エピローグ
道路標識が立つアスファルトの道をジルが歩いている姿には違和感しか感じられない。
それなのに、先程紳士服の店で買ってきたスーツは、まるでジルのためにあつらえられたものかのように似合っていた。
「……やはり、これをあちらの世界に持ち帰って型を取った上でオーダメイドのスーツを作ってもらった方がよかったのではないですか?」
「そんなに似合ってるのになに言ってるんですか。店員さんもが大張り切りでいろいろ着せてくれた中から私が選んだ選りすぐりのスーツですよ!」
こちらの世界のお金は陽葵が貯めていたお小遣い程度しかない。
そのお金をつかうことも拒否したジルは、あちらの世界から持ち出した宝石を売り、お金を入手してから自腹でこのスーツを購入した。
閑静な住宅街は夕日色に染まっている。
アスファルトに伸びる二人分の影を重ねるように、陽葵はさっきからネクタイの結び目をいじってばかりいるジルの手を握った。
「ふふ」
「なんですか?」
「ジルさん緊張してるんだなって」
手を繋いだときの握り返し方だけで、ジルの心情が少しわかるほどには、彼との時間を重ねてきた。
研究を続けてきた結果、安定した異世界転移を行える魔法の開発に成功したふたりは、これから陽葵の実家に凜への挨拶に行く。
「緊張するに決まってるでしょう。私がどれだけこの日を夢見ていたと思っているんですか」
「そうなんですか?」
「あなたと一刻も早く結婚したい。愛しているなら、そう思うのは自然なことでしょう」
真顔でそんなことを言うジルに照れてしまって、陽葵は頬を染めてへらりと笑う。
リヒターから説教を受けはしたが、陽葵もジルも今やあちらの世界では魔王を討った祝福の神子と祝福の魔法使いとして有名人だ。
どこに行っても顔と名前を知られている世界から離れて、こうしてふたりでのんびりと歩ける時間を、緊張するジルを横目に陽葵は楽しんでいた。
「機嫌がよさそうですね」
「私もジルさんと早く結婚したいと思ってたんですよ。お姉ちゃんにも久しぶりに会えるし、機嫌だってよくなります」
「お姉様に安心していただくためにも、必ずあなたを幸せにすることを約束しなければいけませんね」
「私は今でも十分幸せですよ」
「こんな幸せは序の口ですよ」
「ええ?」
くすくす笑い合いながらたどり着いた見慣れた家の前。
異世界に繋がっていた水たまりは、ここ最近は晴れ続きだったらしく存在しなかった。
だが、そんなものはなくても今の陽葵はジルと共に愛する人達の元を自由に行き来できる。
「おかえりなさい!」
インターホンを鳴らすと、玄関から出てきた凜が笑顔で陽葵を出迎えた。
《終》




