第18話 【ふろがまと、しらたき】 その2
駆け足で院長室から戻って来たカプシーヌは風呂釜の見積書をネレに渡し、ネレはそれを手に再び浴室の方に赴いた。
午前8時を過ぎていたので、トレフルの指定してきた朝一番は午前9時であり、ネレは早いところ要点をまとめなければと少々焦っていた。
「湯舟でのリラックスタイムが無いと、ボクは仕事の効率が悪くなるんですよね・・・」
「“りらっくすたいむ”って何です?」
「“くつろぎ”の時間です」
「ネレって・・・六歳・・・よね?」
「・・・・・・・いいえ、もう少し先です」
小さな身体を翻して脱衣所の外側へと続く扉と、廊下からの出入り口を往復しながら建付けを確認し始めた。
「ねえ、ネレの魔力は認定された1まではないけど、本当は才があるのよね?」
「さあ? 熱量が100グラム当たり5キロカロリー未満なら“0カロリー”表示が認められている基準とかに近いんじゃないですか?」
「ちょっと何言ってるかわかんないんだけど・・・」
ネレは自分の本当の誕生日を知らなかった。
ある時トレフルが、日に日にハイハイで移動距離を伸ばしている乳児のネレに、2月の暦表を見せてこう言った。
「君は身体の成長具合からして2月で一歳ぐらいだろうから、誕生日の希望日はあるか?」と、冗談交じりに言ったトレフルに対し、ネレは迷うことなく6日を小さな指で差した。
その日からネレの誕生日は書類上2月6日に決定した。
訳ありでここに来る孤児たちのほとんどは、正確な誕生日を知っているし、最高機密だがおおよその両親も書類に記されている。
表には出せないが、貴族の直系の子供が多いらしく、もしもの為の保険らしい。
その為、孤児院には子供一人当たり固定の寄付金が存在する。
残酷な例えだが、子供を債権とした掛け捨て保険のようなものだ。
信用できない親戚の養子に出すよりも、幼い頃は眼に入る範囲で見守れるので、財力と良心のある者しかこの特殊な孤児院に駆け込まない。
孤児院の子供は里子に出すときに必ず実の親の許可が要るが・・・ほとんどは孤児院院長に委任されている。
ちなみにネレを里子に出すときは後見人がトレフルなので、その可否はトレフルが決定するのだが、絶対の決定権はない。
トレフルよりも高位の貴族が申し入れをすれば断る事が出来ず、ネレが13歳を迎え自分の意志で独り立ちしてしまえば、何もできなくなる。
少し前に、直系の血縁者が絶えそうになった貴族が慌てて子供の行方を調べたが・・・その子供は既にこの世に存在せず、大変後悔したが・・・孤児院を訴える事は出来なかった。
残念ながらそれが代々の孤児院院長の懐を潤わせる要因でもあったので、13代目院長のウェメレスが疑われても仕方がない状況だった。
どうやら子供を亡くした貴族が、報復と言わんばかりに一枚噛んでいたらしいが、トレフルはその件を深く掘り下げる事は出来なかった。
「やっぱり見積書は風呂釜修理だけじゃないですね・・・タイルのひび割れた枚数と、目地の塗り直しに、防水加工代金・・・丁寧に書いてあります」
「そうよ、腐っても城のお抱え業者ですもの」
「腐っても?」
「ちゃんと許可書のある修理工よ・・・私は遠目からしか見てなかったけど」
「そこに頼めないんですか?」
「今期予算が足りないんだって、だから来年までなんとが持たせたいけど・・・」
「修理工の人って何かの才の持ち主なんでしょ? 魔力を使ってすぐ終わる工事は可能ですよね? 問題は予算だけですか?」
「う゛・・・・・・その、ネレ、今日、トレフル様に会うんデスヨネ?」
「・・・何かあるんですか?」
「修理じゃなくて新しく設計して欲しいの・・・子供達が危なくないように角の丸い浴槽で、滑り止めが付いて、丁度いい温度のお湯が出て・・・」
「要望が・・・色々ある、と・・・」
「だって、お湯が直ぐ冷めちゃうし・・・」
「・・・・・・・・あの、もしかして、ボクの・・・見ちゃった?」
「見ちゃった」
「あれなあ・・・見ちゃったかあ・・・そうかあ・・・、流石にカプシーヌさんが見たらわかっちゃうよね」
元々、ネレは簡易な銭湯図解をちびりちびりと書き溜めていた。
前に共同浴場を男女別に作ってはどうかと言う案があったので、要望希望を詰め込んで、シンプルなデザインから、願望の塊のサウナ付きまで日々筆を走らせていた。
何も知らぬ人間が見たら「なんの絵?」と、あまり関心の向かないような線が書き殴ってあるような絵だ。
兵舎の大きな共同浴場は水道設備が整っているのだが、大きすぎる施設の為、掛かる予算が桁違いだった為、注文も多く、中途半端な提案をすれば秒で跳ね除けられている状態だ。
“鏡”“サウナ”“水風呂”のオプションをトレフルに強請る為に提案書をダメ元で、A案・B案・C案と書き溜めていた。
結局、敷地内の水道設備工事の範囲が広げられ、共同浴場の改装の件は予算オーバーで頓挫し・・・その上、トレフルが兵舎にある牢屋の改装を特急工事として発注した結果・・・更に先送りの事案となっている。
どうやらカプシーヌはネレが描いていた数々の浴室デザインを理解していたらしい。
何故かというと、今までネレが図書館から借りた書籍をカプシーヌは業務上、全て記録していた張本人だ。
ネレがこそこそと何をしているかなどお見通しだったのだろう。
ルノンとは違ったタイプの才女である。
「ここの脱衣所はすごく広いのに、浴槽は狭いですよね?」
「だって、浴槽に浸かる習慣がない時代に取り付けられたものだから、深い浴槽にたっぷりお湯を沸かして、手桶で子供を右から左に洗う流れ作業が主流だったんですよ」
下働きの女性もシスターと一緒に子供の面倒を見るが、浴室はいつも戦場で、何度も桶でお湯をすくう腕は筋肉痛で悩まされている。
「カプシーヌさんは湯舟に浸かりたい派ですか?」
「浸かりたい派ですよ」
「じゃあ、子供達の身長に合わせて浴槽は浅めに・・・そうだ、入り易いように少し段差を付けて貰いましょう。お湯は冷めにくくするとなると、浴室内の気密性も大事ですね。脱衣所が広いと子供が遊んじゃいますから動線を考え直しましょう。脱いだ服はカゴに入れるけど、マス目の棚を作り付けて貰って・・・それから・・・」
「ええ? それ一体いくら掛かるんですか!?」
「見積りは外注に出してみましょう・・・カプシーヌさんと直にじっくり話ができる設計技師は女性が希望って事で、トレフル様に口添えしておけばいいんですよね?」
「外注って・・・城外って事?」
「だって、無理そうなんでしょう? 城内で現場監督の地位にある人は男性一色で、どうやらプロ意識はあっても・・・城内の工事でお忙しいみたいですし、トレフル様のお仕事を減らすと言う“優しさ”ですよ」
「優しさ・・・と言いながら、浴室の外注工事のグレードが爆上がって・・・ない?」
ネレは静かに黒い笑顔をこぼした。
「だってこれ、修理費用という手数料は書いてあっても・・・材料費が書いてないんですよ」
「え? 風呂釜代が書いてないってこと?」
「現状を確認したところ、その場限りの修理はしてくれるんでしょうけど、風呂釜本体は一年持つかどうか・・・明瞭性の原則を充たしていない見積書なんてゴミですね」
「・・・・・・なるほど、共同浴場の提案書を書いた本人がおおよその工事費用を想定していない訳ないですもんね」
手にしていた見積書をカプシーヌに手渡そうとしたが、彼女は頭上で「カサリ」と響いた方に視線を向けた。
「きゃあ! ねずみ!」
「え?」
驚いたカプシーヌが指さす排気口に視線を向けると、
《クウ、クウ・・・》と、見覚えのあるような? ないような? 灰色の毛玉が紅いつぶらな瞳で上からじっと見つめていた。
「なるほど・・・煤で白かった体毛が・・・あ~あ、ごめんって! 無視して悪かったよ・・・でも、ここにいると危ないんだってば」
孤児院の中で小動物を抱えて歩けば、小さい子供達が騒ぎながら触りたがるに決まっている。
手加減を知らない子供の無邪気さは、常に心無い暴力と隣り合わせだ。
煤で汚れたリスに似た小さい獣は、ネレに向かって飛び降りた・・・はずだった。
ぼちゃんっ――――
「ああああああっっ!?」
ネレという的から大きく外れて、ネズミサイズのそれは湯舟の残り湯の中にダイブしていた。
こんばんは、もりしたです。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます! 助かっちゃってます。忙しくってじっくり推敲できなくって・・・稚拙な文章ですが日常を忘れた気晴らしになればと思っています。
ネレの誕生日決定しましたね。はい、「風呂の日」になりました(笑)
いやはや、もうすぐ検定試験の勉強に本腰入れないといけないのに・・・どうして試験前には、ついつい筆が進んでしまうのか・・・まあ、現実逃避なのですが・・・。
ああ、もう眠らないといけない時間です。
あとがきにあれ書こうこれ書こうって思いつくんですけど、すぐ忘れてしまいます。
それでは、おやすみなさ~い(*´ω`*)




