第88話:螺絲と微光
アシンは中国の二線都市にある古びた団地に住んでいた。彼の家は三十平方メートルにも満たない賃貸アパートで、窓の外は隣の建物の壁がそびえ、一年中日の光が差し込むことはない。彼の仕事は、中堅企業での事務員。毎日、終わりのない報告書とデータを処理し続けている。同僚たちは嫌いではないが、好きにもなれなかった。彼らの話題は、常に住宅価格、結婚、出産、そしてどの同僚が最近新車を買ったか、といったことばかりだ。
彼はそうした話題に決して加わらなかった。自分とこの世界との間には、見えないガラスの壁があるように感じていたからだ。
唯一「生きている」と感じられるのは、退勤後の数時間だけだった。彼は何年も使い込んだゲーム機を起動するが、かつて仲間と共にドラゴンを狩った世界にログインすることは、ほとんどなくなっていた。並んで戦った仲間たちのアバターは、次々と灰色に変わり、最後には自分一人だけが、閑散とした村の広場に取り残された。その後、彼も皆と同じように、より「流行っている」携帯電話のシューティングゲームに移らざるを得なくなった。技術が進歩し、リアルタイムで会話できるようになったのに、彼が最も多く耳にしたのは、協力でも分かち合いでもなく、互いの非難と中傷だった。そんな時だけ、彼はこの世界は本当に冷たいと感じた。
しかし、彼もかつては本物の温もりを感じたことがあった。それは大学時代のことだ。その後、彼らは卒業し、社会に出た。恋人が望んだのは、「上昇志向」の人生。一方、彼は週末に静かにアニメを見て、ゲームをして過ごしたかっただけだった。彼らは喧嘩したわけでも、裏切りがあったわけでもない。ただある日、相手が静かにこう言った。「私たち、求めてるものが違うみたい。」彼はただ静かに頷くことしかできなかった。何を引き止めればいいのか、自分でもわからなかった。自分が何を望んでいるのか、自分でもわからないのだから。ただ一つわかっていたのは、「現実」のために、自分の心の奥にいる「小さな子供」を手放せないということだった。
それ以来、彼は誰とも付き合っていない。彼にとって恋愛は、もはや贅沢品よりも遠いものに思えた。
両親は数日おきに電話をかけてきて、誰かいい女性と知り合わなかったか、結婚する気はあるか、頭金は貯まったか、と尋ねる。彼はいつも黙って聞き、それから優しく一言だけ伝える。「大丈夫、心配しなくていいよ。ちゃんと自分でやるから。ふたりこそ、体に気をつけてね。」それがただの慰めに過ぎないことは、自分が一番よくわかっていた。自分自身の面倒すら、ろくに見られていないのだから。
彼は今年で三十歳。彼の成長期は、まさに中国経済が急成長した十数年間に重なる。両親は毎日朝早くから夜遅くまで働き、時代の激流の中で必死に足場を固めるのに精一杯で、彼にかまっている余裕などなかった。学校の勉強を除けば、彼の唯一の友達は、古びたパソコンだけだった。深夜に光るその画面だけが、彼にとっての唯一の避難所だった。彼はアニメの世界で、友情とは何か、情熱とは何か、仲間のためなら全てを投げ出す勇気とは何かを学んだ。
彼の部屋には、彼だけの「秘密の花園」があった。そこには、幼い頃から集め続けたフィギュアや、今では絶版となったアニメのCD、VCD、DVDがぎっしりと並べられている。まるまる一ヶ月分の給料をつぎ込んで、こんな「役に立たない」ものを買ったことを、彼は家族に一度も話したことがない。話せば、きっと「幼稚だ」「大人になりきれていない」「金の無駄遣いだ」と言われるのがわかっていたからだ。
しかし、彼の心の奥底では、ちゃんと気づいていた。この「役に立たない」フィギュアや、「時代遅れ」のディスクこそが、本当の「自分」なのだと。まだ世界に擦り切れておらず、善良さを信じ、物語に涙を流せる、最も純粋な自分。彼がまだ知らないのは、その「自分」こそが、彼の内なる「天神の欠片」だということだった。
その日、仕事を終えたアシンは、いつものようにアパートのベッドに寝転び、携帯電話をスクロールしていた。彼がフォローしているアニメのファンページやゲームの掲示板は、ここ最近、一つの場所の話題で持ちきりだった——日本だ。
動画には、鼻歌を歌いながらパン生地をこねる商店街の主人や、「お気持ちで」と書かれた小さな木箱が置かれた無人野菜売り場が映っている。さらにスクロールを続けると、ふと目に飛び込んできた情報があった。「『愛の管理総機関』が対外試点計画を始動——無料旅行体験募集中」。
彼はそのリンクを開いた。非常に簡素なウェブサイトだった。派手な広告も、複雑な説明も、値段もない。トップページにはただ招待状が一通あるだけで、歪んだ文字でこう書かれていた。「俺はアレン。平心湯の修理屋だ。……俺も昔はお前と同じで、めちゃくちゃ悲惨だった。でも今は悲惨じゃない。だからお前も来てみればいいと思う……」
彼はその一行をじっと見つめた。胸の奥の何かが、そっとノックされたような気がした。
彼は申請フォームを開いた。自分がどれほど追い詰められているかも、どれほど苦しい生活を送っているかも書かなかった。ただ、本物の温泉にどうしても浸かってみたい、屋台のラーメン屋で湯気の立つ一杯を食べてみたい、と書いた。自分の好きなアニメのことを、大切にしているフィギュアのことを書いた。ずっと抑圧され、否定され、「大人になれ」と言われ続けてきた、最初の自分を、書き綴った。
そうして、彼は「送信」を押した。この手紙が誰かの目に留まるのか、そんな場所が本当に存在するのか、彼にはわからなかった。彼がただ知っているのは、ずっとずっと出来なかったことを、たった一つだけやったということ。それは——自分はまだ、小さな子供のままだと認めること。
そのたった数行の手紙は、千の山、万の水を越え、無数の申請書の中に紛れ込んだ。そして、一対の優しい電子眼に、静かに見つけられた。
サイト公開から二日目の朝も、平心湯はいつもと変わらなかった。
アレンが二階から下りてきて裏庭の仕事に向かおうとすると、カノンがカフェカウンターのそばに立ち尽くし、泡立て器を手にしたまま、何かに吸い寄せられるように固まっている。彼女の視線の先を追うと——琪琪が専用の席で、かつてない速度で電子眼を瞬かせている。その輝きはいつもよりずっと明るく、指はタブレットの上に浮いたまま、微動だにしない。
「カノン姐——」
「しっ。」カノンは振り向きもせず、声を潜めて囁いた。「あの子、今朝からずっとああでね。あの申請書を読み続けて、もう何時間も経つわ。」
アレンは静かに琪琪のそばに歩み寄り、声をかけなかった。彼女が今「聴いている」のだと、わかっていたからだ。天神もタブレットを置き、座卓のそばからこちらを見つめている。三人は声もなく、琪琪が戻ってくるのを待っていた。
長い時間が経ち、ようやく琪琪の電子眼が高速の明滅を止めた。彼女は顔を上げ、アレンを見つめる。その声はいつもより少しだけ軽く、しかし、かろうじて感じ取れるほどの波動を帯びていた。「先輩。とてもたくさんの人が、申請しています。」彼女の手には一通の手紙が握られていた。無数の申請の中から、彼女の意識がたった一つ、特別に「マーク」したものだ。
アレンはその手紙を受け取り、うつむいて読んだ。カノンも横から覗き込む。彼は長い間、ただ黙ってそれを読んでいた。遠い昔のことを思い出していた。自分もかつて旧世界の冷たい雨の中で、最後の体温で、自分よりずっと弱い子猫を温めたこと。あの頃は、この世界に本当に別の生き方があるなんて、これっぽっちも信じられなかったことを。
彼の視線は、アニメやフィギュアについて書かれた部分で止まった。突然、彼の目が輝き、口元が思わずほころんだ。彼は琪琪を見上げ、その声には僅かな興奮が滲んだ。「琪琪、この手紙、俺に返事を書かせてくれ。彼が言ってるあのアニメ、俺も昔すごく好きだったんだ!あのフィギュアも、ずっと欲しかったんだ……」
琪琪は静かに彼を見つめ、電子眼をそっと一度、瞬かせた。「先輩、今でもとても好きです。」
アレンは一瞬固まり、それから笑った。「それもそうだな。」
彼は自室に戻り、ペンと紙を手に取ると、うつむいて一画一画をゆっくりと綴っていく。琪琪は彼のそばに立ち、アレンの歪んだ文字が一つ、また一つと紙の上に現れるのを見ていた。彼は書き終えると、そっと琪琪にそれを手渡した。「彼が読める言葉に翻訳して、この手紙の一番下に置いてくれないか?」
琪琪はその手紙を受け取った。そして、アレンの歪んだ字の下に、彼女の端正な文字で、一画一画を丁寧に、その優しさをもう一つの言語へと翻訳していく。その翻訳の文字の隣に、アレンはお世辞にも綺麗とは言えない文字でもう一言、走り書きをした。「そのフィギュア、俺も持ってるよ。」琪琪の電子眼が軽く瞬き、それも翻訳した。
そうして、二人で一つの手紙を完成させたそれは、遥か遠くの発信者が住む街へと送られた。
その夜、アシンはいつものようにベッドに寝転び、携帯電話をスクロールしていた。そこに突然、一封のメール通知が現れた。彼はそれを開き、差出人の名前を見て、一瞬息が止まった。
彼はその返信を読んだ。とても短い手紙だったが、彼の動きを止めたのは「ようこそ」の歓迎の言葉ではなかった。すぐ後に続く、その言葉だった。手紙を書いた人は、彼の好きなアニメのことを、そしてフィギュアのことを話していた。その人は言った。「俺もそのアニメを見てたんだ。そのフィギュア、俺も持ってるよ。」
携帯を握る彼の指が、ほんの少し震えた。胸の奥を何か重いもので強く打たれたようだった。長い間ずっと詰まっていた息が、突然、出口を見つけた。彼は顔を伏せ、ぐっと鼻をすすった。目の奥は熱くなったが、涙が零れ落ちるのは堪えた。一人、その狭い部屋の中で、ただぼんやりと、笑みを浮かべた。心の奥に長く眠っていた種が、ついにほんの少しだけ、水を与えられたのだと感じた。
彼は部屋の隅に追いやられた「秘密の花園」に目をやった。数え切れない深夜を共に過ごしてきた無数のフィギュアたちが、画面の淡い光の中で、静かに彼を見つめている。彼は突然、腕を伸ばして、そっと、本当にそっと、一番近くにあった一体の頭を撫でた。
天神のPM
今夜も、世界中から何千、何万という手紙が、たった一つの場所へと飛び立っていく。手紙を書いた人々は、陽の光の下の無人の野菜売り場を見たことがないかもしれないし、休息警察の優しい注意を聞いたことがないかもしれない。けれど、彼らの心の中には、まだ世界に完全に磨り減らされてしまっていない小さな子供がいる。その子供は、一杯のラーメンに心を打たれ、一つの温泉に憧れ、「俺も昔はお前と同じで、めちゃくちゃ悲惨だった。でも今は悲惨じゃない」という一言のために、最後の勇気を振り絞って、見知らぬ扉を叩くのだ。
もしかすると、君の生活はとても疲れているかもしれない。もしかすると、君もこの世界に強いられて大人にならされ、成熟を強いられ、一粒の歯車の螺子に変えられてしまうのかもしれない。でも、覚えていてほしい。あの「何の役にも立たない」おもちゃに心を動かされ、一つの物語のために涙を流せる自分こそが、本当の君なんだ。それは幼稚なんかじゃない。それが君の、一番大切な「光」なんだ。
この世界に、耳を傾ける心が永遠にありますように。君のその手紙が、最後には必ず、優しく見つけられますように。
おやすみなさい。
—— 天神
第88話『螺絲と微光』 完
読者の皆さん、いつも応援してくださって本当にありがとうございます。
皆さんが物語を読んでくださるその一回一回が、私にとって最大の励ましです。
第88話「螺絲と微光」では、旧世界で「役立たず」とされた青年が、心の奥に残る小さな光を通して、新しい世界への扉を叩く姿を描きました。
この物語が、少しでも皆さんの心に温かさを届けられたら嬉しいです。
これからも精一杯書き続けていきます。どうぞよろしくお願いいたします。




