42.【大きな勘違い】 改
それぞれの思いが交錯する、騎士団の食堂で行われている『ユイ様歓迎会』と称される単なる飲み会。
ユイに思いを寄せる男。
自分の中の芽生え始めた思いに気付かず、他人の恋路が気になる女。
二人を邪魔したい仔竜。
悪友の初恋を心配する男。
そして憧れの女性に、どうアプローチしていいのか分からず、毎日を悶々と過ごしている男。
騎士団に入団してからずっと憧れ続けている女性の名は、キャロライン・ラッセル。自分とさほど変わらない身長、引き締まった身体と男性騎士にも負けない強さを持つ彼女に、ケント・ハリスはもう三年近く片思いをしているのだ。
男だらけの騎士団にいながら、浮いた恋の話もないラッセル。何故なら騎士団の男達はラッセルの事を女性扱いすることがない。そのことに腹が立つこともあるが、彼女の魅力に気付いているのが自分だけだと思うとホッとしたりもする。
露草色の長い髪はいつも一つに纏められ、彼女が剣を振るう度に靡く髪と汗をかいた首筋に、ハリスの視線はいつも釘付けになる。色気がないだとか、女に思えないだとか、細すぎて抱き心地が悪そうだとか、隊員達は散々なことを言うが、ハリスにはそれが全く理解できない。
騎士団に入団した日、ラッセルに一目惚れをした時から彼にとって、彼女は誰よりも美しく気高い理想の女性なのだから。
彼女の所属する第三部隊(魔物討伐主要部隊)に配属される為に毎日の過酷な訓練にも耐え、同隊になった今でも自主練習を欠かさず行なっている。それでも彼女との実力差は明白で、今日の模擬戦でも一瞬で倒されてしまい自分の不甲斐なさに落ち込んだりもした。
しかしそんな自分を励まそうと、同期の隊員が酒に誘ってくれた事を利用して、ラッセルに声を掛けたのが今日の昼過ぎの出来事。
本当は彼女の近くに座りたかったが、ユイやクラネル、グランデのいる席に一緒に座る勇気はなく、彼は少し離れた席から彼女の楽しそうな様子を眺めていた。
ユイのそばにいるラッセルは、普段よく目にする彼女とは違って、女性らしい柔らかな雰囲気を纏い、ケラケラと笑う少し幼くも見える表情が、ハリスの心を益々虜にする。
ユイとふざけてキスをしようとした彼女を見た時、正直ユイに嫉妬心を覚えたが、ラッセルのキス顔に興奮してしまったのも事実。もっと見たいと言う欲求と、これ以上見てはいけないと言う自制心と、興奮してしまった事への羞恥心とが彼の中で渦巻いた。
ラッセルへの気持ちを周りに知られたくない彼は、無意識のうちに向けいていた彼女への視線を逸らそうとした時、ユイと目が合いニコリと笑われた。その後ユイの視線が、チラリとラッセルを見てから自分に向けられた時には、顔から火が出そうな程恥ずかしくなったハリス。
間違いなく彼女に気付かれた。今誰よりもラッセルに近い存在のユイに気付かれ、彼は動揺を隠せず隣にいる同期の隊員に「顔が赤いが大丈夫か?」と心配される程だ。
そんな彼を追い打ちするように聞こえたのは「しかし今日のキャロルさん可愛くないか?」と言う同期達の爆弾発言だった。
「それ俺も思った。いつもあんな風に笑ってたら可愛いのにな」
「あのギャップがいいんじゃね?」
「俺の前だけで可愛いとか?」
「バーカ、お前じゃ相手にされねぇよ」
彼女の魅力に一番最初に気が付いたのは自分だと言いたいが、そんな事言える訳もなく、ハリスは同意を求めてくる同期に苦笑いをして、エールをグラスに注いだ。飲みの席での事だからと、明日になったら同期が忘れてくれていてる事を祈るハリスに、更なる追い打ちを掛けたのが、ユイの質問に答えたラッセルの一言。
「ねぇ、キャロルさんの好きな男性のタイプってどんな人?」
「強い男」
即答したラッセルの言葉は、模擬戦であっという間に彼女に負けたハリスを絶望させるには、充分だった。項垂れ落ち込むハリスの様子に焦ったのはユイ。午前中の模擬戦を見ていた彼女は、ラッセルが一瞬で負かした相手がハリスだと気が付いていたからだ。
だがユイは、ラッセルの言葉に疑問を感じた。以前ラッセルに同じ質問をしたことがあったのだが、その時彼女はこう言ったのだ。「一途な人」と。
なのに何故今回、選りに選って「強い男」などと言ったのだろう?
「キャロルさんの言う強い男ってどんな人? 剣の腕が立つとか、腕っ節が強いってことじゃないよね?」
「心が強いってことかな。自分で決めた目標を諦めずに、一途に頑張れる人」
先程の悲壮感漂う表情とはうって変わり『それなら自分にもチャンスがあるかもしれない』ハリスの顔にそう書いてあるように見えたユイは、素直すぎるハリスに笑いが零れた。
「めっちゃ可愛い。私がんばろう」
ユイのこの小さな呟きがクラネルにも聞こえ、彼はこの後大きな勘違いをしていくことになる。
「じゃあ、ユイさんの好きなタイプってどんな人?」
「わかんない。だって好きになった人いないから」
「しいて挙げるなら?」
「可愛い人かな」
彼女自身、自分の発言が大きな勘違いを招いたことに気付くのは、まだまだ先の事になるのである。




