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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
五章 来訪者編

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魔封じの森

 ――目が覚めると、そこは空の中だった。




 記憶を辿ってみても、こんな空中遊泳をしでかした記憶など無い。

 それが突然の落下する感覚に目覚めるとこれだ。

 夢現に落下の感覚を味わうことはあるが、これは現実の自由落下。

 俺はリンちゃんを抱えて部屋のベッドで横になっていただけだ。

 眠るつもりは無かったが、あまりに気持ち良さそうに眠るリンちゃんに釣られて寝入ってしまったのだろう。

 そのくらいは把握できる。

 そしてそこから先は未知である。

 ……というか。


 「未知すぎるでしょっ!!?」


 思わず叫んだ言葉も自分の耳に届かないくらいの風切音。

 耳鳴りがひどい、耳痛い!

 何だこれ、一体俺の身に何が!?


 「むにゃ、でし~、ここどこ~?」

 「リンちゃん!?」


 自分が一人ではないという事に今更ながらに気付いた。

 無意識に身体に力が入っていたらしく、俺に抱きしめられて息苦しそうにリンちゃんが目を覚ました。


 「まだねむい~」


 言うだけ言って目を閉じる。

 パニックに陥るよりは良いけどこの状況、下手すると、ほんと下手するよ?

 ……とにかく頭を働かせろ。

 まずは状況を掴め。

 現在俺とリンちゃんは、どことも知れぬ空の中をフリーフォール中。

 高度は見渡す限りで相当だ。

 10メートルや20メートルなんて高さじゃない。

 目下広がる景色は雲と、その隙間から覗く遥か彼方の大地。

 大地に広がるのは深い森林地帯。


 「――っ」


 それを認識すると、寝ぼけた思考が一発で覚める。

 これは高度何千メートルかという高さ!

 HALOか!?


 「……あれ! パラシュート持ってたっけ!?」


 背中をまさぐってみるが、当然そんなものは無かった。

 ……おーらい、まだ慌てる時間じゃない。

 この状況に文句を付けたいが、神か仏か文句の相手に見当がつかない。

 ホント、驚いてわーわー言ってたら事態が好転するならいくらでもするけどさ。


 「……もっと低高度になってから魔法で速度を相殺して着地」


 確か空気抵抗と重力のつり合いで速度は天井知らずには上がらないはずだ。

 高度がちょっと高かろうが、凄まじく高かろうが、いつもジャンプしてる感覚とやる事は変わらない訳だ。

 ……あまりに高いから減圧症とか大丈夫か気になるが。

 そもそも部屋着一枚で寒くも無い。


 「……?」


 どうやらまだ寝ぼけていたみたいだ。

 少し注意して周りを見てやると、俺を守るように膜ができている。

 さすがにいくらか風が抜けて来るが、基本的に風切り音もこの膜の外からだ。

 これは……炎の魔法?


 「エクレア?」


 いや、違うか。

 これはエクレアの紅の炎じゃない。

 この輝きは……


 「アリスさんっ、おはよ!」


 考え事をしていると、高高度からの落下中というあり得ない場所で声を掛けられた。


 「あなた……この前の?」


 常識破りのその子は、先日屋敷を騒がした賊だ。


 「うんうんっ、そうだよ」


 俺と同じように炎の膜に包まれた少女の姿が、初めて露わになった。

 深いフードが風にあおられて、日本人形のような翠の黒髪が空に流れる。

 同じ色をしたその瞳には凛とした獣を思わすような力強さが見て取れる。

 作り物めいた美しさの中に強さを秘めている。

 大和撫子ここに極まれり。

 そんな容貌。


 「誰なんです?」

 「その質問は後の方が良いかなぁ、ほら、落っこちちゃうよ?」


 大地を指差す少女の言う通り、悠長に構えていられる程時間は無い。

 地表も大分近くなっている。

 強い魔力で速度を相殺しないと!


 「サンダー!!」


 大地に向かって魔法を放つ。

 雷の斥力で少しずつ勢いを殺す。


 「サンダー! サンダー!!」


 連続で雷を放つ。

 ただ撃つだけじゃなくて、地表に帯電した雷に次弾を反発させるように。

 徐々に速度が緩まってくる。

 よぅし、仕上げ!


 「――天下る一条の光刃よ、我が剣となりて闇を裂け! ライトニング!!」


 思いっきり力を込めた雷で、落下速度を完全に相殺させる。

 目測地表10数メートルという所で、ぴたりとその場に留まった。


 「ふぅ……」


 さすがに疲れたな。

 ほっと息を吐いていると、目の前に少女が留まって笑いかけてきた。


 「さすがだね!」


 炎の魔法か。

 これがこの子の魔法の系統なのか?


 「――でもご用心! この森はね……魔力を封じる神秘の森なんだよ」

 「――は?」


 言われたからという訳ではないだろうが、斥力で留まっていた俺の魔力が掻き消えた。


 「へっ!?」


 待て待て!

 まだ高いって!!


 「ひぁぁぁっ!?」


 願い虚しく、真っ逆さまに。

 木の葉をクッションに下まで転がり落ちた。

 勢いのまま転がって、大地から顔を出している立派な木の根に強かに背中を打って、やっと止まった。


 「ボクは――マキナ。ごめんね……まだ手伝えない。アリスさん、気を付けてね」


 芋虫みたいに丸まっている俺に、空から優しげな声音で語りかけてきた。

 そして森には降りてこずに、陽炎のように姿を消した。

 リブラが使う転移とはまた違う。

 今のは、まさか実体じゃない?

 彼女は……一体。






 どういう訳か彼女の炎の魔法は最後まで俺たちを守ってくれたので、リンちゃんに大事はなかった。

 せいぜい俺が衝撃で背中を打ったくらいだ。

 でも魔法が使えない事は確かだ。


 「サンダー!」


 念じても、唸っても、何も起こらない。

 魔力を封じる森か……

 地道に歩いて踏破するしかないみたいだな。

 食料も水も無い。

 リンちゃんを辛い目に遭わせたくない。

 早く森を抜けないと。


 「……確か、あっちの方角だったかな」


 ヒントはある。

 上空から地形を確認できた。

 広い森には違いないが途方もない、という程ではない。

 抜けられるはずだ。


 「なんて、森を甘く見てるかな……」


 でも甘いとかそんなことはどうでもいい。

 抜けないと話にならない。

 森の下草は芝生のようとはいかないが、歩くのを邪魔する程ではない。

 木々も太く背の高いものが大半で、木の葉や枝が通行を妨げる事も少ない。

 気を付けないといけないのはやはり魔物や野生の獣か。

 魔法が使えたらそうそう後れは取らないが、それが無いとただの一般人だからな、俺。


 「……一般人?」


 自らの細腕を凝視する。

 手を開いたり閉じたり。

 腕力に頼らざるを得ないというのに、純粋にこの手でやっつけた魔物いましたっけ……?

 ……ブッシュからクマさんがこんにちはしたらどうしよう?

 ……どうしようもないよな、多分。

 基本的には会っちゃダメだ。

 森林浴とかいうけど、本物の森に入ったら野生の獣とか魔物とかが心配でそれどころじゃないよ。


 ――ガサ。


 「――!?」


 早速近くの茂みから気配がした。

 心拍数が跳ね上がる。

 背後で眠るリンちゃんを確認して、小さく息を吐く。

 来るなら来い。

 子供を守る親――じゃないけど、それが一番怖いってのはどの生き物でも共通だってことを教えてやる。

 揺れる茂みを睨むように見据えて息を殺す。


 「――ああ! アリスさん!! 良かったですにゃぁ」


 ひょっこりその茂みから顔を出した獣は――


 「サイラ!!」


 ネコ耳姿の愛らしいマイスミスだった。

 リュックを背負ったサイラがもどかしそうに茂みを抜けて、傍までやってくる。


 「どうしたのサイラ! ほんとに!? サイラ!?」

 「はいですにゃ! にゃわぁっ、アリスさん、くすぐったいですっ」


 心細かった所に気心知れた相手に出会えて、思わずもみくちゃにした。

 どさくさにネコ耳をモフった。


 「にゃふぅ」


 おっと、弄び過ぎたか。

 居住まいを正す。


 「でもどうしてこんな所に?」


 こんな所って、まずここがどこかも俺は分からないんだが。


 「え? アリスさんが旅の準備をして、部屋に来るようにって連絡してくれたですにゃ」

 「え? 私?」


 サイラが大きく頷いた。

 え?

 俺はご飯食べた後すぐにリンちゃんとぐっすりで、さっきいきなり空の中だったぞ?


 「魔石で連絡が入って、確かにアリスさんの声だと思って……えと、話し方とか」

 「そうなんですの?」

 「……そんな感じではなかったですにゃ」


 頬に手を当てて首を傾げると、サイラに半眼で呆れられた。

 ふむ……

 気になる点は色々あるが、優先事項は森を抜ける事だろう。


 「サイラ、そのリュックは?」

 「あ、はい! アリスさんの武具と、食料なんかを詰めてますにゃ!」


 神様仏様サイラ様!!


 「良かった、それなら何とか戦えるかも!」


 リジェネレイトローブはちゃんと機能するのかな?

 まぁ、どっちにしても部屋着よりはマシだけど。


 「グローブの方は、どうだった?」


 サイラの更なる実験兼メンテナンスを頼んでいたのだが、質問すると耳が萎れた。


 「……やっぱり上級魔法は入らないです。エクレアさんに頼んだんですけど」

 「そっか」


 スターフレアが二つストック出来たらとんでもない事だもんな。


 「何か入ってる?」

 「右手にフレイム、左手に実験的にヒールを入れてもらってますにゃ。ヒールは使えるみたいです」

 「そう、ありがとう」

 「はいですっ」


 サイラは猫っ可愛いなぁ。

 魔力を封じる森ってことだけど、この武器にストックしてるのはどうだろう?

 虎の子の魔法を実験なんかで無くす訳にはいかないから、ぶっつけになっちゃうんだけど……


 「とにかく着替えてから出発しましょう」

 「はいっ、お着替え、手伝いますニャ!」

 「ひ、一人でできますから」

 「イリアさん程上手く脱がせられないですけど、がんばりますから!」

 「……」


 イリアは脱がすのが上手かったのか、そうだったのか……

 必死に役に立とうとしている気持ちを無下にはできないな。


 「じゃあ、お願いします」

 「はいですにゃっ」


 サイラは嬉々として俺の傍に寄ってきた。


 「では、ばんざ~い、ですにゃ!」

 「違うでしょっ!!」


 一体、何を参考にしてるんだっ!?

 サイラが「違うんですか? ちゃんと聞いたのに」という不思議そうな顔をしていたが犯人は明らかだ。


 「……あれ? アリスさん、上、付けてないんですか?」


 普通に着替えを手伝ってもらおうとしたところ、サイラがそこに気付いた。


 「家に居る時は、あまり」


 上を付ける習慣などなかったからね?

 それにサイラが頷いた。


 「分かりますにゃ、窮屈な感じしますから」

 「そ、そうですね」


 まさかブラの付け心地について語る日が来るなんて人生分からない……


 「あの、良かったら私の着替え、貸しましょうか?」

 「サイラの、着替え?」

 「少し持ってきてます! えと、ここはお家じゃありませんし」


 うん、森ですしね。


 「アリスさん細身ですけど、これなら小さめのサイズですし、合うんじゃないかと思いますにゃ」


 リュックからサイラがブラを取り出して差し出してくる。

 笑顔で、はいどうぞ、と下着を差し出されるこの状況がシュール過ぎて……

 そして俺に残る男心に罪悪感が湧きます。


 「……サイラ! 男の子をそんな風に誘惑しちゃダメですよ! 襲われちゃいますから!」

 「し、しないですよぅ……どちらかと言うと、アリスさんの方が無防備ですにゃ」


 男を相手に警戒するという経験が無かったからな。

 ……あっても困るけど。

 とりあえず、サイラの厚意を汲んでブラを借りる事にする。

 平静を保ちつつもドキドキしながら受けとる。


 「あ、これ、チューブトップっていうのかな?」

 「ま、まじまじと見られると、恥ずかしいですにゃぁ」

 「ご、ごめん」






 というわけで、着替えました。

 何とも言えない気恥ずかしさを抱きながら、サイラとリンちゃんと森を進む。

 ブッシュの少ない歩きやすそうな獣道を選んで進んでいくが、それでも体力的にキツい。

 少し歩けば照れとかそんな余裕を見せている状況でもなくなってくる。

 一刻も早く森を抜けたい。

 魔物にも野生の獣にも会いたくない。

 そう思っているが、自分で選んでおいてそもそも歩いているコースに懸念がある。

 ブッシュを突っ切って行くのは相当危険だし、体力的にも無理だろう。

 しかし、あまり人の手の入っていないこの自然の森の中にある獣道も危険だ。

 文字通り、そこは何かが通っている証でもある。

 通常ならこんな危険な選択はしない。

 ただ助けも期待できないし、手持ちの装備も心許ない。

 留まる事もできないし、安全策で時間をかけることもできない。

 こんな自然の中で何が安全なのかは結果論でしかないだろうし。

 そうなると多少の無茶をしても、森を抜けきるに限る。


 「はぁ、はぁ……」

 「アリスさん、代わります!」


 リンちゃんを背負って息を切らせる俺を見かねてサイラが提案してくれる。


 「大丈夫です、サイラもリュックを背負っているでしょう?」

 「うにゃ……エイムさんくらいの力が欲しいです」

 「私も」


 リンちゃんは本当に起きない。

 何か疲れ切っているように。

 おんぶしながら進んでいるが、やはり相当キツイ。

 適度に休憩を取らないと、俺が参ってしまっては話にならない。

 そうだな、この辺りで休憩を取るか。

 そう思ってサイラに声を掛けようとした時、逆にサイラが歓声をあげた。


 「わぁ! アリスさん、あれ見てください! 可愛い動物の子供です!」

 「――え?」


 視線を向けると、獣道から外れたブッシュの奥に確かに獣の子供が見える。

 エネミーステータスが浮かばないから魔物ではないのだろう。

 熊なのか虎なのか、その良く分からない動物の子供はじっとこちらを好奇心を持って眺めているように思える。


 ――最悪だ。


 「サイラ、サイラ!」

 「あ、はいですにゃ」


 小さく鋭い声でサイラに呼びかけると、目を白黒させてサイラが顔を寄せてきた。


 「前は私が気を付けますから、サイラは後ろに気を配って下さい」

 「え? え?」

 「何か違和感を感じたり、気配を感じたりしたらすぐに声を上げて私に知らせて」

 「ど、どうしたんですか、急に」


 俺はもう一度、先ほどの動物の子供の方に目を向けた。

 そこにはもうその子供はいなかった。


 「……あんな小さな子が、一人でうろうろする筈がないんですよ」


 俺の緊張した気配が伝わったのか、サイラも息を呑んで顔を強張らせた。

 鼓動が必要以上に乱れる。


 「そこは人間も獣も同じですから」

 「つ、つまり……」


 不安そうに辺りを見回すサイラに頷いた。


 「……子供を守る親が、一番怖いんです」


 もう一度大切にリンちゃんを背負い直して、怖がるサイラと共に慎重に足を動かし始める。

 恐怖と緊張で喉がカラカラに乾く。

 頼むから寄って来るな。

 俺はお前たちに危害を加えようとしてる訳じゃない。

 半ば祈りながら、風が弄り、青々と茂った木々がざわめく深い森を進む。


 「ひぅっ」


 鳶か何かが近くで急に鳴いて、続けて羽音が響いた。

 それにサイラが驚いて小さく悲鳴をあげる。

 一度止まって、辺りの様子を伺う。

 森は自然の音に溢れており静寂に包まれている訳ではないが、特別それを乱す違和感は感じられない。

 未だ穏やかなままだ。


 「大丈夫、大丈夫」

 「は、はいです」


 サイラを元気づけるというよりも自分に言い聞かせるように声を掛けて、もう一度歩みだす。

 張りつめすぎている分、消耗も激しい。

 だからと言って警戒を解くことは有り得ない。

 歯を食いしばって前に進む。

 獣道に足跡を見つけたのは、それからすぐの事だ。


 「……大きい」

 「あ、アリスさん……」


 これはヒグマの成獣並みか?

 とすると、推定体重300キロ~500キロということになる。

 異世界とはいえ、一般人が野生の獣に太刀打ちできるはずがない。

 そして今の俺は一般人以下。

 イリアかエイムが居たら、素手でもここまで恐れることは無かったのに。

 姿形は可憐な2人だけど、あれで竜とドワーフだからな……

 獣にも遅れは取らないよねぇ。


 「……」


 さて、狩りでもないのに普通は足跡を追うなんて馬鹿な真似はするはずがないんだけど……

 頭に叩き込んだ地形図を考えると、最短で森を抜ける方角は間違ってないはず。

 引き返して別の道を行くのが正解とは限らない。

 ブッシュを突っ切って横道に逸れるのは方角も見失う危険があるし問題外。


 「進むよ、サイラ」

 「……はいっ! 信じてますから!」

 「ありがとう」


 ふるふるとサイラは首を横に振る。


 「いざという時は、私も戦いますにゃっ」

 「ふふ、心強いです」


 そうして再度、歩き出す。

 しばらく足跡と周囲の両方に気を配りながら歩いて――その足跡が突然途切れている事に全身が粟立った。


 「止め足……っ!」


 首を巡らして周囲を確認する間もなく、後ろからサイラの短い悲鳴が木霊した――

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