第25章:剣と獲物の狭間で
そいつが、目の前に立っていた。あたしのことなんか、見向きもしない。
人間どもがわらわらと駆け寄ってきて、ピストルを構える。魔王はちらりと視線を向けただけで、ふんと鼻で笑うように息を吐いた。
「よくも……我が民に手を出した者ども、ここから生きて帰れると思うな」魔王は腕を伸ばす。
奴らは狂ったように撃ちまくる。だが、弾はまるで届かない。あれは純粋魔法だ。奴は体にマナの障壁を張り巡らせている。弾丸は障壁に触れた途端、ポロポロと落ちていった。
銃撃が止むと、魔王は軽く鎧を払った。
「消えろ」魔王は、すでに腕を伸ばしていた。
その手のひらに、純粋なマナが凝縮されていく。数秒後、目の前のすべてを薙ぎ払う一撃が放たれた。たったそれだけで。誰も生き残っていないだろう。
「助かったー!」カレンのバカが、希望に満ちた顔で叫んでいる。
「いや、あんたは助かってねぇよ」あたしは吐き捨てた。
ブレスレットのルビーを握りしめ、変身を解く。人間の姿に戻ったあたしを見て、カレンは目を見開いて呆然とする。だが、何か言おうとする前に、その顔面に渾身の一撃を叩き込んだ。奴はそのまま意識を失い、倒れた。
魔王が、ようやくあたしに目を向ける。あの赤い瞳、あの病的な静けさ……何も変わっていない。
「どういうことだ?」魔王が問う。
「で、あたしのこと覚えてんの?」あたしは剣を抜き、挑発した。
「なぜ貴様など覚えていよう。無用の者の顔など、記憶するに値せん」
剣の柄を握りしめ、攻撃態勢に入る。あたしにしたこと、全部なかったことにしようってのかよ。ふざけんな!ミッションなんてどうでもいい。あたしの生き甲斐は今、目の前にいるんだ。このクソ野郎、絶対にぶっ殺してやる!
「貴様がわざわざ戦ってくれるとでも思っているのか?」魔王は退屈そうに言った。
魔王が軽く手を振ると、ドラゴンが猛スピードで襲いかかってきた。でけえくせに、すげえ速えな。
素早い動きで、そいつは大口を開け、火の玉を吐き出した。
あたしは火を飛び越え、ドラゴンの首に着地。剣を突き立てようとしたが、無駄だった。鱗が硬すぎて、チタンみてえだ。
ドラゴンは暴れ馬みたいに首を激しく振った。必死にしがみついたが、結局吹っ飛ばされた。土の地面に叩きつけられ、背中から家の壁をぶち破って数メートル先まで飛ばされた。
埃が収まる。どうやらリビングらしき場所に転がってたらしい。横を見ると、獣人族の家族がいた。父親が妻と娘を庇うように抱きしめ、怯えた目であたしを見てる。
あたしはフラフラと立ち上がり、口元の血を拭った。ニヤリと笑う。家族の方を見ると、案の定ビビりまくってやがる。
軽く手を振って、ドラゴンに向かって全力疾走。このデカいトカゲが、こんなもんであたしを倒せると思ってんのかよ。
剣をしまい、拳にマナを集中させる。瞬く間に、またドラゴンの目の前に立っていた。魔王は、まるで余興でも見るかのように、ただ冷ややかに戦いを眺めているだけだった。
ドラゴンが爪で切り裂こうとしてきたけど、あたしはひょいっと避けてやった。思いっきりパンチを叩き込んだら、ガキッと音がして、牙が一本地面に転がった。
あのクソトカゲ、ちょっと後ずさりしてあたしを睨んだ。その瞬間、ヤバいと思った。そいつは唸り始めて……羽をバタつかせた。風が強すぎて、立ってるだけで精一杯だった。
逃げようとしたけど、もう遅い。
そいつが口を開けたとたん、視界は真っ暗になった。
ヌルヌルした感触……唾液だ。
その時、あたしは悟った。
食われたんだ。
舌が動き出して、そいつが口を開けるのが見えた。噛み砕かれる気かよ、ピューレになんかなるもんか。急いで舌を思いっきり掴んだ。
そいつはあたしを押し潰そうと、口の天井に押し付けてきた。
息が詰まる。パニックが襲ってくる。必死に剣の柄に手を伸ばした……。
刃をそいつの舌に突き刺した。
ドラゴンは瞬時にあたしを吐き出した。
すると、月が見えた。触れそうなほど近くに。そよ風を感じて、なんか変だなって後ろを振り向いたら……自由落下中だった。剣が隣で落ちていく。空中で手を伸ばして、柄に触れそうになったけど……重力には勝てない。
地面があたしの体と一緒に揺れた。
クレーターができた。
頭が痛い……体も痛い。一瞬、自分の名前すら忘れたかと思った。立ち上がろうとしても、力が入らない。拳を握りしめて、必死に立とうとしたけど……すぐに四つん這いになった。
吐き気がして、息も苦しい。たぶん肋骨、何本かやられた。でも、とりあえず生きてる。
足を震わせながら、なんとか立ち上がった。
顔を上げる。
ドラゴンが急降下してくる。ロケットみたいに、あたしに向かって突っ込んでくる。
そして、そいつは口を開けた。
オレンジ色の輝きと尋常じゃない熱が、ヤバいのが来るって教えてる。
あれが当たったら、あたし、丸焦げだ。
だから、全力で片手を上顎に、もう片方を下顎に当てて、そいつの口を閉じた。あたしは押し出されながら、壁もテントも塀もぶっ壊していった。
そいつが止まるまで。
ドラゴンは頭を振ろうとしたけど、あたしは地面に足を食い込ませた。誰にもここから動かされない。
叫びながら、全力で口を閉じ続けた。
そいつの口の中の輝きが強くなる。熱くて焼けそうなのに、やめなかった。
ドンッという鈍い爆発音が聞こえた。煙が口から噴き出して……ドラゴンが動かなくなった。体が重くなって、ゆっくりと手を離した。
ドラゴンは倒れた……。
落ちてた剣を見つけた。ゆっくり歩いて、拾い上げて、そいつに向けた。
その場に、ゆっくりとした拍手が響いた。魔王を見た。
「このクソ野郎……ぶっ殺してやる」




