偽りの渡航許可証
『ごめんなさい、私の持ってる渡航許可証が偽物であることが判明しました。親戚が私のことを騙しお金も奪われました。』
体がずっしりと重くなるのを感じた。なぜだろう、幸せに触れているのに掴めない感覚があった。
『渡航許可証って本人以外が申請できないよね?なぜ他人に頼んだの?』
返信がくる…
『ごめんなさい……新しく申請しなおします。おそらく三ヶ月くらいかかるかも…』
『今少し調べてみたんとけど、あなたの国なら一ヶ月もあれば渡航許可証を作ってもらえるみたいだよ?』
『いいえ、その情報は間違ってる!私の父親が亡くなったのは知ってるよね?その関係で名字を母の名字に変えないといけなくて、その手続きも含めて時間がかかるの!』
私は結局、よく分からなかったが分かったことにした。
言いたいことがあったが言わないことにした。
なんか嫌な予感がしたが気づかないふりをした。
目の前の現実に目を背け、未来を見つめていた
すると魔導通信機が光り出した
『もしかして疑ってるの?! 家族なのに私を信じてくれないのね。お父さんが死んで、名前も失って、私は家族4人を養わないといけないのに……。でも、新しい申請にはまた手数料が要るし、生活費も足りない。もう全部諦めて、またViculusに戻るしかないのかな……』
『Viculusに戻る』――その文字列が、私の網膜を暴力的に殴りつけた。
それは私にとって、彼女の精神的な死、いや、肉体的な死そのものを意味していた。あの南国の熱気と酒に当てられ、彼女が再び病床に伏せば、今度こそ本当に還らぬ人となるだろう。
(これ以上、彼女を追及してはならない)
脳の奥で警報が鳴っていた。しかし私の指は、それを「大聖女マーレ様の教え」という都合のいい聖域で覆い隠そうとする。隣人を疑うな。苦難にある者を救え。そうだ、私は正しいことをしている。彼女を追い詰めるような真似は、聖なる教えに反する。
私は震える指で、白旗を上げるようなメッセージを打ち込んだ。
『ごめんね……。こっちも色々と問題が続いて、少し疲れていたんだ。お金や魔力のことは心配しないで。渡航許可証が取得できたら、すぐに教えてほしい』
送信ボタンを押した瞬間、脳裏にしがみついていた無数の疑問符が、潮が引くように消えていく。いや、消えたのではない。彼女の「死」という巨大な恐怖の引き金が、すべての不都合な真実を、脳の暗い裏側へと力任せに押し込んだのだ。




