イヤな予感は大概当たる?
今回は佐藤家の長男の嫁・美穂さん視点です。
「えええ~っ! よーちゃん、こないの~?!」
G・W目前の木曜日。夫が会社から帰ってくるなり、長男の太一が玄関先で彼の脚にしがみついて、満面の笑みでもって叔父に当たる彼の弟・洋祐クンがいつ来るのかと訊いた。
へとへとに疲れていた夫は深く考えもせず、うっかりにも「来ねーぞ」と、軽く言ってしまった。
配慮が足りないでしょ×××
私が予期したとおり、途端に息子は愛らしい顔をしかめ、もの凄く残念そうな声で冒頭のセリフを叫んだ。
今にも泣きそうに表情を歪ませつつある愛息を前に、オロオロするばかりの夫・祐一を横の押し退けると、私はかがんで目線を合わせ、くしゃくしゃ顔の太一の頬を両手で挟んだ。
「仕方が無いでしょう? よーちゃんはお仕事する場所が遠くに変わってと―――っても忙しいの。太一はちゃんと土曜日と日曜日にお休みしてるけど、よーちゃんはほとんどお休みも無しで頑張ってるんだって」
恋人同士なら仕事を引き合いに出すと逆効果になりかねないけれど。
子どもだってちゃんと説明したら絶対にわかる。実家ではそう両親に教えられて育った。だから常日頃から『相手の立場に自分を置き換えて考える』が私の育児方針。
「太一も男の子なら寂しいのはグッと我慢して、頑張ってるよーちゃんを応援してあげなきゃ。ね?」
洋祐クンが関西に短期の転勤になったのはつい最近。コレまでは一人暮らししているアパートと私たちの住む佐藤の実家までは、電車を乗り継いで約2時間半・・乗り継ぎの悪い時間帯だと3時間弱もかかるため、なかなか帰ってこなかった。
それでも夫と太一は、連休ならば「ちょっと顔を見に行ってこようかな?」と誰に対しての言い訳なの?と訊きたくなるような独り言を残し、いそいそと洋祐クンのアパートへ。
な~んて、出掛けられる距離だったのだが・・・・・・さすがに関西は遠い。
「いや、遠いんじゃなくて、遠過ぎるだろ?」
同時に同じ事を考えていたらしい。ボソッと呟いた夫の声に、思わずフゥ・・と呆れのため息を吐いた。
「も~~~。太一が太一なら、パパもパパね~。そっくり! なんでそんなによーちゃんが好きなの?」
「えーっとね、あのねあのね、よーちゃんはやさしいなの。いっしょにあそんでくれるし、おはなしするとおもしろいのッ」
腰に手を当てて苦笑すると、すかさず太一が懸命に説明してくる。その後ろでは夫がウンウンと、腕組みをして頷いていた。
まだ5歳の太一はともかく、いい年をした実兄が、とっくに成人した弟に会えないからとガッカリするのは、一般的に見てブラコンで気持ちが悪い。でも洋祐クンの人となりを知っている私としては、こんなにも寂しそうにされるとあまり文句も言えない。
口には出さないが、きっとお義父さんたちも同じ気持ちだろう。
以前聞いた話では、幼い頃から〔祐一<洋祐〕もしくは〔祐一⇒洋祐〕といった図式ができていたらしい。これは優遇や贔屓ではなく、周囲の評価というか、信頼度というか・・・・・・とにかく一目置かれていたってことだと思う。
五つの年の差があるにもかかわらず、昔から洋祐クンは落ち着いていたそうで、両親も学校の先生方も連絡事があるときは兄である夫よりも彼を経由していたそうだ。(夫が当時小学6年生、洋祐クンが1年だったのに・・・)
パーフェクトではないが、デキる奴のカテゴリに分類されていたんだと、なぜか夫が鼻高々に教えてくれた。
今でもそうだけど、あまりおおっぴらに騒がずはしゃがずクールを装っていて、飛び回る兄や友人たちを一歩引いた場所で、まるで引率者みたいな様子で見守る子どもだったらしい。
もちろん空気を読まないわけじゃないから、小学生男子にありがちの秘密基地作成などには参加して、藪や草原の中を駆け回ったりもしたみたいだけど、自ら進んで計画を立てたりはしなかったようだ。
昔っから大雑把で明るく騒がしい兄に反して、寡黙で落ち着いた弟。
私から見た兄弟関係の印象もおおむね夫の話と同じで、『お兄ちゃんの片思い』ってカンジ。楽しそうに話しかける兄に対して聞き役に徹しているが、決してニコニコと快く話を聞いてくれるわけでもなく、寧ろその表情は迷惑そうに歪められている時も少なくない。
こうして見ると、洋祐クンの幼少期って大人ぶった協調性皆無の生意気な男の子のイメージになるけど、不思議と敬遠されたり仲間はずれにされることも無く、それどころか本人が思っているよりもずっと慕われていたんですって。
洋祐クンには、人を惹きつける何かがあるのかもしれない。
で、話は戻るが、太一がどうしてこんなにもガッカリしているかといえば、洋祐クンが好きなのも事実だけど、それ以外にも理由がある。
去年洋祐クンのアパートに遊びに行ったとき、太一はガチャガチャのカプセルをひとつ忘れてきた。子どもたちの間で大ブレイク中のモンスターゲーム。その中の人気キャラクターのフィギュアを置いてきてしまったのだ。
次に会うまで預かっておくと洋祐クンは言っていたらしい・・・が、少し前にそのカプセルを無くしてしまったと連絡があり、怒り出した太一にお詫びにおもちゃを買うと新たな約束をしたらしい。
たかがガチャガチャ一つにそこまでしなくていいと断ったのだけれど、子ども相手にも律儀な彼は、たまにしか会えないのだからと笑っていた。
「何事にも興味ゴザイマセンみたいな素っ気無い態度でいるくせに、その実けっこう情に厚いのよね~」
真逆のタイプに見えて、根本的にはやっぱり『佐藤家』の一員らしい人の良さを思い出し、ふと苦笑してしまう。
さてさて、夕飯の支度、と。
先に奥へと行った二人を追うように踵を返した私は、キッチンに戻るとすでに出来上がっていた料理を個々の皿に盛り付け、味噌汁の鍋に火をつける。
冷蔵庫から鮮やかな緑色のビニール袋を取り出すと、よく揉んで冷やしてあったキャベツときゅうり、彩りに千切り人参を入れた浅漬けを軽く絞って、大きめの深鉢にごっそりと盛った。
今夜のメニューは手作りハンバーグ。付け合せはポテトサラダとコーンソテー。メインが洋食だから、副菜はお義父さんたちに配慮して、しょうゆ味のおかず・切干大根の炒め煮。ちなみに味噌汁の具は、豆腐とワカメ。
温まった味噌汁をお椀に注ぎながら、さっきまで考えていた洋祐クンのことを思い出した。
確か彼、一人暮らしが長いから、料理もそこそこ出来るって言ってたっけ。
見た目だけでものぼせちゃう女性が多いだろうに、家事も出来るうえ性格までイケメンじゃあ惚れるなって方が無理だ。そう、例を挙げるなら私のひとつ年上のイトコ、麻美ちゃん。
実家の母の兄嫁、私からしたら伯母さんに当たる世良家(お母さんの実家)の一人娘・麻美(当時31)がまるで10代の少女みたいにキャーキャー言い出したのは、私の弟・琢哉の結婚披露宴のときから。
本来なら琢哉の結婚式に洋祐クンが出席する義理は無いんだろうけど、私が夫と結婚したことで知り合った二人は、ずいぶんと気が合ったらしく、いつの間にか本当の兄弟・・・といったら大袈裟だけど、気が置けない親友のような関係になっていた。
生まれた時から『弟』だった琢哉にとって、初めてできた『弟分』が新鮮でかわいい(?)のだろう。洋祐クンが住んでいたアパートと比較的家が近かったこともあり、ちょいちょい誘っては飲みに行ったりしていたらしい。
だから結婚式には洋祐クンに、友人の席ではなく親類席に着いてもらったのだ。・・・・・・・・・それがある意味、仇となった。
彼に一目惚れした娘の思いを叶えてあげたい伯母さんから、一時期は洋祐クンを紹介してほしいと毎日のように実家のほうへ電話がかかってきていたそうだ。
いい加減ウンザリし始めたお父さんが見合いという形で打診してみてはどうかと(半分ヤケで)言ったところ、それはいい案だとばかりに食いつき、催促の標的を変えた。・・・夫に。
それにしても、イトコとはいえ麻美ちゃんがそんなにも面食いでミーハーだったなんて知らなかった。
よくよく聞いてみると、〇ャニーズの熱狂的なファンだそうで、特にお気に入りの5人組ユニットは、コンサートがある度に観に行き、追っ掛けまくっているらしい。
しかも他のイトコたちが言うには、かなりの『夢見がち』。・・・しかも夢を見せちゃったのは私だってんだから、驚いたのなんのって。
私の実家、渡邊の血筋は一般的にみてもかなり小柄で顔立ちは普通。それに対して佐藤さんちはみんなモデル体型のうえ美形揃い。お義父さんや洋祐クン程じゃないにしても、夫の祐一も十分イケメンで通用するくらいには整っている。
そんな佐藤家に美穂が嫁げたんだから、じゃあ私だって!・・・と思ったかはわからないけれど、可能性を信じる一端となったと言われたなら仕方な――――――くない!
も~~~、一時は本当に大変だった。夫が伯母さんからの連絡を怖がって電話に出たがらなくなり、写真と釣書きが送られてきた日には、次男の弥一(2歳)を抱いたまま暫く項垂れていた。
「ママー! おなかすいたぁ!」
息子の甲高い声にハッと我に帰る。
夫たちと一緒にリビングにいた太一は、空腹が限界に達したらしく、おなかを押さえてキッチンに飛び込んできた。
「はいはい。ちょうど用意ができたところよ。だから太一はおじいちゃんとおばあちゃんを呼んできてくれる?」
「うんっ!」
パタパタと駆けてゆく後姿を見ていると、今度は弥一を抱いた夫が現れ、冷蔵庫から缶ビールを一本取り出してダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。
「美穂。さっきは助かったよ」
「い~え~。・・でも気をつけてね。太一はそんなに駄々をこねる子じゃないけれど、傷付かない訳じゃないんだから」
「はい・・肝に銘じておきマス」
ぺこりと頭を下げた夫の頬を、ひざに乗る弥一がキャッキャッと楽しそうにぺちぺち叩いた。
わざわざキッチンに顔を出した理由はそれだけだったみたいで、気が済むと弥一を連れて再びリビングへと戻っていった。
「・・・最近、また伯母さんの様子がヘンだって言うのよね~」
普段明るいくせに、ちょっぴり繊細なところもある私のカワイイ旦那さん。
結局のところ、洋祐クンにはカノジョがいるそうだって伝えたことで麻美ちゃんの話は終わった・・・はずだったんだけど、伯母さんがまた何かを画策しているみたいだと知ったら、きっとブラコンの彼は気になって仕方が無いだろう。
実家のお母さん経由の情報だから、信憑性はかなり高い。
どうも伯母さんの妹が関西にいて、しかも年頃の娘がいると言ってきたらしい。
うむむ・・ ちょっと、嫌な予感よねぇ・・・・・・?
洋祐クン。とっとと恋人作ってくれないかしら?
それが一番手っ取り早く面倒を回避できるのにと、心の中で切に願いながら、リビングに向かって「ご飯ですよ~」と大きな声で呼びかけた。
『きっと、恋におちる運命だった』もとうとう10話目!
個人的には早っ!と思うのですが、このところのカメの歩みのような更新具合からすると、決して早いとは言えない?
え、えっと・・こんな調子ですが、これからもお付き合い頂けたら幸いです。
宜しくお願いします。




