特別な黒い服
「で?」
まだ出ないほうがいい、男たちが戻ってくるかもしれないからとおかみさんたちが言うので、砦の女たちは店の売り台の下で寄り集まって作戦会議をすることになった。
「なにがどうしてこうなったんだっけ?」
「だからぁー」
走ったら、汗と一緒にさっきまでの話も記憶から飛ばしてしまったらしいアデラが首をかしげるので、要するにこういうことでしょと、ウースラをはじめとするほかの女たちが口々に言う。
「王家側としては、王女がアスランと駆け落ちして逃げたなんて認めたくない事実なのよ」
「となると、こっちを悪者にして王女を奪い返してめでたしめでたし……としたい」
「え、でもさ」
アデラはまだよくわかっていないようで眉をひそめる。
「ヘイゼルがガーヤさんを取り返しに行った時にさ。ちゃんと宣言したよね? 集まってた人は全員それを聞いてたよね? だったら認めたくないもなにもないと思うんだけど」
「そこを権力と恐怖で黙らせるのが王族とか貴族ってもんよ」
「そうそう」
「その上で、取り戻した者には謝礼を出すとか言ったら、今みたいなやつらも来るってもんよね」
ねー、と女たちは声を揃えてうんざりしたため息をついた。
姫さまが彼女らの顔を見比べてなにか言いたそうにしている。
迷惑をかけたことを謝りたくているのだろうけど、女たちの会話のテンポが早すぎて割って入れないのだった。
「でもあいつら、目立つのよね」
「ほんと。大声あげて走り回ってるから、逆にまくのも簡単」
「しかも細い路地にはびびって入ってこないから、どのようにでも逃げられるわ」
女たちはそう言い交わして笑っている。
「あの、ごめんなさい、私のせいで……」
「なーに言ってんの。買い出しはもう終わったし、なんの問題もないわ」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
そう言った姫さまの言葉は女たちのきゃあきゃあ笑う声にかき消された。
「走ったらのどかわいちゃった」
果物買おう、そうしよう。女たちは誰からともなくそう言って、代表してウースラが売り台に乗っている大きな果物を指さして注文した。
ひとつは楕円形のメロンでオレンジに黒の縞が入っており、もうひとつはごつごつした見た目の初めて見るものだった。
おかみさんは心得たように大きな包丁を構えると、スパッ、スパッと果物を手際よく切りさばいて、種も皮もきれいにとってしまうと、大きな皿に二種類の果物をざっくり盛って女たちに出してくれた。
メロンのほうは淡いオレンジ色をしており、初めて見る方は繊維質の濃い黄金色をしている。
「ほらヘイゼル、あんたも食べな」
姫さまが手を出しかねているので、私は率先してひとつ頂いてから言った。
「いただきましょう、姫さま」
「うん……」
姫さまは遠慮がちに手を伸ばしたが、口にするなりぱっと表情を輝かせた。
メロンのほうは十分に熟れて柔らかく、爽やかな良い香りがしたし、もうひとつのほうはなんとも濃厚な甘みとサクサクした歯ごたえで、女たちは竹串で刺しては次々口へ運んでいる。
「美味しい、ヘイゼル?」
「もう少しして春になったらとにかく苺よ。その時はまた食べようね」
「それからさくらんぼ、杏。ここにいたら美味しい果物には不自由しないからねー」
女たちは食べるのも早いけれどおしゃべりにも忙しい。あんなに大きかった果物が、皆で食べるとあっという間に減っていく。
私も負けじと口に運びながら言った。
「さっきの男達の紋章には、見覚えがあります」
「紋章なんてあった?」
「男たちの襟もとに銀糸で刺繍がしてありました。あの紋章はブーティエ・ド・ランセのもの」
「へえー」
難しいことは頭の表面ではじかれてうまく浸透しないらしいアデラが生返事を返す。
「あの男は昔から、自分の利益のためには法も捻じ曲げるし、善悪も問わないし、自分の瑕疵にならない程度ならやり方も問わないんですよ。しばらくしつこく追われるかもしれませんね」
「でもなんか、追っ手にしてはひょろっとしてなかった?」
「全然強そうに見えないというか」
「ええ、彼は根っから文官ですからね。腕一本でのし上がる自信のある男に対してはコンプレックスがあるんですよ。だから自分の部下にもそういうタイプは置かないし、置いても使いこなせないし、いきおい、武官たちからも好かれてないんです」
──だいたいあの男ときたら昔から、ああでこうで、ああでこうで。
なにやら積年の恨みつらみがむくむくと沸いてきた私は女たちを相手に長弁舌を振るったが、それをサディカ、いやサディークがじっと見つめていた。
◇◇◇
果物屋の売り台の下から出て行くタイミングを見計らっていた私たちだったが、やがて少し離れたところで争い合うような声が聞こえた。
あんたたち、いったいどういうつもりなんだいという声がここまで聞こえる。
「どんな身分だろうと関係ない、この市場の中では誰もが平等なんだ」
「それと同時にいざこざもご法度なんだよ!」
どうやら大声を出しているのは市場の女たちのようだった。
「この砂漠のまわりにいくつ部族が集まってると思ってるのさ、そう決めておかないとあっという間に市場が血まみれになる。あんたたちがどこの誰だろうと、ここにいるからには市場の決まりは守ってもらうからね!」
「まして買い出し中の若い女の子を追いかけまわすだなんて、言語道断!」
「そんなことがまかり通ったら、どこの女も怖くて買い出しに来られなくなっちまうだろっ」
「ちょっとっ、あんたら、黙ってないで名を名乗りな!」
威勢のいい声に聞き耳を立てていると、果物屋の女主人が恰幅のいい腰回りに片手を添えて言った。
「食べ終わったかい?」
「はい、ごちそうさまでした……」
とってもおいしかった、と姫さまがからになった器を返すと、女主人はにこっと笑った。
「さ、皆であいつらを足止めしているうちに、あんたたちさっさと行きなさいよ」
それで気づいた。
あの騒ぎは、市場の女たちがわざと起こしてくれているものだと。
「気をつけて帰るのよ」
再び売り台の間をあけてもらってそこから出る間際、女主人はヘイゼルの腕のあたりにやさしくふれてそう言った。
砦の女たちは市場の抜け道をこれでもかというほど知っており、追っ手に気づかれることなく市場から出るのは容易だった。
だがしかし。
男たちもそこはさるもの、出入り口を見張っていた方が楽だと気がつき、すぐに私たちを見つけて追いかけてきた。
「ちょ、ちょっと待て、速く走ったら買った野菜が傷むっ」
「こっちも速く走れないのよ、だって今回はオリーブ油も買ってるんだもん」
「いやそんなこと言ったってさぁ……」
女たちは気が急いているようで、馬はギャロップになりかけたりそれをまた軽速歩に戻したりしている。馬は乗っている人間の気持ちを敏感に読み取るのだ。
対する男たちは身軽なので、あっという間に私たちの一群に追いついて並ぶ。
「お待ちください王女殿下!」
「なんとしても来ていただかなくては」
「──……っ」
姫さまが奥歯を噛みしめるのがわかった。
言い返したいのを我慢しているのが端で見ていてもわかる。
男達はたった三騎だったが、ひとりが姫さまの真横に並び、ふたりは女たちの正面に立って道を遮っている。
「アデラっ、なんであんたは今日に限って弓持ってないのっ」
「だって前の買い出しの時に邪魔でっ」
「──っ、そうだったね!」
私たちの馬はすっかり止まってしまっている。男たちは徐々に距離を詰めてきた。
「我らは殿下さえ取り戻せばそれで十分」
「手向かいするとそなたたちも無事では済まないぞ」
男たちが腰にさした長剣をすらりと抜いた時。私の頭の中でなにかがプツリと音を立てた。
よりによって私の姫さまに剣を向けるとは!
私は慣れた手つきでスカートの中に手を突っ込み、足につけたベルトから革ムチを取り出すと、手首のひとふりで男たちにふるった。
距離が短かったので思ったようにいかなかった。男の剣を狙ったムチ先は、男の首から顎にかけて巻きついてしまう。だが、私はあたかも最初からそれを狙っていたように落ち着き払って大声を出した。
「あんたたちがその気なら、こっちもやるけどいいんだね!」
それを合図にしたように、サディカ、いやサディークも前に出て行く手をふさぐ男たちに対峙する。
彼が無言で剣を抜いて正眼に構えるのに、紺のお仕着せを着た男たちは互いに目を見かわしている。
女たちばかりだし、まさか反撃に出られるとは思っていなかったのだろう。
ちょっと脅せば言うことをきくと思っていたのだろうが、甘い。
私は低い声を出した。
「このまま絞めてもらいたいのかい。どこまで絞めたら絶命するかもこっちはわかってるんだよ。半殺しにして砂漠に放り出されたいかい。四捨五入してコロッと逝っちまうのもまた一興さね」
「ぐぐっ……」
男は苦しげにムチと首の隙間に指を突っ込もうとしたけれど、よく使いこまれた革ムチはちょっとやそっとではゆるまない。
私はわざとそれを一度外してやった。
ガーヤさんかっこいい、とアデラの熱っぽい声が聞こえた気がしたが、今は無視する。
男は思った通り馬を引いて私たちから距離をとる。
そうそう、と私は内心でほくそ笑んだ。
長剣同士なら、その間合いで安全だ。
(だけど私のムチは、ちょうどそのあたりが射程範囲なんだよ)
ここはひとつ思い知らせてやった方が逆に面倒がないだろうと判断して、私はもう一度ムチをふるった。
今度は思ったようにムチ先が飛んで、男の持っている長剣を砂に落とす。
その反動を利用して、怯んだ男の顔に、多少手加減して鞭を当ててやった。
男が悲鳴のような声を漏らす。
男は油断して鎧を着こんでいなかったから、狙う所は無数にあった。
脇腹、腕、足の側面。
幾度か的確に、かつ重めにムチを当ててやってから、私はおもむろにこう告げた。
「あんたたちの主人にこう伝えな。今後姫さまを狙ったら、あんたが今でも隠してることを暴露してやるってね」
これには敵も味方もきょとんとして私を見た。
特に男たちは、私がなにを言っているかわからなかったに違いない。
「こう言ったら少しはわかるかね。私の名は、先代の王陛下から現陛下に代替わりする時代に女官長を務めていたガーヤ・バセット。あんたらの主人のブーティエ・ド・ランセが闇に葬ってきたあれこれも、間近でようく見てきたんだよって」
王宮勤めをしていると、苦々しいこともたくさん見聞きしてきた。
私がそれらを大ごとにしなかったのは、ひとえに、そうすることで傷つく女たちがいるからだ。
面目をつぶされた男というのは、多くの場合、逆恨みして周囲の女を不幸にする。
だが、もういいだろう。
(それに、ここで使わずいつ使うというのだ)
「く……口から出まかせだ」
「おや、そう思うかい? じゃあ主人のもとに帰って聞いてみるといいよ」
私は不敵に笑ってみせた。
そう、当時の事なら今も鮮明に思い出せる。
なぜなら、不正に関わった、いや関わることを余儀なくされた若い女官は、不安に泣きながら私に相談してきたからだ。
大丈夫、あたしが守ってやるからあんたはなにも心配しなくていいと当時は請け負ったものだった。
だがもうあの子も縁談が決まって王宮にはいない。
秘密を知るのは、私ひとりだ。
「現国王陛下に代替わりした際に行われた、大々的な馬上試合。そこにあんたの主人は代理人を用意した。自分じゃまともに剣も持てないんだから当然だね。だけど、試合相手に選ばれた武官のワトリングにはなんとしても負けたくなかった。あの二人は長年犬猿の仲だから。だからあんたらの主人は、ワトリングが乗るはずだった馬に、遅効性の毒を仕込んでわざと負けさせたのさ。その時のことをワトリングは今も覚えていると思うねえ」
ここで私はわざと言葉を切った。
言外に、お前たちの態度次第では当時のいきさつをワトリングに密告するぞと匂わせたのだ。
男達は困ったように顔を見合わせた。
その時のことは知らなくても、ブーティエ・ド・ランセとワトリングの不仲のことは彼らも知っているのだろう。私の言っていることがどこまで真実か測りかねているのだ。
私は追い打ちをかけるように続けた。
「あの男は気が小さいからね。そのことは今でも隠してるはずさ。あんたたち、確かめる時は慎重にした方がいいよ。その場では、知らせてくれて助かったとかなんとか言うだろうが、腹の中では、秘密を知る人間をどうやって消そうか早速考え始めるはずだからさ」
男たちの表情が青ざめる。
身近に仕える人間として、主人の気性は多少なりとわかっているのだろう。
「じょ、女性に剣を使うことは我らの主人の名折れになります。ここは私どもが引きますが……」
男達は互いにせわしなく目線を交わし合っている。
どうやったらこの場を上手く脱出できるか、そして自分たちが手ぶらで帰ったことをいかにして主人に責められずに済ませるか、考えている顔だった。
「ですが、王女殿下を発見したことについては主人に報告させて頂きます。このままで済むとは思われないことですな」
出たよ、捨て台詞。
私は内心でせせら笑ったが、落ち着き払ってこう返した。
「いいとも。ついでにワトリング様にも話を持っていってみるといい。あのお方はからっとした御気性だけど、卑怯な手段は決して許さない。当時のことをお話したらさぞかし好待遇であんたらを引き抜いて下さるに違いないよ。……もっとも、あそこは実力主義の猛者が集まるところだから、あんたたちに務まるとも思えないけどね」
◇◇◇
「ガーヤ、これ。俺たちからの贈り物」
全員で無事に砦に戻って、十日ほどしたある日のことだった。
アスランがやけに改まった、そのくせどこか悪戯っぽい表情でやってきたので、私は顔を向けた。
彼が手にしていたのは新品の、漆黒の衣服だった。
いくら私がばばあだと言っても、到底女性向けとは思えないそれを手にしてみると、それはなんと、長めの丈の上着だった。
厚みのある上等な生地に、詰襟の部分から胸元にかけては金糸と銀糸で凝った刺繍が施されている。袖はシンプルな筒型で、まるで文官の着る官服のようだ。
「羽織ってみて」
アスランがまるでレディにするように私の背後にまわるので、私は黙ってそれに袖を通した。
通してみて、驚いた。
肩のまわりといい、袖といい、私の体に吸い付くようにぴったりだったのだ。
「よかった、合うようだね」
そこで私ははたと気が付いた。
あの市場から帰ってきてから、女たちがなぜか、私に抱きついたり、後ろから羽交い絞めにしようとしたり、腕と腕とがくっつくように隣に座ったりしていたことを。
あれは単なるスキンシップではなく、採寸のためだったのだ。
「アスラン、これ……」
「下もあるんだ。スカートよりもズボンのほうがいいかと思って、勝手に作ってもらったよ」
色違いで二枚差し出したのは、砂漠の女たちがよくはいている、風をはらむたっぷりとしたズボンだった。
(私の体形をカバーすることまで考えてくれて……って、そうじゃないっ)
「アスラン、この服は、まるで」
「この間はうちの女たちを守って戦ってくれて本当にありがとう。話は全部サディークから聞いたよ」
私の言おうとしていることをわかっているくせに、アスランは最後まで言わせなかった。
「ささやかなお礼というわけじゃないんだけど、この服、ぜひガーヤに着てほしいと思ってさ」
「これはただの服じゃないでしょうがっ」
「あ、ばれた?」
私が指摘すると、アスランは悪びれずに目を細めた。
「これは……なんというか……あれに似てる」
ああくそ、年寄りのボケ頭がっ。
相応しい言葉が出てこなくて、私は人差し指で強めにこめかみを叩いた。
「司教、もしくは大臣。どちらにせよ、人を裁く立場の人間が着る服だ」
「うん、そう見えるなら大成功だなあ」
「どういうつもりかい、あんた」
「ガーヤには、今後、俺たちと一緒に砂漠の部族や周辺国家との外交にあたってほしいんだ」
「は……」
目が点になるとはこのことだと思った。
私は口をぽかんとあけたまま、言葉も出ない。
「ガーヤはオーランガワードの王宮や貴族について、多分砦の誰よりも詳しいよね。俺の勘だが、記憶力も優れている。市場での一件をサディークに聞いて余計そう思った」
「ちょ、お待ち、あんたっ……」
「ガーヤは外交に向いてるってね。どうだろう、貴女さえよかったら、その服を一式受け取って、うちの外交幹部になってもらえないだろうか」
「あ……んた、そんな、急に……」
私が頭の中を真っ白にさせている横で、姫さまは一生懸命に両手を胸の前で叩いている。
大賛成だというようにその小さな頭がこくこく振られている。
私はしばらくの間、返事を返すことができなかった。
心の中では、十三歳の少女だった頃の自分が頬を紅潮させて喜んでいるのを感じていた。
きれいでもかわいくもない自分が、どうやったら一生困らずに生きていけるのか、そんな道があるのかないのか、当時は不安で仕方がなかった。
誰かのお情けにすがるのではなく、実家の力に頼るのでもなく。
女官長になった時は少しその不安が小さくなったけれど、その地位にたどり着いた時、私は既に知っていた。
女官も女官長もすげ替えのきくものであり、結局は王宮の歯車のひとつであって、身分の高い人のひと声や油断して巻き込まれた陰謀で、あっという間にそこから転げ落ちてしまうものだということを。
私は自分が着ている服を見下ろす。
刺繍は手が込んでおり、鳥と獣の姿が描かれていた。
(賢く、強くということか)
しっとりと滑らかな黒い布を、私は手のひらでひとなでした。
もうすでにこの上着が気に入ってしまっている。
私は顔をあげてアスランを見、そしてその後ろにいる砦の男女たちの期待に満ちたきらきらした瞳を見つけた。
彼らは私の頭の中にあるもの、知識と経験に期待をしてくれているのだと思った。
家柄でも、外見でも、ましてや年齢でもなくだ。
ずいぶん長くかかったねえ、と私は心の中のかつての少女に語りかける。
(けどまあ、いいか。これまでの人生だって、なかなか波乱万丈で楽しかったからね)
(──まだまだ、これからよ)
内なる少女がそう返してきたような気がした。
私がなかなか返事をしないので、アスランが続ける。
「こき使ってしまって申し訳ないが、あなたほどの人材を見過ごしにできるほど、うちは人材豊富じゃなくってね」
「老体にムチ打ってる自覚があるようで安心したよ」
ちょっとした軽口を叩いてやる。
だがこれしきの憎まれ口でへこたれる若者ではないことは知っている。
「えっ、老体は若者とタイマン張らないよね」
「しかも勝たないよね」
「それにこの人、ムチは打たれるじゃなくて打つほうだし」
先日の私のムチさばきを目にした女たちがまぜっかえす。
私の軽口などなかったように、アスランが胸に手を当てて真顔になった。
「どうか、お願いできませんか、ガーヤ」
「──よし、あんたがあたしの下着を以前勝手に見たことは、この上着で水に流してあげるよ」
周囲がどよめき、アスランはというと、両手で顔を覆って、うわあそれ今言うのかあとつぶやいている。
かかかと腹から笑ってから、私は表情を一転させると、新しい上着を着た右手を握手のために差し出した。
「謹んでお受けするよ。姫さまのため、そしてこの砦のために、これからは私の知っていることをすべてお役に立てようじゃないか」
アスランは間をおかず私の手を握り返してきた。
ふたつの手が強くつながる。
その手が離れてしまう前に、私は言った。
「こちらこそよろしくお願いするよ。今から私は、砂漠の砦のガーヤ・バセットだ」