第17話 【雪と妖精と猫の関係性】 その14
料理長のモーヴは、午後に出勤したニジェルと入れ替わりに既に退勤する時間であったが、落ち着かない様子でしばらくネレを待っていた。
ネレ専用のハハカート32号をルイードが目にも止まらぬ速さで折りたたみ、厨房の隅に隠してからモーヴ料理長を呼んだのだった。
帰り支度を整えたモーヴはニヤニヤしながら、布切れをかぶせた作業台に乗っているカゴを眺めた。
「随分と時間がかかったじゃないか? そんな働きじゃ困るなあ・・・賄いも既に片付けてしまった後だ、残念だったなあ・・・まさか、誤魔化す為に私が帰るまで隠れていた訳じゃないよなぁ?」
賄いの昼食時間にはぎりぎり間に合ったはずだが、ネレは控えめに空腹を訴える腹をさすりながら、小さく唸りながら声を出した。
「・・・・・・・・ちがいます・・・」
「はあ? 聞こえんなあ?」
わざとらしく耳に手を当てて、モーヴはわき腹を曲げてネレに聞き返した。
「こちらが収穫物です・・・確認お願いします」
ナトンとルイードはそっと距離を置きつつ、厨房の隅で様子を伺っている。
退職予定と言えど、モーヴは食堂内での古株の権力者だ。
貴族との繋がりもあり業界内で顔も広く、悪い意味でいつどこで出会うからない人物でもあった。
勢いよくカゴに被せてあった布をモーヴが剥がそうと手をかけたが、
「ひゃっ!!」
指先に激痛が走り、すぐに手を引っ込めた。
被せていた布が床に落ちると同時に、モーヴの分厚い手がネレの頬を弾き、頼りない小さな身体がよろけた。
「穏やかじゃないねぇ・・・」
偶然を装いつつ、厨房の入り口から素早く飛び込んできたニジェルはネレが床に倒れこむ前に身体を支えていた。
「な・・・何で毬栗をそのまま持って来た!!」
カゴに敷き詰められたタワシのような毬栗で手を負傷したモーヴは赤い顔で怒りをあらわにしていた。
「あの・・・油断するとリスに中身だけ取られちゃうんです」
「嘘をつけ!? 量を誤魔化す為だろう!」
言い返したかったが、これ以上相手を怒らせても仕方がないのでネレは下っ腹に力を込めて堪えた。
結論としては、栗の実だけを運ぶには重量があり過ぎてネレには無理であり、カゴいっぱいという条件では厳しすぎたのだ。
心の片隅で「栗チョイス失敗・・・」と、後悔していた。
「料理長・・・ネレじゃ無理ですよ・・・外皮は頑丈な靴で体重をかけるか、道具を使わないときれいに取れないもんです」
ニジェルは抱えたネレの小さな手に視線を落としながら、絶え絶えと低い声を出した。
「おい、ルイード! その栗を食べられるように加工しとけ!」
「あ、はい」
モーヴはニジェルから目を逸らし、早足で厨房を後にした。
ネレの前に賄の材料を挟んだサンドイッチと、即席のスープが置かれた。
「・・・・・・いいの? さっき、料理長が賄は片付けたって・・・」
厨房内の丸椅子に座りながら目の前の食事に手を出して良いものかと、少しだけ戸惑っていた。
「いいの! 料理長がいない時は、副料理長の指示が絶対なんスから!」
ナトンが軽く片目をつぶって見せた。
「ありがとうございます・・・」
小さめのカップに注がれたスープを、静かに口に含むと、こわばっていたネレの表情がふわりと緩んだ。
即席のスープでも、元冒険者のルイードが作るスープは冷えた身体を暖めて美味しかった。
メインメニューや、凝った料理はニジェルの本領発揮の得意分野でもあるが、サバイバル料理は食材調達から最短時間で完成できる。
ナトンは体力のある限り野菜を正確に切り続けるが、味付けは大味になりやすいので修行中だ。
ルイードはニジェルと向かい合いながら栗との格闘を始めた。
「おお! 立派な栗だな! 実は買ってきたとか?」
「ボクのお財布にそんな余裕はありません」
掌にゴロリと重量ある栗の実をニジェルとルイードは不思議そうに見つめた。
「採取の森に・・・栗の木なんかあったっけ?」
「ビーヴさんが拾った栗を埋めたとか言ってました。詳しくは分からないけど・・・」
「・・・・ええ? ただ埋めただけなのか? こんな立派になるもんか?」
「それに最近はリスがいるんスかあ、自分が入ってきたときはいなかったッス!」
採取の森のリス達は、天敵がいないらしく人間を怖がらないのでとても厄介な存在になっていた。
「何か最近の採取の森、変じゃないか? 食用の植物だって、昔はこんな採れなかっただろ? 誰か植えてんのか?」
「シイタケは違うんじゃないんスか?」
「ふうん・・・畑は作っちゃダメだけど、木を植えるのはアリなんですか?」
「ナシだ・・・認められるのは自然発生か城側が必要だと判断した時のみだ」
つまり、最終的に植林などの采配はトレフルに仕事が回って来るらしい。
「兎もリスも自然発生なんですか?」
ネレの何気ない質問に、ニジェルがポトリと栗の実を落とした。
「ネレ・・・植物と動物はちがっていてな、その・・・動物は発生するものではなくてな、雌と雄がいるだろう・・・だからな・・・・いや、原理は植物のメシベとオシベでいいんだがな・・・」
質問の主旨を取り違えた事にネレは気が付き、ニジェルが何を説明しようとしたか、何となく理解した。
「えぇっと・・・元々リスは採取の森に住んでいなかったって事ですか?」
「ああ・・・別にな、コウノトリが運んで増えたわけじゃなくてな・・・」
うまく伝わらなかったようなので、ネレは生物の授業として大人しくニジェルの説明を聞くことにした。
先ほどまで料理長のせいで最悪だったニジェルの機嫌が回復したので、とりあえず一同は安心していた。
余計な事を言って、毬栗が先ず飛んでくるのはルイードの方向だったに違いない。
ルイードはシャドンのような回避に特化した“才”は持っていないので、始終臨戦態勢で構えるようになっていた。
ある意味かなりニジェルに鍛えられている。
ニジェルの精一杯の哺乳類の繁殖についての説明が終了し、ネレはサンドイッチの最後のひと口を口に放り込んで、コップの水で喉を潤した。
ニジェルとルイードは栗の下処理をひと段落させ、食糧庫からナトンが食材を大量に抱えて戻ってきた。
「その栗で何を作るんですか?」
ニジェルが得意げな笑みを浮かべ「お楽しみだ」と言いながら、ネレの口の端についたパンくずと、襟元に落ちた汚れをはたいた。
「・・・・・・すまんな、ネレ・・・モーヴさんは昔はあんなんじゃなかった」
「え?」
「ポレーン様が死んでから、腐っちまったんだ・・・・・今さらだが、どっか怪我とかしてないか?」
「う~ん・・・・大丈夫です・・・・」
モーヴと話している時にニジェルが後ろに居た事は気が付いていたので、衝撃は上手く受け流していた。
悲劇のヒロインを演じるつもりはなかったが、面倒くさい会話を終わらせる為に甘んじて平手を受けたのだ。
ついでに、毬栗がカゴに入っていると知っていながら黙って様子を伺っていたナトンとルイードも中々に意地悪だったかもしれない。
今の所、ネレはシャドンに会って「大っ嫌い」発言を謝る事ばかりを考えていたので、料理長の大人の事情などどうでも良かった。
「お疲れ様~、じゃああたしゃもう上がるよ」
「ほ~い・・・でも、クロエさんよ、いくらなんでも夜道は危険じゃねーか? やっぱり夜はナトンがルイードと交代したらどうだ?」
暗く静まった食堂の方に出て行こうとしたクロエに、ニジェルはそう声をかけた。
「ああ? こんなババア誰が襲うかもんかい」
「でもなあ・・・女性とか子供とかさあ、弱いモン狙う輩が多くて物騒だぞ?」
少し考えるそぶりを見せて、
「・・・・・・・そうだねえ、気を付けるよ・・・取りあえず重量級の商売道具は置いておくからさ、盗まれないように頼むよ」
と、クロエは言った。
「なんだよ、呑気だなあ・・・」
「金目の物は商売道具の包丁ぐらいだよ」
「いや、そーゆー問題じゃあないから気を付けて帰りなよ?」
「はいはい、ありがとさ~ん!」
ひらひら手を振りながら、軽い足取りで歩く姿は随分と若く見える。
兵舎に併設している食堂には、ニジェルが最後となった。
クロエの置いて行った頑丈そうな道具箱を念のため鍵付きの棚へとしまう為に、何気なく持ち上げた。
ニジェルはひょいと持ち上がる物だとそれを手に取ったが、油断していたのか、その重さに腕が痺れた。
「あ・・・・・あのババア・・・これを始終持ち歩いていたのか!」
今夜は特に夜食の予約もなく、昼間にネレが集めてきた栗の下準備の続きをしようと銀色のボールを取り出した。
栗は片手に乗るぐらいのささやかな量だった。
ニジェルは思わず吹き出す。
「ばっかだなあ・・・ネレ! 葉物とか軽いモン適当に摘んでくりゃあいいものを、どうせ自分で食べたくて真っ先に頭に思い浮かんだんだろうに、そーゆートコ抜けてるんだよなあ」
実のところ、ニジェルの予想は当たっていた。
だが、ネレの小さな手では加工に時間がかかってしまう上に、孤児院にいる人数分の栗を集めるにはかなりの労力が必要だった。
カプシーヌが手を貸してくれる申し出には感謝したが、彼女が欲張って必要以上に栗を掻き集めようとしたところ、リスの大群に襲われた。
何せ、ここのリスは人間を恐れない。
出入りしている人間は「わあ! リスかわいい!」程度の平和な対応であったのだろうが、それがリス達を増長させていたらしい。
ネレは兎達との戦いから学んでいた・・・森の中では何事も程々に譲り合いが大切・・・けれど、美味しい物は早い者勝ち! 作業はスピードが命! そして欲張らない!
知らぬ間にネレは足が速くなり、腕力はないが瞬発力だけは養われていた。
水に浸して置いた栗を手際よく包丁で剥き、砂糖と小ぶりの鍋を取り出したところで・・・ニジェルしかいない厨房へゆっくりと重い足音が近づいて来た。
「バーさんじゃあないな・・・」
男の疲弊したような荒い息づかいと、わずかに足を引きずるような音が薄暗い廊下に響いて、何とも言えない不気味さが漂っていた。
ニジェルは作業台の上にある自分の包丁を視界に入れたが、直後にひとりの男が息も絶え絶えに厨房の出入り口に立っていた。
大き目の麻袋を肩に抱え、びっしょりと全身に汗をかいている。
「・・・はあ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・、ね・・・ねぇ」
「なにしとるん? シャドン?」
「やっと、手に入って・・・」
「なにが?」
長距離を走りぬいたような脱力気味の様子で、一番近い作業台にどさりと麻袋を置いた。
「・・・・・く、栗・・・」
しばらくニジェルは無言になった。
「――――ああ! ルイードに訊いたのか?」
「うん・・・あと、ネレちゃん・・・叩かれたって・・・」
「大した事ねえよ」
「・・・・・・・・そう」
「あ、そっかあ・・・ルイードに伝えて貰えば良かったなあ」
「え? なに?」
「ネレがシャドンに謝りたかったって? なんだよ、喧嘩でもしたのかよ?」
「・・・・・はは、じゃあ・・・俺は“気にしてない”って伝えといて?」
涙ぐみながら鼻を啜ったシャドンと、おおよそ20キロ近い栗の入った麻袋を視界に収めたニジェルは、引き気味に言った。
「シャドン、まさかこの業務用の栗を全て俺に加工させる気か?」
こんばんは、もりしたです!
はあ・・・正月休みがあっという間に終わってしまいます。
私はひきこもると本当に動かないので、職業通勤がないとダメ人間になると思います。




