一話
「おい、前を見ろ!止まれっ!止まるんだ!」
鼓膜を裂く声と、激しいタイヤの摩擦音が雨上がりのアスファルトに響き渡った
視界が不自然に傾く
エンブレムが鈍く輝く高級外車のボンネットがすでに俺の腰に触れていた
運転席では携帯電話を握ったまま、青ざめた顔の男がいた
テレビのニュースで見たことがある
「一橋なんちゃら」
かつて徳川将軍家を乗っ取った御三卿の末裔
その血を引く名家のドラ息子
「なんで、俺が・・・」
ドンという音と共に体が浮くのが分かった
結構な距離を飛来してアスファルトに叩きつけられた
体が動かない
目線の先では皆が騒いでいる
車の中ではドラ息子が震えているのが見えた
意識が薄れていく
人は死ぬ瞬間に走馬灯のようなものを見るという
実際にはそんな時間は存在しない
ただ意識が遠のいていくだけだった
これが『死』か。そう思うだけだった
俺は親父から「足利氏の末裔」と言われて今日まで生きてきた、偶然苗字が「足利」なだけだろうとも思っていたが、死ぬ間際で出た「一橋許さん」の言葉は血の中に封印されていた足利の血が騒いだのだろう
血の海におぼれながら、ついに意識を失った
どうやら死んでしまったらしい。
「おい!起きよ。わが末裔よ」
優しいがどこか威厳のある声に俺は目を覚ました。
さっきまでの街の喧騒は無く、ただ真っ白な空間にいた
「起きよと言うておる、起きぬか!」
その声に反応するように起き上がった
さっき車に轢かれたはずの体は痛みもなく起き上がった
起き上がると二人の男が立っていた
一人は何となく見覚えがある、もう一人は全く見覚えが無い
「もしかして、家康?」というと
「いかにも、徳川家康である。此度は子孫の不手際、誠に申し訳ない」と言って頭を下げた
もう一人が
「儂を先に答えねばなるまい」と言って少し笑った
見覚えが無い、俺の日本史の知識にはない顔だった
歴史は世界史も含めて自信があった
「儂がそなたの祖先、足利尊氏である」
俺は一瞬怯んだ。教科書の絵とは全く違う
「言いたいことは分かる、お主の世では儂ではない者の絵図が儂として書かれておる、それが誰かはどうでもよい」
そう言った足利尊氏を名乗る男は、少し丸顔で優しい雰囲気の男だった
驚いている俺を見ながら家康は静かに話し始めた
「お主はわが子孫、一橋の不埒者に命を奪われた、余りにも理不尽である」
家康は俺と尊氏に頭を下げさらに続ける
「いくら分家とはいえどもあの所業は断じて許せん、そこでお主の無念を晴らすために尊氏様に相談して一つの提案をお主にしたい」続けて尊氏も
「家康を恨んでも意味がない、されど足利の者が殺されたとあれば話は別だ、これを受け取れ」
そういうと一枚の紙を差し出した




