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EARTH Online  作者: 甘太郎
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第八十話:眠らぬ星明かり

深夜。平心湯。


阿楽は畳の上に横たわり、目を大きく見開いていた。窓の外では虫の音が響き合い、月明かりが布団の上に銀白色に降り注いでいる。眠れないわけではない。ただ、興奮しすぎていたのだ。


今日見たパン屋、そして「連結」という名の小さな相棒……あらゆることが頭の中で渦巻いていた。まるで新大陸を発見したかのように、全身にエネルギーが満ち溢れ、まったく眠る気になれなかった。


彼は体を起こし、そっと部屋の扉を引いた。廊下は静まり返り、カウンターの方からほのかな明かりが漏れているだけだった。


天神はまだ起きていた。ネコバスの抱き枕にくるまり、手にはタブレットを持ち、画面の光がその顔を照らしている。加美はその隣に座り、二人で一緒に画面を見つめながらアニメを見ていた。加美は両手でホットチョコレートのカップを包み込み、口元には笑みを浮かべ、時折小さく笑い声を漏らしていた。彼女は阿楽が出てきたのに気づくと、顔を上げ、ぱちりと瞬きをした。


「眠れないの?」加美が笑いながら尋ねた。


「うん。」阿楽は素直に認めた。「嬉しくて。どうしたらいいかわからなくて。」


天神はタブレットを置き、立ち上がると、大きく伸びをした。「それなら、ちょっと外を歩かないか?」


「今から?」阿楽は窓の外を見た。真っ暗だ。


「ああ、今からだ。」天神は上着を手に取り、一着を阿楽に差し出した。「百分百の世界には、昼間の陽射しだけじゃなく、未明の星明かりもある。この時間にしか見えないものがあるんだ。」


阿楽は上着を受け取り、胸の鼓動が少し速くなった。振り返ると、加美がホットチョコレートを置き、自分の上着を手に取るのが見えた。「私も行くわ。このアニメは帰ってからでも見られるし。」


天神は微笑んだだけで、何も言わなかった。


彼らが入り口に向かうと、阿楽が扉を開けた瞬間、その手を止めた。


琪琪が扉の外に立っていた。手には彼女のタブレットを抱え、電子の瞳がかすかに輝いている。薄手の上着を羽織り、ずっとそこに立っていたかのようだった。


「琪醬?」阿楽は驚いた。「君……どうしてここに?」


琪琪の電子の瞳がそっと瞬いた。「先輩。眠れないだろうと思って。だから、ここで待っていました。」


阿楽は彼女を見つめ、胸の奥で何かがそっと揺さぶられるのを感じた。驚きではない。温かい、理解されたという感覚だった。彼は「どうしてわかったの」とは尋ねなかった。ただ、うなずき、そっと言った。「ありがとう。」


四人は連れ立って、平心湯を後にした。扉の風鈴が、チリンチリンと軽やかに鳴った。


通りはひっそりと静まり返っていたが、死の静けさではなかった。街灯の温かな光が、彼らの影を長く長く伸ばしていた。


阿楽は、どの店ももう閉まっていると思っていた。しかし、角を二つ曲がった時、彼は驚きの光景を目にした。いくつかの店に、まだ明かりが灯っているのだ。


一軒の理髪店。


ガラス窓越しに、阿楽は若い理容師が客の髪を切っているのを見た。客は気持ちよさそうに椅子に身を預け、目を閉じている。理容師の手つきは軽やかで優しく、鋏のカチカチという音が、深夜にはひときわリズミカルに聞こえた。壁の時計は、午前三時を指している。


阿楽は足を止め、ガラス越しに長い間、見入っていた。


理容師が一鋏入れ終えると、一歩下がり、首をかしげてじっくりと眺め、再び近づいてほんの少しだけ整えた。その動作はとてもゆっくりで、細心の注意を払い、まるで芸術品を彫琢しているかのようだった。客もまた、急かす様子はまったくなく、ただ静かに身を任せ、時折目を開けて鏡の中を確認すると、また目を閉じた。


「彼……眠らなくていいんですか?」阿楽は尋ねた。


加美は彼の隣に立ち、両手を上着のポケットに入れたまま言った。「彼は夜型なの。夜が更けて静かになると、手が一番安定して、魂のこもった髪型が切れるんですって。あのお客さんは、夜勤明けの看護師で、この時間しか空いていないのよ。」


阿楽はその店を見つめた。看板には「凌晨の剪刀」と書かれている。彼はふと思いついた。「この店……二十四時間営業なんですか?」


「うん。」天神はうなずいた。「理容師が三人いるんだ。一人は朝、一人は午後、彼は未明が好きなんだ。一人八時間、ちょうどいい。客は自分の都合のいい時間を選べるし、理容師も自分が一番力を発揮できる時間帯を選べる。無理する必要も、奪い合う必要もない。」


阿楽はガラス窓の中の光景を見つめた。午前三時、明かりの灯る理髪店、手つきの優しい若者、そして目を閉じて身を委ねる客。その光景は、まるで一幅の絵のように静かだった。


琪琪は彼の隣に立ち、電子の瞳をその店に向け、その輝きがそっと揺らいだ。彼女は何も言わず、ただ静かに見つめていた。


彼らはさらに歩き続けた。一軒の金物屋の前を通りかかった時。


阿楽はきょとんとした。金物屋?午前三時に?


彼は足を止め、ガラス窓越しに中を覗いた。店内では、ポニーテールの女性が棚の前にしゃがみ込み、工具箱を手に、中の部品を一つ一つゆっくりと取り出しては拭き、また戻していた。その動作はとても丁寧で、集中していて、まるで大切なものの世話をしているかのようだった。


阿楽は扉を押し開けた。ドアベルが軽やかに鳴った。加美と琪琪も後ろに続いて店内に入った。


女性は顔を上げ、にこりと笑った。「おはようございます。ごゆっくりどうぞ。」


阿楽は棚の前まで行き、商品を見るふりをしながら、実際には彼女を盗み見ていた。彼女はネジの箱をひっくり返し、一粒一粒チェックしては、サイズ別、材質別、用途別に、きちんと棚に並べていった。適当に押し込むのではなく、どのネジも客が一目で見つけられ、一番手に取りやすい場所に置くのだ。


「君……夜の仕事が好きなんですか?」阿楽は思わず尋ねた。


女性はネジを並べながら、うなずいた。「うん。この時間が好きなの。静かで、誰も急かさないから、ゆっくりと整理できるのよ。昼間は人が多すぎて、気が散っちゃうから。」


「じゃあ……この店も、二十四時間営業なんですか?」


「そうよ。」彼女は最後のネジを置き終え、一歩下がって眺めると、満足そうに笑った。「三人いるの。私は未明、もう一人は朝、もう一人は午後が好きなの。一人八時間、ちょうどいいのよ。」


阿楽はその整然としたネジの壁を見つめた。どのネジも、大切に扱われていた。検査のためでも、誰かに見せるためでもなく、ただ彼女がそうしたいから。


「疲れたり……しないんですか?」阿楽は尋ねた。


女性は首をかしげ、少し考えてから言った。「全然。私、物をきれいに並べるのが大好きなの。きちんと整っているのを見ると、心がすごく落ち着くの。それにね」彼女は棚を指さした。「もし誰かが夜中に家のものが壊れてここに来たら、必要な部品をすぐに見つけられるでしょ?探し回ってイライラしなくて済む。それって、とても良いことだと思うの。」


彼女は一呼吸置いて、何かを思い出したように、さらに笑顔を輝かせた。「それにね、毎月、システムが生活費を直接口座に振り込んでくれるの。住む場所も全部手配されてるから、家賃の心配も、お金がなくて物が買えない心配もないの。だから私、ここに来るのはお金のためじゃないのよ。ただ、来たいから来てるだけなの。」


阿楽は聞きながら、胸の奥で何かが静かに揺れるのを感じた。お金のためじゃない。ただ、来たいから。


彼はふと思い出して尋ねた。「何時までやってるんですか?」


「夜明けまでよ。」彼女は笑った。「でも時々、整理に夢中になりすぎて、時間を忘れちゃうの。何度か、夜が明けてもまだ帰りたくなくて。」


阿楽の胸に、何かがそっと触れた。帰りたくない。強制されているからでも、お金を稼ぐためでもない。ただ、好きすぎて、やめたくないのだ。


加美はそばに立ち、そのネジの壁を見つめながら、静かに微笑んだ。「私も、昔はそうだったわ。チョコレートを作るのに夢中で、時間を忘れてしまって。」


女性は顔を上げ、加美を見ると、目を輝かせた。「あなたもですか?その感覚、本当に幸せですよね。」


加美はうなずいた。二人は顔を見合わせ、微笑み合った。多くを語る必要はなかった。二人とも、わかっていたのだ。


彼らが金物屋を出た後、阿楽が振り返ると、女性は再び棚の前にしゃがみ込み、別の工具箱を手に取り、ゆっくりと、一つ一つ部品を取り出していた。彼女の後ろ姿は、未明の灯りの下で、とても静かで、満ち足りているように見えた。


彼らはさらに歩き続けた。小さな食堂の前を通りかかると、コンロの火はまだ燃えていて、店主が焼きそばを炒めていた。数人の客がカウンターに座り、仕事終わりの者もいれば、起きたばかりの者もいた。彼らは麺を啜り、酒を飲み、小声で談笑していた。その顔には、昼間の慌ただしさはなく、自分の時間を見つけた者の安らぎだけがあった。


阿楽が中華鍋の香ばしい匂いを嗅ぎつけ、お腹が小さく鳴いた。天神は笑って、彼らを中へ連れて行った。


店主は天神を見ると、笑顔で尋ねた。「いつもので?焼きそば一丁?」


天神がうなずきかけたその時だった。突然、ポケットの中の携帯電話が軽く震え、優しいAIの声が流れ出た。天神自身の「連結」だった。


「大将。ここ数日の食事記録をスキャンしました。四夜連続で焼きそばを召し上がっています。油分の摂取が基準を超えています。今夜はおすすめを変更し、野菜ラーメンをお試しになってはいかがでしょうか。」


天神の手は空中で止まり、顔に浮かんでいた「いつもので」の笑みが固まった。


加美は真っ先に堪えきれず、「ぷっ」と吹き出した。「四夜連続焼きそば?大将、いくらなんでもひどすぎますよ。」


阿楽も笑った。「大将、あなたもそういうことあるんですね。」


琪琪の電子の瞳がそっと瞬き、天気予報を読み上げるかのような落ち着いた口調で言った。「天神様。健康データベースによりますと、高油分の食事を四夜連続で摂取すると、心血管に軽度の負担をかける可能性があります。AIの提案を受け入れることを推奨します。」


天神は加美を見、阿楽を見、琪琪を見た。三人とも、待っている。


彼はため息をつき、店主に向かって言った。「……野菜ラーメン。」


店主は笑いを堪えながらうなずいた。「はい、野菜ラーメン一丁。他の三名様は?」


加美が手を挙げた。「私も野菜ラーメンで。」


阿楽が手を挙げた。「僕は……焼きそばで。」


琪琪が手を挙げた。「私、先輩と同じもので。」


店主は笑顔で振り返り、麺を茹で始めた。天神はそこに座り、ネコバスの抱き枕を抱え、少し不満げで、それでいて少しおかしな表情を浮かべていた。加美は彼を見て、再び笑いがこみ上げてきた。


ラーメンが運ばれてきた。湯気が立ち上っている。澄んだスープに、キャベツ、ニンジン、コーン、ワカメがたっぷりと盛られ、薄切りのチャーシューが一枚添えられている。天神はうつむいて一口すすり、箸で麺を一口分つまみ上げ、口に運んだ。


彼は一瞬手を止めた。それから、もう一口すすった。


「……悪くないな。」彼は小声で言った。


加美は隣で、静かに微笑んだ。何も言わず、自分のラーメンを静かに食べ進めた。


阿楽は焼きそばを食べながら、天神の野菜ラーメンをちらりと盗み見た。彼はふと、この世界ではAIでさえ、自分が焼きそばを何夜食べたか覚えていてくれるのだと思った。それは監視でも制限でもない。ただ、そっとこう教えてくれるのだ。「そろそろ野菜も食べたらどうですか」と。そして、あなたがそれを聞こうと聞くまいと、AIが怒ることは決してない。ただ、覚えていてくれるだけなのだ。


麺を食べ終え、彼らはさらに歩き続けた。


街灯の下で、清掃員が小型の機械を押しながら、歩道をゆっくりと進んでいた。機械は低くブーンという音を立て、通過した後には落ち葉も埃もきれいに吸い取られていた。


阿楽は立ち止まり、その機械を見つめた。それは旧世界の冷たく、轟音を響かせる大型清掃車とは違った。とても小さく、静かで、まるでおとなしい相棒のように、清掃員に寄り添っていた。


清掃員は彼らに気づくと、笑顔でうなずいた。「こんばんは。お散歩ですか?」


「ええ。」阿楽は返事をし、思わず尋ねた。「この機械……ご自身で改造されたんですか?」


清掃員は笑い、機械の上部をポンと叩いた。「ええ、そうですよ。以前は箒を使っていたんですが、長く使うと手首が痛くなってしまって。そこで、小さなものでも埃を吸ってくれるものがあったらいいなと思ったんです。その考えを自分のAIに話したら、発明好きなエンジニアを紹介してくれてね。一緒に話し合って、改造して、ついにこれができたんです。今では私の小さな助手ですよ。」


阿楽はその小さな機械を見つめながら、胸の奥で何かが静かに震えるのを感じた。彼は先ほどの理容師の鋏の音、金物屋の女性がきちんと並べたネジ、食堂の店主が中華鍋で炒め出した香ばしい匂い、そして天神が焼きそばを食べるために琪琪のデータを持ち出す我儘さを思い出した。誰もが、自分の持ち場で、自分の好きなことをしていた。そして、彼らが何かをしたいと思えば、この世界はそれを実現する方法を与えてくれるのだった。


「あなたも未明の仕事が好きなんですか?」阿楽は尋ねた。


清掃員はうなずいた。「ええ、この時間が好きなんです。通りに人がいないから、ゆっくり押して、ゆっくり眺められる。通りが少しずつきれいになっていくのを見ると、心がとても落ち着くんです。時々、夜明けまでやってしまって、朝日がきれいな通りを照らすのを見ると、帰りたくなくなりますよ。」


阿楽は彼を見つめた。彼は小型機械を押しながら、ゆっくりと遠ざかっていった。彼の後ろの通りは、誰も歩いたことがないかのように美しく掃き清められていた。


彼らはさらに歩き続けた。空はまだ明るくならず、通りは眠れる川のように静かだった。


突然、遠くから、とても軽やかなエンジン音が聞こえてきた。轟轟という騒音ではなく、風が木の葉を揺らすような、低く唸るような音だった。


阿楽が顔を上げると、小さな白い車が通りをゆっくりと進んでくるのが見えた。車体には、優しい「無限」のシンボルと、その横に小さな文字で「休息警察」と書かれていた。


車は彼らの隣に停まった。窓が開くと、中には淡い青色の制服を着た警察官が座っていた。旧世界の警察のような威厳はなく、むしろ近所の親切なお兄さんのようで、その顔には気楽な笑みを浮かべていた。


「こんばんは。」警察官はうなずいた。「お散歩ですか?」


「ええ。」天神が応じた。


警察官は微笑み、手元のタブレットに目を落とした。画面には通りの地図が表示されており、いくつかの小さな光点が点滅している。彼は顔を上げ、通りの先を見つめた。そこには、先ほどの清掃員が、小型機械を押しながら、同じ区間を何度もゆっくりと行き来している姿があった。


阿楽は彼に見覚えがあった。先ほどの清掃員だ。彼は怠けているのではなく、あまりにも仕事に没頭するあまり、同じ場所を何度も掃いていることに気づいていなかったのだ。


警察官は小さくため息をつき、笑いながら首を振った。「またあの人だ。先週も、時間を忘れるなって注意したばかりなのに。」


彼は車のドアを開け、外に出た。その動作はとても軽やかで、未明の静寂を邪魔しないかのようだった。


彼は清掃員の隣に歩み寄った。「おはようございます。」


清掃員は顔を上げ、きょとんとした。「あ……おはようございます。」


警察官は手に持ったタブレットを指さし、笑顔で言った。「システムの表示では、あなたは既に連続八時間以上作業されています。そろそろ休憩が必要ですよ。」


清掃員は自分の小型機械を見下ろし、それから既にピカピカに輝いている路面を見て、少し照れくさそうに笑った。「そうですか……時間に気づかなくて……もう少しだけきれいにしたくて……」


警察官はうなずき、声のトーンはとても優しかった。「わかっています。あなたは素晴らしい仕事をされています。でも、ご自身も大切にしなければ。さあ、休憩に戻ってください。」


清掃員はためらった。「でも……この通りが……」


「大丈夫です。」警察官は彼の肩をポンと叩いた。「誰かが引き継ぎます。十分に休んだら、また戻ってきてください。この通りは、いつまでもあなたを待っています。」


清掃員はそれを聞き、ゆっくりとうなずいた。彼は小型機械を道端に寄せて停め、電源を切った。機械は最後に軽くブーンと唸り、それから静かになった。彼は手袋を外し、ポケットにしまうと、警察官に会釈し、ゆっくりと家路についた。


阿楽は遠くから、この光景を眺めていた。


警察官は罰則を科すこともなく、叱責もせず、警告もしなかった。ただ歩み寄り、そっと一言、こう伝えただけだった。「そろそろ休憩が必要ですよ。」そしてその人は、素直に家へ帰っていった。


警察官は車に戻り、窓を開けて天神に会釈した。それから、白い小さな車は再び静かに、ゆっくりと遠ざかっていった。エンジン音は低く、子守唄のようだった。


阿楽はその車が通りの向こうに消えていくのを見つめながら、胸の奥で何かが静かに震えるのを感じた。彼は先ほどの金物屋の女性、食堂の店主、そしてこの清掃員のことを思い出した。彼らは皆同じだ。自分のすることが好きすぎて、時間を忘れ、休憩を忘れてしまう。そしてこの世界には、そんな彼らを見つけては、そっと「休憩が必要ですよ」と伝えることを専門とする人たちがいるのだ。それは罰でも監視でもない。ただ優しく、そっと、彼らを熱中から引き離し、自分自身も大切にする必要があることを思い出させてくれているのだ。


加美は彼の隣に立ち、静かに言った。「私も、昔はよく注意されたわ。チョコレートを作るのに夢中で、時間を忘れてしまうと、大将がやってきて、型を取り上げて言うの。『加美、そろそろ休憩だよ』って。」


阿楽は振り返り、天神を見た。天神は両手をポケットに入れ、白い小さな車が消えていった方向を見つめていた。その口元には、あるかなきかの笑みが浮かんでいる。


琪琪の電子の瞳がそっと瞬いた。「先輩。休憩も、仕事の一部です。この世界は、一人ひとりのことを覚えています。」


阿楽は何も言わなかった。ただ静かに立ち尽くし、既に人影のなくなった通りを見つめていた。清掃員の姿は、もう角の向こうに消えてしまった。しかし彼にはわかっていた。その人は明日もまた来る。ピカピカに磨いた小さな機械を連れて、彼の一番好きな未明の時間に、あの通りをきれいに掃き清めに来るのだ。そしてもし彼がまた時間を忘れてしまったら、あの白い小さな車がまた静かにやってきて、窓を開け、こう声をかけるだろう。「そろっと休憩が必要ですよ」と。


平心湯へ戻る道すがら、空は白々と明るみ始めていた。通りに灯る街灯が次第に消え、代わりに遠くの朝焼けが顔を出す。


阿楽は立ち止まり、天神を見た。「大将。」


「ん?」


「なんだか……少しだけわかった気がします。」


天神は彼を見つめ、何も言わなかった。


「以前は、仕事ってすごく辛いものだと思っていました。強制されて、お金のためにやるものだって。」阿楽は言った。「でも彼らは……ただ好きだからやっているだけなんですね。未明が好きだから未明に来る。物を並べるのが好きだから、ネジをきちんと整える。焼きそばを炒めるのが好きだから、夜が明けるまで炒め続ける。通りを掃くのが好きだから、時間を忘れて掃き続ける。誰も彼らを強制していない。彼らはただ……自分の好きなことをしているだけだ。」


彼は一呼吸置いた。


「それに、この世界は、彼らのことを覚えていてくれる。彼らが休憩を忘れたら、誰かがそっと『休憩が必要ですよ』と伝えに来てくれる。焼きそばが食べたいと言えば、データを探してきて『食べても大丈夫だ』と証明してくれる人さえいる。罰でも監視でもない。ただ、彼らが大切にされる価値があるからだ。あなたがやりたいことを、この世界が実現する手助けをしてくれるからだ。」


天神は小さく微笑んだだけで、何も答えなかった。ただ顔を上げ、少しずつ明るくなっていく空を見つめた。


阿楽もまた、それ以上は何も言わなかった。彼は通りを見つめ、一つ、また一つと消えていく街灯を眺めた。彼はふと、この世界は一枚のとても大きな、とても大きなパズルのようだと思った。誰もがその一片だ。誰も、自分の居場所ではないところに無理やり押し込められる必要はない。誰もが、自分にとって一番心地よい片隅で、静かに輝いている。そして、彼らが何かをしたいと思えば、この世界は必ず方法を見つけて、それを実現させてくれる。彼らがあまりにも輝きに没頭し、自分自身が休息を必要としていることを忘れてしまった時には、この世界はそっと手を差し伸べて、その輝きの中から彼らをそっと引き戻し、自分自身もまた大切にされるべき存在であることを思い出させてくれるのだ。


彼らは平心湯の扉を押し開けた。風鈴がチリンチリンと鳴った。


阿楽はふと思い出して、振り返り天神に尋ねた。「大将。休憩するように言われても、それでも休みたくない人たちは、どうなるんですか?」


天神は上着を脱ぎ、入り口のハンガーにかけた。彼はすぐには答えなかった。加美がカウンターの後ろに歩み寄り、すっかり冷めてしまったホットチョコレートのカップを手に取り、小さく微笑んだ。琪琪は扉のところに立ち、電子の瞳がかすかに輝き、まるで天神が口を開くのを待っているかのようだった。


天神はカウンターの後ろの席に戻り、ネコバスの抱き枕を抱き寄せると、静かに微笑んだ。


「そういう人たちが休むために存在している場所があるんだよ。」


阿楽はきょとんとした。「どういう意味ですか?」


天神は彼を見つめた。その眼差しはとても優しかった。「平心湯は、その一つなんだ。」


阿楽は呆然とした。彼は天神を見つめ、加美を見つめ、琪琪を見つめた。加美はうつむき、静かに微笑んだだけで、何も言わなかった。琪琪の電子の瞳は、優しく揺らめいていた。


阿楽は何かを理解したようで、しかし完全には理解できなかった。彼はそれ以上尋ねなかった。ただ、その言葉をそっと心にしまい込み、階段を上がり、畳に横たわった。


今度は、彼はすぐに眠りに落ちた。


夢の中で、彼は未明の理髪店、未明の金物屋、未明の小さな食堂、未明の清掃員を見た。彼は、深夜に明かりが灯る場所の一つ一つが、誰かが自分の一番好きな時間に、自分の一番好きなことをしている場所であることを見た。彼はあの白い小さな車が通りを静かに走り去り、時間を忘れた人たちに「そろそろ休憩が必要ですよ」と声をかけるのを見た。


彼は天神が小さな食堂に座り、携帯電話に向かって「提案は却下する」と胸を張って言い放ち、焼きそばを豪快に頬張って、とても満足そうにしているのを見た。


それから、彼は平心湯を見た。扉は開き、灯りが灯っている。休憩するように言われた人たちが、一人、また一人と中へ入ってくる。彼らは上着を脱ぎ、温泉に浸かり、それから畳に横たわり、静かに眠りにつく。その顔には、大切にされている、とても安心した笑顔が浮かんでいた。


窓の外で星明かりが瞬き、彼にこう語りかけているかのようだった。ここには、いつも灯りが一つ、休憩を忘れた人たちのために残されている。そして、焼きそばも一皿、あの我儘な神様のために残されているのだ、と。


【天神のPM】


今夜、阿楽は未明の世界を垣間見た。


彼は理容師が深夜に魂を削る様を、金物屋の女性がネジをきちんと整列させる様を、小さな食堂の店主が焼きそばを炒める様を、清掃員が自分で改造した小さな機械を押しながら、人気のない通りをゆっくりと進む様を見た。


彼は休息警察が通りを静かに走り去り、窓を開けて、通りを掃くことに夢中で時間を忘れた人に「そろそろ休憩が必要ですよ」と声をかけるのを見た。


彼は、とある我儘な神様が焼きそばを食べるために、琪琪に「油分は筋肉に変わる」というデータを探させ、AIの提案を胸を張って却下するのさえ見た。


彼は一つのことに気づいた。二十四時間営業とは搾取のためではない、と。それは誰もが自分自身のリズムを持っているからだ。彼らは自分が一番心地よい時間に外に出て、一番好きなことをする。時には好きすぎて夜が明けるまで続け、帰りたくなくなる。そしてこの世界は、彼らのことを覚えていてくれる。彼らが休憩を忘れた時には、誰かがそっと伝えに来てくれる。彼らが何かをしたいと思った時には、誰かが方法を探してきてくれる。


毎月、システムは十分な資源を、一人ひとりの口座にそっと振り込んでくれる。住む場所もまた、きちんと整えられている。生存のために怯える必要はない。ただ、情熱を注げることに向かって生きていけばいい。そしてもし、あなたがあまりにも熱中しすぎて、自分自身を顧みることを忘れてしまったなら、この世界はそっと手を差し伸べて、あなたを受け止めてくれる。


あなたにも、あなた自身の時間があるだろうか。「この時間帯が、一番力が湧いてくる」と感じる瞬間はあるだろうか。もしあるなら、それは正解だ。それがあなたのリズムだ。誰かに合わせる必要はない。ただそれを見つけて、その中で生きていけばいい。もし熱中しすぎて時間を忘れてしまっても、大丈夫。誰かが、そっと教えてくれる。


もし、まだ見つからなくても、大丈夫。ゆっくりでいい。あなたの時間は、きっとやってくる。それはずっと、あなたを待っている。


おやすみ。今夜、あなたが夢見るのは、未明の通りを歩く自分の姿でありますように。灯りの一つ一つが、自分のリズムを見つけた人たちだ。そしてあなたも、その中にいる。あなたが扉を押し開けて中に入ると、そこにいる人が顔を上げ、あなたに微笑みかける。


「いらっしゃい。この時間は、あなたのものですよ。」


—— 天神


【第八十話 了】

読者の皆さん、いつも応援してくださって本当にありがとうございます。

皆さんが物語を読んでくださるその一回一回が、私にとって最大の励ましです。


第80話「眠らぬ星明かり」では、ついに私たちの 愛の法則の下の世界 に触れ始めました。

人々が自分の好きな時間に、自分の好きなことをしている姿。

そして、夢中になって休むことを忘れてしまった時、世界が優しく「休んで」と伝えてくれる姿。


この物語から、少しでも温かさを感じていただけたら嬉しいです。

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