第13話 【肌肉玉雪(きにくぎょくせつ)のような?】 その4
大人が三人も入ると、すれ違うのも難しい狭い厨房に案内された。
女性の標準的な背の高さに合わせられた、手作りの棚に、立ったまま作業しやすい物の配置、よく手入れされた鍋達、サイズが統一された皿の数々が目に入った。
二歩けば必要な物は手に取りやすく、狭いなりに作業効率がバツグンの厨房であった。
ネレはその整頓された厨房に、思わず感嘆の吐息を洩らした。
「素晴らしい! これぞ作業効率の洗練された台所ですね!」
「おおっ! この厨房の良さが分かるか、坊ちゃんっ!」
「ごめん、ネレ・・・俺には分かんねぇわ?」
「俺も、料理については・・・」
「料理店の売り上げは、物の配置で七割決まるとい言いますが・・・」
「みなまで言うな坊ちゃん・・・分かってる、料理の味が・・・マイナスなんだろう?」
グエンが自分の情けなさに涙ぐんでいる。
ネレはぐるりと厨房を見回す。
「えっとぉ・・・いつも奥様が愛用している、匙とか測りとか、コップとかありますか?」
「ん? ああ、このコップと、匙なら料理をする時に使っているぞ」
そう言って、壁に吊り掛け収納していたコップと、匙をネレに渡した。
「ふんふん・・・なるほど、300㎖の銅マグですね・・・こちらは大さじ一杯15㎖程ですね・・・」
狭い厨房をウロウロしながら、足元の戸棚を眺め、調味料などを調べはじめた。
「ショーユと・・・砂糖と・・・それと米からできたお酒はありますか?」
「ショーユは使った事がないが、砂糖と、米から作った酒? うん、こないだ丁度、常連さんに貰った物が二種類あるぞ?」
グエンはとりあえず背の低いネレの為に、踏み台を準備し、厨房の作業台に二本の酒瓶を並べた。
「ビーヴさん、さっきのショーユの大きい方を持ってきて下さい」
「了解!」
ビーヴが厨房からホールに出て行った。
「グエンさん、これ味見したいのでちびっとずつ小皿に移して下さい」
「坊ちゃんが味見? 大丈夫かい?」
「はい、ひと舐めぐらいしかしません。ジャンさん、そこの小鍋を火にかける準備をお願いします」
ネレの指差した先の鍋を、ジャンが手を伸ばし取って見せた。
「・・・分かった、これだな?」
「ジャンさんありがとう。グエンさん、豚肉とニンニクと・・・できれば長ネギはありますか?」
「豚肉とニンニクはあるが・・・薬味代わりの細い青ネギならあるぞ?」
「じゃあ、青ネギは細く刻んで下さい。そして・・・豚肉100gと、ニンニクはひとかけの半分ぐらいでいいので適当に薄切りにお願いします」
「お、おう!」
二本の酒瓶と、小皿に入った味見用の酒が踏み台に乗ったネレの前に準備された。
二つの酒を味見する・・・一つは透明な酒、もう一つは少し黄色い酒だった。
グイ、グイ、と二つを喉に流し込むネレの姿に、ショーユを抱えて戻ってきたビーヴも、ジャンもグエンも唖然とした。
「ん~・・・やっぱり透明な方は米焼酎かな? こっちの黄色い方が日本酒に近いかな? あ、すみません! お水下さ~い! ケホッ・・・」
ショーユを作業台に一旦置いたビーヴが小走りで水の入ったコップをネレに持ってきた。
その水を一気に飲み干し、ぷはっ、と一息つく。
「はあ・・・グエンさん、小鍋の前にスタンバイお願いします」
グエンは言われるがまま、小鍋を置いた魔道コンロの前に立った。
「では、こちらの匙に砂糖を山盛り三杯、銅マグにこのショーユを一杯、そしてこの米の酒を一杯、小鍋に入れて下さい」
恐る恐る、グエンは言われた通りの分量を小鍋に入れた。
「い、入れたぞ?」
「火にかけて一度沸騰したら、火を止めて下さい」
ショーユ・日本酒を一対一、大さじ山盛り三杯を鍋で沸騰させ、アルコールを飛ばしつつ、少し煮詰める。
そして、火を消して置いておく。
パスタ用に準備していた小麦は、普段魔力器具でこねて細いソーメン状にしているというが、ネレの麺の作り方は違った。
小麦・水・塩を使って、ウドンを打ち始めたのである。
「ああ、もおっ・・・ちょっとぉ! ここ狭いし、ボクじゃ腕の長さが足りない! すみませんがまな板と片栗粉を準備して、ホールで打ちます!」
「打つ? って何をだ?」
ホールのテーブルに、大きなまな板を準備し、グエンにウドンの種をボールの中でコネまくるように教えた。
ひと段落した種を、まな板の上で濡れ布巾で包み、小休止となった。
「とりあえず半刻ほど、この生地を寝かせます」
「じゃあ、茶でも淹れるわ」
グエンが淹れた温かい麦茶で、四人は客用のテーブルに腰かけ一息ついた。
ほう・・・と、温かい麦茶を啜り、ゆっくりとした時間を過ごす・・・はずだった。
「おい!」
空になった皿を見せながら、アベジが何故か自分の存在をアピールしてきた。
「なんだ・・・お客さん、まだ居たの?」
呆れたようにグエンが言った。
「ま・・・まだ居たって・・・」
「ええ? もう食事終わったんだろう? なんで居るの?」
ビーヴがいつも通り直球の質問をした。
「な・・・なんでって・・・」
アベジが両目の端に涙を溜め始めた。
「結局、何しに来たんですか・・・アベジさんとやら?」
どう考えてもバカにされている感を否めないジャンの質問。
アベジは下唇を噛みながら、小刻みに肩を震わし始めた。
「何しに・・・って・・・私は仕事で・・・」
「おじさんの仕事って、なあに?」
とりあえずネレは子供っぽく質問してみた。
「私は・・・おじさんでは無い!」
「いや、ネレにとっては充分におじさん認定だろ?」
ビーヴの言葉にショックを受けながら、涙声でアベジはネレを指差した。
「オマエだよ! オマエが噂のブロンシュに会いに行くかどうか調べてたんだよ!!」
「はあ・・・ブロンシュ? 何それ? おいしいの?」
「ぐあああぁっ!! このガキ、めっちゃぁ腹立つわあぁっ!」
両手で頭を押さえ、アベジはその場で身体を後ろに反らせながら叫んだ。
「なあ、ジャン・・・ブロンシュって何?」
「ああ、二人とも知らないのか? 最近、トレフル様が雇った技術士らしいぞ」
「それが“ブロンシュ”って人なの?」
「って、俺は隊長にきいたけど? 主に東側の水道工事に一役買ったとか」
「・・・・・・東側区域限定でな!」
アベジが会話に加わりたいのか、ぼそりと呟いた。
「そう言えば、地下牢が随分と最新式っぽい水洗トイレと・・・いつの間にか豪華な風呂もできてたけど・・・」
頬杖を付きながら、ジャンがネレの方を見た。
「ネレ・・・そういえば、ウェメレス様が捕まる前に、あの風呂入ってなかった?」
「は・・・はい」
「ええっ! ずっるーい!」
「あの・・・たまたまなんですけど、あそこに黒湯の源泉が・・・」
「黒湯ってなに?」
「温泉です」
「なんだってぇぇえっ!」
「それ聞いてないぞ!?」
「いえ、それはまだ試験段階なので・・・ボクからはなんとも・・・」
「え、じゃあ今頃・・・ウェメレス様は・・・」
「たぶん、黒湯を堪能しているのではないでしょうか?」
『何それ!!』
ジャンとビーヴがハモった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・スマンが、話を戻して貰っていいかな?」
グエンが、静かに言った。
ネレが、ハッとして椅子から降りてウドンの生地をつついて見せた。
「うん、いい具合に水と小麦粉が馴染んできましたね・・・グエンさん。もうひと練りお願いします」
グエンがまな板の上でもうひと練り済まし、もう10分ほど寝かすことになった。
ネレとグエンは冷めた麦茶を啜る。
「ふう・・・」
「“ふう”・・・じゃない! そこのガキンチョ! オマエの正体を言え!」
アベジがネレを再び指差しながら声を出した。
「ジャンさ~ん、あのおじさんがボクの正体を聞きたがってますけど?」
「んん? また俺が説明するのか・・・」
「いや~、なんかボクが説明しても信じて貰えそうになくって・・・」
「そうかもな、では、手早く済ますか」
ジャンは椅子に座ったまま、クルリと身体の向きをアベジに向け、ネレをひょいと自分の膝の上に置いた。
――――なにこの体勢?
「アベジさん・・・この子は・・・」
「この子は?」
仁王立ちしていたアベジは拳を握り、つばを飲み込んだ。
「口が達者で、かなり生意気な上、器用貧乏な、天才児だ!」
そう言われた本人はキョトンとしている。
「何故そんな事が言い切れる!」
仕方がないという感じで、ビーヴが同じく椅子に座ったままクルリと身体の向きを変え、アベジと向き合った。
「あのなあ・・・こいつのオムツ替えの時から俺達ずっと成長過程みてるのよ? 分かるに決まってるだろうが・・・」
――――済みません・・・その節は、大変お世話になりました・・・




