ソアラの社交界
ソアラはあの事件があってから、直ぐに王太子宮の客間に入内した。
王太子宮の改装が既に終わっていた事もあって。
それに伴い、ソアラ専属の侍女達も急遽用意された。
サブリナ、マチルダ、ドロシーがそのままソアラの専属侍女に決まったのだ。
ソアラが帰宅した事で3人はエリザベスの侍女に戻っていたが、すっかりソアラ沼にハマッてしまっていて、ソアラを恋しく思っていて。
ドロシーに至っては、王子の乳母になりたいと言う野望があるからなのだが。
何よりもソアラの侍女は楽なのである。
ある程度の事は自分でするし、就寝時間が早いのが特に魅力的で。
ドロシーの侍女仲間達は、自分も志願しようかと考えていると言う。
結婚式まで数ヶ月。
ソアラの新しい生活が始まっていた。
***
この日はルシオの23歳の誕生日だった。
彼が国王になれば、やがては彼の誕生日が国民から盛大に祝われる事になるのだが。
この日は1日中、謁見の間で貴族達からお祝いの言葉を述べられ、夜にはルシオの親しい友人達を招いてパーティーを開く予定となっている。
パーティーはルシオの親しい者達を呼んでのパーティーだ。
そこに今回初めてソアラが参加する。
今まではアメリアとリリアベルがいたパーティーに。
勿論、彼女達はもういない。
ソアラは緊張していた。
同じ年頃の男女が集まるパーティー。
言わばルシオの御代を支える者達の集まりだ。
両陛下に会う時よりもドキドキとして。
昨年の四家の公爵家達が会したクリスマスパーティーよりも緊張している。
ルシオは気の置けない奴らばかりだから気楽にして良いと言うが。
今までは、ここにアメリアやリリアベルがいた特別な高位貴族達の集りに、社交界に出た事の無いソアラが緊張しない訳が無い。
ソアラの部屋に迎えに来たルシオは、何時ものようにソアラと手を繋いだ。
「 大丈夫だよ。年寄り達はいないんだから 」
何時もは温かなソアラの指先が冷たくなっていて、ルシオはソアラの指先にチュッとキスをした。
「 皆、君と話したがっているんだよ 」
「 ……… 」
地味な私と話しても、きっと楽しくないと思うわ!
楽しいのは華やかなルーナ。
彼女は何時も皆の中心にいたんだから。
ソアラは離宮での夜の晩餐会での事を思い出していた。
ルーナを中心に皆がポンポンと会話をしていた。
まるで台本があるかのように。
あんな会話なんて私には無理だわ。
ソアラがウジウジしている間に2人は会場に到着した。
ドアマンが扉を開けると、宮廷楽士達がハッピーバースデーの音楽が奏でられた。
ソアラはルシオの手を離して壁際にそっと移動をした。
何時も何処にいても主役は王太子ルシオだが、今宵は更に主役なのだから。
出来れば……
このまま壁の花でいたいと思うソアラだった。
ルシオが会場の真ん中に連れて行かれると直ぐに、蝋燭が23本立った大きなケーキが運ばれて来た。
そして部屋の灯りが消された。
蝋燭の灯りだけになると、ルシオの黄金の髪がキラキラと輝き、その美しい横顔がより際立って美しく見えた。
見慣れていても……
やはりルシオはとびきり美しい王子様だ。
ソアラはドキドキとしながら、嬉しそうに笑うルシオを見ていた。
「 殿下!!お誕生日おめでとうございます 」
ルシオが23本の蝋燭を吹き消すと、拍手と共に皆がルシオに向かって次々にお祝いの言葉を口にする。
そして、誕生日プレゼントが渡されて、それをルシオが1つ1つ開けて行く。
贈り主と何やら楽しげに話をして。
勿論、女性達もいる。
皆が頬を染めながらカーテシーをして、ルシオにプレゼントの箱を渡していて。
「お誕生日おめでとうございます。有り難う」と言葉を交わしながら。
『 私 』と書いたカードをルシオが読み上げたから、会場はドッと笑いに包まれた。
「 お前は……毎年毎年同じ事を…… 」
「 だってぇ~アタシは~どうしても殿下のお嫁さんになりたいんだも~ん 」
皆がギャハギャハと笑う、カードの贈り主は多分騎士。
デカイ体躯でナヨナヨとするから、尚更皆の笑いを誘っている。
ソアラはこの騎士に見覚えがあった。
ルシオが生徒会の会長をしている時のメンバーだ。
行事担当で、何時もマイクを握って司会をしていた。
ルシオが生徒会会長で副会長はアメリア。
書記はカールで……
副会長だけがここにいなかった。
毎年毎年ずっとこのメンバーで、ルシオ様のお誕生日をお祝いして来たのに。
ここに私がいる事を受け入れられない人達ばかりよね。
ソアラは胸がチクリと痛んだ。
***
「 羨ましいよ 」
皆からのプレゼントを貰うルシオを、壁際で見ているソアラの側に来たのはシリウスだった。
「 やはり殿下がいる学年は纏まっていて、学年の皆が仲が良いね 」
「 シリウス様の時はどうでしたか? 」
「 うーん。仲は悪くは無かったが、纏まりは無かったかな 」
公爵令息のシリウスは最高位の貴族令息だ。
皆がひれ伏す程の。
それでも王族と貴族とでは雲泥の差がある。
誰もが敬う王族は国民にとっては特別な存在と言う事だ。
「 私のプレゼントもこれだったんだが……先を越されたな 」
シリウスはカードを封筒から出した。
そこには『 私 』と書かれていて。
「 えっ!? 」
「 誤解しないでくれよ! 私は同性愛者じゃ無いからね 」
ちょっと引いた顔をしたソアラに、シリウスは慌てて強く否定をした。
両掌を胸の前でヒラヒラさせて。
「 私のルシオ様を取らないで!なんて言わないでくれよ 」
「 誤解をしてしまってスミマセン…… 」
顔を見合わすと2人は吹き出してしまった。
とんでもない勘違いをしていたもんだと笑って。
そこに男性がやって来た。
この男は外務部にいるレイモンド・ジェネス侯爵令息だ。
「 シリウスはフローレン嬢をご存知なのか? 」
公爵令息のシリウスを、呼び捨てするのは余程親しい友達なんだろうとソアラは思った。
「 ああ、鉱山の採掘事業でね 」
「 成る程。フローレン嬢は私の事はご存知ですよね? 」
「 はい。外務部のジェネス様ですよね 」
「 君の仕事ぶりは有名だったよ 」
ジェネスはソアラの顔を見ながらニコッと笑った。
笑うと細い目が無くなる人懐っこい顔で、ジェネスはソアラが外務部にやって来た時の事の話をし始めた。
外務部が提出した請求書とレシートの金額が違っていたと、経理部からソアラとルーナがやって来た事があった。
皆はルーナの周りに集まる中、ソアラは淡々と請求書の間違いを書き直して貰って、ルーナが男性職員達と話し終わるのを静かに待っていたと言う。
何分も。
ただ黙って。
「 あの時、私は思ったんだ。君は仕事の出来る人だとね 」
ジェネスはそう言ってソアラにウィンクをした。
「 ……あ……有り難うございます 」
ソアラは胸が熱くなった。
私を見ていてくれた人がいた。
ソアラ自身は、その時の事は記憶には無い。
ルーナと他部署を訪ねると、毎回同じような事になっていたのだから。
「 僕の婚約者にウィンクをするなど許せないな 」
いつの間にかソアラの横に立っていたルシオが、ソアラの肩に手を回した。
「 私はフローレン嬢を誉めていただけですよ 」
ジェネスは慌てて首を横に振った。
「 殿下…… 」
ソアラがルシオを仰ぎ見ると、ルシオは嬉しそうな顔をしていた。
「 な? ちゃんと君を見ていてくれていた人もいるんだよ 」
「 ……はい 」
「 えっ? 何の話ですか? 」
「 何でも無いよ 」
ルシオとソアラが嬉しそうに見つめ合う横で、不思議そうな顔をするジェネスに、シリウスはそう言って彼の肩をポンと叩いた。
あの時……
シリウスもソアラの、フレディへの涙の訴えを聞いていた。
ソアラが何に傷付き、どれだけ辛い思いをしていたのかも知っている。
だから……
自分を見ていてくれたと言う、ただそれだけの事で喜ぶソアラに胸が熱くなるのだった。
シリウスは初めてソアラと出会った頃の事を思い出していた。
挨拶として手の甲にキスをすると、真っ赤になってオロオロしていた事に驚いた。
王太子殿下の婚約者だと言うのに、その所為はあまりにも頼りなげで。
納税の時はてきぱきと仕事をこなし、王室御用達店で見掛けた時は、店主相手に堂々と啖呵を切って値切っている所だった。
シリウスはそのギャップに限りなく惹かれたのだ。
どんどんと……
殿下の横に並ぶ事に相応しい令嬢になっている。
シリウスは……
もうすっかり当たり前になったルシオとソアラの並ぶ姿を、眩しそうに見つめるのだった。
***
それからルシオは、ソアラを紹介をしながら皆で雑談をした。
ここにいるのは王宮に勤務する者を始め、学者達や医師もいた。
学者達はソアラの弟のイアンの事も知っていた。
イアンは将来期待の研究者だとか。
ソアラは彼が一体何の研究をしているのかは知らないのだが。
そんな人達の話は面白くて。
ソアラはルシオの横で楽し気に聞いていた。
たまにルシオから話をふられたりして。
「 流石ですね。噂以上の才女だ 」
皆はソアラの博識に脱帽した。
6つの言語を話せるだけでなく、本を読む事が趣味なソアラは色んな事を知っていて。
そして……
落ち着いた声で話すソアラに皆は好感を持った。
王宮勤めの者達は、経理部にソアラがいる事を知らない者が多くいた。
彼らは、才女だと謳われるソアラを品定めしに来たのだ。
自分達が仕えるに相応しい者かどうかを。
何故なら……
今までのドルーア王国では、王太子妃になりやがては王妃となる者は、自分達よりも身分の高い公爵令嬢だったからで。
伯爵令嬢のソアラは、自分達よりも身分の低い令嬢なのだから。
「 殿下ぁ~ 」
ルシオとソアラの側に令嬢達がやって来た。
「 フローレン様をわたくし達にもおかし下さいませ 」
ルシオの横にいるソアラをチラリと見た女性の後ろには、扇子を広げている女性達もいて。
ルシオとソアラを取り囲んでいた、男性達が彼女達のパワーに押されて後退りしたから、ルシオとソアラの前に令嬢達が並んだ。
その中にはソアラの同学年の令嬢達もいて。
来た。
ここからが本番だ。
「 頑張っておいで 」
ルシオがソアラに小さな声で囁やくと、ソアラはコクンと頷いた。
いくらルシオでも入れない女の世界。
ソアラは王太子妃となりやがては王妃になる存在。
彼女達の上に立つ、ドルーア王国のファーストレディにならなければならないのだ。
「 僕の大切な婚約者だからね。お手柔らかに頼むよ 」
ルシオがソアラの両の肩に手をやり、彼女達に目を眇めた。
「 まあ! 殿下ったら! わたくし達が取って食うとでも? 」
「 嫌ですわ。わたくし達はそんな悪い女ではありませんことよ 」
もう、ギャアギャアと。
流石のルシオもこのパワーにタジタジで。
特に同級生の2人は、ルシオに対してもかなり砕けている。
女性達はソアラの腕に手を回して、テーブル席に向かって歩き出した。
「 大丈夫ですかね? 」
「 女の世界は怖いですからね 」
「 …… 」
ルシオとカールとシリウスの3人は、心配そうに女性達に連行されて行くソアラの後ろ姿を目で追っていた。
旅立つ雛を見守る親鳥のように。
***
女性達6人との自己紹介が終わった。
この6人はルシオの友人と言うよりも、アメリアの友人が2人に、リリアベルの友人が4人だった。
アメリアの友人は本当はもっと沢山いたが、今は出産で下がっている。
ここにいる2人は既に子供を産んでいて、その子供は乳母に預けての参加だ。
彼女達の夫は先程ソアラと話していた男達の中にいる。
「 素敵ですわ。そのドレス 」
「 ソアラ様は趣味が宜しいわね 」
社交界の女性達の挨拶は、先ずはドレスや身に着けている宝石の話題だ。
もしもソアラのドレスがルシオからの贈り物ならば、悪くは言えない。
王妃エリザベスの見立てたドレスなら尚更に。
広げた扇子で口元を隠しながら、ソアラに何かを言おうとしているのがよく分かる。
何かイチャモンをつけたいのだとソアラは思った。
王太子の婚約者だと言っても、今はソアラはただの伯爵令嬢。
その身分は、侯爵夫人や侯爵令嬢である彼女達が遥かに上なのである。
周りの女性に目配せをした女性が口火を切った。
「 ソアラ様は王室御用達店で値切ったのは本当かしら? 」
「 えっ !?………はい……お恥ずかしい事ですが…… 」
ああ……
令嬢らしくないと馬鹿にされる。
ソアラは、膝の上にある手を握り締め下唇を噛んだ。
「 お陰で助かりましたわ 」
「 ……… えっ? 」
思わぬ言葉にソアラは俯いていた顔を上げた。
「 あのぼったくり店には困っていましたのよ 」
「 あれからキチンとお値段を示して頂けるようになりましたのよ 」
「 やっぱり嫁ぎ先に気を使いますものね 」
皆は少し恥ずかしそうに扇子で顔を隠した。
お金の事を言うのは貴族の恥だと言われているので。
ソアラのあの値切り騒動があってからは、王室御用達を始め、色んな店が商品の値段を書くようになっていた。
大貴族の家では外商が殆どなのだが、貴族は値段を気にしてはいけないと言う見栄があった事から、商人達のやりたい放題だった。
しかし……
王太子の婚約者が値段を気にしたと言う事で、店側から提示するようになっていた。
王太子の婚約者と言うソアラの影響は大きかった。
ソアラの影響は他にもあった。
今までは、女性達は常にアメリア派とリリアベル派に別れていて、こんな風に一緒に話をする事も無かったのだ。
社交界の女性達は、末端まで二分されていた。
今まで社交界に顔を出していなかった無垢なソアラは、彼女達が崇めやすい存在だった。
親世代のエリザベスとアメリアの母親の派閥は今でもあって。
政治をする上で弊害となる事も多々あると言う。
しかし……
ルシオの御代は違う。
永く続いた公爵家の確執を飛び越え、ソアラを頂点とした女性達の、新しい社交界が始まろうとしていた。
後、数話の予定でしたが……
書きたい事があり過ぎて、ちょっと話数が増えております(^o^;)
エンディングまで頑張ります。
誤字脱字報告も有り難うございます。
読んで頂き有り難うございます。