第16話 【不香の華(ふきょうのはな)】 その14
「助けて頂きありがとうございます・・・・・・・あの、私はリトラスと申します。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
リトラスは彼の右手を両手で握り、アルベルトを下から見上げた。
その態度に彼が慌てて膝を曲げ、リトラスと目線を合わせて声を潜める。
「・・・クールラント家のご令息とお見受けします・・・私は文官のアルベルト・ジーン・ザーガンと申します。フツーに・・・街中ですから平民に混じった態度で対応を」
「も・・・申し訳ない、何かの任務中でしたか」
少々量が寂しい灰色の髪の青年と銀髪の少年が手を握り、お互いに恥ずかしげに頬を少し赤らめている。
「うん・・・誤解を招きそうな場面だよね?」
二頭の馬を連れ、本屋の前に立ちすくんでいるジャンに、シャドンは同意を求めるように視線を向けた。
「あの、リトラス様にお怪我はなかったようですが、俺は・・・お咎めを受けるんでしょうか・・・」
不安げなジャンの言葉は聞こえておらず、リトラスはアルベルトの“地味の才”について熱心に質問を始めている。
何とも言えない気分で、二人はその様子を眺めていた。
「ジャンはあのご令息の付き人なのか・・・大丈夫だよ何も起きなかったんだから」
「あ、ありがとうございます・・・・・それにしても凄いですね、あんな正確に傷口を焼けるなんて普通はできない事でしょ?」
「調理場で修行して上達しただけさ」
それとなく真意の見えぬ笑顔を作り、ジャンに近づき耳元で囁くように言った。
「あのご令息とネレちゃんは知り合いなのかなぁ?」
静かな苛立ちを含んだ低い声で訊ねると、ジャンは必死に左右に首を振ってみせる。
「そう・・・トレフル様があの子を他の貴族に会わせたくないのは分かっているよね?」
「あ・・・あの・・・」
背中に視線を感じてシャドンが振り向くと、手を握り合ったままのリトラスとアルベルトが凝視していたが、特に気にせずにジャンの方に向き直した。
「ああ・・・ごめん、今日は・・・直接、あの子に会ってないんだよね?」
小さくしていた声を通常に戻し、ジャンとの顔の距離を離した。
「はい・・・今日は午前から護衛任務だったのですが・・・なのに護衛がちゃんとできませんでした・・・助けて頂けて感謝いたします」
「そうか・・・、じゃあ、ビーヴが今日、城外に連れ出した事は知らないのかな?」
お互いにネレの名を出さぬように意識した会話だった。
「・・・・・・でも、ソール様の許可は必ず取っていますよね?」
「いや・・・ともかくあの子を捕獲したいんだ」
「す・・・すみません! 白月亭のレシピの件で揉めましたか!?」
「・・・・・・・何の事か知らないけど?」
「あ、それとも・・・商人組合にゼッテンさんの就職の為に、知り合いの貴族に紹介状をもらった件ですか?」
「ゼッテンて誰? ・・・・・・いや、それも全然知らないし」
その知り合いの貴族は、後方で黙秘を努めていた。
シャドンはネレの行きそうな本屋を訪ね、最終的にこの敷居の高い店へと辿り着いたのだと言う。
「あの・・・ビーヴは本屋には詳しくないので・・・行くとしたら・・・飲食店じゃないですかね・・・」
歯切れの悪いジャンの喋りに、アルベルトは仕方なく言葉を挟んだ。
「・・・・・・とりあえず、白月亭に行こうじゃないか」
彼はリトラスの手をそっと払いながら、背筋を伸ばして言った。
「アルベルト様・・・もしかして、あの子の居所が分かっていて傍観してたんなんて言いませんよね?」
乾いた視線をシャドンに向け、
「人聞きの悪い・・・・・・私の出る幕などないと思っていたんでな・・・」
不愉快な態度をあらわにした。
「さっき、白月亭に行ったばっかりですけど・・・見かけませんでしたよ?」
「ジャン・・・お前達はいつも閉店しているはずのこの時間にちゃっかり上がり込んでいるだろうが?」
「ま~そうなんですけど・・・・・・それにアベジさんがいつも・・・」
と、言いかけたジャンが・・・窘めるような視線をシャドンから感じて言葉を止めた。
たまに会ういつもの調子で言葉を交わしてしまったジャンとアルベルトが微妙な面持ちで視線を交わす。
目の前のリトラスは伯爵家の継承権を待たぬ五男、規模では伯爵家の四分の一以下の町規模の領地を持つ子爵位の第一子であるアルベルト・・・・お互いに甲乙つけがたい微妙な立場である。
子爵家は中小の不動産屋程度である。
ちなみに男爵となると、そこそこの規模のマンションや企業を株式会社として申請する程度である。
対するジャンは・・・只の兵士だった。
「・・・・・・・いいんだ、ジャンは世話になっている友人だ。シャドン、白月亭に行くぞ! あの生意気な子供を回収するのが任務だ」
アベジは目を伏せ、足早にシャドンを引き連れその場を立ち去った。
二頭分の馬の手綱を握りしめたジャンとリトラスがその場に立ち尽くし、乾いた冷たい風が二人の身体を冷やしていた。
「・・・・・・・えっと、俺の事を友人・・・って言ったのかな? あの人?」
「そうだな・・・言ったな・・・」
「そっかあ・・・その場限りの冗談でも、ちょっと嬉しいかも・・・」
「あれは本心だと思う」
「気まずい逃げ口上でしょう・・・本気にしたら、失礼ですから・・・」
少し砕けすぎた口調を正して、ジャンは言った。
「そんな風に言わないでくれ・・・・・・・」
「・・・・え?」
「昔・・・妖精と友達になろうと約束したんだ・・・でも、二度と会えなかった」
「よ・・・妖精ですからね」
「もしも・・・普通の城仕えの子供なら・・・貴族の私と友達になってくれたかどうか・・・」
「・・・・・・妖精に出会ったのって、確か9歳ですよね」
ジャンは自分の両手の指を折りながら見比べつつ、嫌な予感が現実だと確信し、何かに祈るように天を仰いだ。
ネレは新品の本を汚さないようにゆっくりと閉じ、少々渋い顔をしている。
「・・・・・・これ、ゼロ歳児には早過ぎると思いますけど?」
「やっぱりそうかあ・・・俺にもよくわからんかった・・・、貰った手前読んどかんと悪いかなと思ったんだが・・・アベジさんは何故これをチョイスしたのか・・・」
グエンはうなだれながら腕を組み、眉間に皺を寄せていた。
ビーヴにあやされながら、ほんわかとした笑顔の赤ん坊は、ネレの送ったキルトのおくるみに包まれてご機嫌である。
「人気商品だから薦められたとか?」
「アベジ殿は・・・独身だったかの?」
「知らな~い・・・こないだ会計監査でたまたま会った時はお互いにびっくりしましたけど?」
「ネレは相変わらず難しい言葉を知ってんだな!」
「なんか・・・ワシが聞いた民話とは違う感じの・・・装飾脚色が・・・まあ、面白ければいいんじゃないか?」
「ゼッテンさんの言うこのお話の原作ってどんなのですか?」
楽し気に酒を煽っていたゼッテンが、ネレの質問にくっきりと瞼を開いて見せた。
「子供の頃に聞かせられる寝物語だな? 雪の妖精の白い羽根からは冬の素が落ち、大いなる大地から知恵を吸う、妖精を護る騎士は知恵と才を与えられるおとぎ話・・・でもな、地方によっては“妖精”が“聖女”に置き換えられていたりするんじゃよ」
「は? “聖女”って何ですか?」
ネレは奇妙な疑問符が頭に浮かんだ。
ファンタジーな単語としては知ってはいたが、こちら側の定義としての情報は皆無だった。
「あん? 国が認めた“聖女”様はいるじゃろ?」
なぜ知らない? と言う顔で、ゼッテンはグラスを傾けながらネレをまじまじと見た。
「ゼッテンさん・・・ネレは小さいんだからそんな事知らないんだろ?」
「ああ~・・・そうか、ネレ殿は俗世にはまだ慣れておらんのか」
ネレの頭に更に疑問符が増えた。
「あのう・・・ゼッテンさんの中でボクはどういう人物設定なのですか・・・?」
首を傾げるネレに合わせ、ゼッテンも深く首を傾げた。
「ネレ殿は大地の申し子なのだろう?」
「すみません、ボクの語彙力が足りないのでしょうか? 全然解りません・・・」
「いいからネレ、ゼッテンさんはドワーフ族だから俺達とは感覚が違うし・・・ネレもかなり一般常識からかなりズレるぞ・・・」
まあまあ・・・と、仲介するビーヴがグエンに目線で応援を求めた。
「解説を俺に振るのかビーヴ・・・・・・」
周りを見回しても解説役として重宝していたジャンの姿はなかったので、グエンは咳払いをひとつし、整えた声で語り始めた。
「無尽蔵の魔力を持ち“浄化の才”“回復の才”“癒しの才”などを持ち、国に貢献した女性に与えられる最高の称号・・・ま、“聖騎士”みたいな扱いだな」
「いるんですか? そんな人? 聖騎士とかもボク知らないんですけど・・・」
「まぁ~・・・・・・現在は世界平和に貢献した隣国のバアさんが“聖女”の称号を持っているんじゃろう?」
「実績だよ、実績・・・どれだけ多くの人間を癒したかとかだよ、ついでに聖女様のお世話係に任命された騎士は新しい“才”が与えられるとか聞いた事があるけど? それが地域によって妖精に挿げ替えられてるってわけだ」
「え!? 聖女様は“才”をくれるんですか?」
「言っとくけど、身分の低い人間に聖女様は会ってくれないし、魔力がなけりゃ“才”は使えないぞ」
ビーヴの説明にネレはがっくりとテーブルの上に突っ伏した。
「ネレ殿は・・・“才”を持ってないのかの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ないです」
テーブルの上に額をくっつけたまま答えた。
「ま、国が決めた資格みたいなもんじゃ、ネレ殿はそーゆー枠にはハマらんじゃろ」
琥珀色の液体で喉を鳴らすと、ゼッテンは機嫌よく笑い声を上げていた。
個々の持つ“才”に頼りすぎるこの世界のシステムに、疑問を抱かずにはいられなかった。
特殊な技能が必要な仕事は全て“才”を持つ人間に頼る世界は“教育”と“文化”が遅れていた。
確かに“剣と魔法の世界”ではあるが、仕事の分業化を行い貧富の差を薄めていた世界に生きていた記憶を持つネレには、この世界の現実は受け止め辛かった。
更に自分には魔力が全くないと判定を受け、“才”がどのようなものか・・・理解できずに戸惑っていた。
それ故、毎度毎度トレフルを始め周りの大人たちに小言を言われ続けている。
「・・・・・・・うん、ボクもっと勉強する。“才”とかよく分かんないけど、知識なら、聖女様でなくても皆に分けられるでしょう?」
「――――そーゆーワケにも行かなんだよねぇ・・・ネレちゃん、君の“知識”の場合は!」
西部劇がごとく、白月亭の扉が勢いよく開いた。
お疲れ様で~す・・・午前中は二日酔いだったもりしたです。
プロ読者の皆様、こんな稚拙な文書を真剣に読んで下さりありがとうございま~す( *´艸`)
誤字脱字報告いただき、随時確認の上お直しお直し・・・しております!




