22.【アンフィスバエナ①】 改
残酷なシーンが少しあります。
苦手な方はお気を付けください。
竜王の洞窟は、早馬で二刻走って森の入口まで行き、そこから身体強化【加速】を使って更に一刻かかる場所にある。通常であれば三刻ほど掛かる距離。
だが今回は最短距離を身体強化【加速】を使い、走って洞窟へ向かうことが決まった。早ければ二刻で洞窟に着ける。【超加速】が使えるレオ・クラネルなら一刻半、竜王の洞窟に着くまでには、先に出発したルーカス・ギブソン達に追いつけるだろう。
竜王の洞窟へ最短距離で行くには、険しい山を二つ越えなければならない。道らしい道などない森の中をお生い茂った木々をよけながら、身体強化【超加速】で駆け抜けるクラネル。一定方向に折られた木々の枝や、倒された草の向きから、複数の人間が彼より先に竜王の洞窟のある方へ進んだと思われる。
途中、中型の魔物マンティコアの死骸を見つけ、ギブソン達がこの先にいることを確信し、先を急ぐクラネル。それからも魔物の死骸は点々と存在し、彼はそれを目印にしているかのように走り続けた。
山を二つ越え、もうすぐ竜王の森に入ると言う辺りで、ギブソン達の後ろ姿を捉えたクラネルは、彼の名を叫んだ。
「ルーカス隊長!」
「さすがレオだな。もう追いつかれたか」
クラネルを確認したギブソンの顔はいつも以上に険しく、眉間に刻まれた皺がより深さを増していた。
「半刻も先に出た俺達に、なんで追い付けるんだよ」
ウイル・グランデがブツブツと不満を垂れている。
「お前達が魔物を討伐してくれた御陰で、俺は戦わずしてここまで来たからな」
誰一人走る速度を落とすことなく、前に進み続ける。
「レオ......デートの邪魔して悪かったな」
前を向いたままのギブソンの言葉に、クラネルは咽そうになった。
「やっぱデートだったのかよ」
グランデが目を細めて、クラネルの顔を見ている。
「そんな訳ないだろう。ウィルぶつかるぞ」
「おっとととと......あっぶねぇ」
目の前に迫った太い木の枝にぶつかりそうになり、グランデが体を横回転させながら避ける。
やはりギブソンのことは、誤魔化せなかったらしい。
「この先になにかいる。オークが......三匹か」
クラネルはそう呟くと「俺が始末する。みんなは先に行け」と、一人道を右に逸れた。
背負っているバスターソードの柄に右手を掛け、そのままオーク目掛け、正面から突っ込んで行くクラネル。鞘から剣を抜いた勢いを殺さぬまま、オークを右肩から左脇腹にかけ切りつけ、後ろにある木ごと一気に切り落とした。斜め二つに別れた体は倒れる前に、彼の固有魔法【魔力吸収】によって黒い霧となり霧散する。
そして剣を振るった勢いのまま体を横回転させ、両手で持った剣で残り二匹を上下二つに分断させたクラネル。それも直ぐに霧散して、跡形もなく消え去った。そしてバスターソードを背中に担いだ鞘に戻し、クラネルは直ぐにギブソン達の後を追う。
「もう帰ってきやがった」
「こんなもんだろ!?」
グランデの言葉に、軽口を叩くクラネル。
「自分なら直ぐに終わらせて、追いつけると思ったんだろ。ホント嫌味な奴だな」
呆れ顔で賞賛してくるグランデに、クラネルはニヤリとして答えた。
予定通りクラネルが出発してから、一刻半で竜王の洞窟までたどり着けた。一刻半走り通しでは、流石のクラネルでも少し息が乱れている。
しかし隣に立つグランデは、二刻の間走り続けたというのに、全く息を乱していない。彼の身体能力の高さが伺える。
洞窟の前では三名の隊員が監視をしており、五名の隊員が洞窟の中の様子を確認しに入っているという。それ以外の隊員の役目は、竜王の森の巡回。
今到着したのはギブソン、クラネル、グランデを合わせた六名。ここにいる九名の役割をギブソンが思案している最中、事は起こった。
竜王の洞窟の奥に閃光と共に、身体の前後それぞれが双頭になっている超大型の蛇が出現し、ゆっくりと奥に進み始めた。
一つの首だけで、人の胴体の倍ほども太さがある。その側には、魔導師らしき黒尽くめの男が一人。その男が隊員二名を殺した犯人の内の一人だと確信した彼らは、洞窟入口に三名の隊員を残し、松明を持って男の後を追った。
「この蛇はアンフィスバエナだろう」
ギブソンが大蛇を追いながら言った魔物の名前に、クラネルは聞き覚えがあった。
「それって砂漠にしかいない魔物ですよね!?」
「この蛇を洞窟内に転移させる魔法陣を描くために、キアルとグレイルを殺して洞窟に侵入したんだろう」
ギブソンと会話を交わしながら風魔法【音声飛行】を発動させ、奥にいる隊員に魔物と敵が向かっていることを知らせるクラネル。
洞窟の中程で、先に入っていた隊員と挟み撃ちにする形になり、黒尽くめの男の足が止まった。それと同時に、アンフィスバエナも奥に進むことをやめる。どうやら黒尽くめの男の従魔らしい。これだけ高ランクの魔物と従魔契約が出来るということは、かなりの実力者なのだろう。
「こいつには氷と火の魔法が効かない。口の中に爆発系魔法を打ち込むことが有効だ。離れた所から水か風の魔法で攻撃し、隙を見て口の中に爆発系魔法を打ち込め。口から強力な酸を吐くから気をつけろ。あの黒尽くめは、俺が相手する」
ギブソンの言葉を聞き、全員が松明を床に投げ出し、一斉に剣を手にして動き出す。暗い洞窟の中での視界不良を解消すべく、クラネルは光魔法【光球】を発動させ、洞窟の中を照らし出した。
「アンフィス止まるな。必ず洞窟の奥にたどりつき、結界を壊して卵を割れ」
黒尽くめの男が叫ぶと、アンフィスバエナは自身の身体の両端を互いに噛み合わせ、体を輪にすると転がりながら奥へと進み始めた。それを止めようと、水と風魔法が使えるクラネルと二名の隊員が、一斉に魔法攻撃を仕掛ける。
黒尽くめの男は、ギブソンと対峙している。指示通りその男をギブソンに任せて、隊員達はアンフィスバエナを追いかけ、その場を離れた。
「風の槍」
「水の刃」
「風の刃」
アンフィスバエナの動きを止めようと、後方から次々と繰り出される魔法。
しかし動きを止める程の致命傷を与えられないまま、ついに竜王の寝床を守る結界前まで、たどり着かれてしまった。寝床は結界で守られ青白い光を放ち、中央に卵らしきものがあるのが見えた。
転がってきた勢いそのままに、結界に体当たりするアンフィスバエナ。爆音と共に洞窟全体が揺れ、結界を震わせた。そして丸まっていた身体を解くと、アンフィスバエナは結界に向いて、強力と言われる酸をぶちまけ始めた。
その瞬間、結界から白い湯気が立ち上った。今の結界は魔法攻撃は防げても、物理攻撃に対しては完全ではないのだ。片方の双頭は結界を壊す為に酸を吐き、もう一方の双頭は隊員達に向いて、攻撃を開始し始めた。




