洋祐のある一日 (中)
・・・が、好奇心旺盛なのは澤井さん一人ではなかった。
「で? 結局はどうなの?」
「は?」
会議の後、散々外回りをしてやっと帰社。かなり遅くなった昼飯を摂りに社員食堂へ行くと、やはり遅い昼食の真っ最中だった同チームの女性陣と鉢合わせた。
「『は?』じゃないわよぅ。今朝、会議が始まる前に澤井さんが訊いてたアレ。実際のところどうなのよ?」
俺同様、3年前に関東圏から転勤してきたという小林女史が、テーブルの向こう側からズズイと詰め寄ってきた。
ナイスバディで有名な彼女は、テーブルの上に身を乗り出しているせいで更に胸元が強調されているが、少々あざとさを感じ、一欠けらもそそられない。
「せや。隠し立てせんと、ホンマのトコ教えてや」
「やっぱり噂はホントなん? 佐藤クン、もう堕とされたっちゅうヒトが居るねん」
今度は両側に空いていた席にドカリと腰掛け、2年先輩のスレンダーでショートヘア・柴田さんは箸を握る俺の右腕に、同じく二つ上のボリュームのある眼鏡女子・菅さんは携帯を持っている左腕にしがみついてきた。
お三方は興味津々の、キラキラしたまなざしで見上げてくる。
「はぁ~・・なにを言い出すかと思えば・・・。まさか噂を本気にしているんじゃないですよね?」
どうでもいいが、これじゃメシが食えない。午後も当然仕事がみっしりだから、早いとこ食事を済ませてデスクに戻りたいのだが・・・
気を悪くさせない程度にソロリと腕から引き離し、俺は目の前の生姜焼きの皿に箸を伸ばした。
「え? 噂ってウソなの? 下総さんて本当は普通のヒト?」
「普通を意味するものが『ヘテロセクシュアル』のことなら、まぁ・・普通ってコトでしょうね」
適当に流してもしつこく付き纏われそうだと判断した俺は、食事をしながらも出来る限り丁寧に答えた。
「え~~~~~~? 違うのぉ?」
あからさまにつまらなそうな声を出した菅さんに続き、柴田さんまでもが「なーんだ・・・」と、やけに残念そうにボヤいた。
「? 下総さんがヘテロではダメなんですか?」
俺は首をかしげ、お茶を啜った。
彼・・下総さんを思い浮かべてみる。男の俺が見ても、彼は十分すぎるくらいにハンサムだと思う。背は高いし腹は出てないし、陽気な性格でなにより独身だ。
しかし、良いトコ尽くめでないのも確か。仕事はできるくせに出世はしたくないと逃げ回り、肩書きはプロジェクトのチーフくらいしか持ってないけど、ソレだって上からの命令で仕方がなく引き受けたのだと、苦~い表情で教えてくれた。
どこがいけないのかと訊ねたが、女史の方々は互いに目を見交わし、なんでもないと苦笑いだけを残して去っていった。
「なんなんだ・・?」
訳がわからん。
すっかり冷めて硬くなってしまった豚肉をもそもそと咀嚼し考え込んでいると、くくっと笑う男性の声が頭上から聞こえてきた。
「お前、ようアノ三人をかわしたなぁ」
振り返るように見上げれば、さっきまで柴田さんが座っていた椅子の後ろに、当の本人・・下総さんが立っていた。
手にはトレイが持たれていて、なにが乗せられているかはわからないが、ホカホカと湯気が立ち上っている。
「・・・かわしたつもりはないんですが」
お茶で流し込みながら言い返すと、彼はそのまま俺の隣に座り食事を始めた。
下総さんの昼飯はきつねうどんとおにぎり二つ。うどんは汁の色がかなり薄くて、ああ・・やっぱりここは関西なんだなぁ・・・と、改めて思った。
「女史たちなぁ、期待しちゃってるんだわ」
ゾゾゾッとうどんを啜ると満足そうな溜息を吐き、下総さんはリスのように頬をいっぱいに膨らませて咀嚼している。
「期待、ですか?」
「せや。期待期待」
『期待』・・いい言葉のような気がするが、微妙に苦笑を浮かべていることから察するに、別の意味が隠されているのかもしれない。
首をひねると、下総さんは楽しそうに笑った。
「そっか~、佐藤はわからんのか~」
「はぁ・・?」
サッパリだ。
食事を諦めた俺はお茶のおかわりを啜る。チラリと横目に彼を見ると、下総さんは箸を持たない左手でグワシッとおにぎりを掴み、ガブリとそれに食らいついた。
もッぐもッぐと豪快にあごを動かしている。
少し黙って待っていたが、なかなか続きを話そうとしない。ならばそろそろ仕事に戻ろうかと腕時計を確認していると、再び溜息が聞こえてきた。
「俺ってそないにゲイくさいか?」
「は?」
一瞬ふざけているのかと思ったが、ニコニコ顔の中に意外にも真剣な片鱗を見つけた為、俺も正直に答えることにした。
「全然」
全然、そう思わない。思えない。
だからそう言ったのに、訊いた当人は驚いたように目を丸くした。
「全然?」
「はい。まったく、全然、1ミリも。・・・少なくとも俺は、ですが」
だって、彼の行動や口調がどうしてもある人物と重なる。やけに過保護だったり、からかってきたり、時には甘えたり。
鬱陶しさは、まあ・・人懐っこい大型犬のようだと思えば許せないことも無い・・・か?
だから俺は一度だって彼をそんな風に思ったことはなかった。
「・・・兄によく似てるんです」
絡み方が。
「兄さん?」
「ええ。五つ違うんですが、向こうのほうが少々甘えたでして。頻繁に電話はかけてくるし、メールも送ってきます。転勤前は、長期休暇になると大抵、片道2時間半も掛かるところをわざわざ息子をダシにして遊びに来るようなヤツなんですよ」
忘れもしない、今年のバレンタインデーの日。義姉さんに、もう俺が転勤先から帰ってこないんじゃないかなんて脅された兄貴は、電話口で臆面もなく『寂しい』なんて言っていた。
兄・祐一がどれだけブラコンでスキンシップ過多かということを話して聞かせ、下総さんのじゃれ付き方がいかに兄と似ているかを説明した。
「わざとでしょう? わざとそう装う理由がある」
断定した言い方をすると、彼はハア~と息を吐いた。
「佐藤・・お前、スゴイわ」
感心したように呟いた彼は、もう一度嘆息するとトレイの端にあった湯呑みに手を伸ばし、冷めはじめたお茶を一口啜った。
俺も同じように湯呑みを口元に寄せた。
「ん~~~実は・・もう5年くらい前なんやけど、エラしつこく付き纏ってくるコぉが居ったんや。まぁ、端的に言えばストーカーやな。いや~~~とにかく凄くてなぁ、どんなに避けても追い掛けてくんのよ。んで、あんまりにも彼女のアタックが鬱陶しかったモンやから、俺はホモやで~、オンナには興味無いンやで~っぽい態度をとっているうちにぃ・・・」
一部でイメージが定着してしまった。と。
「いや、俺と年代的に近いやつらは噂なんて信じてないけどな。だけど、若い子たちや佐藤みたいに転勤してきたヤツなんかは、もう引くわ引くわ」
「なんでそんな回りくどいコトしたんですか?」
さっさと彼女でも作れば、そのストーカー女子への牽制にもなるし、変な噂も立たなかったのに。
お釣りがくるくらい十分イケメンなのだから、すぐにでも恋人の一人や二人・・・
思ったことを言ってみると、下総さんは大袈裟に顔をしかめた。
「恋人が二人も三人も居ってどないすんねん。それにな、お前は忘れてるようだが、俺はもうあらふぉーっちゅうヤツや。そんなストーカーの目ぇを欺くためだけに誰かとお付き合おたりなんてでけん年やねん」
眉をハの字にゆがませながら、もうひとつのおにぎりに齧り付き、直後、キュ~ッと口元を窄ませた。・・どうやら中身は梅干だったようだ。
「そもそも、心を伴わないお付き合いは、俺のポリシーに反するというか・・どうも合わへんねん。こう・・想い想われる純愛って言うんか? 一対一でもうお互いしか見えへ――――――」
・・・長くなりそうだな。
俺はもう一度腕時計を見遣る。食事を始めてからすでに40分が経った。
いつまでもここで下総さんに付き合っているわけにもいかない。早く仕事の戻り午後の分をやっつけてしまわないと、また残業が長引いてしまい、逸美への電話が遅くなってしまう。
彼女に心配をさせるのは、俺の望むところではないのに。
とはいえ、電話越しに耳元で『お願いだからムリしないでね?』なんてカワイイ声で言われると、ああ・・俺は愛されているんだなぁと再確認し、そのつどステキな恋人に恵まれた幸せに胸の奥が満たされる。
「――――――ぃっ! おいって! コラッ、佐藤! 話し聞いてんのか、お前は!」
「は? ・・・あ、すいません。聞いてませんでした」
ケロリと答えると、「古ッ! そのCM懐かしいわっ!」とツッコまれた。
「ったく・・。親身に話を聞いてるんかと思えば、突然うわの空になったり、腐話好きの女史たちをスルーしたり・・・お前って一体どんなヤツやねん」
「いたって普通です。ソレよりも、そろそろ仕事に戻っていいでしょうか? これからRフーズの担当者に連絡を入れないといけないので」
「ハイハイ。はよ行け。アリのように齷齪働いてくれ。・・・・・・徳永さんにヨロシクなー」
トレイを手に席をたった俺の背に、彼の声がかけられた。振り返れば箸を持った右手を軽く振っていた。
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