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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第三章

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2度目の口付け

 



 この旅が終わり……

 帰城してから、ルシオは自分の気持ちをソアラに伝えるつもりでいた。


 狙った女性は百戦錬磨だと言われている恋多き男であるシリウスに、まだ恋愛をした事の無いルシオが、恋の悩みを相談した。


 そして……

 自分の想いを相手に伝える事の重要さを、この時ルシオは学んだのであった。



 出逢った時もポンコツで……

 プロポーズをした時もポンコツだった。


 だからこそ自分の理想とする然るべき場所で告白したい。

 今度は失敗しないようにと。



 国民からは麗しの王太子殿下と言われているとおりに、ルシオは王子然とした理想の王子様そのものだった。


 彼は何時も用意周到であり、完璧な王子様だったのである。


 婚約者候補であったアメリアやリリアベルにも、常に完璧な姿を見せて来た。


 しかしだ。

 何故かソアラに対してだけ、ポンコツな姿を露呈してしまうと言う。



 だから……

 帰城したら百本の薔薇を用意した部屋で、ソアラに愛の告白をしようと考えていた。


 勿論、愛の告白には2度目の口付けがある。

 ずっと待ち望んでいた事だ。


 その後は2人が抱き締め合うのだと。

 百本の薔薇の中で。


 お互いに好きだと想いを告げる大切な瞬間は、生涯の思い出に残る瞬間にしようと思っていた。



 しかし……

 ソアラの思わぬ強烈過ぎる猫(・)パ(・)ン(・)チ(・)で、思いの丈を伝えたいと言う想いが溢れ出て来たのであった。




 ***




 ソアラの手を引いてやって来た離宮の庭園は薄暗かった。

 月明かりがロマンチックと言えばそうなのだが。


 薄暗い中での告白は、思い描いていたシチュエーションには程遠い。


 なので……

 今宵はルーナの処遇の事だけを伝えて、告白はやはり帰城してからにしようと思っていた。



 しかしだ。

 感極まったソアラからの告白が、突然始まったのである。


 女性に先に告白されるなんて男の沽券に関わる。


 やがては国を担う者として、そんな情けない事をされる訳にはいかない。



「 好きだ!! 」

 ルシオはソアラに告白される前に、自分の想いを口にした。



「 僕が先に伝えたかったんだ 」

 ソアラがルシオを仰ぎ見た。


 目を真ん丸くして。

 涙をいっぱい瞳に溜めていた。


 その茶色の瞳がとても綺麗だった。



「 ソアラは? 」

「 ……言わない 」

「 こら! さっき言い掛けただろ? 」

 思わぬ返答にルシオはクスリと笑う。


 何時もそうなのだ。

 彼女からは意表のついた言葉が返って来る。


 アメリアやリリアベルには無かった事で。

 あんなに永く同じ時を過ごしたと言うのに。


 だから……

 ソアラといると楽しくて仕方が無いのであった。



 ルシオはソアラの答えを待った。


 ソアラの答えは分かっているのに、こんなにもドキドキとするのかと思いながら。



「 ……わたくしも……殿下が……好き……です 」

 恥ずかしそうにしながらも、上目遣いのソアラが恐ろしく可愛くて。


 きっと顔は真っ赤なのだろうと。



 好きだと口に出して伝える事が……

 好きな人に好きだと言われる事が……

 こんなにも満ち溢れた幸せな気持ちになるなんて。



 頑張って自分の想いを伝えてくれたソアラを、抱き締めたくてたまらない。


 そして……

 やっと口付けをする時がやって来た。


 このチャンスは逃せない。


 ルシオが深呼吸をした時に、ソアラが顔を上げてルシオを見据えた。



「 ルーナは? 」

「 へっ!? ……ルーナ? 」

 すっとんきょうな声を上げてしまったルシオは、ソアラを抱き締めようとしていた手を広げたままに固まった。



 ここでルーナの名前が出るとは思わなかった。


 何故だか背中にサァァッと冷たい水が流れたような感じになり、さっきまでの熱が一気に冷めて行く。


 キスをしようとする意気込みなんて、何処かへ消え失せた。



 微妙に慌てるルシオに、ソアラが怪訝な顔をする。


 そんなに慌てるのは……

 やはりルーナに気持ちがあるのかと。


 これから先の事を考えたらハッキリさせておく必要がある。

 ルーナに気持ちがあるのなら、それなりの覚悟をしないとならないのだから。



「 殿下はルーナの事をどう思っておられるのですか? 」

 ソアラは直球を投げて来た。


 その瞳は真っ直ぐにルシオを仰視する。



 ルシオはまたまた大きく1つ深呼吸をした。

 これで何度目の深呼吸なのかと。


 ここで間違った事を言ってはいけない。

 もう、嫌と言う程に拗れまくっているのだから。



「 ルーナは……君の友達だ。それ以上でもそれ以下でも無い 」

「 でも……随分と親し気にしてらっしゃるわ 」

「 親しいように見えたのならば……それは謝罪する。あくまでも彼女と親しくしているのは……君の友達だからだ 」


 ソアラは下唇を軽く噛んだ。


 それは知っていると。

 聞きたいのはそれでは無い。



 そして……

 ソアラを見つめるルシオの顔は不安気だ。

 この答えで合っているのかと。

 ソアラの望む答えなのだろうかと。 


 王子として生まれて22年。

 今までこんなにも緊張した事は無い。



 少しの沈黙が流れた。


 そして……

 俯いていたソアラが顔を上げた。



「 でも……あの時……ルーナの前に跪いたわ。ルーナが婚約者だと言う事に殿下は喜んだのでしょ? 」

 ソアラは食い入るような眼差しでルシオを見つめた。



 やはりそこに拘っているか。


 ルーナの横にいて……

 あの時の僕の所為を見ていたのだから、気になるのは当然だ。

 

 そもそもあの時の、僕のポンコツさが拗れる原因になっているのである。



 ソアラが誤解をしているように……

 ルーナも何か誤解をしたのかも知れない。


 そして……

 僕に近付いて来たのも、そんな誤解の気持ちがあっての事なら……

 それはもう、申し訳無い気持ちしかない。


 ルーナに対しても、ブライアンに対しても。



 それに……

 ルーナにはソアラの友達だからと特別な対応をして来たのもいけなかった。


 ソアラのいない所でルーナと会うべきでは無かったのだ。

 いくらソアラの為とは言えども。



 ルシオは更に大きく深呼吸をした。


「 正直に言う。カールから婚約者がルーナ嬢だと聞いた時に嬉しく思った。テンションが上がった。だからあんな所為をした 」

 台詞のようにカタコトになってしまったのは、ソアラの眼光が徐々に鋭くなって来たからで。


 浮気の申し開きをする男達は、こんな感じになるのかと背中に冷や汗をかきながら。



「 やっぱり私だったからガッカリしたのね? 」

 ソアラが不安そうな顔をした。


 それは断じて違う。

 ルーナの顔を見て喜んだ事は確かだが、ソアラを見てガッカリした訳では無い。


 それをどんな言葉で伝えたら良いのか分からない。

 あの時にソアラに負わした心の傷を癒したい。


 ルーナへの劣等感から少しでも救い出したい。



「 違う。最初から間違わずに君を見付けていたのなら…… 」

 ルシオのソアラを見つめる瞳が揺れた。


「 君を抱き締めて、そして口付けをしただろう 」

 考えた言葉はこれだった。


 これは無理がある。

 あり過ぎる。


 ルシオは言ったそばから後悔をした。



「 ? ……それは嘘だわ…… 」

 ルシオを見つめながらソアラは眉を顰めた。


 そして……

 クスクスと笑った。


「 いきなり口付けをするって……あり得ないわ 」

 ……と、言って。


 だけどそれはとても楽しそうで。

 そんなソアラを見るルシオの瞳に熱がこもる。



「 嘘じゃ無いよ……君に会う度に、ずっとキスをしたいと思っていたんだ……今も…… 」

 ルシオはそう言いながらソアラの頬に手をやった。


 頬が濡れている。

 可哀想に……

 泣かせてしまった。



 キス?

 ソアラがそう思った瞬間に、ルシオの顔が近付いて来た。



 1度目の口付けは突然の事で……

 何が起こったのかが分からなかった。


 だから……

 その時はソアラの目は見開いたままだったが。


 ソアラはギュッと瞼を閉じた。



「 君が好きだ 」

 ルシオは顔を傾け、ソアラの唇にそっと自分の唇を重ねた。



 2度目の口付けは……

 ちゃんと唇の感触がした。




 ***




 ソアラの唇からルシオの唇が離れた。


 ソアラがそっと瞼を開ければ、目の前にルシオの美しいサファイアブルーの瞳があった。


 とても愛されているのだと分かる程に。

 愛おしそうにソアラを見つめている。


 ルシオの掌は、まだソアラの頬に添えられたままで。


「 わたくしは合格ですか? 」

 気恥ずかしくなったソアラは、咄嗟に1度目の口付けの後と同じ質問をした。



 一瞬目を真ん丸く見開いたルシオは、ソアラの額にコツンと自分の額を合わせた。


「 君は……意地悪だね 」

 ……と、言ってクスリと笑う。


 ソアラもクスクスと笑って。



 想いが通じ合った2度目の口付けの後は、初めての口付けの時とは違っていて……


 ただただ甘かった。



「 そうだね。まだ合格かは分からないかな。もっと……何度も何度もキスをしないとね 」

 ルシオはそう言って、ソアラの唇にチュッとキスをした。


 その後にも、2度3度甘い口付けを繰り返して……



「 もう、戻らないとならないな。眠いよね? 」

 自分に言い聞かせるようにそう言って、ルシオはソアラの手を取って立ち上がった。


 ソアラの手の指先にチュッとキスを落として。



 時間は夜の11時を回っているだろう。

 最早眠気なのか何なのかは分からないが、ソアラの身体はのぼせそうになる程に熱くなっていた。


 頭もフラフラだ。



 この日は離宮の会計の調査から始まり、お茶会での事件もあり、ディラン(フレディ)とのダンスの練習に、夜這い作戦でのルーナとのバトル。


 そして……

 ルシオからの告白と、2度目の口付け。

 それも何度も何度も。



 毎日同じルーティンの生活を好むソアラにとっては、これだけの普通じゃ無い出来事で、完全にキャパオーバー状態となっていた。



 だけど……

 心身ともに疲労感満載だったが、ソアラは幸せだった。


 ヨロヨロとふらつくソアラを、ルシオが腰に手を回してしっかりと支えてくれていて。



 ルシオに手を引かれて歩く薄暗い庭園の小道が、明るく照らされているかのように感じるのだった。



 やがて王太子妃となるソアラには、これから先の事は全てが不安でしかない。


 だけどこうやって、ルシオに支えて貰いながら……

 前に進んで行くしかないのだと思うのだった。



 少しだけ……

 いや、ソアラにとってはかなりの頑張りで。


 仕方が無いと、何時も自分を抑える事でやり過ごして来たソアラは……

 小さな声で呟いた。


「 私……頑張ったわよね 」



 ディラン(フレディ)から示された夜這い作戦は、ある意味成功した。













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― 新着の感想 ―
[良い点] ずっとハラハラしてしまいましたが やっとやっと 政略結婚でも二人は恋人だって胸を張って言えますね 良かったです 言葉遊びのシャレた会話も、 ソアラはルシオとなら成立してますよね
[気になる点] ルーナの処遇、言いかけただけだが どうするんだろ、ルシオから侍女に誘ったから侍女失格とは言いづらいよな、王太后が気に入ったと離宮に置き去り
[一言] やったーーー!!!
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