第1R 僕の名はココロノソニック
「へー、四番人気かー」
それが、僕・ココロノソニックに与えられた数字だった。
特にどうという気持ちもない。
人気なんか何番目だろうと勝てばいいんでしょ。
それが僕に教えられた言葉。
九月第四週、中山競馬場、第4レース、新馬戦。ダート1800メートル。
スプリンターズステークスと言うとんでもないレースがある日の、小さなレース。
「あまり物怖じしないタイプなので内枠はいい」
僕はレース前、そう言われた。
枠番は、二枠の二番。黒い帽子を被った山本さんを背中に乗せて僕は走る事になる。
隣の一枠一番の仔はどこか落ち着かなさそうにぐるぐる回っている。三枠三番の仔はキョロキョロとこちらを見ている。
なんでそんな事をしてスタミナを消費する必要があるんだろうか。
僕はそれこそ、生まれてから今までずっと今日のためにここまで頑張って来た。
みんなそのはずなのに。
僕が産まれたのは二年半前。
そこから二年後に浅野治郎さんと言う父さんもお世話になったらしい人間の所へ行き浅野さんの言う事をちゃんと聞き、その上で10分の1秒でも早く走るために頑張って来た。
それが普通の事のはずだ。
同じように浅野さんたちに世話をしてもらった仲間たちが次々とデビュー戦に挑んで行く。
勝った勝ったと喜ぶ仲間もいれば、ひどい負け方をして深くため息を吐いたりギリギリで負けて悔しがる仲間もいる。
もちろんそれは僕ら二歳馬だけじゃない。三歳以上の先輩たちもみんな泣いたり喜んだりしている。
「……どうした?」
「ああいやシャットダウン、君はデビューは…」
「今年デビュー出来るか分からないって」
「焦ったりはしないの?」
「別に…」
そしてシャットダウンのように、二歳の内に走らない馬もいる。中にはデビューすらできないまま終わってしまう馬もいるらしい。
だからこうして僕は、走る事が出来るだけでもありがたいのかもしれない。いや、素直に有難たがるべきだ。
「大丈夫なのかい」
「信じているからな」
「そうかぁ」
僕らの会話は、ここで終わった。
シャットダウンはいつも言葉少なで、やる事をやるとすぐ自分のとこへ引っ込む。僕よりも50キロ近く小柄で、でも世間的には中肉中背らしいシャットダウンは、正直モテる。
牝馬たちは僕よりシャットダウンと併せ馬をする時の方が何故かやる気があるように見える。
(別にモテてもモテなくても活躍すれば…)
そんな事を思いながら走っていたつもりはないけど、それでも勝ち星が欲しいと言うのは真っ当な気持ちじゃないんだろうか。
それだけなのに物怖じしないタイプと浅野さんからも山本さんからも、太田さんって記者の人からも言われる。
別にいいけど、みんなそんなに不安がる物なんだろうか。
ゲートだ。何べんも見慣れて来た。実際に入るのとでは違うとか言うけど、僕にはあまり違うように思えない。
レースは十二頭立て。僕は七番目に入る。じっと待つ。
なかなか開かない。
どうやら八番の馬が嫌がっているらしい。ああ面倒くさい。
わざとじゃないのかと思いたくなる、いやそこまで性質の悪い話じゃないだろう。
そんな事をしてこっちをイラつかせて何がしたいんだろうか。
あれ?そう言えば八番の馬って一番人気じゃないか?何やってるんだろう。
そう考えるとおかしくて、気が抜けた。
あ、ゲートが開いた。ちゃんと出られた。
作戦通り、6番目ぐらいに控える。
確かに前後左右うるさいし横の壁も厄介だけど、そんなのはみんな同じ。
顔に砂が飛んで来るのは嫌じゃないのかって?そんなのは併せ馬の時に経験した。
「行くぞ」
山本さんの手が動く。前はあまり広くないけど、道は見つければいいだけ。
何だ、前二頭の間にあるじゃないか。通ればいい。
『内から突っ込んで来たココロノソニック!ココロノソニック先頭!』
先頭だ。
中山競馬場は坂は厳しいけど直線は長くない。そう聞かされていたから僕はわき目もふらず走る。
そんなのはみんな同じだから。
「よくやったな」
無事一着。歓声も聞こえて来た。
小さなレースだけど、結構人はいた。スプリンターズステークスと言うGⅠを見に来るついでだろうか。
「この後はGⅠですけど」
「正直出すだけかな。もちろん全力は尽くしてもらいたいけど」
「でも僕も目一杯の事はやるつもりなんで」
浅野先生がGⅠの話をしている。あまり楽観的じゃない感じだけど、とりあえずGⅠに出られる時点で凄いはずだ。
誰もがみんなGⅠ、いや重賞でもいいから出てみたいし勝ってみたいと言う。実際札幌に行ってデビュー勝ちした仔はもう重賞を走っているらしい。
「でもまあ、来年は行けると思うけどね」
「来年と言うと、やっぱりアッパーグレードにシャットダウン…」
「ボンバーエンドもいますけど」
そんな先生が期待するのが、シャットダウンにアッパーグレード、ボンバーエンド。
確かにその通りだ。
シャットダウンだけじゃなく、アッパーグレードも真面目でやる気があって頼もしい。ボンバーエンドって仔もアッパーグレードと同じく頼もしい性格で、この三人で来年はクラシックを狙う事になるんだろう。
僕がそこに混ざる事は出来るか。そんなのはわからない。
とりあえず、僕は目の前の勝利が嬉しかった。
GⅠの空気も味わい、厩舎に帰って来た後。
次のレースがもう決まった。
「このまま何もなければ京都だな」
京都のもちのき賞と言うレースらしい。条件は今回と同じダート1800メートル。
それで京都は直線は中山より長いが平坦で、中山よりは前に行く馬の方が強いらしい。
そして単純な話、次のレースで戦う事になるのは僕と同じ勝った事のある馬たち。
要するに強くなると言う事だ。
「おめでとう」
「ありがとう」
そんな事を考えていると、シャットダウンが寄って来た。デビューはどうやらまだまだ後らしくあまり派手な調教はない。
「浅野さんが期待してるよ」
「浅野先生だろ」
「ごめん、浅野先生が期待してるって」
「そうだな。でも時間はある。父親の事を思うとね」
「父親…」
「いや、何でもない、君の父親の事を考えてね」
「僕のお父さん?」
「ああ、ココロノダイチさんの事を」
ココロノダイチ。
僕の父親。
そんな事言っても種牡馬だからたくさんの仔の父親な訳でありあくまでも僕はその一人に過ぎない、そのはずだ。
でも次のレースまで暇だから、いろいろ聞いてみようか。
そう思い立った僕の前にやって来た、一頭の馬。
牝馬だけど、すごく大きな馬。
体型じゃなく、存在そのものがすごく大きな馬。
厩舎中をざわつかせるその馬。
「あの馬の事を聞きたいの?」
「ノーザン…スザクさん!?」
ノーザンスザクさん。
四年連続GⅠ制覇と言う、名馬中の名馬だ。
「山本騎手」にして書いてたらこれかよ……。




