第23章:血の果ての標的
人々がゴキブリみたいに逃げ惑っている。 あたしはただ突っ立って、そのカオスを呆然と見つめていただけ。
時間がない。 振り返って、エラリオン家の壁を睨む。
まあ、運命がこうさせたんなら、あたしが文句言っても仕方ないか。 この混乱、利用させてもらうだけだ。
首をゴキッと鳴らす。
軽くストレッチ。 攣りたくないし。
しゃがんで、壁を飛び越える準備。
そして……
横を空気が切り裂く。刃が肌をかすめる寸前。 見ずに避ける。こんな攻撃、予測できて当然だし、つまんない。
服が破れてないかサッと確認。問題なし。 振り返って、襲ってきた奴を睨む。人間じゃん。 剣の構え方からして、戦闘経験ゼロなのは明らかだ。
「何なの、**あんた**?このクソ野郎。こんなに人がいるのに、よりによって**あたし**に来るわけ?」 腕を組んで、吐き捨てるように叫ぶ。
「忌々しいエルフめ!!!殺してやる!」 人間が怒り狂って叫んだ。
「エルフ?」
……なるほどね。それで**あたし**を襲う理由がわかったわ。 変装してるからか。この変装、マジで屈辱。
その馬鹿、また突っ込んできた。 剣を抜いて、そいつの攻撃を受け止める。自分が強いって勘違いしてんのかな……誰が上か、教えてやる。
そいつの足を思いっきり踏みつける。痛みに悲鳴を上げて、防御が甘くなる。 剣で一撃。あっさりそいつの剣を折るけど、この馬鹿、引かない。 折れた剣を投げ捨てて、拳を構える……
認めざるを得ない。根性あるじゃん……それとも、ただ死にたいだけ?
剣を地面に突き立てて、ゆっくりとそいつに歩み寄る。 殴りかかってきたけど、避けて肩を掴み、強烈な頭突きをお見舞い。そいつはそのまま気絶した。
今日はあたしが慈悲深いってことに感謝するべきね。**あたし**との戦いで生き残った奴なんて、そうそういないんだから……エルフ殺し……この名前、悪くないかも。
他にも何人か**あたし**を見てる。 注目されるのは嫌いじゃないけど、今はそういう場合じゃない。
剣を拾い、埃を払い、足にマナを込めて壁を飛び越える。
向こうから、屋敷へと走り出す。 焦げ臭い匂いが鼻を突く。近づくにつれ、匂いはどんどん強くなっていく。
着いてみれば、屋敷の入り口は爆発で巨大なクレーターと化していた。
倒れた衛兵たち。 全員、死んでいる。
何人かは爆発で死んだのが一目瞭然。だが、残りは戦闘で殺されたのが明らかだ。床には剣の斬り跡まで残っている。
ってことは、中にまだ敵がいるってことか。
まあ……少なくともあたしの手間は省けた。
入り口の穴から屋敷の中へと入っていく。
「誰か生きてる!?」 あたしは叫ぶように問いかけた。
叫び声は聞こえない。静寂だけが広がっている。
でも、変だ。足を踏み入れた瞬間から、誰かに見られている気がする。周囲は瓦礫の山、何もかも破壊されている。壁には斬り跡。まだ戦闘の痕跡が残っていた。
だが、そこに何かがあった。
床の血溜まり。そして、遠くへと引きずられた跡。誰かが怪我をして逃げたんだ。
あたしはその跡を辿り始める。階段まで続いていた。
ゆっくりと階段を上る。木材が今にも崩れそうな音を立てる。というか、家全体がそんな状態だった。
二階に着くと、死体を見つけた。だが、異様だった。骨と皮みたいに痩せ細り、しかも血の跡はそいつを通り越していた。つまり、怪我した奴じゃない。
でも、一体何が起きてるんだ、これ……?
その瞬間、人影が視界に入る。剣を抜き、素早く振り返った。
「出てきな。あんたがあたしを襲わないなら、殺さないから」
ただ、静寂だけが続いた。
すると、何かが肩にポタリと落ちてきた。 温かい何か。
見上げれば、涎だった。 キモ……。
ゆっくりと上を見上げる。
天井に張り付いた青白い男。目は赤く光り、狂犬のように涎を垂らし、ボロボロの服を纏っていた。
そいつがあたしめがけて落ちてきた。横に転がり、間一髪でかわす。
そいつは叫び始めた。 「腹減った!腹減ったあああ!!!」
「知ったことか。あたしに八つ当たりすんな」
そいつは聞く耳持たず。ただ叫びながら突っ込んできた。
反射的に横一文字に斬りつけた。だが、そいつはあたしを飛び越え、背後に着地した。 次の瞬間、冷たい手が背中に触れ、あたしはその場で膝をついた。
え、いきなり足に力が入らなくなった? ていうか、体全体がだるい……力が抜けてく感じ。 視界も徐々にぼやけてくる。
何これ、マジ……?
そしたら、ひどく痩せ細った死体が目に入った。 ああ、そういうことか。一瞬で理解した。
焦って膝をついたまま、そいつの足を斬ろうとしたが、サッと後退された。
「まだ腹減ってんだよな」
こいつと近接戦は無理だ……触られたら、死ぬかもしれない。
もうこれしかない。走るしかない!
脚にマナを集中させて強化し、速度を上げた。 肩越しに振り返ると、そいつはよだれを垂らしながら狂ったように追ってくる。キモい。
ルカンが教えてくれた魔法のどれにも当てはまらない。固有魔法か? だとすれば、どういう仕組みだ? 触れただけで勝手に体が弱くなる…… 長く触れられたら、殺されるってことか。 つまり、遠距離攻撃しかない。
周囲を見回したが、長い武器なんてどこにもない。 しかも、そいつはどんどん近づいてくる。 速すぎる…… 生きて帰るには、一撃で仕留めるしかない。
だから、走るのをやめた。 睨みつける。 攻撃態勢に入る。 そんなに強そうじゃないし。 先手必勝ってやつ?
そいつはピタリと止まった。 あたしを睨み返してくる。 だが、すぐに獣のように怒り狂って突進してきた。 やっぱり……動物と戦ってるみたいなもん。テクニックなんてない。
マナを足裏に集中させ、全力で地面を踏みつけた。 床が陥没し、そいつはバランスを崩した。 穴が開いたが、ギリギリで踏みとどまった。 これが欲しかった隙だ……! 踏み込んで、一気に剣で貫いた。
そいつは一瞬固まり、何が起こったかわからないといった顔であたしを見た。 刃を抜き、剣を鞘に収め、背を向けた。 だが、そいつが呟いた。
「……ありがとう」
振り返ると、穴に落ちていく姿が見えただけだった。 何だったんだ、今の? 今日起こってること、全部意味不明すぎる……
すると、廊下の奥から叫び声が聞こえてきた。
音を辿っていく。
ドアの前で足を止めた。血の跡も、その先に続いていた。
そっとドアを開ける。泣いているエルフと、重傷のエルフの娘がいた。
近づいた。
そのエルフ娘の傷、もう絶対助からない。生き残れるわけがない。世界からエルフが一人減るだけだ。
エルフがあたしを見た。
「誰だ、お前?」 「あたしはただの通行人。たまたま通りかかったら爆発が見えてさ。何か手伝えることないかなって思って来ただけ」 超速で嘘をついた。
あたし、ホントに女優になれるんじゃない?
「カレン……この子と行きなさい……」 重傷のエルフ娘が、かすれた声で言った。
えっ、ちょっと待って……
カレンって言った?
確かにそう言った!
やっとあたしにも運が向いてきた! こいつがあたしのターゲットだ!




