双子の片割れ
「…ルカ、」
朝食を終え、部屋に戻るルカに声をかける。
「…なに?」
ルナと同じように、真名を交わした従者を1人側において、やや不機嫌そうにルカはこちらへ振り返った。
「あ…の、ルカも、巻き込んでごめん。」
「…昨日のこと?なに、急に萎らしくなって。」
容赦のない言葉がルナをぐさりと刺す。確かに今までのルナは、ルカに対して偉そうに振る舞っている節があったから、この返答は致し方ないことなのだろう。
ぐぅと言葉に詰まるものの、それでもここで引き下がってはわざわざ声をかけた意味がなくなってしまうから。
「ちょっと、いろいろ、考えて。昨日のこともだけど、今までも、その…ごめんなさい。」
言い切って、やはり頭を下げる。癖というより、日本人としての習性が魂にまで染み付いているのだろうか。貴族として、公爵令嬢として、それはどうなんだろうと思わなくもないけれど、家族に対してまで、見栄は張りたくなかった。
ややあって、ルカがふぅん、と口を開く。
「母様みたいな言葉遣い、やめたんだ。」
取って付けたみたいなアレ、嫌いだったんだよね、と言うルカの顔は、やっぱり不機嫌そうだったけれど、どこか照れているようにも見えた。
「別に、昨日のことならそんなに気にしてないし…今までのことは…まあ、それも、もういいよ。」
「…ほんと?」
「許した訳じゃないけど。けど…ルナ、昨日からずっと泣きそうな顔、してるし。」
言い辛そうに視線を外すルカに、え、と声を漏らす。
「そんな顔、してた?」
「してたよ!なんか…不安そうな、迷子になったときみたいな顔!」
調子が狂う、と居心地悪そうに紡がれた言葉たちに、心がじんわりと温かくなっていく。てっきり嫌われているものだと思っていたから、いや、実際嫌われてはいたのだろうけれど、だからこそ素直に嬉しかった。
「…ありがとう、ルカ。」
きっと今、自分は情けない顔をしているだろう。でも、そんなことは気にならなかった。ルカはふいと顔を背けてしまったけど、それが照れ隠しだということは簡単にわかる。男女の二卵性で、自分には前の記憶があるけれど、確かに私たちは双子なのだから。
「それより!ルナは今日どうするの。僕はディン兄様がせっかく休みだから、皇館には行かないつもりだけど、お前が、その、仲直りしに行くって言うなら…」
情けない顔がニヤニヤ顔に変わったのがバレたのか、堪りかねたようにルカが言う。
仲直り。しなきゃ、いけないのだろう。今後を考えて、関係を拗らせるのは得策ではないし、そういう打算抜きでも精神衛生上このままはよろしくない。
…とはいえ、だ。
「今日は、まだ、もう少し…家にいる。」
あそこまで人を怒らせたのは、実は前世を含め初めてだったのだ。正直どうやって話を切り出したものか、皆目見当もつかない。そして、それ以上に、怖い。
もしも取り合ってもらえなかったら、もしもこれ以上なにか仕出かしたら、どうしよう。そんな考えが脳裏を過る度に、背筋を冷たいものが走る。家を出ようと思えば、足がすくむ。
逃げちゃダメだと叱咤する自分と、無理なもんは無理だと開き直る自分とが居て、情けないことに後者の方が圧倒的優位に立っているのだ。
「…そう。じゃあ僕はディン兄様に魔法見せてもらう約束だから。」
気が向いたら来れば、と踵を返して、ルカは自室へと戻っていった。その背にもう一度ありがとう、と呟いて、メイアを振り返る。
「館には行かないけど、1日部屋で考え事したいから…メイアはメイアの予定通りにしてくれるかな。」
「かしこまりました。」
言外に1人にしてほしいと言えば、それを正確に受け取ってメイアは礼をとる。8歳の子供に対する、15歳の対応がこれかと感心するやら呆れるやらだけれど、まったく周りに恵まれているなぁと自嘲の様な笑みが浮かんだ。