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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
四章 日常編

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二人のお姫様

 王都に帰ってくると、屋敷にメイドさんが居た。

 何を言っているのか分からないかもしれないが、俺にも分からない。

 呆気にとられていると『お帰りなさいませ、お嬢様』と一同から挨拶をされた。

 屋敷の警護から管理まで一手に引き受けてくれるらしい。

 確かに広すぎて、とてもじゃないけど管理出来ないとは思っていたけれど。


 「……クランですね」


 まぁ、有難い話を拒否する理由もない。

 う~~ん。

 拒否はしないけども、あのクランのことだから。

 真綿で首が絞まっていく感じは否めない。

 そんな風に考え事をしていた二階のバルコニーから庭を見ると、イリアとメイドさんたちが集まっていた。


 「そこはもっとお花を植えようと思います」


 なるほど、見栄えが良くなって綺麗かも。

 せっかくの広いお庭ですからね。

 リンちゃんと遊ぶにも良いでしょう。


 「敷地にはもっと高度な防御陣を敷こうと思っております、錬金術師の方に相談を」


 ふ~ん?

 安心なのに越したことはないしね。

 大金持ちになっちゃってるし。


 「警備のスケジュールは――」


 なんたらかんたら、とイリアがメイドさんたちと屋敷の運営について細かく話し合っていた。

 庭に整然と並んで打ち合わせしている様は、素人じゃない。

 あれは訓練されたメイドさんだ。

 ウェイトレスしている人たちとは違う職業だ。

 間違いない。


 「そしてメイド長、決定」


 出世しましたね、イリア。

 主として嬉しく思いますよ。

 そこでメイドさんの一人と目が合った。


 「お嬢様、何とお美しい……陽光に照らされて輝いている御髪は、銀貨などより遥かに価値がありますわ」


 見上げてくるメイドさんが、陶酔したようにそう零した。

 ……俺はアイドルか。

 何とも言えないプレッシャーを感じながら漫然と眺めているうちに、全員から注目を集めるまでになってしまった。


 「……」


 え?

 何?

 何なの?

 この、俺のお言葉を待っていますみたいな雰囲気!?


 「……皆、苦労をかける事もあると思いますが、よろしく頼みます。貴方たち一人一人の働きに期待しています」


 などと、それっぽい事を言ってみる。


 「イエス、マイ、レディ」


 イリアが騎士のように膝をついて敬礼した。

 それに合わせて、メイドさんたちも全員跪いた。


 『畏まりました、お嬢様!』


 俺の明日はどっちだ……

 引きつった顔を誤魔化しながら、手を振りながら部屋に入る。

 すると、そこには小さな侵入者。


 「くぁっ……眠い。うぅむ、眩しい……溶ける」


 吸血鬼か……

 目を擦りながら、ネグリジェの肩紐をはだけさせてティルがだらしなく歩いていた。


 「髪を梳くが良い、アリスよ……くあ」


 大きな欠伸をしながら、命令される。


 「もう、鏡台の前に座って下さい」


 手を引いて椅子まで連れて行く。

 さっそく櫛で丁寧にティルの髪を梳いていく。

 本当に綺麗で手触りも良く、実はティルの髪を整えるのは好きだったりする。


 「ん~、私はこっちの方が落ち着くなぁ」

 「む……?」

 「なんでもありません」


 命令するより、命令される方がしっくりくる。

 ティルは元々する側の立場っぽいから違和感無いんだろうけど。

 まぁ、慣れかなぁ?

 イリアにはもうすっかり慣れたし、いずれこれが普通になるのかな。

 ……それならそれで、偉ぶらないように気を付けないとね。

 初心忘れるべからず。

 その為にも!


 「これからも私に偉ぶって下さいね、ティル!」

 「…………」


 気のせいか、鏡に映るティルが嫌そうな顔をしていた。






 髪を整えて着替えを済ませると、ティルはさっさと部屋から出て行った。

 そのままバルコニーから空へ外出。

 ……玄関から出入りして欲しいなぁ。


 「自由だなぁ」


 しかしメイドさんを派遣してくれたのは確かにクランかもしれないが、これから彼女たちの面倒を見てやるのは俺でないとダメだろう。

 それをクランにやらせると、国のお金で俺は何をやっているのかという話になる。

 そうするとお金はいくらあっても邪魔にならない訳で、もちろん冒険者の仕事はするけどもそれとは別に資金運用したい。

 元手はある訳だし。


 「商売の事ならエレノアさんだろうけど」


 二号店、三号店と続く為の資金を用意して、共同オーナーみたいな形でお邪魔するのはどうだろう?

 今度イリアに相談してみようかな?


 「焦る必要はないか。幸い、それだけのお金は確保しちゃったし」


 しかし白金貨なんてお店で出されたら、お釣りが返ってこないんじゃないの?

 一番使いやすいのは銀貨だろうな。

 金貨を気軽に出されても困るだろうし。

 両替商でも探そうか。


 「よし、出かけよ!」


 と思って、バルコニーを見る。

 ……空からお出かけ、気持ち良さそう。

 吸い寄せられるようにバルコニーに出て、いざ――!


 「お止め下さい、お嬢様。はしたのうございます」

 「……」


 イリアが庭から分かっていましたと言わんばかりに待ち構えていた。

 何で俺だけ……






 大人しく玄関から大仰に見送られながら外出した。

 お供は要らぬ、控えよ、と言ってみたので一人である。

 両替はギルドでも出来るらしいので、早々に済ませた。

 つまり、自由時間。

 羽を伸ばそうか。

 王都をじっくり見て回った事って、実は無いんだよね。

 適当に街を歩いて、疲れたら馬車にでも乗って、適当に休日を楽しもう。

 まぁ休日って言っても、自分で思った日が休日なのだけど。

 そんな訳で目的なく街を歩くと、何故か商店街に到着してしまった。

 気分は今日の献立何にしようという感じだけど。


 ――これからは、お食事はわたくしたちがご用意しますので。


 というメイド長からの申し入れなので、俺が食材の買い出しをする必要はない訳で。

 彼女たちの矜持をへし折る理由もない訳で。

 サイラにお料理を教える機会か、もしくは俺が自分で作りたいというパッションが溢れ出すまでは特に用事のない場所である。

 何を売っているのか見るだけでも異世界生活の一旦を覗くようで楽しいけどね。




 ――そうしてしばらく街歩きを楽しみ、現在、俺は絶賛絡まれていた。




 「付き合ってくれねえか、姉ちゃん。へへ、一人でヒマそうだったしな?」

 「おお、俺らと遊んでくれ、な?」

 「……」


 三人の男共に囲まれて、壁際に押し込められる。

 う~~ん、ちょっと裏通りに入っちゃったのが拙かったな。

 海外旅行でしちゃ行けないことの筆頭じゃないか。

 や~、失敗失敗。


 「や、止めてくださいっ、困ります……!」


 ちょっと震えて見せながら、懇願する様な声を出してみる。

 男たちが更に下卑た笑みを浮かべる。

 しょうもない事しているなぁ、俺。

 暇なのかな。


 「姉ちゃん、マジ可愛いな。俺、マジになっちゃいそうだわ」


 そう言って男が更に一歩詰め寄ってくる。

 俺の後ろは壁なので、逃げ場はない。

 裏通りなので、人通り自体少ない。

 通っても、我関せず。

 さすが裏通りの人たち。

 う~~む。

 上目使いで男たちを見上げてみる。

 前の二人はだらしない顔である。

 後ろのメガネは良く分からん。


 「あの……」

 「あん? どうしたんだ?」

 「知らない女の子に声かけるのって、結構勇気要りますよね? お兄さんたち、割と凄いです。そんなお兄さんたちを男と見込んで、一つ質問があります」


 少なくとも、俺はそんなこと出来ないし。

 そんな変な質問に、男たちは面食らった顔をしている。


 「私って女の子が好きなちょっと変わった人間なんですけど、そういうの、どう思います?」


 全員さらに混乱の極みに。

 周りの皆には聞き難いし、ちょうど良いから答えてもらおう。

 前に居る男二人が、腕を組んで顔を見合わせた。

 後ろに居る男が、メガネを片手で押し上げた。


 「人類の損失じゃね?」

 「男にとっての悲劇」

 「――大好物だ」


 俺を含めた全員の視線が一点に注がれる。

 お前、マジかよ……

 そんな全員の物言わぬ視線に晒されながら、その男は指で眼鏡を押し上げて、もう一度口を開いた。


 「大好物だ」


 どこか悟りを開いたように男は頷いた。


 「おい、お前ら。この子は俺たちが汚して良い存在じゃない。もっと神聖な何かだ」


 眼鏡の男が態度を改めて、呆気に取られる男二名の肩に手を置いた。


 「さ、行くぞ」

 「……は? おま、ちょっ!」


 有無を言わさぬメガネ男子に促されて、男たちは裏通りにそのまま去って行く。

 去り際にメガネくんが振り向いた。


 「邪魔したな。そのままの君で居てくれ」

 「は、はぁ……」


 眼鏡を光らせて、今度こそ男は去って行った。

 完全に予想外な展開だ。

 荒事になっても正直指一本で切り抜けられたし、誰も怪我させないように跳んで逃げる事も出来た。

 その前に、参考意見を聞こうと思っただけなのに。

 意外と良い奴らだったか。


 「……ううむ、一定の理解はある。そう思って良いの?」


 何だ、一定の理解って……?

 とりあえず、俺は女の子を好きで良いって事か?

 去っていくその背中に、何故か男らしさを見つけたような気がした。


 …………気のせいかもしれないが。






 適当に街を歩いていると、さすがに喉が渇いて来た。

 エレノアさんのお店が近いので、そこに足を運ぶのは自然な流れだった。


 「エクレアにお礼も言いたいしね」


 お見舞いの。


 「――なるほど、ここにあの方が居られますのね?」


 突然、フードを被って顔を隠している傍の人が俺の言葉に反応した。

 ん……?

 この声は……


 「ク、クラ――むぐぐっ!?」


 声を出す前に手で口を押さえつけられる。


 「し、静かにして下さい、アリス。お忍びなのですわ」

 「ん~、んんっ!」


 それは分かったんだけど、そこまで耳に近づけて喋る必要ある!?

 吐息がかかって、くすぐったいんですけど!?

 ようやく口を解放されて、一息つく。


 「クラン、いつから……?」


 声を押さえて問いかける。

 ……そもそも顔近いし。


 「アリスが余の事を愛していると言っていた頃からですわね」


 いや、まぁ……裏路地か?

 だとしたら、この子も相変わらず危なっかしい事するなぁ。


 「久しぶりだね、クラン。お忍びって、大丈夫?」

 「必要な事ですわ。それよりアリスはお茶を頂くつもりだったのではなくて?」


 ……ストーカー?


 「ま、まぁそうですけど。クランはどうするの?」

 「もちろん、ご一緒させてもらいますわ」

 「そうなんだ……」

 「ええ」


 ……

 何となく。

 何とな~~く、俺は二人を会わせたくない、気がする。

 良く分からないこの気持ち。

 というか……予感?


 「さ、参りますわよ」

 「わわっ」


 迷っている間に、クランに手を引かれて店内に入ってしまった。

 そこに出迎えてくれる、ちょうど真紅のメイドさん。


 「いらっしゃいませ、お嬢さま! ……って、あんたなの」

 「なってない!」


 相変わらずこのメイドはなってない!


 「やかましいわねぇ、二人で良いの?」

 「まぁ、そうですけど……」


 オーナーを呼べ!

 と言いたい。

 素人め!

 とか思ってる間に、クランが堂々とフードを脱いだ。

 ――ちょっ!?


 「――え?」


 エクレアの目が見開かれる。


 「ご機嫌よう、エクレア様」


 優雅に一礼するクランに、エクレアが慌てて周りを見渡す。


 「……こっちっ」

 「わわっ!?」


 また俺!?

 そこはクランでしょ!?

 強引に手を引かれて、奥のビップルームに引っ張り込まれる。

 もちろんその名の通り、個室である。


 「良いお店ですわ」


 席について、クランが感心したように部屋を眺める。

 壁にかけられた絵画や、飾られたお花がお客様の目を楽しませるハイセンスなお部屋である。


 「どういうこと、アリス!?」

 「なんで私に聞くんですか……」


 直接本人に聞きましょうよ……

 真横に居るでしょう。

 エクレアは一瞬だけ視線をクランに流して、関係ないんだからね、みたいな感じで俺に視線を戻した。

 ……凄く失礼な振る舞いだよね、一国の御当主様相手に。

 そのクランも相手の態度なんてどこ吹く風という感じだけど。


 「アリス、これはなんですの?」


 クランもマイペースだなぁ。

 メニュー表に載ってある、ある項目を指差して問いかけてくる。


 「ああ、それを頼むとこのメイドさんがご奉仕してくれる、そんな飲み物です」

 「まぁ、それは楽しそうですわ」

 「じゃあ、それ一つ」

 「嫌よ! 冗談じゃないわよ、アリス!!」


 ダメか。

 クランの前で萌え萌えするエクレアに興味があったんだけど。


 「……ダメ?」

 「ダメに決まってるわよ!?」


 注文の多いメイドカフェだなぁ。


 「アリス、ではこれは?」

 「そ、それは……一つの飲み物を二人で飲むものです、恋人みたいに……」

 「まぁ?」


 クランの目が輝いた。

 あ、やばい。


 「では、これにしましょう」


 やっぱりか。

 よりによってエクレアの前で……

 う、う~ん。


 「……こ、こっちのラテ・アートなんか可愛くって楽しいですよ、クラン?」

 「あら、そうなんですの? アリスがそう言うなら、それにしましょう」


 ほ……

 でも市井のお店ではしゃぐお姫様を見ていると、出来るだけ楽しんで貰いたいのは確かなんだよね。

 エレノアさんのお店で毒入り事件なんて事も無いだろうし。

 ……一応、俺が先に飲もうとは思うけど、男として。


 「…………楽しそうね、アリス」


 メニューを決めている間に寄り添ってきたクランと俺を見て、エクレアの眼が剣呑になる。


 「そ、そっかなぁ? ……私イリアと居ても、サイラと居ても、エクレアと居ても楽しいなぁ、エクレアと居ても!」


 変な汗が出てきた!


 「くす、正直な方ですわね」

 「っ!?」

 「ひぃっ」


 火花が散りそうな空間である。


 「…………少々お待ちください、お嬢様」


 際どい所で従業員としての役目を思い出したのか、エクレアがさっさと引き上げていく。

 寿命縮む……


 「くすくす」


 俺の肩に寄りかかりながら、クランが楽しそうに笑う。


 「……色々分かってるでしょ、クラン」

 「何が分かっているんですの?」

 「……腹黒」

 「忌憚のない清々しいご意見、耳に心地良いですわ」


 ……大変なんだろうなぁ、クラン。


 「大丈夫、クラン? 心配です……」

 「そんなアリスが居るから、余は頑張れるのですわ」


 自然にクランを抱きしめる。

 クランはそんな俺に為されるがまま、身を預けてくる。


 「ここに来たのはご想像通り、余はあの方に興味があるのですわ」

 「想像通り過ぎです、悪びれもせず」

 「うふ、さすがアリスと言わざるを得ませんわね。このご縁、利用させて貰いますわ」

 「堂々と言いますし……」


 ごめんね、エクレア……

 俺にはクランを止められないよ。

 でも悪い子じゃないんだよ?

 一騒動くらいは……あるかもしれないけど。

 なんて、頭を悩ませていると顔を掴まれた。


 ――そして。


 「んむっ――!?」


 ちょっ、舌が……!!


 「――はぁ、隙だらけですわ。気を付けた方が良くてよ、アリス」


 そういうクランの表情は艶っぽくて、増々色気が増したような!

 女の子って、成長早い……


 「善処……します……」


 クランとエクレアかぁ。

 全然違う、お姫様だよね。


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