表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/140

聞きたかった言葉




 ソアラは、ある日のお妃教育で『妃の心得』を学んだ。


 ドルーア王国の王族の王位継承権は男子のみだ。


 それにより、一夫一妻制度の国ではあるが、唯一王族にだけ側妃を娶る事が許されている。

 しかしそれにも条件があって、正妃に世継ぎの王子が生まれなかった時のみと定められている。



 過去の王族には、側妃がいるのは当たり前の事だった。

 しかし……

 度重なる妃達の争いは数々の悲劇を生み出し、世継ぎである王子までをも死に至らす事件が起きた事から、このような制度が出来たのだった。



「 今から、殿下とソアラ様の間にお世継ぎが生まれなかった場合の話を致します 」

 お妃教育の講師は、諭すようにソアラを見やった。


 これはとても重要な事だと言って。



「 ソアラ様は、側妃を迎える覚悟を持たなければなりません 」

「 ………はい 」

「 嫉妬などはしてはなりません。側妃は貴女の代わりにお世継ぎを生むお方。側妃を尊重し、大切にし、側妃が生んだお世継ぎを敬わなければなりません 」


「 はい 」

 ソアラは懸命にノートに記載した。



「 では、わたくしの立場はどうなるのでしょう? 」

 普通に考えれば、同じ家に妻が2人いるのだ。

 離婚が出来ないのならばどうなるのかと、ソアラは疑問に思った。



 そうなのである。

 ドルーア王国の国民は多重婚は出来ない事から、本妻以外の妻を娶りたいのであれば、『 離婚 』と言う形になる。

 妾として囲うのは別として。


 しかし、多重婚が認められている国王夫婦と王太子夫婦の離婚は様々な理由から認められてはいない。


 よって正妃は、側妃と共にこの王宮で生きて行くと言う未来しか無いのである。



 世継ぎが誕生すると……

 国王や王太子の寵愛は、当然ながら王子と生母である側妃に注がれる事は想像出来る事。


 それは周りの者も同じ。



「 正妃はソアラ様です。しっかりと正妃としての公務をなされば、貴女の()()()が確保される事になるでしょう 」


 世継ぎを産めなかった正妃は、公務に特質しなければ国民達からも忘れられる存在になるのは必然的な事だった。



「 わたくしの()()()…… 」

 これは以前からソアラが模索していた事。


 心の中に潜み続けている()()()()が、ソアラに王宮での居場所を求めさせていた。

 だから……

 財務部の仕事を辞める事はしなかったのだ。


 それは……

 自分がルシオの婚約者に選ばれた事は、経理部のスキルがあったからだと、ソアラはずっと思っていたからで。


 ポンコツな財務部を確立させる為に自分が選ばれたのだと。



 私の居場所。


 ソアラはそれを鉱山の採掘プロジェクトとにあると結び付けた。


 これは何十年も続く国家プロジェクトだ。

 ソアラはここで役に立とうと考えたのである。



 今、ソアラは会議での、議事録の翻訳をしている。

 ガルト王国のゼット商会の面々は、ムニエ語を主に話す事からムニエ語で。

 後から、言った言わないや、言葉の意味の取り違えをさせない為に。


 最初の頃には、それで不当な条件での取引をされそうになったり、危うく港を取られそうになったのだから。



 ゼット会長は悪どい平民商人。

 金儲けの為には何でもする男だ。


 会議の場では、都合が悪くなるとムニエ語で話したりと、貴族達を煙に巻いて楽しんでいると言う。



 ソアラはそんなゼット会長の天敵。


 今まで偉そうにしていた彼は、ソアラが会議室に現れると小さくなると言う。

 6つの言語を話せるだけでなく、算術まで長けているソアラは煙に巻けなくて。


 シリウス達関係者は、それが愉快でたまらないと楽しそうにしていて。

 ソアラがいる事で、他国間における難しい話し合いも、和やかになっているのは確かだった。



 そんな風に……

 ソアラは鉱山採掘プロジェクトのメンバーとして、今やなくてはならない存在になっていた。




 ***




「 だから……わたくしはこれからもずっと、鉱山の採掘プロジェクトに関わって行きたいと思っております 」

 ソアラは自分の考えをルシオに告げた。



 ルシオは自分を恥じた。


 元カノからのプレゼントを捨てずに持っていた事で、ソアラがマリッジブルーになったのだと、少しでも思った事を。


 ソアラはそんな器の小さい令嬢(ひと)では無かったのだと。


 僕は何度彼女を見誤るのだろう。



 側妃の問題は当然ながら理解していた。

 世継ぎを儲ける事は、自分が王太子である以上は当然の事で。


 脈々と続いて来たドルーアの名を、次の御代に継承して行く事は自分の責務であるとして。


 

 ソアラの言った通りに、これはどうにもならない事だった。



「 ソアラ…… 」

 立ち上がったルシオは、ソアラを抱き上げ自分の膝の上に乗せた。


 まだ自分達は結婚もしていないのに、今からそんな先の事を考えなくてもいいと言おうとして。


 取り越し苦労になるかも知れない事を、今からする必要はないのだから。



 その時……

 ソアラが両手で自分の顔を隠して俯き、早口で捲し立てた。


「 だからね!……夜遅くにまで起きれるように頑張っているの!」

 仕事なら眠くならないからと言って。


「 早く寝たら……閨が出来ないから……先生から……そんなに早く寝るのは駄目だと叱られたの! 」

 夜の9時に寝ると言ったら、それでは子作りが出来ないと激怒されたとのだと言って。


 それは何時もの令嬢言葉よりもかなり可愛らしい口調で。

 余程恥ずかしいのだろう。



「 僕との閨の……為? 」 

 手で覆われている顔は真っ赤になっていて。 ソアラは首を横にフレフルと振っている。


 そうか……

 夜遅くに仕事をしていたのは、僕との閨の為だったのか。


 確かに……

 仕事に邁進する為ならば、何も夜に仕事をする必要は無い。



 ソアラの夜の9時での就寝は、ルシオとの閨の為には流石に何とかしなければならない問題なのである。



 ルシオはクックと笑った。


「 うん……それなら起きていて欲しいかな 」

 今までは早く寝るように言っていたが。


 お妃教育のノートに、どんな風に書いたのだろうと思うと……

 もう、おかしくて仕方がない。


 そして……

 愛しくてたまらない。



「 僕……頑張るよ 」

 君が、子作りに凄く積極的なのが嬉しいと付け加えて。


「 ルシオ様! そんな言い方をしないで下さい!! 」

 自分の顔から手を離したソアラが、ルシオを見ながらキャンキャンと怒り出した。


「 僕は体力には自信があるから、朝までしても大丈夫だな 」と言うと、「 いやらしい 」と真っ赤な顔をしながら睨まれて。



 本当に……

 ソアラは何時も斜め上を行く。

 何時も予想外の事をして来る。


 ああ……

 君といるとこんなにも楽しい。




 ***




 その後ルシオは、自分の婚姻に対する想いをソアラに話した。


「 僕はね、アメリアとリリアベルのどちらかを選ぶ事はどうしても出来なくて、だから父上にその選択を託していたんだ 」


「 …… 」

 選べなかった?


 正式な婚約発表は、リリアベルが卒業するのを待っての事だと思っていた。


 新聞でも、街の噂でも王太子殿下の婚約の話で持ちきりで。

 発表しないのは何か理由があるのかと、連日のように騒がれていた事をソアラは思い出した。



「 父上はその時、どちらかを選べ無いのは、どちらも選びたくは無いの裏返しでは無いのかと思ったらしい。だったら、母上の推す君を選ぶのは問題は無いと判断したらしい 」

 これは後から父上から聞いた話だと言って。


 ルシオは言葉を選びながら静かに話を続けた。

 ソアラを自分の膝の上に乗せたままに。



 ルシオの話を聞きながらソアラは思った。

 どちらも選びたく無いと言うのは違うと。


 それはどちらもお好きだったからなのでは?


 少なくともアメリア様もリリアベル様も、ちゃんとルシオ様の事が好きだった筈。


 そして……

 ルシオ様はアメリア様がお好きだった筈。



 お優しいルシオ様だからこそ……

 リリアベル様の事を考えたら、アメリア様を選べなかったのだわ。


 社交界に出ていないソアラは、学園時代の二人の事しか知らないが。

 お互いに想い合っている事は外野にも分かる程に、二人の世界は輝いていたのだ。



 ソアラは知らなかった。

 ルシオがアメリアに向けていた眼差しと、ソアラに向けられる眼差しの違いを。


 それを一番に感じているのは二人の側にいる侍女達であった。

 ソアラを見るルシオは、それはそれは甘く蕩けるような顔をしているのだから。

 侍女達が赤面する程に。



「 そして父上は、僕が君に好意を持っている事を確認したから、王命を下したと仰っていたんだ 」

 それがどんな意味か分かる?と言って、ルシオはソアラの顔を覗き込んで来た。


「 えっ!? 」

 自分が選ばれたのは、経理のスキルがあったからだと思っていたソアラは驚いた。


「 僕は、どうやら君を早い段階から好きだったらしい 」

 それに気付くのは随分と後になったが……と言って、ソアラの顎を持ち上げて顔を傾けた。


 ソアラに口付けをしようとして。



「 でしたら……王妃陛下は何故私を? 」

「 ………そうだね。母上……か…… 」

 ソアラの唇に触れそうな位置で、ルシオは止まった。


 暫くそのままで、はたと考える。



 そもそもの発端は王妃エリザベスからで。

 領地に調査に行っていたルシオが、1ヶ月振りに帰城すると、既にソアラが婚約者候補に決められていたのだ。


 アメリアとリリアベルを婚約者候補から外す事を、ルシオに伝えて来たのもエリザベスからなのである。

 こんな重要な事は、普通ならば国王から伝えられるのが常なのだが。


「 うん……其の内に母上に聞いてみよう 」

 ルシオはそう言ってソアラの唇に口付けをした。



 勿論ルシオにそれを聞かれても、エリザベスは自分の保身の為だとは絶対に言わないが。


 いや、言えないのだ。

 これは弟である宰相ランドリアと二人だけの企みなのだから。



 因みに……

 ソアラを見事引き当てた、ランドリア宰秘書官であるリッターは、今でもランドリアの下で働いている。


 彼は、自分がソアラ・フローレンを選んだ事は覚えてはいない。


『 領地を持たない伯爵家の20歳前後の令嬢。様相は普通顔 』

 彼はこのメモをランドリアから渡されただけなのだから。


 新しい侍女でも選ぶのだろうと思っての仕事だった。

 そして……

 その報酬は残業代だけで。


 彼は今日もランドリアからこき使われていると言う。




 ***




 暫くソアラとの口付けを楽しんだルシオは、更に話を続けた。


「 僕はアメリアやリリアベルとの未来も思い描いていた 」

 ルシオは正直に言った。


 それは、彼女達のどちらかと結婚するつもりでいたのだから当然の事で。



「 でもそれは今の世と変わらない未来。だけど君との未来は違う! 君との未来は、どうしょうもなくワクワクするんだ! 」


 その声は力強かった。



「 父上は君を選んだ事は間違い無かったと喜んでおられた 」

 我が国とマクセント王国を救ってくれたのは君だからと言って。


「 そして……君がいるからこそ、僕の治世に向けての基盤を作れるとも仰っていた 」

「 ……国王陛下がそんな事を…… 」

「 そうなんだ。君はもう僕達王家にとっては、なくてはならない存在なんだよ 」



 それはソアラの一番聞きたかった言葉。


 この婚姻は王命によって決められた婚姻。

 生まれた時から王妃になる為に生きて来た、公爵令嬢達を簡単に切れる程の。


 だったら……

 何時かは自分も、王命により簡単に切られるのではないかとソアラは不安に思っていたのだ。


 離婚は出来ないと分かっていても。

 ルシオから愛されていると分かっていても。

 ソアラは『 王命 』が怖かったのだ。



 ルシオが語ってくれた事が……

 ソアラの心の中にある()()を押し流した。



 この『王命』には、ちゃんとルシオの気持ちがあった事。


 そして……

 国王サイラスの未来の構想には、自分の()()があると言う事。


 それが何よりも嬉しくて。



 ソアラの瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちた。


 この時……

 誰からも自分の()()を気付かれなかった()()()()ソアラ・フローレンは……


 涙と一緒に流れていった。



「 ソアラ?……どうしたの!? 」

「 何でもないです 」

 ソアラの涙に驚いたルシオが、心配そうな顔をして親指で涙を拭った。


 ソアラはルシオの首に両手を回して、ルシオの耳元で小さく囁いた。



「 大好き」

「 !? 」

 眉を上げて驚いた顔をしたルシオは、直ぐに蕩けるような甘い顔になった。


「 僕も大好きだ!君が思うよりもずっと 」

「 それは違います。絶対に私の方が好きですわ 」

「 僕の方が好きに決まってる 」

 何度もそんな甘いやり取りをして。


 クスリと笑い合った二人は……

 互いに求め合うように口付けを交わした。



 一人の文官が……

 偶然にも、ソアラ・フローレン伯爵令嬢と言う名を耳にした時から、一年が過ぎようとしていた。
















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ