第18話 【ふろがまと、しらたき】 その3
少し垢の浮いた残り湯の中に、手のひらサイズの灰色の毛玉がプカリと浮いた。
色的に大きなホコリかゴミかと錯覚しそうになったが、ネレは即座にそれが浮かぶ残り湯に手を伸ばした。
「やだネレ! ネズミの死骸なんて雑菌だらけよ!」
受け取った見積書を両手で掴みながら、カプシーヌは後退りしていた。
ネレの指先が水の波紋を広げる前に、灰色の毛玉が突如白く光り、霧状の白い光が浴槽全体に勢いよく広がった。
「ひゃあぁあぁあぁっ~~~~~!」
再び悲鳴を上げた彼女は手に持っていた見積書の紙をぐしゃりと握りつぶし、眩しさに目を瞑った。
ドライアイスを突っ込んだような化学反応は、カプシーヌの瞬き一つで消えていた。
「えっ、ええ~? 今の何ですか???」
風呂場に慌てふためく声が反響した。
彼女の驚きを背中に感じながら、ネレは手の中で丸くなっているびしょ濡れの白い物体を見つめた。
小さくゆっくりと腹を上下させているので、一安心した。
ただ、濡れた身体で丸く縮こまっているだけのようだ。
「だい・・・じょうお・・・ぶ?」
先ほどまで酷い汚れで灰色のネズミのように見えた体毛は真っ白に戻り、首回りの特徴的な緑色の模様が・・・なんとも言えない・・・食品用の緑色の輪ゴムを思い出させた。
どこかで見たようなフォルムに、ネレは懐かしさと、口の中に広がる唾液を感じた。
「おいしそう」
「え! なんで?」
てらてらと水に濡れて光る毛並み、それを束ねるかのような緑色の輪ゴム・・・ある食材の特徴・・・それは、
「し・・・しらたき・・・」
「しらたきって・・・なに!?」
「しらたきとは原料であるこんにゃく芋をすりおろし、または乾燥させて粉状に加工したものと凝固剤の水酸化カルシウムを入れゼリー状のまま細い穴がたくさん開いた円筒に入れお湯のなかへ押し出し固めたものを指す食品の事です。ちなみにこんにゃく芋は充分な加熱とあく抜きをしないとアレルギー反応で喉が痛痒くなり呼吸困難などの症状を引き起こすことがありますので調理知識のない方は加工済みの製品をお買い求め下さい」
「ネレ! 息継ぎしてっ!」
「っあ、いけない! カプシーヌさん、シラタキが低体温症になって動かなくなっちゃったみたい! タオルとか拭くものありますか?」
「え、あ、はい!」
カプシーヌは適当に近くにある布をネレに手渡した。
受け取ったネレはそのボロ切れで二、三回しらたきの身体をこすった。
「――――って、コレ! 雑巾やないか~~~いっっっ!!」
バシッ!
と、地面に勢いよく雑巾を叩きつけたが、いつの間にか真っ白に除菌済みのようになっていた。
ネレは自分のシャツを脱ぎ、それでシラタキを包み、壊れそうなほど頼りなげな小さな身体を優しくさすった。
高熱で意識が朦朧としていた時に見た夢は、黒髪の少女と自分より大きな白い獣が登場していたが、同一と思われるその白い獣は、黒髪の少女よりもっとずっと前にも会った事のあるような気がした。
何度も何度も、白い獣は金色の水の飛沫をあげて、自分を追いかけてきた。
――――なんでだろう、ボクは・・・この子と・・・あちら側でなんかしてた?
「あちら側」と呟くと、ふと、唇が微かに震えた。
生と死の間の、存在しないはずの記憶が繋がり始めた。
しかしながら、自分のバラバラの記憶と、手の中にある姿が違い過ぎて・・・どうにも同じものとは判断しづらい要素もあった。
「大丈夫、大丈夫だよ!」
赤ん坊を抱くように頭を高くして、自分の身体で包み込んで暖めた。
気が付けば・・・“シラタキ”とそれを呼んでいた。
命名“シラタキ”
「あ、ごめんなさい、カプシーヌさん! ボクもう行かなきゃいけないんで後よろしくお願いします」
バタバタと裸足のまま、ネレはシラタキと靴を抱えて部屋に戻って行った。
見積書を握りしめたまま、カプシーヌは呆然と立ち尽くしていた。
ぴちょん・・・と、一滴の水音で我に返り、残り湯の入った浴槽を恐る恐る覗き込んだ。
黒ずんでいた浴槽のタイルと、目地が漂白されたように白くなり、少し濁っていた水が、口に含めそうなほどキラキラと輝いていた。
心なしか、浴室内全体の空気も澄んでいるようだった。
「こ・・・これは一体・・・なんなのでしょう・・・か?」
風呂場で棒立ちになっていたカプシーヌの後ろで、どしんと沈むような足音がした。
ビクリと、勢いよく出入り口に振り向くと、大きなタライに山盛りの洗濯物を抱えた女性が現れた。
「あんれぇ? カプシーヌ様、なんでこんなところにぃ?」
「あの、湯沸かしの窯の確認をしていたの」
「ひあ~・・・神官職のはずなのにそんな細けぇことまで見て下さるとは。ここのシスター様達はまるで聖女様みたいにご立派な方が多いでぇ、みんなびっくりしとるよ」
「はぁ・・・聖女は湯沸かし釜なんか触らないのでは?」
「どっこいしょ」と、浴室の床に洗濯物を下ろし、使用人の女性は腰をさすった。
「いんやぁ・・・わずは城関係で色んな所で働いてたけンど、ここのシスター様達ほど才気あふれる方々は滅多にいないもんでズよぉ」
「そう、なんですか?」
「そうそう、ソール様をはじめ、珍しい“才持ち”の方が多いじゃないでズかあ、プラタ様の“癒しの才”なんか外に出たら普通に聖女様でズし、ルノン様は頭が良くて学者様並みになんでも知ってるし、カプシーヌ様だって高位の技術様よりずっと・・・」
「やめて下さい! そんな事ないです・・・私は・・・」
「・・・す、すみません・・・おしゃべりが過ぎましたデ!」
太目の曲がった腰をぴんっと伸ばして、彼女は口を手で塞いだ。
「ご、ごめんなさい・・・誉めて下さったのですよね? いい事を教えて頂いて、ありがとうございます。私は・・・世間には疎いものですから」
カプシーヌは苦笑いを浮かべながら、早足で浴室から立ち去り。
洗濯係の女性は、気を取り直して汚れ物の山を分け、運んできたタライの中に風呂の残り湯を汲み、水仕事で荒れた手で作業を始めた。
土のついたズボンの裾汚れが、二回ほどもみ洗いした程度でするりと消えた。
「なんだい!? こりゃ・・・」
その日の残り湯を使用した洗濯物は、不思議と汚れがよく落ちたそうだ。
こんばんは~! もりしたです。
お話をたくさん書きたいけど、資格試験が迫っているので焦っております。
更新は勉強の為、スローテンポですが・・・(いつもの事なので)ご容赦ください。
お話の切り方って難しいですねぇ、あんまり話が中心から離れないようにネレ目線を大事にしています。
けれど、ネレ目線にするとリトラス君はひと段落したらしばらく登場しません。
新キャラのデルフィニョン君がスタンバイ状態です。
リトラス君の番外編はこっちで書こうか、あっちで書いちゃおうか(悩;)
ではでは、皆様、おやすみなさ~い!
追伸、この後書きシリーズは時間が経過すると手動式で削除されます(*'▽')




