表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/133

58.【突然の出来事】 改

 魔物討伐から定刻に帰り食堂に向かうと、疲れた表情の副隊長に私は呼び止められた。


「副隊長、今日はユイさんの所に絨毯の専門業者が来るから、魔物討伐には行かなかったはずでは?」

「あぁ、その通りだ」

「それなら、どうしてそんな疲れた顔してるんですか?」


 今までにも、想定外の魔物が出現し、窮地に追い込まれたことが何度もある。長い遠征で精神的にも、肉体的にも悲鳴を上げたことだって。そんな時でさえも、副隊長のここまで疲れた表情を見た記憶はない。


 ロブ・ナイトと称される精悍な顔立ちに色はなく、無駄に垂れ流されていた色気は悲しみを纏っているかのよう。


「俺のことは気にするな。それより、ユイさんの所へ行ってくれ。体調が悪いらしく、キャロルに来てほしいそうだ」


「ユイさんが? 分かりました。直ぐに行ってきます。ユイさんの事は私に任せて、副隊長も休んでください。顔色悪いですよ」

 彼にそう言うと、私は急いで宿舎の階段を駆け上がり、ユイさんの部屋の扉を叩いた。


「ユイさん、キャロラインです。体調が悪いって聞いたけど、大丈夫?」

 声をかけると、私以外の人がいないのを確認するように、扉がほんの少しだけ開かれた。


「キャロルさんだけ?」

「私だけですよ」


 少しの隙間から見えたユイさんの瞼が、明らかに赤く腫れている。副隊長とユイさんの間で何かあったことは、考えなくても直ぐに分かった。

 私だけなのを確認すると、安心したかのように扉は開かれ、私は中に案内された。


「体調が悪いって聞いたけど、大丈夫? 副隊長も心配してたよ」

「体調が悪いんじゃなくて、こんな顔じゃ誰にも会いたくなくて。でも、夕食食べないと、それはそれで心配させちゃうから、キャロルさんを呼んでもらったの。迷惑かけて、ごめんね」


「そんなの気にしなくていいよ。で、副隊長となにがあったの?」

 単刀直入に質問すると、ユイさんは赤くなった目をこちらに向けて「どうして?」と問い返した。


「副隊長も、様子がおかしかったから、そうかなって」


 こくりと小さく頷くと、彼女にソファーに座るように促され、私はユイさんと向かい合わせになるように座った。いつもユイさんの側を離れない竜太子様は、今はベッドの上からこちらの様子を伺っている。


「ねぇ、竜太子様、いつもより大きくない?」

 黒い中型犬が、丸くなって寝ているくらいの大きさはある。


「これがノアの本当の大きさ。成長して、毎日大きくなってるんだよ。いつもは私の肩に乗りやすいように、小さくなってくれてるの」

 そう言われると、最近は大きくなったと感じなくなっていたことに気が付いた。


「そうよね。いつまでも抱っこ出来る大きさなわけないよね」

 体の大きさを自由に変えられるとは、さすが竜太子様だ。


「ノアが言うには、この部屋くらいの大きさまで成長するんだって」

「えっ? それ、本当なの?」


 驚いてベッドの上の竜太子様を見ると『ちょっと大げさに言ってみたら、本気にされた』と言われ「嘘なの? なんでそんな嘘言うのよ」とユイさんに怒られ始めた。


『冗談のつもりで言ったんだよ』

「誰も本当の大きさ知らないんだから、信じるの当たり前でしょ! じゃあ、本当はどれくらいなの?」

『ベッドの倍はあるかな。翼を広げるのは、この部屋じゃ無理かも』

「それでもやっぱり大きいね。もう変な嘘ついちゃダメよ」

『は~い』

 竜太子様と会話しているユイさんは、瞼が赤いこと以外普段の彼女と変わらないように見える。


「で、話を戻すけど何があったの?」


 瞼が腫れるほど泣いたはずなのに、彼女が今自然な笑顔でいられるのか不思議で仕方ない。そして副隊長との間にあった出来事を、ゆっくりと話す彼女の言葉を、私はただ黙って聞いた。

 

 街で副隊長と噂になっている女性が自分であること。それを副隊長がなぜか否定しないこと。女性と恋愛するつもりがないのなら、はっきりと噂を否定してもらわないと、期待してしまい辛いこと。


 副隊長自ら女性と付き合うつもりも、結婚する気もないと言ったのに、そういう意味で言ったんじゃないと否定され意味が分からないこと。否定された言葉に期待をしたが、結局はその意味を教えてもらえず、自分の気持ちは届かないことがわかったこと。


 それを淡々と話す彼女の瞳には涙はなく、事実を受け止めようと自分に言い聞かせているように見えた。そして私が言葉を発しようとしたその時『ユイには言うな』という竜太子様の声が聞こえてきた。


『あいつがユイを好きなことを、ユイには言うな』

『何故ですか? お互いが想い合っているのに、なぜ言ってはいけないのですか?』


『今はユイの話を聞いてあげて。ただし、あいつの気持ちをユイには言わないように。詳しい話は、後でしよう。もちろん、あいつにユイの気持ちを伝えることも禁止だからね』


 竜太子様の言葉で、二人がなぜここまですれ違っているのか、なんとなくではあるが分かった気がした。そして、それはユイさんをこんなに悲しませている、竜太子様への怒りにも似た感情となって、私の中で渦巻き始めた。


 それなのにユイさんは、竜太子様のおかげで気持ちを切り替えることが出来たと、感謝の気持ちを口にする。この人は、なぜこんなに素直なのなのだろう。そして、なんて幼いのだろう。


 恋愛経験がないにしても、副隊長の態度を見れば、自分に好意を持っていると気が付いてもいいはず。彼の言葉と態度には、意味があるとなぜわからないのだろう。なぜ彼女はここまで、自分に自信がないのだろう。


「私ね、明日からレオさんに好きになってもらえるように、頑張ることにしたんだ。自信はないけど、持てるように頑張る。いつか彼に気持ちが伝えられるようにきっとなる。だから、キャロルさん応援してね」


 清々しい程の笑顔が、それが上辺だけの言葉じゃないことを教えてくれる。


 しかし、今でさえも充分ユイさんに惚れている副隊長が、全力で彼の心を奪いに来るユイさんに、耐えることが出来るのか心配になってくる。


 話がひと段落すると、私は彼女の夕食を取りに食堂に向かうことにした。


「ユイさん、体調悪いわけじゃないなら、たくさん食べれるよね。私も一緒に食べる体で、二人分持ってくるね。じゃないと、体調悪いユイさんが食べる量にしては多くなるから」


 私はそう言って、食堂でユイさんの体調を心配して、私が帰ってくるのを待っているであろう、副隊長の元へと向かった。案の定、私が戻ると副隊長は食事の手を止め、私の元へと駆け寄ってきた。


「ユイさんは、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ちょっと頭が痛いそうです。夕食は部屋で、私と一緒に食べるそうです」


 明らかにホッとした表情を見せる副隊長に「竜太子様に、告白を止められてるそうですね」と微かに聞こえるように問うと「竜太子様に聞いたのか?」と聞き返された。


「私も、副隊長の気持ちをユイさんに言うなと、口止めされました」

「そうか。すまんな」


 眉をさげ元気の欠片らもない副隊長の背中を、私は思い切りバシッと叩き「副隊長負けるな」と声を上げた。何事かと驚きこちらを向く食堂にいる人々。


「あの方が何を考えているのかはわかりませんが、気持ちで負けちゃダメです。私は応援してますから」

「お前、励ますにしても、強すぎだろ」

 副隊長は苦笑いを浮かべながらも「ありがとう」と、小さく呟くように唇を動かした。


「じゃあ、ユイさんの食事運ぶので、失礼します」

 そう言って私はその場を離れ、トレー二つに山盛りの料理を盛り合わせていった。


「キャロルさん、それ一人で食べるんですか?」

 両手にトレーを抱え、どうやって扉を開けようかと考えていると、彼に声を掛けられた。そう、私が密かに思いを寄せている年下の騎士ケントさんに。


「ユイさんの部屋で一緒に食べることにしたんだけど、ちょっと取りすぎちゃったかな」

「ユイさん、どうかされたんですか?」


 そう言いながら、私が手にしているトレーを一つ持ってくれるケントさん。彼のこういう優しさに、いつの間にか惹かれた事を実感する。


「ちょっと体調悪いみたいだから、無理せずに部屋で食べようってことになったの。ごめんね。手伝ってもらっちゃって」

「ごめんより、ありがとうの方が嬉しいっす」

「そ、そうだよね。ごめん」


 思わず謝ると「だから~!」そう言って彼は屈託ない笑顔を見せ「うん。いつも、ありがとうね」と彼の笑顔につられるように私も笑顔を返した。


 ユイさんの部屋の前でトレーを受け取ると、彼の表情から突然笑顔が消え「俺、絶対にキャロルさんより強くなります。だから待っててください」と言われ「へっ?」私は変な声を上げてしまった。


 突然の告げられた言葉の意味を理解できずにいる私を残して、彼は逃げるように一目散に階段を駆け下りていき、彼の声が聞こえたのかユイさんが勢いよく部屋の扉を開けた。


「今の何???」

 腫れた瞼を見開き、目を白黒させるユイさん。


「えっと......わからない」

「待っててくださいって言ったよね!?」

 彼が口にした言葉を確認してくるユイさんに、私は頷いて答えた。

「......たぶん」


 トレーを一つ受け取ると、ユイさんは部屋に入りテーブルに置いた。そして「キャロルさん、早く入って」と言って、もう一つのトレーを持ちながら、呆然とする私の手を引いて部屋に入れてくれた。


 ど、ど、どういうこと~!?!?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ