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EARTH Online  作者: 甘太郎
74/87

第74話 『桜の木の下で、お久しぶりです』

【第一幕:日常・桜の舞い込み】


復活祭のパーティーの翌日、平心湯はいつもの静けさを取り戻していた。


楽はいつもより30分早く目を覚ました。音を立てないように服を着て、部屋の扉を開けると、廊下の突き当たりの窓から柔らかな朝日が差し込んでいる。倉庫から箒を取り出して、門前の落ち葉を掃き始めた。一筋一筋、いつもよりも優しく、まるでこの古い家と対話しているかのようだ。掃き終えると、厨房へ行って山田さんの手伝い。野菜を洗い、切り、水の音と包丁のリズムが心地よく響く。


琪琪は庭で感謝の観察日記を書いていた。花壇のそばにしゃがみ込み、指先で咲き始めたツツジの花をそっと持ち上げ、電子眼で花びらの模様をじっくりと観察し、ノートに書き留める。「4月28日、ツツジが三輪目を咲かせた。色は朝5時の空のよう」。字を書くとき、彼女の口元はいつもほんのりと上がっている。


加美は自分のブルーコーナーの木台で書類仕事をしていた。楽が特注してくれたこの作業台は、天神のカウンターの赤い角と呼応するように、隅が青く塗られている。今日はなぜか仕事の捗りがよく、書類は次々と整理され、時々お茶を一口含み、窓の外を眺めては、以前よりずっと柔らかな目をしている。


天神は相変わらずカウンターの奥でアニメを見ていた。猫バス抱き枕を胸に抱え、画面の光が顔を照らす。目を半分閉じ、時折「ふぅ……」と満足げなため息をつく。カウンターの上の赤い角が、日差しの中で静かに輝いている。


何も変わっていないように見えた。でも、それぞれの心には何かが残っていた。昨夜の寓話、鏡の儀式、あの言葉――「ゆっくりでいい、ずっと待っている」。それらは種のように心の中に静かに埋まり、芽吹くのを待っている。


---


昼時、みんなでちゃぶ台を囲んで食事をする。


山田さんが今日はちらし寿司を作ってくれた。ご飯の上には春の山菜がたっぷり乗っている。ワラビ、タケノコ、ウド、どれも今朝処理したばかりで、色がまるで絵の具をのせたように鮮やかだ。御前と托也も一緒だ。托也は御前の隣に座り、まだ箸もうまく使えず、何度か米粒をこぼしながらも、真剣に食べている。幼稚園で今日あったことを話しながら。「先生がね、ひよこが孵るの見せてくれたの!すごくちっちゃいの!黄色いの!」


御前は静かに聞きながら、時々托也の口元を拭う。その目はとても優しい。


食べ進めていたその時、窓から風が吹き込んだ。


いつもの風とは違う。暖かみがあり、香りがあり、思わず手を止めてしまうような柔らかさを持っている。数枚の桜の花びらが開け放たれた窓からひらりと舞い込み、ちゃぶ台の上、托也の髪の上、琪琪のノートの上にそっと舞い降りた。


誰もが動きを止めた。


天神が箸を置き、窓の外を見つめた。その視線は庭を、垣根を、遠くの山々を抜け、何か特別なものを見ているようだった。


「咲いたよ」彼はそっと言った。


楽はまだご飯を口に含んだまま:「え?」


「桜だよ。奥飛騨の桜は、今夜が見頃だ。すぐ近くだし、夜にでも見に行かないか?」


琪琪の目が瞬時に輝いた。電子眼が興奮でピンク色にきらめく。「夜桜ですか?ライトアップもしてるんですか?」


「ああ。川辺がライトアップされてて、きれいだよ。」天神は猫バス抱き枕を抱き直し、まるで「いい天気だね」と言うかのような気軽さで言った。


楽は少し考えて、ふと思い出す。「冰川さんと教授も誘わない?久しぶりに会ってないし。」


琪琪が大きくうなずく。「賛成!前会ったのもずいぶん前だね。」


天神は楽を一瞥し、口元をわずかに上げた。「決めたら、冰川に電話しなよ。」


---


【第二幕:招待・繋がり】


冰川が楽の電話を受けた時、自宅でパソコンに向かい、地域のシェア倉庫の資料を整理していた。


携帯が鳴る。発信者表示を見る――「楽」。指が画面の上で一瞬止まり、それから通話ボタンを押す。


「冰川さん?僕、楽です!今夜、夜桜を見に行くんですけど、一緒にどうですか?」


冰川の口元が自然と上がった。窓の外を見ると、遠くの山並みが夕日に染まっている。


「ああ。何時だ?」


電話を切った後、彼はすぐに仕事に戻らず、携帯のアルバムを開いた。あの写真――平心湯での集合写真。顔はぼやけているけれど、あの温かい感覚はいつまでも覚えている。その写真を待受画面に設定し、それから別の番号を呼び出した。


「教授、今夜平心湯で夜桜見物だそうです。一緒にどうですか?」


電話の向こうから本をめくる音、それから教授の快活な笑い声が聞こえる。「おお、いいね!私も久しく彼らに会ってなかったよ。いいお茶を持っていこう。」


---


【第三幕:川辺・準備】


夕暮れ時、平湯大橋近くの川辺の芝生広場。


夕日が空をオレンジと紫のグラデーションに染め上げる。川岸の八重桜は満開で、枝いっぱいに花を咲かせ、まるでピンク色の雲のようだ。提灯はまだ灯っていない。桜は夕日を浴びて淡い金色に輝き、花びらが風に舞い、水面に落ちてはゆっくりと流れ去っていく。


それぞれが役割を分担し、自然と流れるような協力体制ができている。


加美と御前が大きな防水シートを芝生の上に広げ、四隅を石で押さえる。御前の動作は丁寧で、ひとつひとつ確認しながら石を置いていく。托也は興奮して座布団を並べるのを手伝い、シートの真ん中に野の花を摘んできて挿し、「テーブルセンター!」とはしゃいでいる。


教授が山菜を切っている。意外に手際がよく、大根の千切りは細く均一だ。切りながら感嘆の声を上げる。「見てごらん、この大根の模様を。なんて生命力なんだ!」


琪琪がその隣でカレーのルーを作っている。電子鼻がスパイスの配合を正確に分析し、トマトペースト、豆乳、ダークチョコレートを絶妙なバランスで加えていく。かき混ぜながらデータを記録し、電子眼に楽しい数字の流れが映し出されている。


楽と冰川は火起こしを担当する。


楽は焚き火台の前にしゃがみ込み、着火材と小枝をセットし、マッチを擦る。パッと小さな火が灯り、そっと息を吹きかけて炎を安定させる。


普通の、暖かい、静かな小さな火。


楽は満足そうだった。顔を上げて天神に報告しようとした、その時――


---


【第四幕:火起こし・男と男のアイコンタクト】


天神が彼を見つめていた。


その目は、責めるでもなく、注意するでもなく、命令するでもない。


それは――「それで本気でいいのか?」という表情だった。


天神は微かに眉を上げ、口元をわずかに吊り上げる。その視線は楽からその小さな炎へ、そして再び楽へと戻り、最後に楽の後ろの何もない空き地へと流れた。


そこには何もない。


でも、楽には通じた。


その理解は、頭で考えるものではなかった。体で、心で、魂で感じ取るものだった――まるで幼い頃から一緒に育った兄弟のように、言葉がなくても相手の考えがわかる。


「俺たちはこれから火を焚くんだぜ。祭りの火をな。」


アイコンタクト。

一つうなずく。


誰も口を開かなかった。


天神は皆が別のことに忙しいのを確認する――加美は背を向けて食事の準備、琪琪はルー作りに集中、教授は野菜を切っている。彼はそっと一本の指を立て、楽の後ろの空き地を指し示した。


パチン。


音もなく、光もなく、特別なエフェクトもない。ただ、とても自然な、とても軽い仕草だった。まるで蠅を追い払うように、あるいは二人だけに通じる合図のように。


楽が振り向く――


そこには、丸太で組まれた四角い、人ほどの高さの薪の山が現れていた。


整然と、きっちりと組まれている。太い枝が下に、細い枝が上に、間に空気の通り道を残し、頂上はわずかに窄まっている――それは最も完璧な祭りの焚き火の形で、ずっと前からそこに用意されていたかのように、ただ点火される瞬間を待っていた。


そして、さっきまであった小さな焚き火台は、いつの間にか消えている。


楽は薪の山を、再び天神を見た。


天神はもうシートの上に座り直し、猫バス抱き枕を抱いて、何事もなかったかのような顔をしている。しかし彼の目線が、薪の山のほうに微かに動く。


うん。


楽がうなずく。


---


【第五幕:点火・天まで届く炎】


楽は薪の山の前に立ち、深く息を吸う。


自分が一人で火を灯しているのではないと感じた。彼はある種の、血の中に深く埋められた古の儀式を灯しているのだ。手にした松明は、数万年の時を超えて、初めて火を使った人類の祖先から、ここまで受け継がれてきたかのようだった。


彼は松明を薪の山の底に差し入れた。


ふおおおおおお――――ッ!!


炎が木の目を伝い、まるで目覚めた巨竜のように瞬く間に天を衝いた!夜空が金色と赤に染まる!火の光が川岸を、桜の木を、一人ひとりの顔を照らし出す!


熱風が頬を打ち、松脂の香りと、薪の爆ぜる音と、何か原始的な歓声をあげたくなる衝動が押し寄せる。


加美はあまりの驚きに体全体が跳ね上がり、手にしていたお玉まで飛ばした。「な、なにこれえええ?!」


琪琪は目を見開き、電子眼が狂ったように点滅する。データが滝のように流れ落ちる。「警告!炎の高さ、三メートル超!こ、これは通常の火起こしの範囲では――あっ、快楽指数が急上昇!計測限界を超えました!」


教授は包丁を持ったまま固まり、口をあんぐり開けて卵でも入れられそうだ。「私が野菜を切っている間に何が起こったんだ?!」


冰川は眼鏡を押し上げ、冷静に分析しようとする――しかし彼の目は輝いている、子供が花火を見るように。「燃料の体積と燃焼効率からすると……この薪の構造、明らかにその場しのぎじゃない。緻密な計算が必要だし、それに……」


彼は楽を見た。楽はただニコニコと笑っている。火の光が彼の目の中で踊っている。


御前は托也を抱き上げ、托也は興奮して金切り声をあげ、小さな手を激しく叩く。「わああああああ!!すっごい大きな火!!太陽が落ちてきたみたい!!」


加美はようやく正気を取り戻し、詰め寄る。「いつ、どこでこんなに薪を用意したの?!さっきまであの小さな焚き火台しかなかったのに――」


彼女は言葉を止めた。


天神がシートの上に座り、猫バス抱き枕を抱いて、とても嬉しそうに、とても満足そうに笑っているのが見えたからだ。その笑顔は、悪戯が成功した狡さではなく、「これでこそだよな」というような、安堵の笑みだった。


加美は目を細める。「天神様……」


天神:「ん?」


加美はため息をつき、肩の力を抜き、それでも口元は思わず上がってしまう。「……はいはい、もういいです。今夜は、思いっきり楽しみましょうか。」


---


【第六幕:食事・夜桜】


火はとんでもない大きさになったけれど、カレーは作らなければならない。


加美はカレー鍋を焚き火の脇の支架にかける。炎に舐められて、グツグツと泡を立てる鍋を見ながら、仕方なさそうに、それでも笑いがこぼれる。「もう、ほんとにもう。こんなに大きな火で炊いたカレーは、きっと特別な『魂』が宿るんでしょうね。」


カレーができあがった。香りは薪の薫煙と混ざり合い、いつもより深く、濃厚で、食欲をそそる。皆、熱々のカレーライスを手に、人ほどの高さの火を囲んで座る。膝が触れ合いそうな距離だ。


楽が一口食べて、目を輝かせる。「美味しい!火の味がする!太陽を食べてるみたい!」


冰川は額の汗を拭い、子供のような無邪気さで笑う。「こんなに満足な食事は久しぶりだ。体中が温まった。」


教授は一口ご飯をかみしめ、炎を見つめて、目がほんのり赤くなる。「昔のことを思い出したよ……若い頃も、こうやって焚き火を囲んで食べたものだった。あの頃は何も持っていなかったけど、何も欠けていなかった。」


桜の花びらが炎の光の中でひらひらと舞い落ち、金色と赤色に染まり、夢のような雨のようだ。


提灯が次々と灯り始める。川岸に沿って一基、また一基と連なり、夜桜は明かりに照らされてピンク色の雲と化し、川面に映って水の流れに揺れる。


---


【第七幕:月の下・熱舞】


食事が終わり、誰ともなく、古い旋律を口ずさみ始めた。とてもシンプルで、いくつかの音を繰り返すだけ。鼓動のように、呼吸のように。


天神はどこからともなく、簡単な太鼓を取り出した――誰もどこから出したのか聞かなかったし、聞こうともしなかった。彼は叩き始める。ドン、ドン、ドン、ドン。力強く、規則正しく、大地の鼓動のように。


楽は焚き火のそばに座り、炎を見つめていた。


火の光が彼の目の中で揺れる。頬の熱さ、松脂の香り、薪の爆ぜる音。彼の身体の中で何かが目覚めようとしていた。その感覚は原始的で、とても身近で、血液の中を何かが流れるように。


ずっと彼は、「気持ちいい」と思うことは危険なことだと思っていた。


社会が教えた。好き放題はいけない、わがままは許されない、自分が気持ちいいと思うことだけをしてはいけない。大人が教えた。抑えろ、我慢しろ、ルールに従え。宗教が教えた。自分を否定しろ、欲望を抑えろ。


しかし今、この炎を見つめながら、彼は飛び跳ねたいと強く思った。


この思いは真実だ。この感覚は真実だ。この「したい」という気持ちこそが、魂が語りかけているのだ。


楽が立ち上がる。


火に近づく。炎の光が全身を照らし、影を長く引き伸ばす。両手を掲げ、指を広げ、まるで炎を抱きしめようとするかのように。そして――彼は踊り始めた。


教わったことのあるステップではない。優雅でもなければ、様式化されたものでも、見せ物でもない。ただ太鼓に合わせて、鼓動に合わせて、長く抑圧されてきた身体の奥底から湧き上がるものに従って。


両足で大地を踏み鳴らす――ドン、ドン、ドン、ドン。一歩一歩が、大地に語りかけている。「私はここにいる」。両手を空に向かって掲げる――ヘイ!ヘイ!。一振り一振りが、星空に語りかけている。「私は生きている」。くるくる回って、跳びはねて、身をかがめて、弾けるように起き上がる。汗が飛び散り、髪は乱れ、息は弾む。


彼は笑っている。


声をあげて笑い、涙を流して笑う。何かが可笑しいからじゃない。自分を解放することがこんなに楽しいなんて、今まで知らなかったからだ。「気持ちいい」ことは罪じゃない。それが、魂があなたに語りかけていることなんだ――これがあなたです。これが真実です。これが知恵です。これが愛です。


---


天神は楽を見つめている。


彼は楽が、堅苦しさから自由へ、抑圧から解放へと変わっていくのを見ていた。楽がついに理解した――あの鎖は、誰かがかけたものではなく、自分で自分の首にはめたものだ。それを解く方法は、考えることでも、議論することでもなく、ただ立ち上がって、踊ることだと。


天神が立ち上がる。


片腕で猫バス抱き枕を抱きしめたまま、片手で太鼓を叩き、両足をリズムに合わせて踏み鳴らす。そして――彼も踊り始める。


傍観者としてではなく、導く者としてでもない。一緒に、夢中になる。


その舞いは楽よりもさらに野生的で、原始的だ。くるくると回り、跳びはね、手を掲げ、叫ぶ。猫バス抱き枕も一緒に舞い、祭りの一部になったかのようだ。


「さあ、来い!!! 」天神が大笑いし、太鼓の音はますます速く、ますます激しくなり、まるで夜空を燃やし尽くさんばかりだ。


---


冰川は彼らを見つめている。


ずっと自分は理性的な人間だと思っていた。感情をコントロールし、平静を保ち、分析する――これらが大人のすべきことだ。楽しむにもほどがある、興奮するにも自制を、そう教えられてきた。


しかし今、あの炎を、楽と天神が夢中になって踊るのを見て、彼の身体の中で何かが震えている。思考でもなければ、分析でもない、もっと原始的な何かが。


彼は眼鏡を外し、ポケットに入れる。


立ち上がる。最初の一歩は、少し躊躇いがあった。二歩目で、リズムに身を任せる。三歩目で、彼は両手を掲げ、口を開いた――


「ヘイッ!!! 」


踊り始める。綺麗じゃない。ぎこちない。どことなく間抜けだ。しかし彼の足は大地を踏み鳴らし、手は振り回し、口は笑っている。子供のように笑っている。ずっとずっと昔、まだ偽ることを知らなかったあの頃の自分に戻ったように。


自分を解放することって、こんなに簡単だったんだ。リラックスすることが一番気持ちいいんだ。嬉しくて跳びはねるって、本当にこんなに嬉しいことなんだな。


はははっ!


---


教授は彼ら三人を見つめている。


手にはまだ湯飲みを持っているが、足はもう太鼓のリズムに合わせて動き出している。若い頃、焚き火の周りで踊ったことを思い出す。夜が明けるまで、自分が誰かも忘れて。その後、自分に言い聞かせた。大人になったんだ、こんな幼稚なことはやめよう。あの頃の自分を何十年も隠して、存在さえ忘れかけていた。


しかし今、あの子供が扉を叩いている。


教授は湯飲みを置き、立ち上がり、大声で叫んだ。「私も行く! 」


火の輪に飛び込み、両手を高く掲げ、くるくると回り始める。目が回って、倒れそうになり、大笑いしながら踏ん張る。彼のステップは可笑しいほどぎこちないが、彼は笑っている。息が切れるほど、涙が出るほど。


---


山田さんはシートの端に座り、彼らを眺めていた。


もう長いこと踊っていない。自分はただ料理を作る年寄りで、野菜を洗い、切り、汁物を作るだけの存在だと思っていた。しかし今、あの炎を見て、子供の頃の村の祭りを思い出す。大人も子供も一緒に焚き火を囲んで踊った、夜が明けるまで。その喜びは、もうなくなってしまったと思っていた。


彼は立ち上がり、火の輪に飛び込む。


「ははっ!俺も行くぞ!!」


彼の踊りには、田舎の祭りの味わいがある。荒削りで、力強く、原始的だ。両手を掲げ、両足で大地を踏み鳴らし、「ヘイ!ヘイ!」と声を張り上げる。笑うと顔の皺がほぐれ、何十歳も若返ったようだ。


---


御前は托也を抱き、彼らを見ている。


托也は腕の中でじたばたする。「パパ!おどる!おどる!」


御前は笑って托也を地面に下ろす。托也は一目散に火の輪に飛び込み、大人の真似をして両手を高く掲げ、「ヘイ!ヘイ!」と叫び、小さな足でどんどんと大地を踏み鳴らす。御前も続いて輪の中に入り、托也の手を取って、一緒にくるくる回り、一緒に跳び、一緒に叫ぶ。托也の笑い声は鈴のように澄んでいて、誰もが思わず笑みをこぼす。


---


琪琪はこの光景を見つめている。


電子眼が眼前の光景を高速で分析する:快楽指数、爆発。参加人数、全員。ダンスレベル、ゼロ。快楽レベル――無限。


彼女はデータ分析を止めた。電子音が太鼓の音を模倣し始める。ドン、ドン、ドン、ドン。そして彼女の身体も揺れ始める。踊り方は知らないが、足は動き、手は叩き、電子眼は温かいピンク色に輝いている。


---


加美は最初、手を叩きながら座って見ていた。


天神が夢中になっている、楽が笑っている、冰川が眼鏡を外した、教授が目を回しながら回っている、山田さんが若返った、御前と托也が一緒に叫んでいる、琪琪が電子音でリズムを刻んでいる――


彼女は笑い泣きしていた。


立ち上がり、スカートの裾をまくり上げ、火の輪に飛び込む。「私も!!! 」


髪が乱れても、化粧が落ちても、構わない。ただ太鼓のリズムに合わせて、跳び、回り、笑う。


---


【第八幕:喜びの連鎖】


川辺一帯が、原始の祭典と化した。


炎は天を衝き、桜は舞い散る。九人が焚き火を囲む――荒々しく舞う者、ぎこちなく舞う者、可笑しな格好の者、優雅に舞う者――しかし誰もが笑っている。その笑いは、礼儀正しいものでも、抑制されたものでも、控えめなものでもない。心の奥底から湧き上がってくる、泉のようなものだ。抑えきれない。


天神の太鼓が皆を導く。楽の解放が皆を染める。冰川の勇気が皆を励ます。教授の熱情が皆を燃やす。山田さんの原初の力が皆を呼び覚ます。御前と托也の純真が皆を溶かす。琪琪のリズムが皆を繋ぐ。加美の涙が皆の証人となる。


喜びはこうして伝播していくのだ。説教は要らない。理屈は要らない。ルールは要らない。ただ一人が、自分を解放することを選ぶ。そうすれば、もう一人が、それに続く。そしてまた一人、また一人、また一人。


やがて誰もが思い出す。

「私も、できる」と。


楽は力尽きて地面に跪き、息を切らせながら、汗が芝生に落ちる。顔を上げ、炎を見つめ、周りの一人ひとりを見つめる。心の中にただ一つの思いが満ちる。


――喜びって、こんなに簡単だったんだ。ずっと、こうしていいんだ。


彼は立ち上がり、再び両手を掲げ、再び大地を踏み鳴らし、叫ぶ。

「ヘイッ!!!私はここにいる!!! 」


---


【第九幕:残り火・ほほえみ】


誰もが力尽きた。


一人、また一人と、地面に、シートに、芝生に倒れ込む。誰も口を開かない。ただ、小さくなった焚き火を囲んで、ぼんやりとほほえむ。


楽は芝生に大の字になって寝転び、星空を見上げ、口元は緩みっぱなしだ。冰川はシートの端にもたれ、眼鏡は手元に置かれ、髪は乱れ、幸せそうに笑っている。教授はシートの上で大の字になり、息を切らしながら、口元はゆるみっぱなし。山田さんは座ったまま、両手を後ろに突き、火を見つめて、満足げに笑っている。御前は托也を抱きしめ、托也は疲れて眠ってしまったが、口元はほんのり上がったまま。琪琪は楽の隣に座り、電子眼は温かな光を放ち、何も言わず、ただ微笑んでいる。加美は桜の木にもたれ、髪は乱れ、化粧は落ち、でもとても美しく笑っている。


天神は火のそばに座り、猫バス抱き枕を胸に抱いている。彼は一人ひとりを見つめる――さっきまで夢中になって、踊って、叫んでいた彼らが、今はみんなそこに倒れて、ぼんやりとほほえんでいる。


彼も笑った。


「気持ちよかったか?」天神がそっと尋ねる。


楽は芝生に寝転んだまま、息を切らしながら、しかし笑って答える。「すごく……なんか……別人になったみたい。」


天神:「別人になったんじゃない。自分自身に戻ったんだ。」


彼は火を見つめ、続ける。


「人間が火を囲んで楽しくなるのは、火そのもののせいじゃない。なぜなら――ずっとずっと昔、人間は火を囲んで、一緒に歌い、一緒に踊り、食べ物を分かち合い、お互いを守ってきた。その喜びは、君たちの遺伝子に刻まれている。理由なんていらない。説明なんていらない。だって、喜びは元々、こんなにシンプルなものだから。 」


---


冰川はシートに寝転んだまま、そっと口を開く。「自分を解放するって……こんなに簡単だったんだな。こんなに気持ちいいんだな。ははっ。」


教授は体を起こし、火を見つめる。「若い頃、私も焚き火の周りで踊ったものだ。でもその後、自分に言い聞かせた――『大人になったんだ、そんな幼稚なことはやめろ』って。あの頃の自分を何十年も隠してきた。今夜……取り戻せた気がする。」


山田さんは笑いながらうなずく。「私が子供の頃、村の祭りは、まさにこんな感じだった。大人も子供も一緒に焚き火を囲んで踊ったんだ、夜が明けるまで。こんな日々はもう終わったと思ってた。まさか……まだここにあったとはな。」


加美は桜の木にもたれて、そっと言う。「私……今夜、涙が出るほど笑いました。こんなに楽しかったのは、いつ以来か……覚えていません。もしかしたら……一度もなかったかもしれません。」


琪琪は楽を見る。「私のデータベースには、今夜の喜びを説明できるデータは、何もありません。でも……説明なんて必要ない。ただ、覚えていればいいんです。」


---


【第十幕:白猿の祝福】


ふと、川の上流から水の音がした。


皆が静かになる。


月明かりの下、一匹の白い猿が、静かに森から現れた。その毛は月明かりに銀色に輝き、目は小川のように澄んでいる。彼は川辺の温泉の湧き出る場所まで歩いていき、気持ちよさそうに浅瀬に浸かりながら、こちらを見つめている。


托也が御前の腕の中でうとうとしながら、ぼんやりと尋ねる。「パパ……おさるさんも……おんせん……はいるの……?」


御前は優しく答える。「そうだな。この喜びを感じに来たのかもしれないな。」


天神は笑って言う。「君たちの波動を感じたんだ。純粋で、楽しくて、恐れのない波動。人間が一番原始的な自分を取り戻した時だけ、彼は現れるんだ。」


白猿は一人ひとりを見つめる――さっきまで夢中になって、踊って、叫んでいた彼らを。その眼差しは、こう言っているようだった。「やっと、思い出したね。」


そして彼は、来た時と同じように、音もなく森の中へ消えていった。


教授はそっと息をつく。「なるほどな。伝説は本当だったんだ。純粋な喜びが生まれる時、白猿は祝福に来るんだな。」


冰川は白猿が消えた方向を見つめ、しばらく黙っていたが、そっと呟いた。「ありがとう。」


何に対してありがとうなのか、自分でもわからなかった。もしかしたら、今夜のこの火に、この仲間に、自分が子供だった頃のことを思い出させてくれたことに対して、だったのかもしれない。


---


【第十一幕:余韻】


夜も更け、片付けを始める。


冰川と楽は消火を担当する。バケツに水を汲み、一杓一杓かけていく。白い蒸気が立ち上り、焦げた木の香りが漂う。火はようやく消え、灰の山と、かすかな温もりだけが残った。


二人は顔を見合わせて笑う。


「また今度……」楽が口を開く。


加美が後ろから即座に怒鳴る。「もう次はありませんからね!!次にこんな大きな火を焚いたら、あなたたちごと燃やしますからね!! 」


楽は萎縮して隅に縮こまる。


皆、大笑いだ。


帰り道、楽はしょんぼりと後ろを歩いている。加美の脅しがまだ気になっているようだ。


天神がこっそりと彼に近づき、耳元で声を潜めて言う。「大丈夫だって。帰ったら『5歳児の純真な目キラキラ光線』を教えてやる。」


楽がきょとんとする。「それって?」


天神は狡そうな笑みを浮かべ、目を細める。「あれは加美の唯一の弱点だ。攻撃力、倍増。 」


楽はまだよくわかっていない。


天神がウインクする。「今度遊びたくなったら、一緒にそれで撃ってやればいいんだよ。」


二人は子供同士の悪戯っぽい目線を交わす。そして、二人の顔に、同じように狡そうな笑みが浮かんだ。


---


琪琪が楽の隣を歩きながら、そっと尋ねる。「人間は……いつもこんなに大きな火がないと、楽しくないんですか?」


楽は少し考えて、真剣に答える。「違うよ。時々、思い出させてくれるものが必要なだけなんだ。喜びは、もっとずっとシンプルだって。火があって、仲間がいて、解放されようとする心があれば、それでいいんだよ。」


冰川は一番後ろを歩きながら、携帯を取り出す。今夜撮った写真を開く――皆が焚き火を囲んで踊っている一枚。誰の格好も可笑しくて、髪は乱れているけど、どの顔もとても幸せそうで、とてもリアルだ。彼はその写真を新しい待受画面に設定し、あのぼやけた古い集合写真に替えた。


携帯を仕舞い、彼はそっと笑った。


夜風が吹いて、桜の香りを、川の冷気を、あの火の最後の温もりを運んでくる。背後の桜は夜空に舞い散り、川の流れは静かに続く。


誰も口を開かない。でも、誰もが笑っている。


---


【天神のPM|読者の皆さんへ】


親愛なるあなたへ。


今日、あなたは「どうでもいいこと」に夢中になってみましたか?

例えば、必要以上に大きな火を焚いたり。

例えば、焚き火を囲んで、原始人のようにめちゃくちゃに踊ったり。

例えば、見た目を気にせず、大声で笑い、叫んだり。


あなたはきっと、自分はなんてバカなことをした、と思ったかもしれません。

でも、その「バカらしさ」こそが、あなたの心の奥深くにある自由の証なんです。

それは、あなたの内なる子供の声です。「遊びたい!跳ねたい!生きたい!」って。


人生はいつだって理性的である必要はありません。

たまには、自分を解放してみてください。

火を焚いて、踊って、大笑いする。

まとっていた仮面を全部脱ぎ捨てて、ただの純粋な子供に戻る。


きっと気づくはずです。

幸せは、計画して手に入れるものじゃない。

計画を忘れて、見た目を忘れて、恐れを忘れたその瞬間に、突然訪れるものだってことを。


おやすみなさい。

今夜のあなたの夢に、あの天まで届く篝火が、その光の中で自由に踊るあなた自身が、

あの優しい白い猿が、そして、もっとも真実で、もっとも幸せなあなた自身が現れますように。


---


(第74話・終)

ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。

皆さんの一つひとつのご閲覧が、私にとって最大の励ましです。


今回のお話は、ただ純粋に「楽しむこと」「自分を解放すること」を描きました。

毎日、少しでも自分を抑えずに、心から笑ってください。

誰もが、簡単な幸せを見つけることができます。


皆さんが、物語の仲間たちのように、

毎日を自由に、そして楽しく過ごせますように。


これからも温かい応援をよろしくお願いいたします。


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