第13話 【肌肉玉雪(きにくぎょくせつ)のような?】 その3
その日は久しぶりの晴れの日だった。
空は優しい青色で、吹く風は少々涼し過ぎるほど、秋色に染められた木の葉はしっかりと小枝にしがみついていた。
こんな肌寒い日は、厨房から出てくる温かな湯気が食欲をそそる・・・はずだった。
そのスープパスタと呼ばれた代物は一見そうかも知れない一皿であったが・・・お世辞にも美味しいとは言えない。
「なっ? どうだ、ネレ?」
「どうだって・・・言われても・・・」
ビーヴの期待に満ちた眼差しに、ネレは戸惑の色を浮かべた。
二人の皿は既に空になっていたが、ネレの小さい皿は半分も減っていなかったのだ。
現在、この店のメニューはとある事情により、このスープパスタ一種しかできないという。
気が付けば、店主であるグエンがネレを見下ろしていた。
何か言われるのではないかと怯えつつも、覚悟を決め、残りを平らげた。
「おい、ネレ・・・無理しなくていいよ、子供にはちょっと辛いだろう?」
ジャンがそう言うと、店主のグエンが程よく冷えた甘いレモネードをネレの前に置いた。
「あの・・・」
「サービスだ、飲め」
「ありがとうございます。いただきます・・・」
口直しに、丁度よい甘味が喉に染み渡る。
三人の向こう側に、いつの間にかあの男が客席に気配を消しながら座ってこちらを見ていた。
今度はしっかりとネレはその男と眼を合わせた。
既にこれは偶然とは言い難い――――。
「ねえ、あのおじさんはお客さんじゃ、ないの?」
「いつの間に・・・こりゃ失礼・・・」
店主がその男の存在に気が付き、そのテーブルの傍に立った。
「いや、あの・・・」
男が慌てて、か細い声を出した。
「お客さん、店内ではその“才”は使用禁止な?」
店主のグエンのその一言で、ジャンとビーヴが即座に立ち上がり、剣の鞘に手をかけた。
――――またしても“才”ですか・・・
ネレは大人しく椅子に座ったまま、ひりひりする口を鎮めようとレモネードを少しずつ飲んでいた。
「ご来店は初めてかな? 水は勝手に汲んでくれ、ここは先払いだ、一杯大銅貨4枚だよ」
「あ、あ、わかった一つくれ」
男はオドオドしながら注文し、懐から大銅貨4枚を出しテーブルに置いた。
「おい、アンタ・・・どう見ても平民じゃない身なりだな?」
ビーヴが怪訝そうに睨みを効かせる。
「その人、本屋からずっとついて来ているけど、誰かのお知合いですか?」
ネレの言葉に二人は驚きを隠せずにいた。
「なんだって? じゃあ、城からずっとか!?」
「い、い、いやあの・・・私も仕事で・・・」
――――・・・“仕事”って言っちゃったよ、この人!
「ほう? 仕事で“才”を使いつつ俺達を尾行していたと?」
ジャンが、男の方に一歩足を進めた。
「・・・飲食店で“地味の才”発動されると営業妨害だから、今度やったら憲兵呼ぶからね」
グエンがそう言ったのは“国家憲兵隊”・・・いわゆる警察の事だった。
「地味の才ってなに?」
「地味は地味だよ・・・格好良く言うと気配を消すって事だけど・・・でも、才に頼りすぎると、あっという間に見つかるからな」
そしてジャンの台詞に付け足すように、低い声で「ビーヴとは違うがな・・・」と、呟きながら店主は厨房に戻り、男三人は三竦みのように固まっていた。
「ねえ、ビーヴさん、このスープパスタって、本当にスープパスタの分類に入るの?」
「え?」
ビーヴがネレに名を呼ばれ、振り向いた。
「なんか、油っぽくて、酸っぱくって、しょっぱくって、辛くって・・・スープのベースがよくわからないんだけど?」
ビーヴは妖し気な男と、ネレを交互に見ながら混乱した。
「えっと、アイツはどうする?」
「それ・・・ボクに聞いてどうすんの・・・放っておけば? 今はこの店にボクを連れてきた理由を知りたいんだけど?」
剣の構えを解いたジャンが、身体を翻して黙って席に着いた。
「ん、わかった」
ビーヴはジャンと眼を合わせてから、席に着いた。
怪しげな男は、“才”の力ではなく、意識的に全員からスルーされた。
男は「え? なんで?」と言う顔で、寂しげにネレ達を見ている。
「さっきの店長さんですか? すごいですね、一発で“才”を見破りましたよね?」
「あのおっちゃんは元ニジェルさんの親衛隊だからな、戦場でそーゆーのは慣れてんだ」
ビーヴが軽く答えた。
「親衛隊? 何それ?」
「ニジェルさんは、“戦場の料理人”って言われててな、戦争の勝敗の決め手を作る凄腕の調理師だったんだ。戦時中にニジェルさんの為に護衛部隊が結成されてな、それが通称‟ニジェル親衛隊“ってワケ」
「別に陛下の命令とかじゃなくってさ、自動的にニジェルさんの周りを固めた兵士の一人だったんだ」
ジャンがビーヴの説明に付け加えた。
「なるほど、だから“親衛隊”なのかあ・・・」
――――まあ、確かにカリスマ性はあるよね。性格アレだけど?
「じゃあ、ネレはなんであいつに気が付いたんだ?」
「わかんない、貸本屋の梯子の上からあの人が見えたんだ」
「ああ・・・なるほど・・・彼の支配領域から、たまたま外れたんだね」
「“支配領域”?」
「“才”の力が及ぶテリトリーの事さ、ネレが高い梯子の上に居たことで、魔力が届く範囲から偶然外れたんだ、“地味の才”は一旦相手に認識されてしまうと効果がほとんど無くなるそうだからね」
「本当に“地味な”だけなんだね・・・」
「地味・・・」と、言いつつ、三人は後ろの男を静かに見詰めた。
「うん、確かにやせ型のどこにでもいるような、生気のない地味なオッサンだ」
「オッサン言うなっ! これでもまだ29歳だ!」
男はテーブルを叩いて見せた。
「お名前は?」
ネレが軽く質問をする。
既に見張られているという緊張感は消え失せていた。
「平民に名乗る名などない!」
「じゃあ、オッサンで」
「オッサンではない、アベジだ!」
「あ、ボクはネレって言います」
「知っている!」
「俺はジャンです」
「聞いてる!」
「俺はビーヴって言います」
「知らん!」
「ひどい! そんなん先に調べとけばいいじゃん!」
「いや、三流の追跡しかできないんだから、そこまで調べないだろう?」
「・・・あ、そう言えばそうだね」
「なんだその哀れみを含んだ視線はぁっ!?」
ゴトン、と、アベジの前に店主のグエンが料理の皿を置いた。
「お客さん、お静かに願います」
「あ、ああ・・・すまん・・・」
アベジが一口スープを啜り、動きを止めた。
それを見届けた、店主のグエン、ジャン、ビーヴが、ネレの目の前の席に並んだ。
「で? ネレ、料理どうだった?」
いつも通り、ビーヴは直球の質問をした。
「え? 店長さんの前で言うのそれ?」
「うん」と、三人の男が頷いた。
――――マジか!
「あ~、ん~と・・・さっき言った通り、油っぽくて、酸っぱくって、しょっぱくって、辛くって・・・スープのベースがよくわからないです」
「ふむ、麺は?」
店主のグエンが先を促した。
「茹で過ぎです」
「そうか?」
「温かいスープに入れて出すことを考えると、食べている間に麺が伸びてしまいますから、少し短めの茹で加減で良いと思います」
――――って言うかこれ、ボクの知ってるパスタじゃないし、どっちかってゆーとソーメン?
「スープのベースは鶏ガラだ」
「鶏ガラ・・・、熱によって酢などの調味料は味が変化しますから、入れるタイミングは気を付けないと、酸味をまろやかにしたい場合は最初の過熱の時に入れる事が多いですね」
「そうか? じゃあ、嫁さんはまろやかにするために工夫してたのか・・・」
「要は最初から全量を混ぜないで、好みに合わせて、辛みや酸味のある調味料を追加分として別に出してはいかがですか? せっかく鶏ガラでスープを作ったのなら、塩と胡椒をある程度入れて、風味を確認してからでないと配合を間違えて味が死んでしまうと思います」
「なるほど、客の好みはそれぞれだしな、子供も食べる事も考えるとその方が良いのか!」
「ベースのスープをワンランク上げるには昆布があるといいですね」
「コンブ? なんだソレは?」
「ちょうど今日、ニジェルさんがおにぎり用にとろろ昆布を作ってたんですけど・・・もうないだろうなぁ」
「待て、坊やはあのニジェルさんの知り合いなのか?」
「知り合いと言えば、知り合い?」
ネレは首を傾げて見せた。
「あ~、おっちゃん! この子ねえ、ニジェルさんとお昼寝するぐらい仲いいよ!」
「なに! 完全無欠のニジェルさんとお昼寝だと?」
「完全無欠って・・・どこが?」
ネレは逆方向にコテン、と首を再び傾げた。
「ネレ・・・城の厨房事情はみんな知らないから・・・」
「あ、そう?」
「まあ、戦争の英雄伝説って言っても、ネレは産まれてないし、俺達も戦時中のニジェルさんは知らないからなあ」
「ちなみになんですけど、コレは油を入れ過ぎですよ。余計な油は取り除かないと、せっかくのスープの風味が全滅してしまいます」
「風味が・・・全滅・・・」
店主のグエンが肩を落とし、完全に下を向いてしまった。
「あの・・・ボクみたいな子供に意見を求めるなんて、何か理由があるのですか?」
ぐわし! と、ネレの小さな手を取ったのはビーヴだった。
「よくぞ聞いてくれた! ネレよ!」
実は・・・と、ビーヴが言いかけたが・・・。
「詳しくは説明の上手いジャンから・・・」
「俺かよ!」
結論から言うと、兵士上がりのグエンには“料理の才”がない。
実は先月から“料理の才”を持っている妻が臨月で実家に里帰りしていた。
とりあえず、跡継ぎの息子とその嫁が手伝っていたが、これまた息子も “料理の才”がなく、その嫁・・・実はビーヴの姉が切り盛りしていたが、先週に妊娠が判明、安定期までの体調を考慮し現場を離れ、体力バカだけがこの店に残された状態であった。
「・・・と、いう訳で、自慢のスープパスタがこの状態で閑古鳥が鳴いていると?」
「その通り!」
ネレの質問にグエンがズバリと言わんばかりに答えた。
「鶏ガラスープも上手く取れない体力バカが、二人しかいない料理店ってどうよ?」
ビーヴは両手をひらひらさせ、お手上げ状態を表現して見せた。
「絶望的かな?」
と、五歳児らしからぬ解答である。
『・・・・・・・・・・・』
目の前の三人が下を向き、テーブルを見つめ無言となった。
「二人が戻ってくる前に店がつぶれる・・・」
グエンが悲しそうに呟いた。
「じゃあ、鶏ガラなんて作らなきゃいいじゃないですか」
「へ? 何言ってんだよ!」
と、ビーヴが声を上げた。
「スープパスタはボクの専門外ですし、ここの代表の料理人は奥様なのでしょう?」
「そうだが・・・」
「その味を変えてしまったからこそ、客足が途絶えてしまったのでしょう?」
「そうなんだが・・・」
「じゃあ、期間限定のメニューで対応すればいいじゃないですか」
『期間限定?』
三人の声がそろった。
「おい!」
後ろから、パスタスープ一口で動きが止まっていたアベジが声を出した。
「これ、残していいか?」
「うるさい! 黙って完食しろ!」
と、ビーヴ。
「いま大事な話してんだよ!」
と、迫力のある真剣なグエン。
「空気読め!」
と、ジャンが切った。
「・・・わかった。頑張ってみる・・・」
「よしっ!」
――――いや、グエンさん「よしっ!」じゃない・・・とりあえず客だよね?
「ちなみに、息子はどこ行ったの?」
ジャンが確認をした。
「日雇いで稼いでる」
『・・・・・・・・・』
――――つまり、日銭を稼ぎにアルバイトをしていると?
グエンに注がれた視線が、そのままネレに刺さった。
「ボクのアイデアが上手くいくとは限りませんよ?」
「何もしないよりはましだ」
「こんな子供に頼む事じゃ・・・」
「ダフネさんが言っていた、困った時は」
「ネレ頼み!」
ネレは深く長いため息をこぼした。
「いいえ・・・困ったときはお互い様です。厨房に入って材料を確認させて下さい」
わっと、三人は喜びの声を出し、ゾロソロと四人で厨房に入って行った。
取り残されたアベジが皿を持ったまま、厨房を覗こうと上下左右に身体を椅子から浮かせていた。




