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幻想世界のアリステイル  作者: 瀬戸悠一
三章 冒険者編

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幕間 悲しみの青き死神

 物心ついた時から、生きるのは戦いだった。

 両親の記憶はほとんど無い。

 気がつけば、王都近郊を彷徨い歩いていた。

 行き倒れに近い自分を拾ってくれたのは、決して裕福とは言えない教会の神父様だった。

 とても優しい人で、自分の他にも大勢の身寄りを無くした子供たちが養われていた。

 教会での生活は、ひどいものだった。

 部屋の数が足りなくて、狭い部屋に何人もが一緒に詰め込まれて暮らしていた。

 食べ物だって一日一回が基本で、いつもお腹を空かせていた。

 そんな中でも勉強は大事だと毎日勉強させられた。

 お腹も空くし、やりたくも無い勉強を強制させられるし。

 自分も含めて子供たちは面倒を見てくれている神父様に不満を募らせたものだ。

 でも、いつ頃からか、神父様の頬がこけていることに気付いた。

 初めて会った頃より一回り身体が縮んでしまっている事に、気付いてしまった。


 (なんとか、しないと)


 そう思えるほどに、いつの間にか一緒に暮らす子供たちと、この古ぼけた教会に愛着が湧いていた。

 この、どうしようもなく居心地の悪い教会に。

 護身用にと弓を習っていた事を思い出したのは僥倖だ。

 おぼろげながら、幼い頃に習っていた記憶が体に染みついている。

 ここに来る前に、ただ一つ自分が持っていたものと云えば、その弓と技術くらいだから。

 もしかすると、弓は両親の形見なのかもしれない。

 ある日、物置からさっそく埃を被ったそれを引っ張り出してきて、手入れしてみた。


 「おお、エイムかい? どこに行くんだい? そんな弓を持って」


 神父様が深い皺の入った顔で、優しく笑いかけてくる。

 あまり――時間が無い気がした。


 「ん、ちょっと、冒険ごっこ」

 「そうかい、あまり、遅くならない様にね」

 「らじゃ」


 王都の郭外に建てられた教会を抜け出して、街の外に向かって急ぐ。

 途中、聳え立つ城壁が目に付いた。

 あの中の人たちは、きっと良い生活を送っているのだろう。


 「……待ってて、皆」


 自分の力で、皆を助ける。

 そう決意して、外に飛び出した。






 魔物を倒せば、換金できるアイテムが手に入る。

 そうじゃない動物を倒せば、その日を凌ぐ食料が手に入る。

 弦を張り、ナイフで削った木の矢を持って、王都近郊の草原を進む。

 何度か試し撃ちをしてみたし、威力に問題はない。

 後は自分次第。


 「――いた」


 昔から、集中すれば人より遠くが把握出来た。

 だから得物を見つけるのはすぐだった。


 バレット・ウルフ:LV5


 エネミーステータスが出る。

 魔物。

 心拍数が跳ね上がる。

 敵は気付いていない。

 この一射で、終わらせる。

 弓を引き絞り、良く狙って――


 (――当たって!)


 狼の胴体に、矢を放つ。

 それは未だ気づかぬ狼に迫り、そして――――外れた。

 狼の目前の大地に突き刺さる。

 それに飛び上がって驚いた狼が――遂にこちらを視認した。

 その名の通り、弾丸のように狼がこちらにかけてくる。


 「う、うあ……くる、なああああ!」


 がむしゃらに、矢を放つ。

 狙いも付けずに、怖くて怖くて、必死に矢を放った。

 その全てが、ことごとく外れていく。


 「なんで! なんで当たらない!?」


 狼が目前まで迫った時、既にパニックになっていた。

 狼はこちらに向かって減速するでもなく、更に速度を加速させて体当たりをして来た。


 「――あっぐ」


 息が、止まった。

 空と大地が反転する。

 宙を舞い、そして、一瞬後地面に叩き付けられた。


 「――っ」


 声も出なかった。


 ――痛いイタイいたい、いたい、いたい、いたい、いたいぃ!


 あまりの激痛に一瞬我を忘れてのたうち回った。

 狼はそんな自分をじっくり眺めて、それから止めを刺せると飛び掛かってきた。

 大口を開けて、喉笛を噛み千切りに。


 ――神父様と、皆の顔が思い浮かんだ。


 「――ふざ、けないで」


 大口を開けた狼の口の中に、弓を持った自分の手を丸ごと突っ込んだ。

 鋭利な牙で噛み千切ろうとする狼。

 自分の右手から激痛と血が噴き出した。


 「こっちが、獲物じゃ、ない」


 そこから弦を引いて、矢をかける。

 外しようがない。

 これでも食ってろ。


 「そっちが、食料!!」


 狼の大口から、矢を放つ。

 貫通した一撃はもちろん相手の致命傷。

 狼が幻の様に溶けて消えた。

 その場に、ウルフの毛皮が残った。


 「やった……これなら、パン、買える」


 血まみれの手でその毛皮を掴んで、身体を引きづりながら教会に帰った。






 結局その日、帰って神父様にヒールをかけてもらい、雷が落ちたかのように叱られた。

 そして謝られて、感謝された。

 それから時々は神父様と共に狩りに出る様になった。

 暮らしは前よりも安定していたけど、それでも貧しいことに変わりは無かった。

 そんな暮らしが数年続いて――――神父様が亡くなった。

 日に日に衰えていく神父様に、薄々そんな気はしていた。

 自分にもまだ涙が流れることに驚いて、それでも泣きじゃくる子供たちの為にしっかりしなければと奮い立った。


 「エイム……これから、どうしよう」

 「ん、心配しないで、ラナ。あなたは子供たちをお願い。お金は――稼ぐから」


 年長の自分と、この教会で同じように育った同い年のラナ。

 二人で、幼い孤児たちの面倒を見ていく事を誓った。






 ラナは魔法を使える。

 神父様から手解きを受けてシスターとして修練を積んでいたから、正式に教会を継ぐことを国からも許可された。

 孤児たちの居場所は、ラナが守ってくれている。

 ならば自分は子供たちの未来を作ってやらないと。

 今のままでは稼ぎが心許ない。

 きっとまた、誰かが飢えてしまう。


 ――もっと、稼げる仕事を選ばないと。


 殺しの仕事に就いたのは、この頃から。

 初めて人を撃った時、目の前が真っ暗になった。

 帰りに、川で吐いた。


 ――それでも、金貨という見たことも無いような大金の重みは大きかった。


 「――これ、どうしたの? エイム? こんな大金……」

 「……ん、ちょっと稼げる仕事見つけたから」

 「稼げるって……身体を、売ったんじゃないよね!?」

 「違うよ」


 血相を変えたラナに、苦笑して手を振る。


 「少し、疲れたから寝るね」

 「う、うん……エイム」


 心配そうに見送ってくるラナに、心苦しさを覚える。


 「――もっと、最低な事だよ」

 「エイム……?」


 シスターである彼女に懺悔するように零して、部屋に閉じこもった。






 それからまた、しばらく経った。

 老朽化が進んだ教会の撤去命令が出たので、いい機会だと郭内の立派な教会に移り住む事になった。

 少し高かったが、今までの備えで何とかなった。

 部屋の数も多く、清潔で広い教会は孤児の皆が気に入ってくれた。

 その上、子供たちが遊ぶのに適した広い公園も近い。


 「エイム、ありがとう。何から何まで、貴方のおかげよ」

 「ん、気にしないで。助けられたのは、お互い様だから」


 それに、ラナはシスターとして教会の運営を担っている。

 郭内の子供たちも集まって、勉強を教えたり面倒を見たりしているのだ。


 ――自分より、はるかに立派な仕事をしている。


 「じゃ、仕事に行ってくる」

 「……気を付けて」


 多分、ラナは薄々気付いているのだろうと思う。

 何でもない風を装っていつものように仕事に出かける自分に、祈りを捧げる様に手を組んで見送っていたラナの姿があった。

 今回の仕事は商人同士のもめ事。

 一方の商人が、最近力を付けてきているライバルを消して欲しいという、どうしようもない依頼だ。

 競合相手をいっそ始末してやろうなんて野蛮な発想だろうが、ある意味割り切っている。


 「……関係ない。金を貰えば、やるだけ」


 狙撃ポイントも、相手の情報も下調べはしてある。

 いつも忙しく国中を飛び回っている商人が、今日は家に帰ってくるという。

 その商人は出かけている時は護衛に守られており、家には防御陣がかけられているという徹底ぶり。

 金に物を言わせた仕様だから、狙撃はその護衛に守られた馬車を降りて家に入るまでの一瞬。


 「十分」


 いつの間にか、狙撃の腕は磨き抜かれていた。

 ターゲットを前にして取り乱していた自分を思い出すのが難しいくらいだ。

 この身は既に、ただの道具に成り下がっている。

 人を殺すだけの、道具に。

 狙撃ポイントについて、しばらく。

 目標が帰ってきた。

 集中力を高める。

 息を止める。

 時間すら止まったような錯覚を覚える。

 千里眼で相手の急所に狙いを付けて――死を、放つ。


 ――命中。


 ターゲットが崩れ落ちて、周りの人間が騒ぎ出す。

 それを尻目に、素早く身を隠そうとして――ある光景が目についた。

 今しがた狙撃した商人に、縋りつく小さな子供。

 泣き崩れる子供の姿。

 手が、足が、震えた。

 自分は一体――何をしている?

 教会の皆を救う為?

 ――なら、他の誰を犠牲にしても良い?

 大丈夫、大丈夫、大丈夫――?


 「――は、ははは! あははははは!!!」


 その笑いが何なのか、自分にも分からなかった。

 それでも子供たちの為に、尻尾を巻いて逃げて帰らないといけないから――





 最近、自分が自分で分からない。

 この身はもはや、完全に人殺しの道具。

 公園で子供たちと遊んでいても、どこか上の空に思える。

 ふと、公園の端の大きな木の方に顔を向けて――凍りついた。


 (銀の髪! ターゲットの!? どうして? 見つかった!?)


 直ぐに顔を逸らして、その行為が余計に相手に不審を植え付けたのではと、不安になる。

 今まで尾行等がつくこともあったが、千里眼があるため、足取りを掴まれた事は無かった。

 ……自分は良い。

 でも、子供たちまで巻き込まれては――!


 (本当はターゲットでもないけど、生かして――おけない)


 そう思った。






 すぐに行動に移った。

 下調べをしようと思って銀の髪の少女の周辺を探ろうと思っていたら、何のつもりかその夜に再び同じ公園にやってきた。

 ――バレている、のか?

 子供たちを、手にかけるつもりか!


 「――恨みはないけど、不安の芽は摘む」


 言いながら、矢を引き絞る。

 そんな自分に自嘲する。

 ――恨みなんて、誰にもなかっただろう、と。

 矢を放つ。


 ――受け止められた。


 なに、あれ?

 いや、なんであれ貫いてみせる。

 魔法の雷の反撃が来る。

 でも、この距離じゃ無理でしょう?

 もう一度、強く弓を引き絞る。

 放つ。

 勘が良いのか、伏せて避けられた。

 そんなので、いつまでも凌げると思わないで。

 魔法を警戒して少しだけ移動して弓を構える。

 それが正解で、範囲魔法で先ほどいた辺りに雷を当ててきていた。

 再度弓を引き絞る。

 もっと強く。

 放つ。

 今度も――受けられた。


 「何、あの金色……?」


 今度は、絶対に止めさせない。

 限界まで矢を引き絞る。

 これで!

 矢を放つ――――それでも、受けられた。

 口から血を流している。

 瞬間、銀の方が空に跳んだ。

 そんなことも出来るのか。

 凄い。

 凄いけど――的だ。


 「――おわり」


 素早く矢を構えて一直線に向かって来る銀に、死を放つ。

 ――銀の少女は、こちらが矢を放った瞬間を見切って、微かに空を移動した。

 矢が彼女の肩を掠めて、夜空に飲み込まれていった。


 「……」


 次は……間に合わない。

 弓を下ろした。

 少女が飛び込んでくる。


 ああこれで――――楽になれる。


 そう思って、目を瞑った。






 「――」


 意識の遠くから、こちらに呼びかける声が聞こえてきた。

 薄らと目を開ける。

 ――生きてる?


 「しっかり、して下さい!」

 「な……」


 銀の少女がヒールをかけていた。

 何?

 どういうこと?

 裏を取るために、生かされた?

 子供たちが、人質に取られる?

 そんなこと――っ!

 舌を噛み切ろうと口を開いた所で、それを見逃さなかった少女が自分の腕を突っ込んできた。

 細い、華奢な腕。

 こんな腕なんて、噛み千切ってやれる!


 「うあっ……落ち着いて、下さい!」


 ――早く、止めをさして!


 「っ――ねえ? あなたは、たった今死んだ。それではダメ? 殺し屋さん」


 本当に死ぬ必要があるの?

 そんな場違いに穏やかな笑顔に、毒気を抜かれた。

 思わず噛みついていた腕を放した。

 それでも腕を退けようとしない銀の少女に、もう舌も噛まないと手を振って伝える。


 「嘘ついたら、怒りますよ?」


 その物言いに笑いそうになる。

 腕を口に突っ込まれたまま、何とか首を縦に振って応える。

 ようやく少女が腕を引く。


 「子供たちに、手を出さないで。お願い」

 「誓って、そんなことはしません」


 嘘は――ついていない様に思える。

 千里眼で相手を見る。

 ちょっとしたステータス情報が見て取れた。

 ……ハーフエルフ?

 ややこしそうな生い立ち……逆にその分、信じられるか?


 「そう。それを信じる。なら、もう止めをさして」


 目を瞑る。


 「――そんなに死にたいんですか?」

 「――そう、みたい」


 正直に言えば、疲れていた。


 「……私の大切な人からの受け売りです」


 頬を思いっきり張られた。


 「命って、大切なんですよ。他人のも――自分のも。だから、諦めて死ぬなんて許さない」

 「――びっくりするくらい、痛くない」

 「ええ!?」


 少女が自分の手を凝視していた。

 ふきだした。

 でも……


 「――効いた、かも」


 そう零した声に少女は物凄く嬉しそうで、優しそうな顔をした。






 「ラナ、仕事辞めるね」


 小さい頃から一緒に育った姉妹のような少女にそう宣言する。

 堂々の働かない宣言だ。

 そんな碌でもない宣言にラナは――満面の笑みを浮かべて、目じりに涙を浮かべて頷いた。


 「うん、うんっ、分かった! お疲れ様、ありがとう……それから今まで、ごめんねエイム!!」

 「神父様みたい、ラナ」


 感謝されたり、謝られたり。

 そんな姉妹の頭を撫でながら、空を仰ぎ見る。


 ――神父様、これで良かったのかな?


 許されるとは思わないけど、せめてこれからは誰かの為に生きて行きたい。


 「今までずっと、私たちの為に、ありがとうエイムっ」

 「……私たち? 皆の為に、なっていたのかな?」

 「エイムはいつだって、そうだったよ? だから、ごめんで、だから、ありがとうとしか言えないんだよっ」


 その言葉を受けて。

 自分はどうしようもないと理解はしているけども。

 救われた気がして。

 その日は、神父様が亡くなった時以来――――溢れる様に涙が流れた。


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