学者モーリス[4]
モーリスは食事の置いてあるテーブルに戻ると、向かいの席に二人を座らせた。それから、黙って食事を続け、二人が話し始めるのを待った。最初少年は様子を伺っていたが、モーリスが食事の間だけと言っていたのを思い出して急いで喋り出した。
「今日、賛美歌の途中で僕らぐらいの子が息を切らしてやってきたんです」
少年が話してもモーリスは依然として食事を続けた。
「それで、その後村長が前で話したのですが、この村に狼がいて毎晩人間を襲っていると」
そう言っても、モーリスは何の反応も示さなかった。ライラはそれを見て、彼が自分と同じで少年の言うことが信じられないのだろうと思っていた。だから、こんな風に話し始めた。
「私もそんなのおかしいと思うわ。人に化ける狼なんて聞いたことないし、きっと何かの間違いよ。父さんが言ってたわ、不安や恐怖が大きいと存在しないものを見たり信じたりするのだって」
そこでモーリスは初めて食事の手を止めた。
「私も?僕は別におかしな話だとは思ってないが」
モーリスはそう言って立ち上がると、研究所の本棚から古い文献を持ってきた。そして、あるページを開くと、二人に見せた。中央には狼の絵が描かれていた。
「この本は学術的な文献じゃないけど、人に化けた狼について書いてあるよ。そいつらは昼の間は普通の人間としてふるまうのだけれで、夜になると狼になって人を襲うんだ。」
「迷信か何かでしょ?」
「それはわからない。僕だって信じられない部分もある。だけど、ロゼが死んだ時のことで一つ気になることがあってね」
「なんなの?」
ライラはモーリスの見せたページから顔を上げて、彼の顔をじっと見た。
「毛だよ」
「え?」
「あの後、羊飼いが持ち帰ったロゼの帽子に狼の毛が付いていたんだ」
ライラは羊飼いがロゼの帽子を持ち帰ったことすら知らなかったが、話を先に進めたいあまりそこには言及しなかった。
「そんなの犬の毛かもしれないじゃない」
「僕は犬の毛と狼の毛なんか間違えない。」
「だとしても、狼の毛がたまたまそこら辺におちてて偶然ついたのかも」
「随分低い確率だね」
「それでも人に化けた狼なんかよりは考えやすいわ」
「いいだろう、でもおかしくないか?」
「何が?」
「狼の毛が落ちてることがだよ」
「どうして?」
「だってこのへんに狼なんか生息していやしないんながら」
そう言ってモーリスは別の本を開いた。
「僕の書いた本、狼が住んでるのはもっとずっと東の国でこのへんに狼なんかいやしないんだ。これは、いろんな研究で証明したかなり根拠のある情報だよ。」
モーリスは生息地の欄を指差し、空欄であることをライラに示した。
「そして、さっき言った文献の中にある人に化ける狼だけど、一番恐ろしいのはだね」
「なんなんです?」
今度は少年が尋ねた。
「昼の間は人間の格好と言ったけど、本当に人間なんだ。」
「どういう意味なの?」
「つまりだよ、」
そこでモーリスは二人の方に身を乗り出して次のように言った。
「昼の間は僕らと全く変わらず、村人として普通に生活しているんだよ。この文献によるとパン屋として普通に生活していた一家が、実はみんな狼だったなんてこともあったみたいだよ」
この話を聞いてライラは急に青ざめた。モーリスはそこで話をやめ、食べ終わった食器を持って立ち上がった。
「食事が終わったから約束通り話は終わりだ、最後に今度は僕に質問させてくれ」
「はい」
少年が答えるとモーリスは続けた。
「羊飼いはなにか言っていたか?」
「村長の尋ねた質問に答えただけです。村長は確か羊飼いのお姉さんがロゼさんの死体を見たとおっしゃていましたよ」
「違うわ、お姉ちゃんが見たのはムラサキカグヤよ」
少年の言葉にライラが割り込んだ。
「確かに僕らにはそう言いましたが、村長は羊飼いのお姉さんがロゼさんの死体を見たと」
モーリスはそこで何かに気づいたようだったが、二人には何も言わなかった。
「ありがとう、じゃあ今日はこれで帰ってくれ」
二人をドアの前に待っていた受付の女性のとことまで連れて行くと、モーリスはすぐに食事をしていたテーブルを離れ研究を再開しだした。