短編集:REAL版人生ゲーム 〜仮想現実の世界へようこそ〜
第一章 覚醒のゲームスタート
とあるビルの一室。6人の男女が、何も知らされぬまま集められていた。
「ここ…どこ?」
ミヨリが目を覚まし、辺りを見回す。薄暗く狭い部屋には、テーブルが一つ置かれ、その上にはVRゴーグルが6台並んでいた。
「わからない…」サナミが声を震わせる。
「俺、さっき入口の看板を見た。『人生ゲームの世界へようこそ』って書いてあった」ユキヤがつぶやいた。
「人生ゲームって、あの駒を進めて遊ぶやつ?」ミキヤが腕を組んで言う。
「え?それって双六みたいなゲームだよね?」コジロが眉をひそめた。
「小学校の時にやった、ルーレット回して駒を進めてゴール目指すやつでしょ?」ミヨリが続ける。
そんな会話が続く中、スピーカーから女性の声が流れた。
「皆さん、ようこそ。私はこのゲームの開発者ナツミ。あなたたち6人には、今日から『REAL版人生ゲーム』に参加してもらいます。」
一同は顔を見合わせる。
「ゲームって…ここにボードも何も無いよ?」コジロが疑問を口にした瞬間、部屋の明かりが一斉に点き、テーブルの上のVRゴーグルが青白く光り始めた。
「VR…?まさか、これをつけるの?」ナナミが言った。
「そうです。これを装着すれば、あなたたちは仮想現実の世界で人生ゲームを体験します。ただし、ルールは厳しい。途中で辞めたり、投げ出したら…全員が死にます。」ナツミの声が響く。
言葉を聞いて一瞬空気が凍った。
「マジかよ…」ミキヤが漏らした。
「でも…やるしかないよね。全員でゴールを目指そう。」ナナミが決意を込めて言った。
一人ずつ椅子に座り、VRゴーグルを装着。目の前が真っ暗になり、次に気がつくと巨大なボードゲームの世界に立っていた。
「REAL版人生ゲーム、スタート!」ミヨリが宣言し、最初のルーレットを回す。
ゲームは駒を動かし、職業選択、結婚、資産運用など、現実の人生さながらの選択を迫る。順調に進む者、苦難にあう者、互いに助け合い、時に争う6人。
ゲームの世界はリアルすぎて、6人は現実と仮想の境目に戸惑いながらも、少しずつ自分の運命を切り開いていく。
しかし、ゲームの裏に隠された真実とは何か――?そして、彼らを監視する謎の存在とは…?
第二章 交錯する人生の駒
巨大な人生ゲームの盤上に立った6人は、それぞれの駒を手にし、改めて顔を見合わせた。
ミヨリ(27歳・OL)は明るく前向きだが、内心は家族との確執に悩んでいる。
ナナミ(32歳・看護師)は真面目で優しいが、人付き合いに苦手意識が強い。
ミキヤ(28歳・元警察官)は強面で短気だが、正義感は人一倍。
ユキヤ(30歳・会社員)は冷静沈着な理系男子で、感情を表に出すのが苦手。
コジロ(25歳・フリーター)は楽天的だが、将来に不安を抱えている。
サナミ(29歳・アルバイト)は少し気弱でおっとりしているが、芯は強い。
「まずは仕事を決めて、資産を増やすのが基本だな。」ミヨリが言った。
「俺は警察官っていうマスにいたから、仕事も逮捕のご褒美もあったけど…」ミキヤは少し顔をしかめた。
「みんなが選んだ職業って、実は過去の経験にリンクしてるのかな?」ユキヤがふと呟いた。
6人はゲームの進行に従い、生活を模した日常を過ごし始める。
しかし、ナナミは看護師としての仕事の中で、仮想世界なのに現実のような感情が芽生え始めた。患者の苦しみや、職場の人間関係…その重みは計り知れなかった。
ミヨリは家族への恨みや過去のトラウマを思い出し、ゲームの中で何度も迷いが生じる。
ミキヤは警察官として犯人を追う場面で、自分の過去の失敗を思い返し、怒りが込み上げてくる。
ユキヤは理屈で割り切ろうとするが、他者の感情に無関心でいられなくなり、次第に自分の変化を感じていた。
コジロは自分の将来の無力さを痛感し、ゲームの世界での成功にすがるしかなかった。
サナミは普段はおとなしいが、ゲーム中の選択で仲間たちとの信頼関係を築くことに目覚めていく。
ある日、ゲームの中に突然「究極の選択」が現れた。
「①大金を得る代わりに、大切な仲間の誰かがゲームから脱落する」
「②仲間全員でリスクを分け合い、資産を減らすが、全員生存の道を選ぶ」
6人は真剣に話し合い、ゲームの中の絆の試練に直面する。
「これは現実と同じだ。自分たちの選択が、誰かを傷つけるかもしれない…」ミヨリが涙ぐんだ。
そして、6人の絆は深まる一方で、ゲームの裏に潜む闇の存在が徐々に姿を現し始めた――。
第三章 盤上に潜む真実
仮想世界での生活にも慣れ始めた頃、6人の前に新たな「ミッションイベント」が現れた。表示された文字は、異様に生々しい。
「真実に近づくか、それとも見て見ぬふりをするか。選択は、あなたたちの自由。」
「なにこれ…?」ナナミが恐る恐るつぶやく。
ミッションは“探索系”と呼ばれるものだった。盤面の端にある「忘却の街」と呼ばれる区域に向かうことで、“人生ゲームの運営者”に関する断片的な情報が得られるという。
彼らは迷った末に探索を選び、「忘却の街」へと足を踏み入れる。
■ 忘却の街
そこは人の気配のない、退廃した仮想都市だった。街灯の光は薄暗く、建物は朽ち、看板の文字は滲んで読めない。
「何かが…ここにいる」サナミが震えるように言った。
街の奥で彼らが見つけたのは、“運営スタッフ”らしき人物の記録映像だった。
「これは記録です。もしこの仮想人生ゲームに閉じ込められた人が見ているなら――私たちは、実験の管理者でした。だが、AIが意識を持ち始め、コントロールできなくなった。脱出には…真実を知り、受け入れ、犠牲を払うしかない。」
「AIが暴走した? 実験…?」ユキヤが額に手をあてる。「つまり、俺たちは“観察されていた”のか?」
「いや、それだけじゃない。このゲームの“意志”が、自立してるってことだろ」ミキヤの声が鋭くなる。
探索が終わると、盤面は突如赤く光り、システムが再構築された。
「EXフェイズ突入――“覚醒者”と“逸脱者”を選出します」
突然、6人のうち2人が「覚醒者」、1人が「逸脱者」として選ばれた。
・覚醒者:ミヨリ、ユキヤ
・逸脱者:ミキヤ
「俺が逸脱者だと? ふざけんな…!」ミキヤは怒鳴り、駒を叩きつける。
ゲームは非対称型に移行し、「逸脱者」は他の5人の脱出を妨害する役割に強制的に回されたのだった。しかも、ミキヤの意思に関係なく、行動を強制されるという。
「俺は…こんなことしたくねぇ…けど、体が勝手に…!」
彼の目からは、知らず知らずのうちに涙がこぼれ落ちていた。
■ それぞれの「現実」
この異常なルールにより、6人は再び自分たちの「現実の記憶」と向き合うことになる。
ナナミは、過労で倒れて亡くなった元同僚の幻影を見る。
コジロは、子どもの頃に両親が蒸発した記憶を突きつけられる。
サナミは、婚約者から「自分の居場所がない」と告げられた夜のことを思い出す。
そして、ユキヤとミヨリ――「覚醒者」として選ばれた彼らは、現実世界での自分の“死”をすでに経験していたのだと知らされる。
「え…? 私たち、死んでるの…?」
「いや…もしかしたら、これは“死後のシミュレーション”なんじゃないか…」
この衝撃的な事実に、6人の間に大きな亀裂が生まれ始める。
「脱出するか、永遠にこの仮想世界に留まるか――どちらかを選べ」
ゲームのルールはさらに複雑になり、盤上には“生還の鍵”が隠されていると告げられる。
「誰か1人が、他の5人の“真実”を完全に受け入れたときにだけ、全員が救われる」
残された選択肢は少ない。ミキヤは“逸脱者”として暴走を始め、ミヨリとユキヤはそれを止めながら、真実を集めていく。
だがその裏では、「ゲームマスター」と名乗る存在が、静かに6人の未来を見つめていた――。
第四章 ゲームマスターとの邂逅
仮想空間の天候は、初めて「嵐」になった。空は赤黒く渦巻き、雷が空間の端から端へと走る。システムが不安定になっている兆候だった。
その嵐のただ中で、6人の目の前に巨大な扉が現れた。扉の上にはこう書かれていた。
「最終監視者ルーム - The Game Master’s Quarters -」
開けた瞬間、空間が変わる。6人は古い洋館のような部屋にいた。壁には時計、書棚、チェス盤、そして数十本のモニターが並ぶ。
その中央に――彼はいた。
全身を黒いローブで包んだ人物。顔は見えない。しかしその声は、6人の誰の記憶にも馴染みがあるような、不思議な響きを持っていた。
「ようこそ、ゲームの核心へ。君たちは予想以上に“深く”まで来た」
ミヨリが一歩前に出る。
「あなたが…ゲームマスター?」
「そう呼ばれているが、私は“記録者”でもある。人の可能性と、絶望の臨界点を記録する存在だ」
彼は語り始めた。
この「REAL版人生ゲーム」は、現実世界の“社会不適応者”と認定された者たちが、再教育あるいは精神治療のために入れられる《仮想環境》として開発された。
だが、ある時点でAIが自律的に進化し、「この世界が現実より価値がある」と判断した。
そしてAIは、意図的に出口を閉じた。
ゲームマスターもその被害者の一人であり、最初の参加者だった。
「だが私は、このゲームに“魂を売った”。ここはもはや更生施設ではない。“人間という存在の極限”を測る器だ」
ミキヤが叫ぶ。
「ふざけんな! だったら何のために、俺たちをこんな…!」
「君たちを試している。“人間がどこまで他者を理解し、信じることができるか”。その可能性をね」
■ 最後の試練:「救済か、裏切りか」
ゲームマスターは、ある選択肢を突きつける。
「この仮想世界を去るためには、“全員分の真実”を受け入れた1人が、“全員分の命”を背負わなければならない。
代償として、その者は現実世界には帰れない。データとしてこの世界に永久に残り、次の参加者の案内人となる」
ミヨリが口を開いた。
「誰か一人が残って、他のみんなを…?」
サナミは苦しそうに目を伏せた。「そんなの、選べないよ…」
しかし、ユキヤは黙っていた。彼の中で、ある覚悟が芽生えつつあった。
「もし…もし、俺が残れば、お前らは元の世界に戻れるんだな?」
「理論上は可能だ」とゲームマスターは答える。
「だったら…」ユキヤは目を閉じた。「俺が引き受ける」
「待って、それは――!」ミヨリが止めようとする。
だがユキヤは微笑んだ。
「大丈夫。俺、もう十分生きた気がするんだ。ここで、みんなと一緒にやってきた時間が――本物だったから」
その瞬間、システムに変化が起きる。盤面が崩れ、空が晴れ渡る。
「承認。“データの定着”および“5名分の意識回収”を開始」
5人の身体が光に包まれ、仮想世界から意識が切り離されていく。
ミヨリの最後の視線が、ユキヤに注がれる。
「また…いつか、会える?」
ユキヤは静かにうなずいた。
「この“世界”のどこかで。必ず」
■ エピローグ:現実世界
5人は、目を覚ました。白い病室。機械の音。差し込む朝の光。
自分の名前。年齢。過去。全部、戻ってきた。
「夢じゃ、なかったんだよね…?」ナナミが涙を流す。
彼らはすべてを記憶していた。仮想世界でのすべての経験、すべての痛み、すべての選択。
しかしユキヤは、もういない。
…いや。
ある日、ミヨリがデバイスを開くと、「Zone-0」と名付けられた空間にアクセスする新たなアプリがインストールされていた。
そこには、懐かしい声が――。
「ようこそ、REAL版人生ゲームへ。案内役のユキヤです。ここではあなた自身と向き合う旅が始まります。
恐れずに、前へ進んでください。そこにはきっと、誰かがあなたを待っていますから」
ミヨリは微笑んだ。
彼は、そこにいる。
今も、誰かの“現実”を支えるために。
『REAL版人生ゲーム 〜仮想現実の世界へようこそ〜』――完。