迷い込んだ異世界 1
水たまりの底が抜けた。
学校帰りの道で避けられない水たまりに遭遇し、飛び越えようとえいやとジャンプしたものの、持ち前の運動神経のなさによって飛距離が足りなかったせいで、水たまりにダイブしてしまった。
そう思ったのに、ローファーの底に感じるはずの地面がなかった。
深い水の中に飛び込むような感覚があった後に、陽葵の眼前に現れたのは息をのむほどに美しい青年の顔だった。
白銀の髪によく似合う青みを帯びたラベンダー色の瞳を見開いたその人は、水たまりから落下した陽葵の体を咄嗟に受け止める。
突然起こった非現実的な出来事に陽葵が目を白黒させていると、彼は横抱きにした陽葵の顔を覗き込んできた。
「漆黒の髪に黒い瞳……。なぜここに神子様が……?」
「やっぱり世界はおまえを王としてたってことじゃないかい?」
混乱しながら辺りを見渡す。
どこかの外国の教会のような建物は天井が高く、祭壇の代わりに壁から流れ落ちる美しい噴水が設置してある。
その噴水の縁に腰掛けていたスタイルのいい美女が片側に流しているワイン色の髪をいじりながら、こちらも驚いた様子で目をしばたたかせている。
(なに、なにこれ!?)
美女の服も陽葵を抱く青年の服もコスプレのようなローブであり、ごく普通のセーラー服の陽葵の方が浮いている。
そういえば、水たまりに飛び込んだはずなのに、陽葵はどこも濡れてはいなかった。
混乱に目を回しながらも、ライトノベルやアニメを嗜んでいた陽葵はある可能性に気が付いていた。
(もしかして、ここ異世界!?)
その可能性に行き当たった瞬間、混乱で浅くなっていた息がどんどん苦しくなってきた。
酸素が薄く感じられ、指先がじんと痺れる感覚に恐怖が募る。
異変に気付いた青年は、険しい表情で陽葵を観察して意を決したように陽葵を抱き直した。
「失礼」
(なにが?)
命の危機を感じるほどの苦しさの中、ラベンダー色の瞳が近付いてくる。
次の瞬間、陽葵の唇には青年の唇が触れていた。
(あ、ファーストキス……)
人工呼吸でもしてくれるつもりなのかもしれないが、女子高生の乙女心は唐突に奪われたはじめてのキスに衝撃を受ける。
驚愕にぱちりと目を瞬かせた陽葵は全身がほんのりとあたたかくなる感覚に思わずうっとりとその目を伏せた。
「さてさて、果たしてその子は吉兆か凶兆か」
朧気な意識の中で楽しげな美女の声がかすかに聞こえる。
キスしていた唇が離れる頃には、陽葵は意識を失っていた。




