第17話 【雪と妖精と猫の関係性】 その9
昼間の食堂業務がひと段落した時間に、人気のない食堂のテーブルで調理師のクロエと料理長のモーヴは、引継ぎの話をしていた。
「・・・・・という、感じで食堂を回して貰えば大丈夫だ、ニジェルに聞けば細かい事は私がいなくても補えるはずだ」
半眼になりつつ、白髪の小柄なクロエは食堂の帳簿資料などを見ながら、奥歯を食いしばるモーヴの顔をちらりと見た。
「はあ・・・なるほどね。でも、食堂の帳簿までは私には無理ですよ・・・モーヴさんが調理師でありながら数字を読む事が出来る“才”をお持ちだとは存じませんでした。凄いですねぇ」
「帳簿の類は・・・まあ、本来は私の仕事ではなかったので、その辺はトレフル様に話を付けてある」
帳簿などの数字を読むことができる教養は、一般人にはないものである。
金銭を数えることができても、帳簿の操作をできる人間は“算術の才”を持っていなければ不可能な事だ。
だが、モーヴは数少ない成人してからの“再覚醒”の人間だった。
無論、その事実は公にはしていなかった。
周囲の高等教育を受けた人間はモーヴの能力を認めようとはせず、元孤児院院長であったポレーンだけが、彼の才能を高く評価をしていた。
「昨今はピンハネごときで罪を問われるモンなんですかねえ?」
「・・・ここは誘拐の件でケチがついて私が責任を取らざるを得ない事情もある。上の管理職や経理担当はほぼ無傷だがな」
モーヴはセレポレの誘拐事件については知らぬ存ぜぬを通し、退職については帳簿の偽証罪による責任を取る形となった。
しかし、末端を切っただけで後ろにいる貴族や商人は罪に問われていない、ただ城内では食堂人事のシャッフルが確実に行われている状況だ。
しめしめと言わんばかりに、自分の体面の為に最高責任者であるトレフルの悪い噂に尾ひれをつけ加え、一方クロエは「トラブルに巻き込まれるのは御免だ」と、言わんばかりにそれ以上の追及はしなかった。
「・・・・・・でも、臨時と言えど何故私が料理長に抜擢されるんです?」
首を傾げて見せたクロエにモーヴは「ああ・・・」と、言葉を続けた。
「ニジェルが適任だと皆は考えるのが普通だな。だが、ちゃんとした理由がある」
「・・・・・・・・・理由?」
クロエはモーヴと会話するとき、時折不思議な感覚が湧き起こっていた。
年下であり、大した能力もないと高を括っていたが・・・何故か彼を前にするときちんと対応してしまうのである。
まるで、自分の意志とは異なる何かが支配するのだ。
“尊敬”や“畏怖”とは違う反応を頭がしている事に最近気が付いていた。
「ニジェルは“戦場の料理人”として国と契約をしているんだよ」
「国と契約ですか?」
「そうだ・・・名誉騎士が騎士団長とならない理由と同じ、“戦場の料理人”は料理長にはならないと言うことだ」
「まだそんな古くさい決まりごとが存在しましたか・・・つまり、ニジェルは・・・」
「戦争が勃発すればいの一番に戦場に赴く契約を国としている。だから、戦争が始まれば料理長の引継ぎも出来ぬ間に、翌日には戦場に駆り出される人間だ」
「うわぁ~! 騎士団長のすげ替えはできるけど、名誉騎士の交代はできないってのと一緒ですかぁ・・・なるほど、道理で・・・」
クロエはその台詞の続きを飲み込んだ。
ニジェルの鍛えられた肉体が頭に浮かんでしまい、年甲斐もなく、喉の奥
に熱を感じた。
食堂の入り口で、二人の話をそれとなく聞いてしまったネレが、薄く口を開いて立っていた。
「おや、ネレちゃん・・・具合は大丈夫かい?」
気が付いたクロエが、話を切り上げるように椅子から立ち上がった。
モーヴは着席したまま、静かにネレに向かって手招きをしたので、ネレは小走りで彼に近づき、立ち止まって一礼をした。
「モーヴさん、体調を崩してお休みしてしまって申し訳ありません。もう大丈夫なので、明日からでも働かせて下さい」
幼い子供の姿で礼儀正しく言葉を発するネレに、モーヴは両頬を一瞬震わせた。
「瘴気にあたったと聞いていたが・・・元気そうだな」
「はい、もうすっかり回復しました」
「抵抗力の弱い子供は、たまに高熱を出して・・・そのまま死ぬ事もあるんだよ、無理しちゃだめだよ?」
「いえ、本当に・・・以前より身体が軽く感じるぐらいです!」
「そうだな、私も子供の時、戦争の影響でひどい瘴気にあたったことがある。一週間ぐらいは歩けなかった・・・三日ほどで回復するとは、頑丈なんだな」
そう言われ、クロエとモーヴの言葉の差にはっとする。
“死ぬ事もある”というのは、マナシのネレを心配するクロエの言葉であり、“一週間ぐらい歩けなかった”と言うのは通常の魔力持ちのモーヴの実体験の話だ。
ネレ本人には、自分が頑丈であるという感覚はない。
左右に頭を揺らしながら、プラタとルノンの姿と、部屋の中を逆さに降る暖かい雪のようなものを思い出す。
あの後、あの白い物体は人魂とか、ただの光の加減とか確認し合ったが、いまだ正体不明なのだ。
「あの、クロエさん・・・地面から逆さに降る雪って見た事ありますか?」
「え? ・・・・・・・・あるけど・・・なんで逆さ雪を知ってるんだい?」
「えええっ!? あるの?」
「なんだそれは?」
クロエは困惑したような目で、腕を組みながら宙を一睨みした。
「ずっと昔・・・“聖女様”が亡くなって、故郷の村人全員が祈りを捧げた時に起こった“奇跡の逆さ雪”の事だよ」
「ああ、あの・・・なんやかんやでその村の病人が回復したとかの、嘘か誠がわからんヤツだな。まあ、私が生まれる前の話だがな」
「嘘じゃないよ、うちの歩けなかったじいさんが、二・三日歩き回ったんだよ」
「・・・・・・で? それがどうかしたのか、ネレ」
「な、何でもないです・・・」
そこまで大げさな話をされた後に、クロエとモーヴに注目されたネレは、黙るしかなかった。
突き詰めると、プラタかルノンかネレの誰かが聖女という話になり、城は大騒ぎになる可能性があった。
後日、情報収集をした女子三人で打ち合わせた結果、ウェメレス院長とソール副院長に正式に報告するか否かで・・・「否っ!」と、決定した。
人魂説、呪術説、光の加減、天気と温度の偶発的な反応など、決定的な情報が集まらなかった。
個人的な意見で「プラタが“聖女候補”になるのでは?」と、ネレが発言した。
ルノンは納得し頷いていたが、プラタが苦虫を潰したような表情になったので「聖女」というキーワードに良い思い出がない様子が伺えた。
そもそも、家柄・容姿・性格・教養など完璧女子であるプラタが、嫁にも行かず孤児院に就職している事を、周囲が納得するような要素がなかった。
普段は穏やかなプラタが“聖女”という言葉に、見た事もない形相を浮かべたので、ルノンとネレは怖くて詳細を聞き出せなかった。




