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第16話 【不香の華(ふきょうのはな)】 その1

 ネレの遠い遠い記憶・・・それは浅い眠りの夢の中だという自覚はあった・・・。


 扉の一つ向こうは騒がしかったが、部屋の中はしんとして、心地良い空間が作られていた。

 その部屋に所狭しと設置された棚には、様々な薬草が入っているガラス瓶や陶器の容器が並んでいた。

 狭く日差しがほんのり入る木造建築の室内には、母親と幼い娘が机で向かい合い、白髪が混じった赤銅色(しゃくどういろ)の髪に褐色の肌を持つ母が娘に向かって言った。

「・・・今日は媚薬についての勉強をしましょうか?」

「びやく? あの、おねーさん達が仕事で使うクスリ?」

 母親は金色の瞳を細めて、液体の入った小瓶を娘の前に差し出し・・・蓋をずらしてみせた。

「お母さん・・・これなに? 甘い匂いがする」

「ふふふ・・・この香料と、こっちの乾燥した薬草を混ぜると匂いか変わるでしょう?」

「おかーさん、それヤバイやつ?」

「最近・・・ブロンシュは色んな言葉を覚えてきたわねぇ」

 母と呼ばれた女性は、陶器の小さなすり鉢を準備し、様々な薬草をひとつひとつ小さな我が子にやさしく説明した。

 だが、子供の掌には緊張のあまりじわりと嫌な汗が浮かんでくる。

「ああ・・・この粉は吸い込んじゃ駄目よ、液状にするにはね・・・」

 その母親は透明な液体の入った瓶を取り出し、聞いた事もない言葉を次々と発した。

「お母さん・・・難しいよ・・・コレ」

「そうね・・・でも、何となくでいいから今は説明を聞いて?」

「う、うん・・・」

「大丈夫・・・何となく聞いておくとね、知識は段々浸み込むの」

「しみこむの?」

「そうよ、一朝一夕では全ては理解できないわ」

「いっちょういっせき?」

「そう、わずかな時間では人は知識を応用できるまで至らないわ」

「おうよう?」

「ふふっ・・・言葉も同じ、繰り返し使うことで身に着くの、今は沢山お母さんとお話しましょう」

 一日のわずかな時間だったが、母親は毎日我が子に繰り返し自分の知識を伝え続けていた。

 ふと、少女が顔を上げ、壁に掛かっていたぼやけた鏡に視線を移すと、褐色の肌以外はとてもよく似た母と自分の姿が映し出されていた。

 暖かい金色の雨のように、母の優しさと、その知識はブロンシュであった自分に蓄積されていくのだった―――――。


「ふわっ!?」

「ネレ~? 大丈夫ぅ?」

 身支度を整えた同室のルノンがネレの寝顔をのぞき込んでいた。

「ル・・・ノン・・・もしかしてずっと寝顔見てたの?」

「なんか・・・百面相してた」

 ネレは瞼を開ける寸前に居心地の悪い視線を感じていたのだった。

「なんか・・・お母さんの夢・・・見てた」

「あ~じゃあ、もう少し寝ていたかったわよね・・・」

 悲し気な笑顔をルノンが浮かべた。

「え! いや・・・ただの夢だから」

 ネレは少し言葉に詰まった・・・甘い香りがべっとりと頭の片隅に貼りつき、更にまだ寝ぼけて居た為か記憶と思考がまだ噛み合っていない。

「最近・・・帰ってくるの遅いし、疲れてるんじゃない?」

「・・・・・・・・・・・あの香り・・・ちょっと品がないかな」

「うん? 何のこと?」

「あ~~~~ちょっと待って! もう少し・・・・」

 ベッドの横で頬杖をつきながらルノンは首をかしげていた。

「・・・寝ぼけてるのね? 少ししたら、ちゃんと朝食取りなさいよ?」

 ルノンはすっと立ち上がり、廊下に続く扉に歩を進めた。

 パタン、と、ルノンの出て行った扉を見詰め、ネレはっと気が付いた。

「え~とぉ・・・オスモフェリン、イランイラン、木苺に・・・大麻を上手く抽出して・・・ブフォッ!!」

 我ながら突拍子もない記憶に、ネレは思わず噴き出した。

「アレ、あの香り! 昔通販で買った()()()()()()()にそっくりだった! しかも料理長宛だし! 意味わかんないっ?」

 ネレはしばらくベッドの上で腹を抱えて悶えていた。

「はああああ~! そろそろちゃんと起きなきゃ・・・今日は早めに厨房に入る日だし!」

 あまりの笑いのツボに、ひいひい言いながら、ようやくベッドから身を起こした。


 ベッド専用香水・・・通称“なんちゃって()()”、それは男性を誘惑する香水である。

 ネレもまた、ケイコ時代に好奇心で通販で手に入れた香水でもあったが、使用する機会は皆無であった。


 湧き上がる好奇心に耐えられず、ネレは寝床から飛び出すとすぐさま着替えた。

 紙とペンに手を伸ばし、頭に浮かぶ媚薬の調合方を書き出す・・・が、あまりにも材料と機材が足りない事に気が付き、眉尻を下げた。

 ―――――そもそも、これは“調合の才”がある人間が、更に製法を高めているワケだし、時代も違うし、ボクに再現は無理だな・・・

「あっ! ラブレターの件、ルノンにお願いするの忘れてた・・・」

 走り書きした媚薬のレシピをズボンのポケットに入れ、朝食がなくなる前に食堂に向かって駆け出した。



 小さな手で、ゆっくり丁寧にジャガイモの皮をむく様を、クロエは緊張しながら見つめていた。

「ネ・・・ネレちゃん? 大丈夫?」

 兵舎食堂の厨房内で、ネレはいつも通り踏み台兼、椅子に座りながら、新しい包丁で緊張しながらジャガイモを剥き始めていた。

「だ・・・だいじょおぅぶです・・・」

 鉱物師のゼッテンの計らいで特注の包丁が出来上がったが、突然の書類整理に数日間追われてしまい、まだ新しい包丁を使いこなせていなかった。

「まあ、道具は慣れだからねぇ」

 「仕方がないよ」と、クロエはそう言いながらネレがケガをしないか心配しながらそばに寄り添っていた。

「いや・・・その・・・そんなに見られるとやりにくい・・・です」

 その場に居たクロエをはじめ、ニジェル・ルイード・ナトンがネレの手を凝視している。

「今日のジャガイモは大きいからな・・・ネレの手じゃ無理じゃないか?」

 ニジェルの言葉にみなが頷く。

 判ってはいるが、ネレは自分の小さな手と、大きなジャガイモを見比べながら涙ぐんでいた。

「・・・早く大きくなりたい・・・」

 ポツリと本音を口にした。

 食堂に入荷してくる野菜のサイズは、孤児院に比べて大きくて立派なものが多い。

「ネレちゃん、やっぱり“白雪”を使いなよ?」

「だ・・・だめです! この包丁に慣れないと! それに“白雪”をクロエさんに借りてばかりじゃ・・・」

 カタカタカタ・・・と、先ほどから誰かが貧乏ゆすりをしているようで、近くの道具箱が微かに揺れていた。

「あれ? じゃあ、ネレがクロエさんから買えばいいんじゃないか?」

 ルイードが軽い調子で言った。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 クロエとネレはお互いに目を伏せる。

「ルイード、それはちょっと無理な話だ」

「・・・やっぱ高いのか・・・」

「え? いくらするんですか? 自分、貯金あるんで恩人のネレさんにプレゼントしたいっッス!」

「はあっ・・・」と、ナトン以外は大きなため息をつき、項垂れた。

「本当はネレちゃんにすぐにでも譲りたいんだけどねえ・・・」

 流石にクロエも気軽に他人に譲れるような道具ではなかったからだ。

「いやいや、クロエさん・・・こんな幼いネレにアレは簡単に譲れないだろう?」

 カタカタカタ・・・。

 一体誰が貧乏ゆすりをしているのかと、イラつきながらも、ネレは真剣にジャガイモの皮を剥いていた。

「だから、いくらするんスか?」

 眉間に浅く皺を寄せるクロエとニジェルの顔をナトンは交互に見詰めた。

「大負けに負けて・・・金属価値だけで・・・」

『だけで?』

 全員がクロエの言葉の続きに固唾を飲んで耳を傾ける。

「ああ、いや・・・厳密にいうと金額査定されちゃあまずいんだった」

「金額査定されるとまずいってなんスか?」

 “まずい”という言葉にナトンが首を傾げた。

「私が捨て値で譲渡された金額は・・・」

「捨て値ってなんスか?」

 ショリショリショリ・・・調理師達の手さばきに負けまいと、ネレは必死に新しい包丁の握り方を確認している。

「まずいって事は要するに正式じゃない代物か・・・オークションにかける暇もない、財産の差し押さえのパターンか?」

「んまあ、そんなモンだよ・・・この国の貨幣だと、金貨10枚ぐらいだったかな」

 日本円にして50万円なり。

『ブフォッ!!』

「まあ、死んだダンナが買ったんだから、詳しくは知らないけど・・・」

「金属価値ってどんな?」

「これ、溶かして加工するとね、人工ミスリルの指輪が20個以上作れるからさ」

「人工ミスリル!!」

「え? 俺は逆に人工ミスリルが存在していること自体が初耳なんだけど!?」

 ルイードはそう口にすると、先ほどからカタカタと揺れるクロエの道具箱をじっと見詰めた。

「え~と・・・人工ミスリルって・・・何ですか?」

 ネレは聞いたこともない単語に素直に質問した。


 ミスリルとは、星月のような白銀の色を持ち、鋼のように鋭く硬く、鉱物の中では比較的軽量であり、熱を通しにくく、武具を作る最高級の金属素材と言われ・・・その希少性によりこの世界ではドワーフと人間を戦争に導いたとされる伝説の鉱物である。

 ちなみに魔法との相性がとても良いので、戦士よりも魔術師などに人気が高い。


 “人工ミスリル”を生成した錬金術師は過去に一人しか存在せず、戦争の火種になることを恐れ、姿を消したという。

 その製法は未だ解明されておらず、特殊な加工技術も一部のドワーフ族にしか知らされていない。

 その上、何故か人工ミスリルは持ち主を選ぶという特性を持ち、その扱い難さにより実用性には向かず、実在する作品は貴族のコレクション止まりが関の山だという。


「ちなみに、人工ミスリルって、互いに引き合う性質を持っているから・・・もしかしたら、人工ミスリルで作った別の道具と出会うかもしれないね」

「ちょ・・・待って下さい。そんな物をボクが買える訳がないじゃないですか!」

「・・・まあ、そうなんだけど・・・国内では税金のかからない登録制の資産なのよね、どお?」

「どおって言われても? 登録制の資産って・・・盗難防止で誰が持ち主か申請する面倒くさいヤツでは・・・」

 日本でいうところの、盗難防止の自転車登録のようなものだ。

 だが、国外に出た場合は追跡できる保証はない。

「うん、だからネレちゃんに買い取って欲しいのよね?」

「じゃあ、“白雪”って・・・金の延べ棒と同じ価値でありながら、簡単に売りに出せないヤツなのでは?」

「あ、流石ネレちゃん、理解が早いねえ・・・どお?」

「ええっと・・・クロエさん? ボクが買い取る流れで話がループしてません? 無理ですよ! ボクそんなお金ありませんよ?」

 カタカタカタ・・・。

「ネレちゃんや、出世払いでも、分割払いでもいいんだよ? 契約書もちゃんと作るよ?」

「クロエさぁあぁあぁん???」

 カタカタカタ・・・。

「おいおい、さっきから誰だよ? 貧乏ゆすりしているのは!」

 ニジェルが呆れたように言った。

「え? ニジェルさんじゃないんスか?」

「ああん? そんなダサい事するほど年取っちゃあいねえよ!」

 カタカタカタ・・・。

 ネレと、調理師4名が黙り、最初に原因を突き止めたルイードの視線の先に注目した。

 それはクロエの木製の道具箱であった。

「ちょ・・・クロエさん、まさかネズミとか入ってないでしょうね!?」

「・・・ちがうよ」

 ふうっと、鼻から長めの息をもらしたクロエが包丁とジャガイモを台の上に置き、自分のすぐ後ろにある道具箱を開けたが、特に変わった様子はない。

「ほらね?」

「え~? じゃあ地震?」

「まさか・・・俺の田舎じゃあるまいし! ここは山とか谷とか断層とかないだろ?」

「じゃあ、貧乏ゆすりは誰がしたんだよ?」

 しんとする厨房。

 とりあえず、全員再びジャガイモを剥き始めた。

 カタン――――。

 皆一斉に道具箱に視線を向けた。

 しん・・・。

 そして、再びジャガイモをショリショリと剥き始める。

 カタ・・・。

 一斉に道具箱をみる。

 しん・・・。

 再びジャガイモの皮に取り掛かる・・・。

「お、ネレ、コツが分かってきたか? 剥くの早くなってきたぞ」

「へへへ・・・やっぱり慣れですよね! ジャガイモがやっぱり大きいですけど」

「いい包丁だな・・・俺もちゃんとしたオーダーで一本作ろうかな? ネレ、それ作った店紹介してくれよ」

「うん、ちょっとゼッテンさんに詳しく聞いてみるね!」

 和やかな会話の後ろで、再び“何か”の貧乏ゆすりは始まった。

 カタカタカタ・・・。

 全員、その正体を確実に目にしたのだった。

 ――――だるまさんが転んだ・・・見ちゃいけなかったヤツ!?

 何となく察していたクロエの表情、感づいていた様子のルイードの視線がかち合った。

 微かに揺れていたのは、包丁(仮)の“白雪”だった。

「おいおい? クロエさんよ・・・こんなモンをネレに押し付けようってのか?」

「いやいや・・・押し付けるだなんて人聞きの悪い・・・」

「あれえ? なんでこの白い包丁が揺れていたんスかあ?」

「クロエさん? これ・・・呪われた道具とか言わないよな?」

「いやいや、ちょっと“白雪”がネレちゃんの新しい包丁に嫉妬しただけだよ?」

 疑心暗鬼の空気が漂っていた。

 ネレは不思議そうに道具箱に収まっている白い包丁を見詰めながら、シャドンの見えない手の能力を思い出した。

 そして、ソールの風の魔法が発動される瞬間や、ルノンの水を動かす力の様子を頭の中に思い描いていた。

 ――――この世界は、魔法とかあるんだよね? ボクの理解を超えた力が存在する世界・・・

「・・・付喪神?」

 付喪神という日本に伝わる古い道具などに力が宿る伝説を思い出した。

「おや、そんな古い言葉を知っているのかい?」

「古い・・・の?」

「さあ、どうかねぇ・・・ただ、私の“才”は道具や食材の声が少しわかる能力なんだよ」

「道具の声・・・」

「どんな道具や食材でも使いこなす能力を買われて色々な事をしてきたけど、結局は調理師が一番誰かに喜んでもらえると実感したから、今に至るって感じだねえ」

「すごく不思議」

「そうだねえ・・・私は逆に、普通の人間が道具の声が聞こえないってのが、子供の頃は不思議に感じてたよ」

 ネレはクロエの言葉に頭の中で何かが掠った気がした。

「周りの、普通の人が聞こえない声・・・そういえば、こないだそんな話しましたよね」

「っていうか・・・こんなにおしゃべりな道具は初めてだけどねぇ」

「・・・おしゃべり? “白雪”は普通じゃないの?」

「ばっか! 包丁の声が聞こえるもんか! 怖すぎるだろ?」

「そうだねぇ、迷いがある()ってところかねぇ」

「何それ! わかんないぞ・・・でもそれ、他にいくらでも買い手が付きそうだけど?」

「う~ん、そうだねえ・・・でも、その子は自分を高く評価する相手より、気に入った持ち主の傍に居たい派なんだよねえ」

「追いかけられるより、追いかけたい派か?」

「なんだその乙女的な発想はっっ!」

「いやそれは狩人気質と言うべきでは?」

 厨房名物の“どーでもいい論争”を聞き流しながら、ネレは自分の包丁をきれいにふき取り、箱にしまった。

 ――――君は後できれいに手入れをするからね・・・ごめんね

「・・・クロエさん、やっぱり今日は“白雪”を貸して頂いてもいいですか?」


こんばんは、テンション低めのもりしたです!

更新しても更新しても・・・しょうもないほどに誤字脱字が発覚し、どーも済みません。

まあ、ほどほどに頑張って書き続けます。


コロナショックというか、すでにコロナクラッシュですか? クライシスですか?

もう対応に疲れました・・・。マスク・除菌シート・ティッシュ・体温計・・・

「お客様、申し訳ありません。マスクは現在入荷未定でございます。」


みんなが怖れているのは明確な治療法が発見されていないという事と、感染スピードですよね。

みんな! 手洗い・うがい・こまめな水分補給で胃酸でウイルス消化です!

ウイルスには名前なんか書いていません。見えませんので憶測での差別はやめましょう。


そして、花粉症の私はマスクが足りません(笑) 

早めに耳鼻科に行っておいたので症状は軽く済んでます。

ではでは、おやすみなさ~い。

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