第13話 【肌肉玉雪(きにくぎょくせつ)のような?】 その10
「面倒くさい・・・」
コルシックは兵舎の石造りの牢屋へと続く階段を、セリアと共に降りていた。
「コルシック様、さっきから独り言が多いですよ」
「罪人の調査など私でなくともできるだろう?」
「何言ってんですか、いい加減な指示で、給料泥棒みたいな報告書を書かせちゃったのは誰ですか?」
「う・・・」
調査の為だと、大手を振って経費でウドンを食べに行った二人だが、まったく誘拐事件や奴隷商人などの情報は仕入れられず、報告書の作成に掛かった人件費も棒に振った。
牢屋に入っているウェメレスの調査書を部下に作らせたが、まったく事件調査の進展がなかった。
それどころか・・・牢屋に入っているのは別人だと言う疑いまで出て来たのだ。
前を歩き、貴族の二人を兵士のジャンが案内していた。
「あー、君、この牢屋は何室で、現在は何人が入っている?」
ジャンが、牢屋の前室で足を止め、第1の鍵を手にしながら答えた。
「全部で5室です。現在はウェメレス様お一人です。」
「前は6室だったぞ」
「最近改築しまして、防音や各部屋に水道を整備した理由で広さが必要となりました」
「水道・・・ここが1番早く工事が済んでいたのか・・・」
「おおっ、西側もうかうしていられませねぇ」
コルシックとセリアの会話に、ジャンは黙って微笑むだけだった。
牢屋の前室を通過し、第2の牢屋側の鍵を開けた。
「東側の牢屋はこんなに綺麗になったんですか・・・西側は相変わらず古くて臭いんですよねぇ」
セリアが意見を求めるように上司のコルシックの顔を見た。
「ふん・・・西側は酔っぱらいの反省室のようなものだ」
「まあ、貴族の専用のお綺麗な部屋もありますからね・・・」
石畳のヒンヤリとした廊下の一番奥の部屋に案内され、二人は檻の中を覗いた。
毛足の長い若草色のカーペット、猫足の上品な一人用テーブル、暖かそうな高級羽毛布団が掛けてある石造りのベッド・・・先日ガラスがはめ込まれたばかりの、小さな窓の近くでゆったりと椅子に座り、本を膝の上に置き、うたた寝をする貴婦人が居たのだ。
「おい! どこの貴族のご夫人がこんなところで・・・」
「ウェメレス様です」
そう答えたジャンに、「ひゅっ!」と、驚いて空気を飲んだコルシック。
「う~ん・・・瘦せましたね? ご体調は大丈夫なのですか?」
「ええ、健康そのものですよ?」
落ち着いて質問するセリアに、再びジャンが答える。
「え・・・待て待て? 冗談だろう? ウェメレスはもっと・・・」
「すごいですね、どうやって痩せたんですか?」
セリアは興味津々でグイグイとジャンに迫った。
「ああ、カロリー控えめの食事と、朝晩の運動習慣ですね。今まで忙しくて運動不足だったようなので、見張り付きで兵舎の運動場と採取の森の散歩を日課にしています」
「ええええええ~?」
コルシックの眼球が僅かに揺れた。
「同じ女性として、大変興味深いです・・・肌もツヤツヤしていますね!」
「玄米や野菜を中心にして、肉の脂身は最小限にした食事にしていますからね」
「ええええええ~!?」
「規則正しい生活も大事ですからね。以前までは夜更かし早起きで、肌は相当乾燥していたようなので、お風呂の後はココナッツオイルを薄く全身に塗ってマッサージをご自分でされていますよ」
「ほう・・・ココナッツオイルですか! 私も今度試してみます」
「髪にもすごくいいんですよ」
セリアの両肩がピクン、と上がり、ひょんと、セリアは言葉を失っているコルシックに顔を向けた。
「あ、コルシック様、私、急用を思い出しました! ちょっと街まで用事が出来たので今すぐ帰ります!」
「は? ナニ?」
二人の会話に頭がついて行かないコルシックが聞き返したが・・・セリアの姿は既になかった。
セリアの足音が遠退き、牢屋に静けさが降りて来た。
「あ・・・ちょっと聞きたいんだが、ここの牢屋内の調度品が何故こんなにも貴族レベルに良い物なのだ?」
「ああ、それはですね。西側からの不用品を引取って、置き場所がなかったもので、ここの牢屋に収納していました」
「収納? 西側の不用品?」
「お言葉ですけど・・・俗に言う貴族院でお勤めの高位の方々は、世代交代する度に執務室や接客室、果ては会議室の家具を新調なさるので、東側にほぼ無料で寄付して下さっていますよ?」
「そうなのか?」
「あの・・・先ほどの方に資料は提出済みですが・・・」
「なっ! せぇーりぃーあぁーめぇえええっっっ!!」
その響くコルシックの声に、読書中に居眠りをしていたウェメレスがビクリと、反応して目を覚ました。
ウェメレスが逮捕された翌日に、牢屋内にあった木箱が荷解きされたのだ。
まるで、何かを予感するかのようにそれらは選び抜かれていた・・・すでに兵舎のこの牢屋は、特に水回りを中心に改築が完了されていた。
トレフルも、ソールも、東側の重要な人物はまずこの牢屋に入れられると考えていたからだ。
そして、何度も秘密のティールームで打合せを繰り返している。
だが、水回りの建築に関して、トレフルはネレの存在を隠し通した。
敵を騙すならば、まずは味方から・・・トレフルは何かミスを犯せば他の貴族に上げ足を取られ、自分が牢屋に入れられると考えていた。
何故ならば、この水道事業が巨大な覇権争いを孕むであろうと予測していたからだ。
これは、城内の東側だけの水道工事だけでは収まらず、ネレの発案から始まった技術が国全土に及ぶ技術に成り代わるからである。
水の覇権を手に入れられたはずのネレ本人は、まったく自覚していないようである。
ジャンは数日前にダフネに“ネレちゃん、初のお買い物!”の報告書を提出した時に、シャドンと共にトレフルの執務室に呼ばれ、誘拐の木箱の件も含め、事件の答え合わせをした。
トレフルはソールに、城内の孤児院・・・つまり“この星の意思”の権力を削り落とす貴族達の派閥に気をつけるようにと、注意を促していた。
ネレが持つ知識をソールが知ってしまえば、シスター達や孤児達を守る為にネレを犠牲にしてしまう可能性もあった。
それを踏まえて、トレフルは防御策を進めていたのだが・・・無実の罪で捕らわれたのは、ウェメレスだった。




