73.【そんなところにキスしないで】 改
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もしレオさんが死んでしまったら......そんな事、想像しただけで怖くなる。今にも溢れ出しそうな涙を必死に堪えてみたが、私が鼻をすする音が静かな部屋に響く。
レオさんの首に回した腕にギュッと力を入れて、彼の肩に顔を埋めると「泣く必要なんてない」と耳元で甘く囁かれた。
小さく頷いて返事を返す私の目頭から涙が零れ、レオさんの服の肩を濡らす。
彼の大きな手が、私の頭を何度も優しく撫でてくれる。後頭部から首へ滑らせる感触が気持ちよく、ずっとこのままでいたいとさえ思った。彼の想いは私にあるって思っていいのかな?
「今日は、午後から図書室に行くんだろ!?」
────── うん。
声には出さず、頷いて答える。
「それじゃあ、午前中に書類の仕事を出来るだけ終わらせるよ」
レオさんにそう言われて、私は離れがたい気持ちを抑えて、彼から離れようとした。
その時......
────── チュッ
柔らかな何かが私の耳に触れた。
「ひゃぁぁぁっ!!」
驚いて身体を仰け反らせて、ソファーから落ちそうになった私の腰を、レオさんが片手で抱き止める。
「あぶない!! 大丈夫か、ユイさん?」
キ、キ、キ、キスした。 今、みみ、ミミ、耳にこの人キスした~!!
顔から火が出るとはこのことだ。先程まで溢れていた涙は止まり、顔は真っ赤に違いない。今なら頭の先から湯気だって出せそうだ。
「れ、レオさん!!」
「ユイさん、どうしたんだ」
何事もなかったような顔をするレオさんに、腹が立つ。
『ユイ、何やってんの。気を付けないと怪我するよ』
ベッドの上で、寛いでいたであろうノアが首をもたげた。
「だって、だって、レオさんが」
『クラネルが何かしたの?』
「......してない」
こんなことノアに言えるわけない。
耳を押さえ黙り込む私を見て、ニヤリと笑みを漏らせるレオさん。そして私の頬の涙の痕を指で拭うと、頭をポンポンと叩かれた。
くぅぅぅ、悔しい。絶対に私の事からかってるんだ。慌てる私を見て、面白がってるんだ。
心の中で地団太を踏みながら彼を睨みつけると、私の頬にもう一度触れた後、レオさんは立ち上がり「じゃあ、後でな」そう言って部屋を出て行った。
私は彼が立ち去った後のソファーに倒れこみ、今起きた出来事を思い出して、昨日の夜と同じように見悶えた。あんなキス、卑怯でしょ。反則でしょ!
興奮しているのか、どうにも落ち着かない気持ち。私は立ち上がるとベッドにダイブし、枕に顔を埋めてバンバンと枕を叩き、足をバタつかせた。
『もう、ユイやめてよ』
「だって、もうどうしていいか分かんないんだもん」
『ユイは、どうしてまだ告白しないの?』
突然ノアに質問された。
「まだ自信ないもん」
『自信がないのは、何に対して? 自分自身に自信にがないの? クラネルに思われてる自信がないの?』
「......どっちも」
私の言葉に明らかな溜息を漏らし、呆れ顔のノア。実際には竜なんだから、表情なんてわからないのだけど、ノアの目がそう言ってる。
『じゃあ、いつになったら自信が付くの? 皆に素敵だって言われたら? 噂されても妬まれなくなったら? クラネルに好きだって言われないと、ダメなの? ユイの言う、自信の基準ってなに?』
ノアの言葉に答えられずに、私は黙り込んだ。
言われてみれば確かにそうだ。どうなれば、私は自信を持ってレオさんに好きって伝えられるんだろう。彼の隣に居ても恥ずかしくないくらいの自信って、なんなんだろう...。
『ねぇ、ユイ。自分に自信がない人は、人を好きになっちゃいけないの? 好きだって伝えたらダメなの?』
「そうじゃないよ。ただ......断られたらって思うと、怖いから言えないんだよ」
『自信がなくたっていいじゃん。ユイが伝えたいと思ったその時、言えばいいんじゃないの? 何のために、僕が認めたと思ってんの』
「認めたって、レオさんの実力をでしょ?」
『はぁ......鈍感な女の子って可愛いんだろうけど、ユイは鈍感って言うよりバカだよね』
えっと......ひどい言われようだよね。
しかし、どうしてノアはそんなに呆れてるの?
首を傾げてその先の言葉を待ったが、ノアはそのまま口を噤んでしまった。
ノアは私に、早く告白しろって言ってるんだよね!? それはどうして?
ノアは彼の気持ちを知ってるのかな? それに、昨日と今日のレオさんの態度を考えたら、私の事、もしかして好きだったりする?
次から次へと湧いてくる疑問。私は二人で過ごす午後からの事を考えて、どうすればいいのかと、大きな溜息をついた。いや、正確にはノアも一緒にいるんだけどね。
しっかりお化粧もして図書室に向かう準備を整え、食堂に向かう為にレオさんの執務室の扉を叩いた。
「レオさん、あのね......さっき文官さんが来て、宰相さんが話があるから、部屋に来て欲しいって」
「宰相の執務室に?」
「実際には、ここに来るって言われたんだけど、図書室に行く用事があるから、私が伺いますって答えたの」
「分かった。......それと今日は無理はせずに、早めに帰るぞ」
部屋で勉強する為の辞書を数冊借りたいだけだから、そんなに時間はかからないはずだと答え、空の弁当箱を持って私は先に階段を下りた。もちろん会話の間、レオさんの顔は見ていない。
っていうか、あれからそんなに時間がたっていないのだから、見れるわけがない。跳ねて踊りまくる鼓動のせいで、息苦しささえ感じているというのに、私の後ろを歩く男に変わった様子はない。それがまた、腹立たしい。
食堂に入ると、キャシーさんが私に気が付き「図書室に行くの?」と言いながら、私が手にしている空のお弁当箱を受け取ってくれた。
「部屋で読むための本を借りてこようかと。レオさんがいる時じゃないと、図書室に行けなくなったので」
「あらっ、ユイさん。熱でもあるんじゃない? ちょっと顔が赤いわよ」
「だ、大丈夫です。ちょっと化粧が濃かったですかね」
「そうなの? 無理しちゃダメよ」
顔が赤いのはレオさんのせいだなんて言えるわけもなく、私はお化粧のせいにして誤魔化した。
「ユイさん、ホントに大丈夫なのか?」
後ろにいたレオさんが、心配そうに問いかけてくる。
「誰のせいですか!」
私はふくれっ面で返事をして、トレーをもって配膳台に並んだ。私の後ろからは、クスクスと息を漏らして笑う声が聞こえる。
私はノアに食べたい物を聞きながら、いつも通りお皿にたくさんの料理を載せていく。完全にレオさんより大食いの私。
トレーを持って席に移動し、いつものようにレオさんと向かい合わせに......座れない。今、レオさんの顔を見ながら、ご飯を食べれる気がしない。
既に席に座っているレオさんの側で、トレーを持ったままどうしようかと思案する。
「ユイさん、座らないのか!?」
戸惑いを見せるレオさん。
私はレオさんの顔を見なくてもすむように、彼の隣の席にトレーを置いて座った。それを彼がどう思うかはわからないが、兎に角今は、レオさんの前に座る勇気はない。
ノアは私の向かいに座り、まだかまだかと料理を待っている。いただきますと手を合わせて箸を持つと、ひとつ向こうのテーブルに座っている魔物討伐部隊の騎士さんと目が合い、暖かい目で微笑まれた。
ん? なんだろう......。私がいつもと違う格好してるからかな?
きっとそうだろうと勝手に納得をして、ご飯を食べ続ける。もちろんお替わりも忘れない。
そしてお皿に盛られた料理がなくなるころ、キャシーさんがお弁当箱の入った袋をテーブルの上に置いてくれた。
「えっ!? お弁当は自分で詰めるって言ったじゃないですか。忙しいんですから、気を使わないでください」
「うちの旦那、ユイさんの事大好きだからね。なにかしてあげたくて仕方ないのよ。だから気にしないで。あっ、大好きとか言ったら、誰かさんに怒られちゃうかしら!?」
キャシーさんは私の隣のレオさんを見て、意味ありげに笑って去っていく。キャシーさん、そんなこと言ったまま立ち去らないでぇ。私は隣にいるレオさんの顔を、未だにちゃんと見れていない。




