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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
四章 日常編

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幕間 おっさん

 俺の名前はニコル。

 冒険者の端くれだ。

 リンナルの街に身を置いて20年弱、シオンのやつが生まれてからはすっかりこの街に落ち着いちまったが、冒険者としての滾る血潮は失われちゃいねえ。


 「ぬおおおおおおおっ」


 この日も早朝から手ぬぐいを肩にかけ、飛び散る汗を拭いながら訓練に励む。

 冒険者は身体が資本、怠慢は許されねえ――!


 「――あんたっ! 薪を割るのに叫ぶのはやめてって言ってるだろ!! いい加減近所迷惑を考えな!!」

 「お、おう……」


 ……ふぃ~~。

 家の中からの怒声が庭に響き渡った。

 ったく、母ちゃんの一喝の方がよっぽど周囲に響くぜ。

 心の中で愚痴を零しながら、作業を続行する。

 最初に軽く叩いて斧に薪を食い込ませてから、それを切り株に振り下ろす。

 小気味の良い音を響かせて薪が割れた。

 この作業は結構良いトレーニングになる。

 戦士ならば継続して悪い事はねえ。


 「しっかし、世の中にはちょっとした斧も持てねえ女の子がいるもんなんだなぁ」


 新しい家族になった銀色の少女を思い出す。

 シオンが片手で簡単に割るのを見て、顔真っ赤にしてたもんな。

 アリスちゃんも何回も何回も薪割りに挑戦してたから、あれは振りじゃなくてマジなんだよなぁ。

 本人曰く、腹に力が入らない。

 背筋力もない。

 振り上げたら腕もげる……とかなんとか?

 自分について真剣に考えてみたとかいう風景で微笑ましかったな、ありゃ。


 「よっし、今日のノルマ達成と」


 最後の一本を叩き割ってから、薪を拾い集めて纏めておく。


 「おう母ちゃん! ちょっくら仕事に行ってくるぜ!」

 「はいはい、酒場に行くんだろ? 人様に迷惑かけるんじゃないよ」

 「へ、たりめーよ」


 井戸から水を汲んで頭から被ると気持ちいいぜ!

 一仕事の後だから格別だな!


 「……あ? いや、母ちゃん酒場じゃねえよ! 仕事だよ!?」

 「はいはい」

 「信じてねえ!?」


 男はいつだって理不尽に耐えなきゃなんねぇ。

 この程度の汚名なんて、どうってことねえさ……


 「ねえ、まま! なんであの人、おにわではだかで水かぶってるの!?」

 「アデルさん家の旦那さんだからだよ」

 「へ~、そうなんだ~」


 おっと嬢ちゃん、この街はまだ浅いのかい?

 通りを歩く親子に注目されたので、爽やかに挨拶する。

 にこやかに手を振り返された。

 だが俺は裸じゃなくて最近流行りの東方名産、ふんどしを巻いてるんだぜ?

 よく見てくれよ?

 この絞まりと食い込み具合が堪らない逸品なんだがな。

 嬢ちゃんにはまだ分かんねえかな?






 昼前の酒場はまだ準備中の看板がぶら下がっていた。

 田舎の街に相応しいくたびれた店のドアを乱暴にぶち開ける。

 すると奥のカウンターでグラスを磨いていたスキンヘッドの親父が勢いよく振り向いた。


 「オラああ! 扉は優しく開けろっつってんだろうがぁ! あの世みてえのか!?」


 スキンヘッドの店主、昔馴染みのフレッドだ。

 ったく、ウルセエなぁ。

 相変わらず威勢が良いぜ。


 「俺だよ俺、ちょいとゴるヴァ――っ!?」


 顔面にフライパンが飛んできた……!

 自分でも奇妙なうめき声と共に、口の中に冒険では味わい馴れた液体が流れ込む。

 それを胃に流し込むと、体中の血液が沸騰した。


 「――あ?」

 「――お?」


 床に落ちたフライパンを蹴飛ばして、カウンターを挟んだ向こう側に居るスキンヘッドに顔を近づけて睨み上げる。

 フレッドも眉を八の字にして睨み返してくる。


 「てめえよ……?」

 「んだ、こら?」

 「俺だって……言ってんだろおおおおおおっ!!?」


 渾身の右ストレートをお見舞いすると、それを正面から掌で受け止められた。


 「知るか、ボケええええ! オレオレで通用するかああああ!!」


 相手からの反撃の右パンチも、同じように受け止める。

 お互い握りこんだ拳を開いて取っ組み合いに、そのまま力比べに移行する。


 「ううるあああああっ!!」

 「どうるあああああっ!!」


 普段から鍛え上げている上腕筋がビクンと脈動する。

 しかし奴め、なかなかの曲者で力比べは全くの5分だった。

 相変わらずやりやがる、フレッドの奴め!


 「大体てめえは昔から気に入らねえ! ふらっと街にやってきたかと思うとアデルさんを奪いやがる!」

 「知るかあ! これも縁だろうが、てめえがまごまごしてたのが悪いんだよ!」


 大体こっちも母ちゃんとは色々あったんだよ!


 「その上シオンちゃんはてめえに似ずに美人で気さくで、これまたいい女だ!」

 「俺に似ずってのは、どういうこった!!」


 愛娘だぞこらあ!


 「それだけに飽き足らず、今度はあの銀色の……てめえだけは、この街の男を代表して絶対に許さねえ! 絶対にだ!!」

 「てめえの許しなんか要るか、禿!!」

 「はっ!?」


 アリスちゃんは大人として放っておけないだろ!

 里を追い出されて途方にくれて辿り着いた街で冷たくされたら、人間の事を嫌いになっちまうだろうが!


 「禿じゃねえ!! 剃ってんだよ!」

 「どっちでもいいわ、禿!」

 「毟るぞこらあ!?」


 「――うるっさいんだよ!! この馬鹿共!!」


 「いてぇ!?」

 「うがぁ!?」


 店の奥から出てきたフレッドの嫁に、フライパンで頭を叩かれた。

 二人揃って頭を押さえて悶絶する。


 「まったく男はいつまで経っても馬鹿だよ。街の復興だってまだまだやる事はあるのに、こんな所で騒いでないでさ」


 母ちゃん並みに豪快な性格をした、赤髪の癖毛が特徴の明るい女性。

 それがエレノアちゃんとテオ坊の母親であり、フレッドの女房だ。

 いい女じゃねえか、アデルだシオンだなんて言ってたら罰が当たるぜ?

 ここはかみさんに免じてやるか。


 「てぇ、おい、集合はまだかよフレッド」

 「け、ちょうどお着きのようだぜ」


 フレッドが顎をしゃくると、入口に敬礼をした若造が立っていた。

 身なりから騎士だと分かる。


 「自分は王国騎士のリックです! よろしくお願いします!」


 堅苦しそうな奴だな。


 「おう兄ちゃん、ま、気楽に行こうぜ」


 こうして薬草採取の任務に、俺とフレッドとこの王国騎士の3人で就く事になった。






 病気の薬から怪我の薬まで、素材である薬草の需要は高い。

 復興途中のリンナルには必要不可欠なものだ。

 その薬草も街から近くで採れれば良いが、そう簡単にもいかないのが難点だ。

 熟練した冒険者がパーティを組んで採取に向かわないと危険な地域でよく取れる。

 それは魔物も強化されている魔力を帯びた地域。

 ここリンナルの近くで言うと、深緑の森の入口付近だ。


 「ふぅ、奥まで行くとさすがに命がいくらあっても足りねえからな」


 アリスちゃんはハーフエルフ。

 もしかして、この深緑の森の奥から来たのかねぇ。


 「ニコルさんもフレッドさんも、お強いですね! 俺も負けていられないです!」


 このリックという王国騎士、礼儀正しい、良い子じゃねえか。

 戦闘もさっきから卒なくこなすし。

 若いのに大したもんだ。

 こんな田舎ギルドからの支援要請で来る騎士なんて、不貞腐れてるのが大半なのによ。


 「リックくんは騎士になって長いのかい?」

 「いえ! つい最近の事です! まだ見習いですしね……」


 照れたように頭をかくが、騎士見習いと言っても試験は厳しい。

 相当努力したのだろう。


 「元はただの兵士だったんですが、目標ができてからは、自分でも驚くほどやる気が出て来たんです」

 「良い事じゃねえか、目標ってのはなんだ?」

 「はいっ、銀の雷精様をお助けする事です!」


 銀の雷精?

 最近王国の方で有名になってる名だな。


 「なんだぁ、そのけったいな名前は? お姫様か?」

 「いえ! 姫殿下とは違います! 姫殿下はもちろん尊敬していますが、あのお方は……可憐です」

 「ははっ、なんだ兄ちゃん、その子に惚れてるのか?」

 「お恥ずかしながら……」


 おいおい若者の恋の話はむず痒いねえ


 「おうフレッド、若いっていいよなぁ」

 「ふんっ、俺はまだそんな感傷を持つほど老けてねえ」

 「へへ、禿てるくせによく言うぜ」

 「禿てねえ!!」


 話しながらも薬草を採取して行く。

 魔物は手強いがフレッドもリック君もしっかり戦えるので、順調に素材を確保できた。

 昼一に馬で駆けて森に入ったが、日が沈む前にはここを出ないと拙いからな。


 「リック君みたいにしっかりした子に好かれるたぁ、その子も喜ばしい事じゃないか」

 「いえ、でも一度フラれましたから……」


 その真面目そうな顔に寂しそうな笑顔を浮かべて、リック君が呟いた。


 「なるほどねぇ、その子人気あるのかい?」

 「それはもう、凄いものです!」


 銀の雷精なんて大仰な名前で呼ばれて、まるで有名な踊り子みたいだな。

 そんな感想を持った俺に、夢見る若者は目を輝かせて『銀の雷精』について語り出す。


 「王都で彼女を知らない者は居ないくらいです。戦場を駆けて唯の一つの傷も無く、竜をも打ち倒す。その姿はまるで伝説の戦乙女のようだったと。また、心優しい彼女は教会に多額の寄付をし、身寄りのない孤児を引き取って召し抱えているとも聞きます。その上、気取る事無く市井を出歩いては、あどけない笑顔を振り撒いています。俺も街で会ったことがあります……心を奪われました」


 リック少年の語るその少女はさすがにちょっと美化され過ぎてるんじゃないか?


 「彼女の幸せを願っていますが、できるなら……やっぱり俺がその隣に立ちたい――――アリス様」

 「――あ?」


 アリス……?

 銀の、雷精?

 銀?

 雷?

 ……おいおい、まさか。


 「そ、その子は……アリスちゃんって言うのかい?」

 「はいっ! とても可憐です……女の子の中の女の子です」

 「銀の髪に?」

 「琥珀の瞳です」

 「胸は控えめ?」

 「でも、それが良いんでっ」

 「分かってるじゃねえか、リック君よぉ」


 アリスちゃんのあの可憐さ、儚さはあの体型だからこそだ!


 「俺、自分でも成長が実感できた暁には、もう一度告白しようと思うんです!」

 「がははっ」

 「ははっ、恥ずかしいですね、やっぱり」


 ひとしきり笑い合い、リック君の肩に手を置いた。


 「――おい、坊主、アリスちゃんは――渡せねえなっ!!」

 「え、ええっ!?」


 夢見がちなクソ坊主はここで焼きを入れてやらねえといけねえ。

 でないと懲りずにアリスちゃんにちょっかいをかけて――間違いが起こっちゃいけねえ!


 「アリスちゃんはなぁ、俺のもんだあああああっ!!」

 「ええ!??」


 肩よ外れろと言わんばかりに力を込めると、クソ坊主は涙目になりながら暴れ出した。

 はん、この程度で焼き入れが終わる訳ねえだろ?

 きっちり刻み付けてやるぜ、恐怖ってやつをなぁ!


 「後ろ! 後ろ!! 魔物がっ!?」

 「はん、そんな見え透いた嘘で騙されるニコル様じゃねえぞ?」


 最近の子はこんな単純な手で大人を騙そうとしていけねえ。


 「――さっさと戦えや、このふんどし親父がっ!!」

 「ふんどしを馬鹿にすんじゃねえっ!? あっ!?」


 フレッドの怒声に振り向くと、そのフレッドが魔物と戦っている最中だった――

 ち、焼き入れる暇もねえのかよ!

 こうして一旦坊主を解放して、俺たちは何度目かの戦闘に集中した。






 その夜、何とか纏まった量の薬草を確保して街に帰ってきた俺たちはギルドに報告してから解散となった。

 リック君はギルドの用意した宿泊施設に、フレッドは酒場へと帰って行った。

 そして俺は我が家の寝室のベッドで唸っていた。


 「いててて、油断した訳じゃあねぇんだがな……」


 深緑の森は入口でも魔物が強いぜ。

 薬草は貴重だから、街の為にもやらなきゃいけない仕事なんだがな。

 何せどの街でも薬草は貴重だから、買うにしても高すぎる。

 アリスちゃんからと、シオンに託された復興資金に手を出したらあっと言う間に目減りしちまう。

 あれはあれで大事に使わないとな。

 にしても……


 「てて、くっそー俺も歳なのかねぇ」


 情けないぜ。


 「――よく言うよ、それだけ無茶ができりゃ、まだまだ現役さ」

 「母ちゃん……」


 アデルが寝室に水の入った桶とタオルを用意して入ってきた。


 「さ、薬を塗るから包帯も取り換えるよ」

 「ば、馬鹿言え! 貴重な薬を……採取に行って怪我して、それを使うなんて本末転倒だぜ。こんなもんはしばらく我慢してりゃ治る」

 「はいはい、怪我人は黙りな」

 「いってぇ!」


 笑顔で近づいて来たアデルに包帯を巻いた背中を叩かれる。

 無茶しやがる……

 アデルは笑って、ベッド横の椅子に座った。

 それから有無を言わさずに包帯を外されて、身体を綺麗に拭いてくれる。


 「背中を怪我するだなんて、冒険者の端くれにも置けないねぇ」

 「……へ、男の勲章がまた増えちまっただけだぜ」


 実はかなり痛いが、なるべく何でもないように振る舞う。


 「あんたは昔から、本当に馬鹿だね」


 アデルが何か懐かしそうに笑みを零す。


 「なんでぇ、藪から棒に」

 「昔、戦えもしない女が薬草を採りに森へ入った時も、大怪我をしたのはあんただけだった」

 「……さあ、そんなこともあったか?」


 背中が痛いどころか、むず痒くなる話だぜ。


 「ふふ、実はさっき若い騎士の子が訪ねて来てね? 庇ってくれた事、未熟だった事、本当に申し訳ありませんって頭を下げて行ったよ」


 あの坊主……


 「……たくよぉ、男が簡単に頭を下げるもんじゃねえぜ」

 「素直な良い子じゃないかい」


 ま、否定はしないがな。

 身体を拭き終わったアデルが、怪我した背中に薬を塗っていく。


 「……せっかく採って来たのに、もったいねえ」


 自分に使うために採りに行った訳じゃねえんだがなぁ。


 「馬鹿言いなさんな。こんな時の為に、薬はあるんだよ」

 「俺にはいらねえよ」

 「はいはい」


 ち、母ちゃんには敵わねえなぁ。

 優しく背中を撫でるように薬を塗ってくれて、新しい包帯を巻き直してくれる。


 「アリスちゃんが居たら、すぐに治してもらえるんだろうけど」

 「子供に頼るなんて恥ずかしいぜ」

 「何を言ってるのさ、シオンも、アリスちゃんも、とっても良く出来た自慢の家族じゃないか」

 「……違いねえや」


 実際シオンは俺たちには出来過ぎた子だ。

 あいつは強くなる。

 アリスちゃんも……話を聞く限り凄い事になってそうだ。

 もしかしたら、シオンはアリスちゃんを守るための神の采配とかいうやつなのかねえ?


 「なんてな、ちっと親バカが過ぎるわな」

 「それは仕様がないさ、あたしも二人の事が大好きで誇らしくって仕方ないからね」

 「おう、二人揃ってどうしようもないな」

 「そうさね」


 包帯を巻き直してもらうと、眠気が襲ってきた。


 「……またあいつら、帰ってきやがるかな?」

 「きっと帰ってくるさ、夢を継いでいるんだからね」

 「へ、そりゃ呪いだ」

 「呪いじゃなくて、希望になってるんだよ」

 「そうだと良いんだがなぁ」

 「ふふ、他人の心配ばかりだよ、あんたは。今はゆっくり休みな」


 アデルに笑いかけられると、ほっと肩の荷が下りた気がする。


 「性分なんだ……」


 夢うつつに答える。


 「――知ってるよ」


 アデルの声に、安心して眠りにつく。






 その日は、夢の中で娘と銀の少女が幸せそうに笑い合っている姿を見る事ができた。

 どこかで元気にやってくれれば、それだけで良い。

 シオンよぉ、あんまり無理するんじゃねえぞ?

 アリスちゃんよぉ、身体には気を付けるんだぞ?


 ほんと、心配事はいつになっても尽きねえや――

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