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真空の帰郷、紙の儀式

「風導の港」のゲートを抜けた瞬間、耳が痛いほどの静寂に刺し貫かれた。

さっきまで鼓膜を震わせていた、異国の湿度を孕んだ喧騒が嘘のようだ。呼び込みの怒鳴り声も、命の危険を感じる魔導馬車のクラクションもない。

肺に流れ込む空気は、驚くほど無機質で、冷えていた。


「……無事に戻ってきました」


独り言が、白々としたフロアに吸い込まれて消えた。六ヶ月前、あんなに窮屈で退屈に感じていたはずの自国が、今はまるで、丁寧に梱包された真空パックの展示品のように見えた。


実家のリビングは、半年前と何一つ変わらない精密な平穏に満ちていた。


「……聖地巡礼ってすごいよ、本当に願いが叶うんだから」


差し出した魔導通信機の画面。そこには、スコール上がりの強烈な陽光を背負って笑う私と彼女がいた。背景に映り込む、色褪せた看板と雑然とした電線。自国の淡い魔導灯の下では、その色彩はあまりに毒々しく、そして愛おしく浮いて見えた。


「あら、可愛いじゃない。……いつここに来るの?」


母の呑気な声が、耳に馴染まない。

箸を動かしながら、俺は頷く。口にした味噌汁の出汁の香りは完璧すぎて、かえって胃の奥が少しだけ、あの雑な味を求めて疼いた。

一ヶ月後には、またあっちへ飛ぶ。今度は「旅行者」としてではなくパートナーとして。

準備を始めなきゃな、と自分に言い聞かせると、ようやく喉の奥のつかえが少しだけ取れた気がした。


私はギルドに行き、結婚について受付で色々聞いてみることにした。

「異国 結婚 手続き」

受付に問いただした瞬間、私の脳を埋め尽くしたのは、祝祭の気配など微塵もない、無機質で重苦しい漢字の羅列だった。


「独身身分誓約印」

国璽こくじの守護印」

「精霊台帳の写し」


聞けば聞くほど、愛という感情が細かく裁断され、ギルドのシュレッダーにかけられていくような錯覚に陥る。


「……なんだよ、これ。愛を証明するのに、これだけの紙キレがいるのか」


吐き捨てた言葉は、受付を仕切る魔導防護壁に跳ね返り、虚しく自分の耳を打った。

異国での日々は、あんなにも直感的で、剥き出しの命のやり取りだった。スコールに打たれ、泥に塗れ、ただ隣にいることだけが真実だった。

なのに自国では、私たちの関係は数ミリの厚さの書類としてしか存在を許されない。


「独身身分誓約印、国璽こくじの守護印……それに、精霊台帳の写しも必要です。不備があれば受理できません」


淡々と告げる受付嬢の瞳には、こちらの焦燥など微塵も映っていない。聞けば聞くほど、胸の奥にある熱い感情が細かく裁断され、ギルドのシュレッダーにかけられていくような錯覚に陥る。

私は一度目を閉じ、魔導通信機の待ち受けに視線を落とした。

そこには、加工もクソもない、最高に眩しい彼女の笑顔がある。

肺に溜まった重たいおりを吐き出し、私は再び窓口へ向き直った。

彼女をこの国に、あるいは自分をあの国に繋ぎ止めるための、これが最初の「儀式」だ。聖地巡礼の険しい山道を登った時と同じ、静かな覚悟が腹の底でじりと熱を帯びた。


この章から精神的にキツくなるのですが、頑張って書きます

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