第14話 【雪の剣(ゆきのつるぎ)】 その9
「ふう・・・旨かった・・・珍しいもんが食えてうれしいよ、ありがとさん!」
ゼッテンは腹を摩りながら、満足げに言った。
男達は空になった食器を片付け始める。
「ネレちゃん! ちょっと、ちょっと・・・いい物があったよ」
白月亭の女将が店の中からネレを手招きしながら言った。
「いいもの?」
ジャンに味見用の小さい皿を預け、椅子からストンと飛び降りて、女将の方へと駆け寄った。
女将は手に持った手ぬぐいをテーブルの上に置いた。
「これこれ!」
そう言いながら女将は手ぬぐいを開き、不思議そうにのぞき込むネレに見せた。
「あ・・・包丁? の、刀身?」
手ぬぐいの中にあったのは、持ち手の外された一本の包丁であった。
「これね、この店を開いた時に買った小さめの肉切り包丁だったんだけどさ・・・研ぎまくってこんなに小さくなっちゃったんだよ」
ネレは前世の愛用していた一本の包丁を思い出す。
それは二十歳の時に、たまたま商店街のくじ引きで当たった一本の包丁・・・彼女はずっとその一本の包丁で自宅の料理をしていた。
研いで研いで研いで・・・それこそ刃の鋼の部分がなくなってしまうほどであったが、何故かずっとその包丁を手放せなかった。
そんな夫よりも、娘よりも、付き合いが長かった相棒と言える一本の包丁が存在した。
ちなみに、クレジットカードのポイントで手に入れた陳健一の中華鍋は20年戦士を努めた。
だが、目の前にある包丁には柄が付いていない。
「思い入れのある包丁でね、でも木の柄が壊れちゃってさ・・・修理に出そうかと・・・どお? 刃も小さいし、この鋼も結構いいやつだからまだまだ使えると思うんだけど?」
「いいんですか?」
「もちろんだよ」
「だが・・・その包丁、何回柄を変えた?」
ゼッテンが、ボリュームのあるヒゲを摩りながら覗き込んでいた。
その問いに、左上に目を泳がしつつ女将は記憶を辿った。
「そうだね・・・3回以上は・・・」
「いかんな・・・前科ありか・・・それだとネレ殿が怪我をしてしまう」
「・・・な、なんでですか?」
ゼッテンは包丁の中子をトントンと指でつつき。
「この、持ち手の柄に埋め込む部分を中子と言ってな・・・主に軟鉄で出来ていて、刃の部分は鋼で食品を切る部分なのだがな・・・」
「ふんふん?」
「普通の手入れをしていれば、そう簡単に腐ったり、壊れて柄を取り替えなくても大丈夫なはずなんだが・・・どうやらコイツは木を嫌っているらしい」
『はい?』
女将とネレがゼッテンに声をそろえて聞き返した。
「これを作った鍛冶師に修理を依頼したのかな?」
「え・・・いや、これを作った鍛冶師は死んじまったんで、近所の修理屋に・・・確かに修理の回数は多かったけど使いやすかったから、捨てられなかったし」
「え? これはダメなんですか?」
ネレが不思議そうに首を傾げた。
「ダメじゃないんだが・・・この刀身の金属が・・・木と相性が悪いようなんじゃ」
「相性が悪い包丁って何ですか? そういう“相性”ってものづくりにあるんですか?」
ネレは女将に顔を向けた。
女将は“聞いたこともない”と、首を左右に振った。
「・・・うぬ、ワシの仕事は主に鉱物取引の仲介人でな。鉱物の研究もしておるんだ」
「鉱物取引と研究・・・珍しい職業なのでは?」
「ドワーフの血族は鍛冶師が多いんだが、鉱山調査や、鉱物から抜き出した金属の買い付けやら、運搬費用とか云々で・・・ワシのような交渉人が必要になってくるんじゃよ」
「ふおお・・・そりゃ、広範囲を旅するわけですね」
珍しい職業の情報に興味がわき、ネレの瞳が輝き出した。
「これは軟鉄と鋼がとても良いバランスで打ち込まれているが、もう一つ何か含んでおるな・・・そのせいで性質のかけ離れた木製を拒絶してしまうようだ」
「じゃあ、金属じゃなくても、この中子に木と相性の良い素材でコーティングしたら? そうしたら、木に鋼が直接触れないから少しはマシになるかな?」
「中子を・・・木と相性の良い素材でコーティングか、面白い発想だのう・・・いや、ワシの“加工の才”を使えば持ち手そのものを別の金属に加工できそうじゃな・・・」
「“才”って・・・やっぱり科学を越えた魔法なんですねえ・・・」
「は? カガクってなんじゃ?」
「‟マナシ”の技術です・・・あっ!」
――――口が見事なスライディングしてしまった!
「・・・“マナシ”の技術を“カガク”と言うのか・・・さすが妖精族は知識が広いの」
「ゼッテンさん! ボク妖精族じゃないから!」
「あらネレちゃん、妖精族の血が入ってるの? 本当に人さらいに気を付けなきゃね、貴族に高値で売られちゃうわ!」
女将が心配そうに頬に手を当てながら首を傾げた。
「だからか・・・妖精族は性別が決まってないって言うもんな・・・」
「そうか、ネレは中性か! 大変だな、それじゃどっちと結婚するんだ? っていうか、人間と結婚できるのか?」
「ちょっと! ジャンさん、ビーヴさん、どこまでが冗談なんですか?」
ネレは、次々とみんなにからかわれ、テーブルをバシバシと叩き続けた。
包丁の刀身は、焼うどんのレシピのお礼にと、女将から譲り受けた。
持ち手の加工はゼッテンに正式に依頼する事となった。
ネレがその場で注文書を一筆書き、通常の包丁の半額で良いか? と、尋ねたら、更にその半額で良いと答えた。
ゼッテンはしばらくこの街に住んでいる知り合いの鍛冶屋に世話になる予定らしく、仕上がり次第、白月亭に届けてくれるとの事だった。
白月亭を後にしたネレ、ジャン、ビーヴは貸本屋に立ち寄っていた。
「ビーヴさんのお姉さんは、来年の春ごろが出産予定なの?」
貸本屋の梯子の上の方で、ネレは下で梯子を支えているビーヴに声をかけた。
「ああ、そうだよ・・・無事に生まれてくれればいいけどな・・・」
安全な出産などはない、産褥死などごく当たり前であった。
「出産祝い・・・何がいいかな?」
「気が早いぞ?」
「そう? グエンさんのところはキルティング生地のおくるみを作ろうと思って」
ネレが本を選んでいる間、ジャンはウェメレスに頼まれた本のリストを作る為に、貸本屋の美人店員に細かい質問をしながら真剣にメモを取っていた。
ビーヴはその様子を複雑な心境で眺めていた。
「・・・ねーちゃんは、食いもんの方が喜ぶ」
「あ、そっか! 赤ちゃんの小物もいいけど、お母さんへの気遣いも大事ですよね! 初産は不安で不安でしょうがないから・・・出産の前の差し入れの方がいいかな?」
「なんでネレがそーゆー事を言うかな?」
――――すみません、経験則です・・・
「その・・・父親はほら、家族を支える経済的義務があるけど、母親は生命を守る使命があるから・・・命を預かるって、傷つけそうで怖いって・・・本で読んだから、そうかなぁって思っただけです」
「ふーん? ネレはさ、自分を捨てた親の事・・・恨んでないの?」
「ぜんぜん?」
「なんで?」
「だって・・・ボクは、意図的に良い所に預けられたみたいなので」
「なんだそれ?」
「・・・あの孤児院にいる子供達の共通点は、知っていますよね?」
――――表に出せない血族の子供達
「え?」
「・・・門をぶち破って、城の中に子供を預けるなんてすごいですよね」
「もうそれ、城の七不思議に推薦したいよ俺は」
――――わざわざ、話題性を呼びそうな預け方、まるで外面のいい城の人間の対処の仕方を狙ったとしか思えない。
「いや・・・切羽詰まった母親は、できるだけ好条件の保育園に子供を入れる為に住民票を迷いなく移す!」
「は?」
「そして、政治家を利用することも厭わない!」
――――選挙権はそういう事に使うものだ! 知り合いに電話一本して貰うだけ!
「おいおい、物騒だな?」
「お母さんは最高級の孤児院にボクを預ける為に、最善の努力をしたと言う事ですね」
「あのさ、旧東門を調べても、武具を使用した痕跡はなかったんだ。あの門を肉体のみで破ったとしたら・・・」
「え? “才”ってそういうものなんでしょう?」
「いや“才”って、いくら何でも人間の許容量を超えることはあり得ないんだぞ? もの凄く身体を鍛えているゴリラみたいな格闘家とか、空間を曲げる魔術師とか、・・・歴代のなんちゃらクラス?」
「へ? そうなの?」
「人間としてあるはずのない“筋力”を持っている人間なんて・・・おかしいだろ?」
「おかしいの?」
――――今、キミの目の前に、あるはずのない“記憶”を持った幼児がいますが?
「はい、そこまで! ネレの辿り着いた答えでいいじゃないか」
「そうだな・・・今更、調査部隊が動くわけでもなし」
「・・・門、蹴破るって・・・きっと何かの間違いだよ」
「それもそうだな? 見たヤツが居たわけでもないし」
――――キミ達の目の前に“見たヤツ”がいますけど・・・?




