17.【無言の圧力】 改
ユイさんが膨大な魔力を持ちながらも魔法を使うことが出来ない事を伝えると「竜母になるためだけに存在しているのね」と零すように呟いた。ユイさんに竜母になるしかないと思わせてしまったのではないか、大きなプレッシャーを与えてしまったのではと、私は不安になった。
あれからユイさんは、黙り込んだまま何も話そうとしない。怒っている風ではないけれど、考え込んでいるようで、私は自分の言動が軽はずみだった事を悔やんだ。彼女の方から歩み寄ってくれたのに、私がそれを壊してしまったのではないか、私が言うべきことではなかったのではないかと。
沈黙に耐えられず声を掛け反省の弁を口にすると、彼女から感謝の言葉を告げられた。予想だにしない出来事に言葉が見つからない。
この人は、自分よりも周りの人の幸せを願える人なんだ。無理やり連れて来られたこの国に対して恨み言どころか、この世界には自分に出来ることがあると言ってくれた。
そんな彼女が「友達になりたい」と言ってくれたことが、何よりも嬉しい。心からそう思った。
この人の前では、ありのままの自分でいられると思った。飾らず強がらず、弱いところも見せてもいいとさえ。出会ってまだ四日目の彼女に、私は心を奪われてしまったようだ。
友人として、彼女を支える存在になりたい。竜母様である前に私の友人として、この世界で誰よりも幸せになってもらいたい。
食堂で昼食を取りながらユイさん、副隊長と三人でおしゃべりをしていたとき、私は副隊長に対して違和感を覚えた。いや、違和感というより、むしろ別人なのではないかと思えるほどに、副隊長の様子がおかしい。副隊長と出会って七年。こんな彼を見たことがない。
十代のころは、女性関係が激しかったと聞いたことはある。しかし私が出会ったときは既に、女性に対して冷酷な今の彼だった。
この国で一、二を争う程の色男。しかも当時(三年前)史上最年少の二十五歳で、騎士団魔物討伐主要部隊の副隊長に抜擢されるほどの実力の持ち主。彼に思いを寄せる女性も多く、貴族の令嬢からの縁談も未だ耐えないと聞く。
まぁ、それは全て断っていると聞くが、女性に対して作り笑顔の彼しか私は見たことがない。自分に好意を向ける女性に対しては、特に冷たいのである。自分の容姿を褒めようものなら、殺されるのではないかと思うほどの、冷たい視線を向けられるのだ。
彼がユイさんの護衛に付くことに決まったとき、正直心配しかなかった。最初は任務だから、彼女に優しく対応しているのだと思っていた。しかし目の前にいる彼を見る限り、全くそうとは思えない。この穏やかな笑みを、作り物だと思う者がいるだろうか?
彼女が副隊長に好意を抱いていないからなのか、それ以外に理由があるのか。兎に角、目の前にいる男は、私の知っている副隊長ではないのだ。
そう思っているのは私だけではないようで、周りの隊員達も不思議そうに副隊長を見ている。きっと彼は周りの隊員が見ているのは、竜母様だと思っているに違いない。
食事を終えるとユイさんが「出来れば街に行ってみたい」と言い始めた。
「この国の人の暮らしぶりが見てみたい」
どこか覚悟を決めた様な表情のユイさんに「今日すぐには難しいと思うが、明日なら行けると思う」と答える副隊長。街に出るなら護衛を増やす必要があると考えると、早くて明日の朝って事になる。
「朝ならマルシェもやってるし、楽しいんじゃないかな?」
私が提案すると「朝ならキャロルさんが一緒に行ってくれるの?」と、ユイさんが問い返してきた。
その瞬間、副隊長から無言の圧力が掛かったのを感じた。たぶんユイさんは気づいていない。これは騎士だから感じる威圧。
「えっと......」
真顔で私を見つめる副隊長。言葉に詰まる。......言いたいことはわかりました。
「街に出るなら副隊長の方がいいと思う」
「そうなの? じゃあ三人ではどう?」
新たな提案をしてくる彼女に向いて、私は心の中で叫んだ。ユイさんお願い、副隊長が怖いの!!
「えっと、午前中にしておきたい仕事があるかなぁ」
ユイさんの提案を断るための嘘に、右の瞼がピクピクと痙攣する。
「そうなんだ。じゃあ仕方ないね。レオさん街を案内してくれますか?」
彼女の言葉を聞き、少年のような笑顔を見せる副隊長。それを私は、正面から見てしまった。これって私の勘違いじゃないよね? なぜだか額に、冷や汗が浮かぶ。
「デートのお誘いってことかな!?」
「もう違いますよ。揶揄かわないで」
この場にいることが、居た堪れない気持ちになった私。この様子だと、ユイさんのピアノを私が聞けることはなさそうだ。
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その日の夜八の刻過ぎ。
調理長のクックからスペアキーを預かったレオ・クラネルは、ユイを連れて人気のなくなった食堂を訪れた。魔道具のランプを片手に、薄暗い食堂を奥へと進む。
「遠慮なく弾くといい」
「確か上の階に、食堂のスタッフさんが住んでるんだよね? 今更だけど迷惑じゃないかな?」
「調理長には了承を取ってある。早い者は九の刻には寝るらしいから、それまでなら遠慮しなくていいってさ」
クラネルの言葉を聞き、ユイはピアノの椅子を手前に引き出し座った。久しぶりに触るピアノの感触を確かめるユイ。
クラネルはアップライトピアノの上にライトを置き、少し離れた椅子に腰を下ろして、長い足を組んだ。
「私が持ってたのって電子ピアノなの。このピアノの方が、ずっと綺麗な音」
「デンシピアノ?」
「安いピアノってことかな」
指を解し、息を吐くとゆっくりと弾き始める。選んだのはスマホに入っているバラード。
「ピアノは習っていたのか?」
「独学。どうしても弾いてみたい歌があって、小さい時キーボードを買ってもらったのが最初。それから弾ける曲が増えていくのが嬉しくて、毎日毎日練習したの。そうしたら歌も歌いたくなって、気がついたら弾き語りするようになってた。
中学に上がったとき、電子ピアノを買ってもらったの。それから益々夢中になって、大好きな歌をスマホに入れて、それを弾きまくってた。
クラシックとか、ちゃんとした楽曲が弾ける訳じゃないの。自分の好きな曲を弾いて、歌うのが好きなだけ」
クラネルと話しながら奏でるユイの優しいピアノの音色が、薄暗い食堂の中にゆったりと流れる。
ユイの口から出た母親の話。家族の話をしなかったのは、たまたまだったのだろうか? 自分の思い過ごしなのだろうと考え直し、静かに目を閉じるクラネル。
二曲目から、彼女は静かに歌い始めた。圧倒的な美声ではないが、優しくたおやかな歌声。
クラネルはそれを近くで聴きながら、疲れた心が癒されるような感覚に陥った。自分ではそれほど疲れているつもりはない。それなのに、心がほっと息を吐いて脱力していく。
誰にも邪魔されたくない。ユイの歌を、ずっと側で聞いていたいとさえ思うのだ。
ユイのことを気に入っている自分に気付き、戸惑いと共に笑みが零れる。こんな自分がいるとは、思っていなかったらしい。
この感情が、異世界に連れて来られた彼女への同情からなのか、天真爛漫な彼女が物珍しいのか、はたまた初めての恋なのか。今の彼にはまだ、判断が出来ないようではあるが。
ユイの歌声を聞いている途中、人の気配を感じ窓の外に目を向ける。そこには、食堂の中を覗き込んでいる隊員が数名。それに気付いたクラネルは彼らに向けて、唇に人差し指を押し当て静かにするように促した。まだこの時間を終わらせたくない。
彼らも頷くと、ユイに気付かれないように隠れ、密かに聞くことにしたようだ。
ユイの歌を独り占めしたという想いを心に仕舞い、クラネルはまた目を閉じた。




