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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
四章 日常編

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微熱

 世界が目まぐるしく廻っている。

 それはそれは落ち着きなく回転しており、こちらまで気分が悪くなりそうである。

 三半規管の弱い人はあっと言う間に胃の中の物を撒き散らしそうな勢いだ。

 とにかくベッドから起き上がるなど不可能な状況。


 「……虚弱、かぁ」


 こちらまで気分が悪くなる、というか……


 ――調子がおかしいのは世界ではなくて、どう考えても俺だった。


 右手を天井に向けて上げてみると、それだけで岩でも持ち上げているかのような重労働だ。

 体力1、守り0。

 ひ弱な身体でウィルミントンの公都と国境の往復。

 レイミア、エクレアとの連戦。

 左手の上級魔法に、切り札『雷神結界』。

 ……体調を崩さない理由を考える方が難しい。


 「水……」


 ベッド横のサイドテーブルに置いてある水差しに手を伸ばす。

 ぐぬぬぬぅっ。

 身体を少し動かすだけで、叫びたくなるほど苦しい。

 いっそ大声で喚き散らしたい。

 大人しく寝ていることさえ無理なほど苦しいのだ。

 ……熱、何度?


 「あ――」


 朦朧とした手つきで水差しに触れて、そのままそれを盛大に引っ繰り返してしまった。

 ガラス製の水差しが分厚い絨毯の上に鈍い音を立てて落ちた。

 絨毯がクッションになって幸い割れなかったが、中の水が絨毯に浸水中。

 ああ、なんてこと……


 「掃除、掃除しないと気持ち悪い……」


 気合いで腕を捲ると、転がる様にベッドから這い出さんともがいた。

 どうせ世界は回っているのだ。

 少々転がった所で違いはあるまい。


 ――なんて、無理でした。


 そんな空元気も出ないんですよ、ほんと無理。

 何これ助けて、死んじゃうよ。

 ベッドから這い出した所で、頭から床に突っ込んだ。

 ……いたい。


 「おはようございます、お嬢様」


 そんな時、ちょうどノックがしたので返事を返すと、イリアが顔を出した。


 「あら? 朝からエクササイズですか? 可愛らしいおしりですわ」


 こんなエクササイズがあってたまるか……






 公国でマリアさんから貰った屋敷。

 王都に帰る前に、そこで一息入れている最中に体調を崩した。

 本当は直ぐに王都に帰ろうかと思っていたのだけど。


 「なんとなく、お嬢様が体調を崩されそうだったので」


 というイリアの鋭すぎる慧眼のおかげで、こうして出発を遅らせて養生しているという訳だ。


 「う~~、くるし~~。いっそ楽にして」

 「情けない事を言わないで下さいませ」


 イリアに窘められながら看病される。

 ベッドに戻されて、水を貰って、冷えたタオルをおでこにかけてくれる。

 効果がどうのというよりも、やっぱり気持ちが良いおでこタオル。

 落とした水差しも片付けてくれたし。

 ああ、居てくれて良かったイリア。

 俺の目に狂いはなかった。


 「ゆっくりお休み下さい、お嬢様」

 「起きたばっかりで、眠くない~、苦しくって、眠れない~」

 「では、わたくしとお話しでもしますか?」

 「うん、何か話して~」

 「そうですね、王国と周辺国の成り立ちなど如何です?」

 「……そういう話は、今はちょっと」


 頭が痛いので、勉強は止めよう勉強は。


 「ではルクセーヌ帝国の占領政策とハイパーインフレについて」

 「……」


 半眼で見つめると、何か?

 という笑顔が返ってきた。


 「……寝ます」

 「ふふ、静かにして横になっているだけでも違うものです。観念して下さいな、お嬢様」

 「イリアの意地悪……回復したら、お仕置きです」

 「楽しみにお待ちしておりますわ」

 「あ、イリア……付きっ切りで看病はしなくて良いよ」


 言っておかないと、本当に一日中しそうだから。


 「心得ております。お嬢様の心を煩わせるようなことは致しませんわ」


 などと言いながら、俺の奴隷さんは優雅な微笑みを残して部屋から出て行った。

 あの子ってば、本当に気を配る子だよねぇ。

 お仕置きどころか、今度労ってあげないとね。






 次に目を覚ますと、窓から差し込む光が元気に屋内を照らしており、ちょうどお昼頃という所だった。


 「お、起きたのか、アリス」

 「……お姉ちゃん」


 ベッドサイドの椅子に腰かけて、シオンさんが何かの本を読んでいた。

 何ともなしに姉に手を伸ばすと、何ともなしにシオンさんもその手を掴んでくれる。

 何か、ほっとする……


 「あんたは本当によく体調崩すね」

 「自分でもびっくりです……」


 昔は皆勤賞だったんですよ、ほんとですよ?

 ヒールの使い過ぎは仕方のない理由だとは思うけど。

 しかし何かある度に寝込んでいるのは確かだ。

 ……実は俺をやっつけるのって、結構簡単だよな。

 弱点がはっきりしてる。


 「私もお姉ちゃんも、戦いでは瞬間的に輝くタイプですよね……イリアやエイムが居ないとバランス悪い……」

 「まぁ、マリアさんみたいには中々いかないさ」


 あの人は……一人でほぼすべての状況に対応出来そうだしね。

 自己分析すると、俺が苦手なタイプの相手は身内で言うと……イリアと、ティル!

 ティルだ!

 ちょっと待って、実力差がある上に相性の悪い相手だ!

 最悪だ!

 もはや俺はティルには敵わないというのか!


 「……ま、いっか? ところでお姉ちゃん、添い寝して行きます?」


 ティルに敵わないから何だというのか。

 馬鹿らしくなってきた。

 上だ下だというのが的外れだし。


 「やれやれ、何がところでなんだか。相変わらず突拍子も無く甘えてくるな」

 「さあさあ、甘えん坊の妹を持った宿命ですし」

 「……ふむ」


 上掛けをたくし上げて準備万全に待っていると、姉がこちらをつぶさに観察してくる。

 早く早くと繋いだ手を引っ張ってみるが、如何せん力関係からビクともしない。

 

 「止めとくよ、妹様」


 笑いながら、シオンさんはベッドの端に腰を下ろした。


 「ええ~」


 不満そうな俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。


 「やせ我慢するやつだな。元気に振る舞うのは止めろ、アリス。相当苦しそうだよ」


 …………今の振る舞いで、それが分かるか?


 「……ばれては仕方ないです」


 大人しく身体の力を抜いて横になる。

 繋いだ手だけはそのままにして。


 「食欲は?」

 「……無いです」

 「そうか、まぁ、無理するな。夕方に少し落ち着けば、その時食べれば良いさ」

 「はい……」


 敵わないなぁ、お姉ちゃん。

 頭を撫でられている内に、また眠たくなってきたのでそのまま微睡みに身を任せた。






 今度はノックの音で目が覚めた。


 「……ん、はい?」


 いつの間にかカーテンから差し込む光も見えなくなっており、夜になったのだと分かった。

 結構寝たな。

 お姉ちゃんも、居ないや。


 「えと、アリスさん、大丈夫ですにゃ?」


 お、サイラだ。

 ドアから心配そうに耳を垂らして顔を出している。


 「あ、良いからそのまま寝てて下さいです!」


 起き上がろうとした所で止められる。

 そこまで重病人という訳じゃないんだけどなー。

 単なる体調不良(虚弱の為)なんだけどなー。


 「うん、サイラ、どうしたの?」


 あれ、そういえばいつの間にかサイドテーブルに果物が乗っているな。

 誰か来ていた?

 俺の視線を見て、サイラが頷いた。


 「それはエクレアさんですにゃ」

 「ああ、エクレア来てくれてたんだ」

 「はい、何だか赤い顔で出て行かれましたけど」


 エクレアも一緒に泊まれば良いものを、わざわざ宿を取るなんて。

 勿体ない。

 というか、赤い顔?

 ……俺、何かされた?


 「……そういえば、リンちゃんはエイムが見てくれているの?」

 「はいです。お昼にお見舞いに来て、少しだけ一緒に寝ていました」


 リンちゃんに添い寝してもらっていたとは。


 「しばらくしてから、エイムさんが抱きかかえて行きましたにゃ」

 「エイムはあれで、子供に慣れてるから」


 俺と違って、対応にメリハリがあるよね。


 「ん、ところで、何だかいい匂いが」


 匂いに釣られて、サイラの手元を良く見るとお盆にスープが乗せられている。

 それを見て、思い出したように食欲が出てきた。


 「はいっ、食べられますか?」

 「うん、大丈夫みたい。サイラが作ってくれたの? ありがとう」


 サイドテーブルにお盆を乗せて、サイラが起き上がるのを手伝ってくれる。

 こうやって食べ物を見て美味しそうと思える程度には回復したのかな。


 「いただきます」


 お盆からスープの入ったお皿を手に取って、スプーンですくう。


 「……」

 「……あの、食べにくいです、サイラ」


 凝視しないで、凝視。


 「ご、ごめんなさいですっ、でも、気になるですにゃ……」

 「?」


 やっぱり自分で作ったスープだからかな?

 良く分からないけど、とりあえず一口。


 「っ!?」


 サイラが、増々真剣な目で俺を見つめてくる。

 俺は舌で味わうのを切り上げて、早々にスープを飲み込んだ。


 「ど、どうですかにゃ?」

 「……心が温まるようです。サイラの作ってくれた優しい味が伝わってくるようで、身体の不調など飛んでしまいますね」

 「ほんとですか!?」

 「もちろん」


 もちろんですとも。

 しかし……


 「えー、そうですね。そう、ですねぇ……」


 何から行きましょうか?

 一つずつ行こうか、一つずつ。


 「……とりあえず、何というか食べやすい温かさですね?」


 スープなのに、ドリンクの様に飲み干せそうです。


 「はいです! アリスさん体調も悪いですし、熱々は食べにくいと思って!」


 そうですか、気を利かせてくれたんですね。

 ありがたいことです。


 「サイラって、猫舌ですよね」

 「猫舌……?」


 うにゃ?

 と、サイラが可愛らしく舌を出した。

 全くもう、可愛いなぁ。


 「あ~、うん、良くわかりました」


 俺が出した料理も、熱いのはふーふーしてたもんね?

 よし、次行こうか。


 「何というか、味付けに創意工夫が感じられますね、とっても甘いです」


 砂糖ですよね?

 砂糖を思いっきり入れてますよね?


 「はいです! アリスさんお疲れですにゃ! 疲れている時は、甘いものが良いと聞いたことがあるので!」


 アリスさん、もうちょっと辛口が良かったにゃあ。

 はい、じゃあ次行きましょうね。


 「随分と沢山の具材が入っていて、とても食べ応えがありますね」


 もはやスープよりも中身の方が出しゃばってる感じですね。


 「一杯栄養を取って、早く良くなって欲しいですにゃ!」


 具沢山って、確かに選択肢としてはあると思うの。

 でもね?

 量よりも、素材の大きさが問題かなぁ?

 火がね?

 通ってないのね?

 中までね?

 とても大きいジャガイモをスプーンですくって、口に運ぶ。

 とっても鮮度満点の歯ごたえがした。

 うん、顎が鍛えられそうです。


 「……やっぱり、美味しくありません、よね?」


 淡々と食べている俺の様子を見て、サイラの耳が垂れた。


 「私、昔から鍛冶ばっかりで、親方さんにも料理を作るの禁止されていましたにゃ……」


 ふ~む。


 「不器用だから、いつも余計なことしちゃうんです……だから人一倍頑張ろうとは思っているんです」


 なるほどねぇ。

 万物の天才ではなくて、発明王の方かな?

 どちらにしても、ひらめきも努力も必要だと思うけど。

 一点突破型というだけの話だね。


 「ん……ご馳走様。心のこもった、とても良いお料理でしたよ? サイラ」


 完食して、お皿をお盆に戻す。

 サイラがまさかという顔をして、目を白黒させていた。


 「嘘ですにゃ……」

 「ふふ、サイラ? 私は一つも嘘は言ってませんよ?」


 ここで美味しかったと言ってあげるのは、実は結構簡単なんだけどねぇ。

 望んでないよね、そんなの?


 「アリスさん……」


 おいでおいでとサイラに手招きをして、頭をこちらに預けてきたサイラを撫でてやる。


 「ね、サイラ? そういえば家事のローテーションの約束があったじゃないですか? お料理、一緒に作ってみましょうか?」

 「良いんですか?」

 「うん、誰かと一緒に料理するのって、楽しいしね」

 「嬉しいですけど……ご迷惑をおかけしそうですにゃ……」

 「私はサイラがどんな面白いことをしてくれるのか、今から楽しみですけどねぇ」

 「ひどいです、アリスさん!」

 「ふふ、ごめんなさい?」

 「反省してないですにゃぁ」


 ぐりぐり頭を押し付けられる。

 何だか猫が懐いてきてるみたいだなぁ。


 「アリスさん、大好きですにゃ……」

 「光栄です」


 サイラとの一時を楽しんだ。






 男とは、耐える生き物である。

 そう、例えこの虚弱な身体が悲鳴をあげようが、この俺の心まで折ることは出来ない。


 「う~~、くるし~~~、もうダメ、誰か世界を破壊して~~」


 などとは微塵も思っていません。

 ええ、思っていませんとも。

 皆が寝静まった夜半。

 体調というものは夜に悪くなるというらしいが、まさにそれ。

 決して食事が当たったとか、そういうことでは断じてない。

 身体が熱い。

 熱上がってきたか?

 う~~~。


 「ヒール……」


 自己ヒールをかけてみるが、まるで効果なし。

 知ってた……

 しかも余計な魔力を使って、更に気分悪くなってきた……

 あ~~~。

 う~~~。




 と、半分夢現に寝苦しい夜を過ごしていると、急に気持ちの良い冷気が身体を包んだ。




 「ん……」


 自分でも、少し呼吸が落ち着いた気がした。

 瞼は重たくて目を開く気力もないけど、誰かが傍に居てくれている気がした。

 実際、おでこに小さくて冷たくて、気持ちの良い手が添えられたような気がする。

 ひんやりとした温度とは裏腹に、それはどこか母親のような温もりを感じられるもので。


 「すぅ……」


 ようやく、安心して眠りにつくことが出来た。






 そうして次の日、やっと体調は回復した。






 ちなみに、愛すべきお寝坊さんは夕方まで起きてこなかった。


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