第15話 【墨色の雪と、偽の太陽】 その3
「・・・調理法は白月亭のお手伝いで覚えたんです。このうどんは孤児院の子供の為に使う予定です」
「へえ? お手伝いね・・・」
ネレは孤児院の大事な食料を早く持ち帰りたかった。
何せ食べ盛りの子供がわんさかいる状況だ・・・常に野菜も肉も足りないので、汁物で満腹感を満たしている状況だ。
暇を見つけては採取の森で食用になる物を必死で搔き集めている。
その為の現物支給・・・その為の仕事でもある。
「ネレ・・・等価交換といこう」
「等価交換? 何と交換するんです?」
――――まさか、ボクが帳簿を書いちゃったとか、レシピを勝手に人に教えちゃった事に対しての何かの要求!? トレフル様に黙っている代わりに・・・何か要求を!?
ネレが必死で思考を巡らせていると、目の前に巨大なボンレスハムが現れた。
それはとても魅力的なピンク色の肉に仕上がり、脂身の部分は上品な模様が薄っすらと浮かんでいた。
「なんてしっとりとして柔らかそう・・・」
思わず、よだれが出てしまいそうだった。
「これと交換だ」
「何を?」
――――うどんの麺に対応する味付けレシピの全てか? それともあのつゆの上を行く出汁の製法の伝授か?
「うどんの麺の作り方だ!」
「・・・え? うどんの作り方?」
「そうだ! 白月亭は“うどん麺”というジャンルを新しく開拓した・・・だが、未だそのうどんの製法については謎のままなんだ!」
「え? 謎? 秘密にしてたっけ?」
と、ビーヴに視線を向けると、彼はただ首を左右に振った。
「おっちゃん、普通に聞かれたら話してるよ?」
「話したぐらいじゃ肝心な事が分からん」
「肝心な事? そんなんあったけ・・・ていうか、とりあえずうどんの現物は本日の賄いにしましょう! この立派なハムは孤児院行きという事で商談成立です!」
ネレは素早くうどんの入った紙袋だけニジェルに押し付け、ニジェルの手にあったボンレスハムを別の紙袋に突っ込み、ビーヴに渡した。
「ビーヴさん、至急孤児院のプラタさんまで、『ニジェルさんからの高級ハムの差し入れ』を頂いたとお伝えください!」
「りょ・・・了解ぃっ!!
――――よし、これでハムを返せとは言わせないぞ!
そのやり取りを黙って見ていたルイードが、不機嫌そうに言った。
「オッサン! 先ずはタマネギ! うどんは今夜の賄いだから、後でネレに一から聞きゃあいいだろ!」
「おおう・・・そうだな、ネレ、ちょっとうどんが上手く作れないんだ、後で聞かせてくれ」
「あっ!」
「どうしたネレ?」
「つゆがない」
「夕食メニューのシチューに突っ込むか?」
「・・・・・・・」
ネレはタマネギのみじん切りを凝視した。
冷静に考えれば、この世界にパスタやらなんやらの“麺”はある、別に“うどん”という太い麺があっても不思議ではない。
小麦粉から普通にできるのだ・・・ネレが発案したからと言って、無から新しい物を作り出した訳ではないので、ニジェルやトレフルにレシピどうのこうのと追及される言われはないのだ。
だが・・・ここでは事情が少々違ったらしい。
食堂の夕食時間のピークを過ぎたので、後は食堂に勤めている他の職員に配膳や片付けを任せるだけになり、厨房内の調理師の仕事はひと段落した。
大きな鍋に湯を沸騰させるようにネレが準備を願い出た。
「ネレ・・・うどんは茹でないのか?」
と、ニジェルが不思議そうに聞いた。
「は?」
ポカンと口を開けて、次の言葉が出てこない。
「いや・・・パスタも、うどんも茹でるもんだろう?」
ニジェルの言っている意味が分からず、ルイードとナトンの顔を見たが、どうやらニジェルと同じ意見のようだ。
火にかけている大鍋の湯加減を見る為に、ネレは踏み台に乗りながらニジェルと再び眼を合わせた。
「え・・・と? 沸騰してから麺を入れるんですけど」
「沸騰してから? 何故だ? 普通は水に入れて・・・」
「・・・そっから違うんかっ!」
――――道理であのパスタ屋の麺にはコシがないと思った・・・
この国では沸騰を待たずに水から麺を茹でる文化が根付いているというのだ。
「あの、水から麺を茹でるとお湯が濁りませんか?」
「そーゆーもんだろう?」
「麺同士がくっつきませんか?」
「絶えず混ぜるから大丈夫だ、油も入れるし」
「そうか・・・文化が違うんですね・・・って言うか、うどんは茹でる時に油は入れませんから」
「なに! そんなのはじめて聞いたぞ?」
ネレはとある砂漠の国でのパスタの茹で方がそうであった事を思い出した。
――――そういえば、砂漠の真ん中で沸騰なんて待つヤツなんていなかった・・・
「ニジェルさん、うどんって練るところからやるつもりですよね?」
「そうだ。うどんは店ですぐに売り切れてな、麺だけの販売は無理だと言われた」
「通常のパスタ麺は機械ですけど、うどんは手打ちですもんね・・・うどんは食べたんですよね?」
「ああ、もちろん食べたぞ? でも店が混んでてな、詳しくは聞けなかった」
「そうですよね『旨い・安い・早い!』が、モットーの店ですもんね。お店が流行ってる今では、ゆっくりと会話なんて無理でしょうね」
「まあ、顔見知りであいさつ程度はできたがな」
「親衛隊・・・ですもんね、グエンさん感動してたでしょう・・・」
尊敬するニジェルが「自分の店に食べに来た!」と、涙ぐむグエンの顔がネレの脳裏に浮かんだ。
「なんだ、アイツそんな事まで話したのか?」
どうやら白月亭のグエンは、ニジェルに憧れて戦後すぐに飲食店経営に乗り出していたらしい。
商才はそれなりにあるのようだが・・・料理の腕は微妙であった。
「ネレ、言われた調味料を練りごまと混ぜたけど・・・本当にコレ、タマネギのみじん切りと、残り野菜と、鶏肉の細かいヤツを炒めた後に混ぜて加熱するだけでいいのか?」
ルイードがフライパン片手に、不安げに聞いた。
「焦がさなければ大丈夫ですよ」
「・・・本当に俺がやるのか?」
「はい? ニジェルさんがうどんの方の工程を見たいから、ルイードさんがソースを作るんでしょう?」
「なあ? どの辺で“才”を使うんだ?」
「は? “才”なんて使わないですよ? 逆にそんなの知りませんよボク」
「ルイード・・・“料理の才”はおまえのタイミングで必要だったら使え」
「そーなのか?」
「火加減のタイミングで使え」
「あ、そっか! ・・・て、それ煙が立ったら油入れるだけじゃん。“才”いらないじゃん!」
「・・・そーゆー事だ」
『え、マジでいらないの!?』
何故かナトンとルイードが声をそろえて驚いた。
ニジェルが片眉を下げて「シィー!」と、唇に人差し指を立てた。
四人で声を潜めて改めて会話を続けた。
「あの・・・何で驚くんですか?」
ネレがニジェルの耳に顔を近づけ、口に手を添えながら遠慮気味に聞いた。
「あのな・・・ネレ、火加減やら材料を混ぜる時やら、本来は“料理の才”を使って材料に魔法をかけるんだ」
「へ、へえ~・・・魔法か・・・“美味しくなあれ~”とか?」
「まあ、そんなもんだ。“才”の発動はそれぞれ違うからな、目の前の物を感じて、どう使うか本人が判断するもんだ。全国の主婦は“才”が無くても“長年の勘”でなんとかするもんだが、“料理の才”を持っている事で同じ材料でより旨いもんを作れるんだ」
「ふ~ん?」
「ルイード、考えるんじゃない、感じるんだ!」
――――どっかで聞いたセリフだな?
「お・・・おうっ! やってみる・・・賄いも大事な学びの時間だもんな」
ん? と、彼の言葉を聞いたナトンが湯を沸かしていた鍋から視線を外し、ルイードの方を見た。
「ルイード、最近変わったね? 仕事終わっても、休みの日も・・・遊びに行ってないみたいだし、たまにシャドンさんと貸本屋で見かけるって聞いてるッス・・・」
興味津々の視線をニジェルにも向けられ、ルイードは口を噤んでフイっと顔を逸らした。
「自分も見ながら勉強させてもらうっス。“才”だけに頼っても全然上達しないから、ネレさんみたいに知識を付けるっス!!」
「おいおい、おまえら段々声がデカくなってるぞ? いいか・・・ネレの能力はちょっとズルいんだ。だから、このカンニング娘のマネはしても無駄だからな?」
「カンニング娘って・・・ひどい」
「カンニングしたら怒られるだろう? だから、このズルい才能は秘密なんだ・・・わかったか?」
――――そうですね・・・怒られますね・・・主にボクが!
すみません。うどんネタが続いていますが・・・ちゃんとストーリーは進んでいます。




