第12話 【氷雪に綴る王への手紙】 その4
捜査専門の文官コルシックは、トレフル専用の執務室に捜査の名目で二人の部下を従えて入室してきた。
「東側統括責任者のトレフル管理官、其方の仕事場を調べさせてもらおう」
「どうぞ、構わないが私の罪状は存在しないのだから、調べた物や書類は必ずページ一枚のずれもなく元に戻すように、それは必要最低限のマナーだ。それぐらいはお互いの業務の重要さとして知っているな? コルシック」
書類がうずたかく乗せられた机の席にしっかりと腰を落ち着けたまま、薄茶の髪色をしたトレフルは無表情に答えた。
「・・・おい、二人ともわかっているな? 動かした物は必ず元通りにするように、こちらは捜査に協力してもらう立場なのだから」
「ええっ? 無茶な・・・」
そう言われた部下達は、室内の膨大な資料に腰が引け始めた。
「いいから始めろ!」
「は・・・はい!」
もたもたと家探しを始める文官を無視しながら、灰色の上下の子供用文官服を着こなしたネレが、執務室内で忙しなく書類の整理をしていた。
「ロティス様、この書類の順番を時系列に並べ直しておきましたので、ご確認お願いします」
「ああ、ありがとう! これで書類が探しやすくなったよ、次はこっちをお願いしたいんだけど・・・」
ロティスは机に盛られた大量の書類を指差した。
「はい、かしこまりました。え~と、この伝票を提出した部署ごとに分けて、経費購入品と、仕入れ商品に分けてから、時系列に綴じ直しますね!」
「すっごい助かるぅ!」
「あ、年度ごとに分けますから、書類の左側に穴をあけて紐で綴じて、表紙をつければ良いですか?」
「うんうん、そうして!」
自席で伝票を帳簿に書き写しながら、ロティスはネレに書類整理の指示を出し・・・というよりも全面的にネレに頼っていた。
「ほう」と、調査を始めていた部下は二人の会話に関心を寄せた。
「何をしている、手が止まっているぞ!」
「はっ、申し訳ありません・・・」
ネレは自分専用の低い作業台で、書類整理をしていた。
コルシックはその小さな指先を、精密な時計の歯車を見比べるかのように眺めている。
「なんだ? コルシック・・・捜査の名目なら、いちいち身分の下の者が其方に挨拶しなくても問題ないはずだぞ?」
「そ・・・そうなのは分かっているが・・・ここに子供がいるのが不思議でな」
コルシックは長い袖で、両手を隠しながら腕を組んだ。
「ああ、すみません。トレフル様、ご挨拶しても?」
身分の低い者から、上の者に直接話しかけるのは許しが必要であったと、ネレは思い出した。
「よい、私が紹介する。ネレはそのまま作業を進めてくれ、その作業は急いでいるんだ」
「はい、トレフル様」
ネレは再び作業に集中した。
「コルシック、その子供はネレと言ってな、魔力が低すぎて‟鑑定の才“でも何の“才”を持っているのかは、不明のままなのだ」
彼はトレフルの説明に眉を上げて見せた。
「其方の“鑑定の才”で判らないだと? “マナシ”ではないのか?」
「お言葉ですがコルシック様・・・その“マナシ”がこの膨大な書類を整理できる能力を持っているという事になりますが?」
ロティスがトレフルの意見を信じさせるように援護射撃の発言をした。
「むむっ! 確かに有り得んな・・・」
ネレはシャカシャカと伝票整理を進めながら、大人達の会話を聞いていた。
――――トレフル様が答えてくれて良かった・・・そうか、ボクは‟魔力が低すぎて鑑定ができない“という設定になったのか!
「ふむ・・・良い仕立ての服だな・・・どこの子供だ?」
「孤児院です」
トレフルが書類にペンを走らせながら、しれっと答えた。
「なんだと? 孤児を文官室に出入りさせているのか!」
「ええ、そうですよ」
「何故だ?」
「何故って・・・この子は文字も数字も読めるし、掃除・洗濯・書類整理にお茶の淹れ方など、完璧だからです。無能なコネ文官よりよっぽどよく働きます」
「なんだって? こんな小さな・・・」
「お言葉ですがコルシック様、それでもこの子を“マナシ”とでもお思いで?」
「・・・なるほど、少ない魔力をより高度な“才”に変換できる子供か」
コルシックの黒い瞳が何かを見つけた様に光った。
「コルシック・・・」
「なんだ? トレフル」
「其方は在るはずのない罪を探しているのか? それとも・・・別の何かを捜しているのかな?」
ネレの手が静かに震えた、二人の会話を聞き逃すまいと耳だけに神経を集中し始めた。
相変わらず無表情なトレフルは右手でペンを走らせている。
「“在るはずのない罪”か・・・其方が人身売買の片棒を担いだ証拠の品がないと言いたいのだな?」
「あの・・・失礼を承知で聞かせて下さい。文官様達は何の書類をお探しで? ボク、今なら何の書類がどこにあるのかすぐに答えられます」
「ネレ! 何を言っているのだ!?」
トレフルが驚きの声を上げ、思わず立ち上がった。
捜査に来た三人が、その発言に唖然としたが、コルシックは静かにネレに視線を落とした。
「奴隷商人に孤児を売り渡したという証拠だ」
間入れずネレは答える。
「そのような書類は在りません・・・ここにあるのは城内の経費書類と、仕入れ伝票と、備品の財産管理書類、設備用の計画書、取引業者との契約書、東地区での予算企画書、場内チャリティーの商品販売明細、西地区からの不用品引取り書、東地区の雇用個人情報などで、人身売買の記録はありません。また、納税における法律の資料として書籍があります・・・他にご質問はございますか? ああ・・・そうか、とりあえず誘拐されたセレポレの雇用個人情報の書類を今すぐお出ししますね」
「なんだと・・・」
ネレは部屋の仕切りの向こう側にある書棚から、書類を一冊取ってきて、家探しをしていた捜査官の一人にそれを渡した。
「すみません、今の段階ではこれしか示せる資料がありません。あと、取引業者との契約書に、取扱品目が書いてあるので、それもお出ししましょうか? 全て持ち出し禁止の書類なので、この場で複写して下さいね? じゃないと・・・」
「宰相補佐官のジェラニオ様に捜査上の不正行為だと告発します!」
ロティスが大きめの声を出して言い切った。
捜査官の部下達はオロオロしながらコルシックに視線だけで助言を求めた。
「お前達、今すぐその雇用名簿をこの場で全て複写しろ」
「ええええっ! 千人以上いるんですよ?」
「応援を頼め、あと10人ぐらいいればすぐに済むだろう」
「は・・・はあ、ここでは狭すぎますし机が・・・」
「トレフル、こちらの会議室を作業場として使用させてくれ、それぐらいは協力してもいいだろう? 其方とウェメレスの無実を晴らす為だ」
「かまいませんが・・・取引契約書も全て複写するおつもりで?」
「えええっ!? コルシック様、それもですか!!」
捜査官の部下二名は青ざめながら悲鳴に近い声をあげた。
「そうだ! 其方が証拠隠滅を図らない為に何の書類を探していたが言わなかったが・・・そこの子供にあっという間に見破られてしまったな」
トレフルはゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「ちなみに、私個人が奴隷商人と取引した履歴もないし・・・また偽造した書類を増やさないで下さいよ」
彼は不機嫌そうに再び書類にペンを走らせた。
コルシックは眉間に皺を寄せて、深いため息をこぼした。
「トレフル、もっとうまく生きれば今頃、其方が宰相補佐官の秘書になれただろうに・・・」
「貴族院のくそジジイ共にいちいち合わせていたら、こっちが先に老衰であの世行きだ」
「言ってくれるな」
コルシックは部下に眼で合図をし、出口に身体を翻した。
「一旦、こちらは態勢を整え直して来る・・・それと」
「なんだ?」
「今夜の夕食はこちらの会議室で戴くので、10人分をこちらの食堂で注文しておいてくれ」
「そっちの経費持ちだろうな」
「当たり前だ、賄賂だのなんだのと後ろ指差されるのはゴメンだからな」
「わかった・・・注文しておく、毒なら盛らないから安心しろ」
「それは良かった・・・それと」
「こんどはなんだ! デザートもちゃんとつけるぞ?」
「デザート? いや・・・どうやら、どこかの誰かさんは、その子供とセレポレを間違えて攫ったようだな?」
「な・・・なにっ!?」
トレフルのペン先が根元から折れた音が執務室に響いた。




