洋祐のある一日 (上)
今回長くなったので、3話にぶった切りました。
「おう! 佐藤、会議や! 会議ぃ!」
ドカドカと派手な靴音を鳴らして近づいてくる大音量のテノールの人物に、内心ウンザリとしつつも表情には出さず、振り返り会釈する。
ココ最近休みらしい休みも無いのに、転勤先の関西支社で直属の上司に当たる下総チーフは、今日も朝から無駄に元気を振りまいている。
もう40だと聞いたのに、その暑苦しいパワーはドコから湧いてくるのだろう?
「はい、わかってます。わかってますから、肩に腕を回さないで下さい」
会議で使用する資料やモバイル、その他諸々を揃えていると、ガッシリと肩を抱かれた。・・いつもこうだ。油断してるとベッタリ張り付いてくる。
GWも明けてほぼ1ヶ月。世間はとうとう梅雨に突入。連日雨続きでジトジトと蒸し暑く、ただでさえ不快で仕方がないのに・・ッ!
ドシッと肩にかかった野太い腕を、遠慮なく手荒に払い落とした。
「え~・・? えや無いか。肩ぐらい貸せえや」
「良くないですよ。もの凄く鬱陶しくて迷惑です」
どういうわけか支社はみんな小柄で、180センチを超える下総さん以外の男性社員は一様に160センチ台だ。だからなのだろう、170センチ台後半の俺の隣にすぐに並びたがるし、何かにつけて肩を組んでくる。
スキンシップを拒否された彼は子どものように唇を尖らせ、チェッと舌打ちした。が、すぐに気持ちを切り替え、仕事用の顔に戻った。
会議室へと並んで歩きながら、仕事の話に戻る。
「前回出た案のまとめ・・」
「当然してあります。項目ごとにそれぞれ調査して、一番環境に適合していそうなものを載せておきました。それと、他所でやっている似たようなプランと、それに関する成績を。ああ・・もちろん、コスト面でどうしても避けては通れないリスク・・・・・・このプロジェクト、発動初段階だと絶対、かなりの高確率でマイナス出ますよね?」
下っ端ペーペーごときが口を出すべきではないと今まで黙っていたが、現在二人っきりなのをいいことに、ちょっと気にかかっていた質問を投げ掛けてみた。
「せやな~・・出るやろな。100パ。会社が国内大手やゆうても、新たに部門を立ち上げて、今までほぼ無縁やった業界に踏み込むんや、始めのうちは安定した数値が出るまでは試行錯誤の連続やろ。・・・これまで以上に馬車馬のように働かされんで~」
「ぅぇ・・」
反射的に零れた呻きが聞こえたらしく、少しだけ高い位置にある下総さんの顔が、クククッと楽しそうにゆがんだ。
これまでだって休日の殆どを潰してまで情報の収集に奔走していたというのに、これ以上どうやって休みを削れというのだろう。
ただでさえ寮に帰るのが夜中の0時を回っていて、結婚を約束した恋人・逸美への連絡が遅くなってしまっているのに。
『ね、ムリして毎日電話しなくてもいいよ? 疲れているときは、メールで一言【オヤスミ】って入れてくれたら、十分だから』
一昨日も、声に疲労が現れていたらしく、ひどく彼女を心配させてしまった。
だけど、一日の締め括りに愛しいヒトの声を聞けないほうが、俺にとってストレスなんだと説明すると、途端言葉を詰まらせ、『もうっ!』と可愛い声で小さく呟いた。
とにかく、これ以上扱き使われたら体が持たないと一応訴えてみる。だが予想通り、倒れたら休ませたると返された。
『短期転勤だから推薦しておいた。ま、頑張っておいで』と、気軽に背中を押してくれ(やがっ)た、高橋主任へのお中元のランクが下がっても仕方がない。もちろん課長のも。
その分逸美のご両親には、奮発しようと密かに考えている。
「お~い、佐藤~?」
ウッカリ現実逃避して、全く関係ないところへ魂を飛ばしていた俺は、下総さんにゴッツい手のひらを目の前でパタパタと振られて我に帰った。
「・・スミマセン。――――――で、なんでしたか?」
「俺がウマナミっちゅー話・・」
「違います」
いきなり話が下世話な方向に変えられそうになり、咄嗟にさえぎった。すると、イイ反応もらったとばかりに彼はニヤリと笑い、またも馴れ馴れしく肩に腕を回してくる。
「ううん? 違うッちゅうのはどういう意味や? お前、俺のサイズ知ってて否定しとんのか?」
いつ見たんや、エッチィ~! とクネクネ科を作って、案の定からかい始めた。
シマッタ・・・彼には無反応が一番なんだと、同じプロジェクトチームの先輩に教えられていたのに。
後悔して額を抑える俺にかまわず、下総さんは今だオネェ口調で何かをのたまっている。やれ、恥ずかしいけど佐藤にならいいわぁ~とか、今度はアタシが見せてもらう番よ~とか・・・
彼の手の甲をつねって腕をはずさせる。
同じ失敗を繰り返すものかと、口を閉ざして冷たいまなざしを向けてやれば、ソレはソレで「そんなに見つめたらアカンわー」と、頬を手挟んでモジモジし始めた。
キモ・・ どうでもいいが、ホントに鬱陶しい。
彼を相手にしているとなぜか坂下を思い出し、無意識に眉間にシワが寄ってしまう。
構えば構うほどにからんでくるから、俺は歩調を速め彼を置き去りにして、ちょうど到着した会議室のドアをノックした。
「失礼します」
入室するとまだ半分ほどの人数しか集まっておらず、時間に些かの余裕があった。
俺と同様にプロジェクトに放り込まれた同期の女性社員・松前が、長机の席の前にそれぞれ資料とペットボトルのお茶を置いているのを見つけ、抱えてきた荷物を部屋の端に寄せてあった使わないと思しき椅子の上に置くと、彼女に近寄った。
「手伝うよ」
ぺーぺーの当然の仕事だと思い、手伝いを申し出る。彼女が腕にぶら下げていたビニール袋を受け取って、先に置かれた資料の左上の端にペーパーウェイトを兼ねるように、350mlペットボトルを設置していった。
「あ、ありがと・・」
配り終えて結んだビニール袋を手渡すと、松前は俯き気味に小声でお礼を言った。
人見知りなのか。松前はなかなか俺に慣れず、もう3ヶ月一緒のチームなのに今だボソボソとしか話してくれない。
これまで周りにいたのは、主張の激しい少々クセのある連中ばかりだったこともあり、こういった引っ込み思案というか、消極的なタイプにはどう接すればいいのか迷う。
とりあえず「いいえ」とだけ答えると、先ほど資料その他を置いた壁際に向かった。
「いや~ん! 佐藤サンたら色男~!」
壁に寄りかかって腕組みして見ていた下総さんが、またもやニヤニヤと笑いながら訳のわからないことをほざいている。
「はいはい、色男でもモノクロ男でもいいですから、席に着きましょう。そろそろ始まりそうですよ」
適当に受け流して、チーフである彼を上座の席に着くよう促すと、俺もまた定位置になりつつある下座の角の席に着いた。
モバイルコンピューターを開いて用意していると、隣に座った別課の男性先輩が耳元に顔を寄せ小声で訊いてきた。
「お前さ、大丈夫なんか?」
「なにがですか?」
「いや・・なにってぇ・・・なぁ?」
煮え切らない彼に怪訝な視線を送ると、彼・澤井さんはポリポリと顎を掻いた後、さらに顔を近づけると大袈裟に顔をしかめ、とっておきの秘密を告白するように更に声を潜めた。
「あ―――・・あくまでも噂なんやけど、下総チーフ、その・・えっと・・あんな・・・・・・ぇぃやって聞いたことあるねん」
「? 『えい』?」
「アホ。『エイ』ってなんやねん。海ン中ひらひら泳ぐんか! ・・って、ちゃう。『エイ』やのうて、『ゲイ』や。『ゲイ』。そこんトコどーなのかなーって・・・・・・あ。チ、チーフッ」
話しているうちに興奮してきたのか、澤井さんの声が段々大きくなってきている事には気付いていた。彼の向こう側に座る女性社員が眉間にシワを寄せて澤井さんの後頭部を睨んでいたから、しっかりハッキリ聞こえていたんだろう。
周囲に駄々漏れならば、モチロンそんなに離れた場所にいるわけでもない当人にも。
「さぁ~わぁ~いぃ~・・ずいぶん楽しそうな話で盛り上がってたやないか?」
「あわわ・・」
腕を組んで仁王立ちした大柄の上司に見下ろされ、澤井さんはアワアワと狼狽えている。
周りを一瞥すればプロジェクトメンバーはもうすでに集まり、みんな席に着いてにこやかにコチラの騒ぎを傍観していた。
まったく、誰も彼も騒ぎ好きなんだから・・・
俺はこめかみをグリグリと揉むと、深々と嘆息して下総さんに反論した。
「盛り上がってなんていません」
「佐藤!」
途端に表情を明るく変え、歓喜の声を上げたのは澤井さんだ。救いの手だと思ったのだろう。だが、俺が続けたセリフに、一気に彼の顔から血の気が引く。
「澤井さんが楽しそうだったのは否めませんが」
「さ、佐藤ッ!」
「ほほ~う?」
ニヤ~リ・・・
下総さんは俺がまだ見たことのなかった黒い笑みを浮かべると、ガッシリと澤井さんの後ろ襟をつかみ、先に会議を始めておいてくれと言い残して会議室を出て行った。
パタン・・
「うわーッ! スンマセンスンマセンスンマセン! お母ーちゃー・・・ッ!」
「エー、ではお言葉に甘えて、サクサク始めとこか。まずは・・」
閉じられたドアの向こうの断末魔など聞こえないとばかりに、二人を欠いたまま会議は始められた。
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