57 突然、生命の危機に陥るのは勘弁してもらいたい!
「随分と遅かったな、アヤノよ」
「うん、ちょっと道に迷ってね」
路地裏から抜け出した俺が宿に戻ると、すでにヤエたちも戻っていて、ソファーに座ったり、ベッドに寝転がったりとくつろいでいる最中だった。
「それにしたって時間かかりすぎじゃない?」
なぜか不機嫌そうな表情の朱夏が、怪しむように目を細めた。
「それくらい道が入り組んでいたんだよ」
それに対し、俺はそう答えた。
本当は、残念サキュバスと再開したりしたことで遅くなったのだが、それは隠しておくことに決めた。
街中でサキュバスに会ったなんて言ったら、面倒なことになるのは明白だからだ。
「ふーん、そうなの」
「ああ。……それより、お前らの方は随分早く帰って来たんだな。デートはどうしたんだよ?」
「「「デート……?」」」
俺が聞くと、なぜか三人ともピクッと反応して、あからさまに不機嫌な態度をしだした。
なんだ、何か嫌なことでもあったのか?
ちなみにだが、俺はこのデートは結構楽しかった。相手が男というのが大いにマイナスだが、カジノを楽しめ、さらに、その恐ろしさを知ることもできたという実りもあったからな。
それに、何より自分の金を一銭も使わずに遊べるというのは、かくも楽しいものだと分かったのだ。
自分の財布を開かず、相手の金を使ってカジノに興じる。
なんと素晴らしいことか! 嗚呼、生きててよかった!!!!
「……どうしたんですか?」
急に黙り込んだ俺を見て、高宮が怪訝そうに声をかけた。
おっと、話が逸れてしまったな。
「ううん、なんでもない。そんなことより、なんか嫌なことでもあったのか?」
俺が聞くと、不機嫌そうな朱夏がソファーから立ち上がり、顔を歪め、堰を切ったよう泣きだした。
ど、どうしたんだ!?
まさか、ナンパ男たちに酷い目に遭わされたんじゃ……。
「あ、あいつら酷いのよ!! アタシを子供扱いして……アクセサリーショップでナンパ男も店員も子供用のを勧めてくるの!!」
え、しょうもな!?
「え、しょうもな!?」
「しょうもないってなによ!?」
しまった、思ったことが声に出てしまった。
でも、そんなに泣くことか?
ムカつくのは、まあ分からんでもないけど。
そんなことを思っていると、それが態度に出てしまったのか、朱夏が涙目で睨んでくる。うわ、可愛い。
「ま、まあ、朱夏が怒る理由は分かったけど、店員たちも悪気があったわけじゃないと思うぞ?」
「そんなこと分かってるわよ!! ムカつくものはムカつくのよ!! 結局、大人用は却下されちゃったし!!」
俺が宥めても、朱夏(涙目可愛い)は、プンスコと怒りは収まらないご様子。
確かに、自分が気にしていることをされるのは傷つくよな。
まあ、仮に俺がナンパ男や店員の立場でも、同じことをしたと思うけど。
朱夏に大人用のアクセサリーは、100%似合わないし。
「それで怒って帰って来た、と?」
「そうよ!」
「じゃあ結局、アクセサリーは買わなかったのか?」
「いいえ、店で一番高い物を買ってもらったわ」
買ったんかい!
しかも店で一番高いやつ(子供用)を!!
しっかし、一発目から強烈だったな……この分だと高宮たちのも碌でもなさそうだなぁ。
あー、嫌だなー。聞きたくないなー。
だが、怖いもの見たさというか何というか、聞きたくもある。
「……高宮さん、あなたはなぜ不機嫌なんでしょうか?」
俺は、恐怖よりも好奇心が勝り、高宮にも聞いてみることにした。
まあ、高宮だから朱夏よりもまともだろうしな。
「……腕を折って投げ飛ばしたら動かなくなったので、帰って来ました」
ただの傷害事件じゃねぇか!?
しかも、下手したら殺人にもなりうるやつだ!?
誰だよ、高宮はまともとか言った奴!? 一番あぶないじゃねぇかよ!!
「さ、参考までに、どうしてそうなったのか教えてくれ……」
「ビーチに連れていかれて、そこで素っ気ない態度をとっていたんですよ」
「ふむふむ」
「そしたら、その男が私をハズレ扱いした挙句、綾乃さんを狙おうとしたのでやりました」
なるほど。それは男が悪いな。
間違いない。そうに違いない。そう思うことにしよう。そうでないとやってられない。
よし、この話は男が悪いということにして終わりだ!
次は、ヤエだな!
…………………………ヤエか。
「……ヤエさん、あなたはどうして不機嫌なんですか?」
「……妾は皆と別れたあと、男の一人と高級れすとらんに行ったのじゃ」
知ってた。
「男は妾に、気の済むまで食べて良いと言ったのじゃ。だから、妾も遠慮なく食べることにした。しかし……」
なんだろう、話のオチが見える気がする。
「満腹になる前に店の料理が無くなってしまっての。じゃから、別の店に行こうとしたら、連れの男が逃げてしまったんじゃ」
「まったく、甲斐性のない男じゃ!」と、ヤエは苦虫を噛み潰したような顔をして、吐き捨てるように言った。
いや、お前に好きなだけ食わせられるような甲斐性のある奴は、どこに行ってもいないと思うのだが。
それにしても、この街の高級レストランは、水一杯1000ベルとかいう、代○山システム(頭おかしい値段設定)だったはずだ。
その店の料理を枯渇させたとなると、その勘定は……恐ろしい! ちょっとしたホラー映画よりも怖いぞ、これは!
……とまあ、全員の不機嫌になった理由を聞いてみたが、物の見事に全部碌でもないな!
俺の他人の金をカジノで擦ったというエピソードが可愛く見えてしまうレベルだ。
俺が辟易としていると、ヤエが俺に近づき、急に匂いを嗅いできたのだ。
「お、おい……どうしたんだ急に?」
「スンスン……お主、なぜ身体に発情した雌の臭いを纏わせておるんじゃ?」
「……は?」
なんのことだ?
俺がいつそんな臭いを……あっ、サキュバスと再会した時のアレか!?
「ふーん、その顔、心当たりがあるみたいね」
「何もしていたのか、しっかりと教えてもらいましょうか。フフフ」
「い、いや違うんだよ……サキュバスに路地裏に連れて行かれて……」
「何それ? もっと上手い言い訳しなさいよ」
違うんです、本当なんです。
「綾乃さんの身体で、お楽しみだったんですね? ……許しません、殺します」
「クク、たっぷり話を聞かせてもらおうかの」
三人は、素早く俺を取り囲み、ジリジリと距離を詰めた。
あ、これはもう逃げられない。
どうしてこんなことになったんだ?
そんなことを考えたが、どこで死亡ルートに片足を突っ込んだのか全く分からない。
ただ分かるのは、俺が生きて明日を迎えることは、不可能であるということだけだ。
突然のことで混乱する俺の首を、三人と手が一斉に掴んだ。
恐怖か窒息かは知らないが、一瞬にして気が遠くなるのを感じた。




