』
ノアが彼に思念を飛ばし命令すると、入口のドアが開きレオさんがノアの足元に跪いた。
「お呼びでしょうか。竜太子様」
『クラネル、僕との約束は反故にしよう。もう僕はお前の事を認めていると、皆の前で宣言したんだ。あとは、お前が思うようにすればいい』
「宜しいのですか?」
顔を上げ、もう一度ノアに確認するレオさん。
『但し、条件がある。それは言わなくても分かるよね』
ノアの言葉に「もちろんです」と、彼は縦に首を大きく振り応えると、今度は私の前に跪いた。
えっ......なにこれ。理解が追い付かない私に、レオさんが言葉を紡ぎ始める。
「竜太子様との約束で、ずっと自分の気持ちを口にすることが出来なかった。でも、やっとそのお許しをいただけた。
まだ付き合ってもいないのに、こんな事を言ったら驚くかもしれない。だけど、中途半端な事はしたくないんだ。
俺はずっとユイさんと一緒にいたい。ずっと君を守っていきたい、そう思っている。
必ず幸せにすると誓う。だから、俺と結婚して欲しい」
「けっ......こん?」
ま、待って。それってレオさんも私を好きだったって事? しかも、なんでいきなり結婚なの?
戸惑いを隠せない私に、宰相さんが説明してくれる。
「竜母様とお付き合いするとなると、婚姻を前提とした交際となるのは当たり前です。実際に婚姻を結べるのは、竜太子様が竜王位を継承された後になるとは思いますが、ご婚約はしていただく必要があります。たとえクラネル卿が平民だとしても、竜太子様がお認めになった相手となれば、誰も文句は言えませんからね」
私が竜母であるがために、気軽な交際は出来ないと宰相さんは言う。レオさんはそれが分かっていて、プロポーズしてくれたんだ。
「私でいいの?」
「ユイさんがいいんだ。ユイさん以外考えられない。どうか、俺と結婚してください」
彼はそう言うと、右手を私の前に差し出してほほ笑んだ。
彼の深い紫の瞳が私を愛おしそうに見つめる。その瞳はあの夢で見た時と同じように、私の事を愛しむように柔らかな光を放つ。
想像もしていなかった出来事に戸惑いはあるけれど、私の答えは一つしかない。私だってレオさん以外、考えられないのだから。
「よろしくお願いします」
溢れだす涙を堪えることもせず、私は彼の手に自分の手をそっと重ね合わせた。
「ありがとう。絶対に幸せにする」
『ユイ、ごめんね。二人を試すようなことをして。
だけど僕はどうしても確かめたかったんだ。この男にユイを任せてもいいのか。ユイがどこまで彼の事を本気で好きなのか。
僕はいずれ竜王になって、ユイの側を離れる。その時に安心して任せらせる男じゃなきゃ、認められないと思ったんだ。
だけど、僕の取り越し苦労だった。僕が邪魔をしても、二人はちゃんと絆を結んでたね。僕が何も気づいていないと思ってるの? クラネルは、約束破りすぎだよ』
レオさんが、ちょっと咽た。
「どんな約束してたの?」
『クラネルから想いを伝えない。そして、ユイには決して触れない。それに関しては、全く守ってなかったね』
「......それ、ここで言わなくてもよくない!?」
宰相さんの前で暴露する必要ないのにと文句をいいながら、スッと立ち上がったレオさんを見上げると、今まで見たことない程顔を赤くしていた。
『お前でも照れるんだな』
ノアがまた意地悪を言って、彼をからかった。
「竜太子様、ユイ様、そしてクラネル卿。ご婚約おめでとうございます。正式なご婚約は後日となりますが、後ほど陛下にご報告させていただきます」
宰相さんは何故だか、ホッとしたような表情を見せ『エイベル、バネットブルグに伝えておいて。君のお陰でうまくいったよって』ノアはそう言って機嫌よさそうに、目を細めて私達を見つめてきた。
「竜太子様は全てお見通しという訳ですね」
宰相さんは、含み笑いをした。
『クラネル、いやレオ。ユイのこと幸せにしなかったら、僕が許さないよ』
「はい、絶対に幸せにすると誓います」
レオさんはそう言いながら、私の手をギュッと握りしめてくれたが、想像を絶する急展開に、私の心臓はまだ落ち着きを取り戻せないでいた。
宰相さんとの話が終わり、置いておいた荷物を取りに図書室に戻ると、司書さんがなんだかニヤニヤしている。借りたい辞書を持って司書さんの机で手続きをしている間も、やっぱり司書さんは口元を緩ませている。
「ユイ様、クラネル卿、おめでとうございます。心よりお喜び申し上げます」
突然の言葉に驚くと「さっきの文官か」と、レオさんが零すように呟いた。
どうやら先どほ宰相さんの部屋まで案内してくれた文官さんが、話を聞いていたようだ。
しかし、早すぎるでしょ。婚約したと言われても実感が全くない私達は、ぎこちなくお礼を口にすると図書室を後にした。
私が借りた重い辞書を、何も言わず抱えてくれるレオさん。
「ありがとう」
私の言葉に笑みだけで答えたレオさんは、荷物を持っていない私の右手をしっかりと繋いで歩き出した。まだ日が落ちる前、夕暮れの王城敷地内を、レオさんと手を繋いで歩く。
「ねぇ、ノア。国王陛下のお陰ってなに?」
ずっと引っかかっていた事を問いかける。
するとノアは今日の宰相さんからの縁談の話は、国王陛下の私への配慮からだろうと教えてくれた。多くの貴族が私との縁談を希望している中、レオさんとの噂が広まった事で、貴族の間から強引に縁談を進めようとする者が出たんだろうと。
だけど国王陛下は私の気持ちを優先したいという思いから「貴族との縁談は断る」という言葉を、ノアから聞き出す為に、宰相さんをけしかけたんじゃないかと言った。
そしてその企みに気が付いたノアは、それを利用して、私達に想いを伝える場を与えてくれたらしい。
私達を遠回りさせておいて、なんだそれは。そんな風に思ったりもしたけど、今ならノアの気持ちも分かる。すれ違って悲しくて泣いたり悩んだりしたから、私はレオさんへの想いを確かめられたし、自分を変えようと思えた。
そして貴族達を黙らせる為には、レオさんの実力を多くの人に知らしめる必要もあった。なによりノアが、次代の竜王になると宣言した、このタイミングがベストだったのだ。
ご機嫌な様子で私達の周りを飛び回るノアは、いつもよりちょっと大人びて見えた。




